022 『正規軍の話』
あれから数時間後。ちょいちょいと難関が訪れたものの、誰一人として傷つかずに一つ目の補給地点まで辿り着いて見せた。
気が付けば空はとっくに暗くなり、夕日は沈みかけていた。工業施設の様な見た目の補給地点に足を踏み入れたユウ達は早速臨戦態勢を取ってクリアリングを始める。
いくら補給地点とは言え周囲には機械生命体がいるのだ。試験用に改良されたルートだとしても機械生命体が潜んでいる可能性は十二分に存在する。
銃にライトをくっ付けては真っ暗な部屋を探索した。
「クリア」
「こっちもクリア」
「おし。続けて他の部屋もクリアリングしよう」
既に廃棄された施設だからだろう。所々に苔が生えては埃臭い匂いがどこからともなく漂う。更に工業施設なだけあって様々な工具やクレーンがそのまま破棄されていて、それを見ているだけでも胸が締め付けられる。だって、かつてはここで人がせわしなく働いてたって事になるのだから。
実際に紛争地のクリアリングってこんな感じなのだろう。そう考えながら安全確保に努める。
するとある部屋に入った途端に良さげな空間を見つめて立ち止まった。
大きな部屋に外が見れる窓枠があり、部屋の中心には崩れた天井から差し込んでいたであろう太陽の光で育った木がある。扉も入って来た所だけだし、野宿をするのならここが一番安全だろうか。
「机も椅子も一式揃ってる。安全性的にもここにした方がよさそうだな」
「凄い神秘的……。こんな灰色の世界にも彩があるんだ」
シノリはそう言って大きな木に手を添えた。確かに、今まで歩いて来た街並みは全て灰色だった。そんな中で寂しげながらも立派に育った木があればそんな事も考えるだろう。
やがてヘリアンは荷物を置くと振り返って全員に言った。
「ここで野宿しよう。外の様子も見れるし入口も一つしかないからな。後は周囲にある部屋をクリアリングして交代で就寝だ」
――――――――――
「何やってんだ?」
「火を起こすんだ。ないよりかはあった方がマシだからな」
それから数十分後。各々で就寝の準備を進めては食料や装備の確認を始めていた。そんな中でグレアが火起こしをしようとしてるヘリアンに問いかける。
やがて彼は部屋の中心にあった木の枝に手を掛けるとユウの方に振り向いて大きな枝を切る様に頼んで来る。
「そうだ。ユウ、あの剣でこの枝切れないか?」
「ああ。いいぞ」
正直言ってここまで神秘的な木は切りたくないのだけど、これも安全に明日を迎える為。そう割り切って剣を振り上げた。
瞬間、短く謝りながらも全力で振り下ろして太めの枝を何本か斬り落とす。するとヘリアンはそれを拾い、横に並べるとそのうちの一本をナイフで斬り始める。下にかけてナイフを滑らせ、薄い皮を何枚も作り続けた。
「今度は何やってるんだ?」
「火種から燃えやすくするために切り込んでるんだよ。先端の部分から燃えやすくして、上にある太い部分に炎を移していく。野宿の中級テクニックだな」
「「へぇ~……」」
グレアと二人で感心しつつも五、六個くらい同じ物を作る光景を見つめた。ちなみにファニルとシノリは互いに装備の点検を行っていた。
続いて大きな枝を下敷きにし麻紐で火口を作ると真ん中に銃弾を置き、ナイフで軽く叩くと火花が発生して火種が生まれ、そこに息を吹き込むだけで火は瞬く間に大きくなって行った。
「うお、すっご。結構速く火が付くんだな」
「ふふん。俺、結構野宿好きだからさ。こういう事には詳しいんだ」
するとナイフを指先でくるくるしながらも自慢げに話して来る。こういうのはいざと言う時に役立つ物だし、何だか彼があの時に知恵を欲しがってたのが分かる気がする。
そんな風にして焚火が完成すると五人で囲みつつも交代で寝る時間が始まる。
「じゃあ一時間毎に交替って事でいいかな」
「そうするか。最初は俺が起きてるよ」
「じゃ、じゃあ僕も」
話し合っているとユウ以外にもファニルが手を上げて自ら番を買って出る。だから頼もしく感じつつ頷くとみんなもそれに納得したらしくて、ユウとファニル以外の三人はすぐに対応して床に就こうと寝転んだ。
一時間で交替なのだから早く寝たいのだろう。
日が昇り始めた頃から移動するって言っていたし、夜明けまであと七時間くらいだろうか。
そんな事を考えているとファニルは問いかけて来た。
「……ユウってさ、あの時に死ぬのも殺すのも怖くないって言ってたよね」
「ああ」
「踏み込む事じゃないのは知ってるんだ。でも、気になって。……ユウってもしかして、正規軍から逃げて来たの?」
「…………」
最初は人殺しの件について来かれるのかと思ったけど、正規軍と聞かれて少しだけホッとする。どうしてユウが正規軍から逃げて来たと判断したのかは分からない。でも誤解が生まれないようにユウは本当の事を答えた。
「いや、俺はこの街の生まれだよ。正規軍とは無縁だ。何でそんな事を?」
「僕も噂でしか聞いた事ないんだけど、正規軍は無慈悲な連中が多いって聞くから、その……」
「そう言う事か。まぁ仕方ないよ。別に怒ったりしないから」
「そ、そう? ならよかった」
リベレーターにとっては何か侮辱の言葉とかになったりするのだろうか。敵対組織だから当然な気もするけど。
やがてファニルは例の宣戦布告の件について話し始めた。
「ついこの間も正規軍が爆破テロを起こしたって言うからさ」
「…………!」
そう言われて思い返す。これは宣戦布告だって言ってたけど、まず最初にどうしてそんな事をする必要があるのか。彼なら知ってるかもしれないと思って今度はこっちから問いかけた。
「なぁファニル。正規軍がリベレーターに敵対する理由って、分かるか」
「僕は何かしらの揉み合いが原因だって聞いた。それ以上は何も答えてくれない」
「何かしらの揉み合い、ねぇ……」
あまりにも不鮮明な言い方に怪しい物を感じる。まぁ本来は踏み入るべきじゃない所なのだろうけど、ユウは深く考え込んだ。一体何があったのだろうって。
するとファニルが問いかけて来る。
「正規軍と何かあったの?」
「あいや、この前の爆破テロ、俺も解決に関わってたから少し気になってさ」
「えっ!?」
そう言うとファニルは驚愕して声を上げた。そんな反応になって無理もないだろう。
目を瞑って脳裏で思いだす。正規軍はリベレーターが裏切ったからと言ってた。もしそれが本当ならリベレーターは何かを隠してるって事にならないだろうか。
すると彼は質問して来た。
「じゃ、じゃあ魔術師相手にも戦ったって事!?」
「ああ。まぁ俺の場合は戦ったって言うより不意打ちしたって形になるけど」
「それでも凄い方だよ!!」
やっぱり魔術師を相手取ると言うのはそこまで凄い事なのだろう。こっちは銃での遠距離攻撃のみになるけど向こうは炎とか氷とかある訳だし、分かる気もするけど。
未だ癒えていない傷を見せるとファニルは軽く戦慄する。
「それでかなりの重傷を負ってさ。まだ治ってない所もあるんだ」
「え? って事はユウ完治しないまま推薦試験に出てるって事!?」
「そうなるな」
「んな無茶苦茶な……」
それは自分でも理解してる。今までの戦闘で支障は出なかったけど、これから最高でも三日は続くのだ。あんな戦闘を続けていればいつしか限界が来るかもしれない。
向こうはまだ“長い間訓練した上での重傷”と捉えてるはず。元から異世界人だと話すつもりはないけど、都合がいいので乗っかっておく。
「で、その時に正規軍の連中がリベレーターに宣戦布告理由は何だろうって思って」
「なるほどね。確かに正規軍に関しては不明瞭な点が多いし、謎も色々――――」
「その多くは未公開らしいですよ」
突如シノリの声が聞こえてそっちを向く。すると寝ずに起き上がる彼女がいて、ユウ達はてっきり寝てしまったかと思ってたからびっくりした。
「あれ、寝てなかったのか?」
「そんな話されれば寝れませんよ」
毛布代わりにかけていた上着を羽織って焚火で温まる。
でもヘリアンとグレアは既にいびきをかきながら寝ているし、そこまで重要そうな話でもなさそうなのに、何で。そんな疑問はすぐに明かされる。
「――私、正規軍に恨みがありますから」
「「っ!?」」
大人し気な雰囲気を放つシノリにしてはあまりにも殺伐とした入隊動機。それを聞いて二人とも驚愕する。だってとてもそんな恨みを募らせてるような顔には見えないのだから。
恐らくその言い方からして肉親を殺されたか、自分が殺されそうになったかだろう。シノリは続けてその理由を説明してくれた。
「確かに誰も死なせたくないって思いもあります。でも、何より過去に起こしたテロで両親を殺したのが、許せない」
「…………」
「それは、辛かったね」
人を守ろうとする意志があるだけマシ。そう思ってしまう自分が嫌になった。
彼女の行動原理は正規軍への恨みだろう。ただそれだけの為にこうして強くなって、こうして推薦試験に挑んでいる。改めてこの世界の残酷さを肌で感じた。
「ですから正規軍の事も探ろうとしてますけど、謎の多くは機密事項みたいな扱いなんです。何か裏があるんじゃないかって」
「確かにその扱いならそう思っても仕方ないけど……」
「やっぱり意外ですか?」
「そりゃ、シノリはてっきり家族の為かと思ってたから」
「まぁある意味家族の為ではあるんですけどね」
そう言われて考える。この世界じゃこれも当たり前の事の一つなんだって。残酷なだけじゃなく家族を殺され恨みを募らせるのも当たり前の一つなんだ。きっとリベレーターの中には同じ動機の人もたくさんいるだろう。
だからこそどうにかしてあげたいと思ってしまう。
「じゃあ、シノリはリベレーターに入ったら正規軍を……?」
「まずは情報からですね」
ファニルは恐る恐る聞くとそう返される。まずは情報からと言っても機密事項みたいな扱いになってる物をどう聞き出すのだろうか。
そう思っているとシノリは静かに呟いた。それも、正規軍がどれだけ危険な組織なのかって事も。
「二人は感染者の事、知ってますよね」
「ああ。確かパスト病とかだっけ?」
「はい。あくまで噂で、その原液となるパスト液なんですけど、その液体が―――正規軍が作り出したらしいんです」




