001 『転生』
「ん……」
今度はちゃんと重力や風を感じる。異世界転生は成功したのだろうか。まさか死んでから数分で生き返るとは思わなかったけど、こうなったらもう気にしてなんかいられない。早く本当の剣と魔法をこの目に焼き付けたい……!
ゆっくりと目を開けてみる。
目を見開いてみれば、そこには活気ある街があって――――。
「え……?」
そんな事、無かった。
目の前の景色はひたすらに広がる荒れ果てた荒野。思っていた景色とは根本から違っていたから思わず動揺しそうになる。
というか荒野だけじゃない。離れた所には……船、だろうか。何だか妙にメカメカしいSFチックな船が座礁していた。更にその奥には何かの建物群。そこからは黒煙が立っている。
一言で表すのなら――――終末。
まるで地球が滅んでから何千年も経ったかのような、よく終末もので見る光景とそっくりだ。
ふと渇いた風はある匂いを連れて来る。
「くさっ……!」
街の様な場所から共に流れて来た異臭に思わず鼻を摘まむ。一瞬で察した。今の匂いは硝煙の匂いだ。炎が全てを焼き尽くした後に出る匂い……。どうして異世界に来た直後にそんな匂いが届く。
そんな疑問を抱きながらも辺りを見回す。でも、どこを向いても荒野なのは変わらない。それどころか景色がループしてるんじゃないかと疑ってしまう程、どこまでも同じ景色が続いていた。
――とりあえずは人を探さないと……。っていうかここ本当に異世界なのか?
何かの手違いでこんな世界に転生させられたのだろうか。というか逆にそっちの方を望みたい。だって女神様からは「貴方の思う異世界」と言われたのに、転生先はこんな世界だ。
こんな世界に剣と魔法、仲間との絆や大冒険があるだなんて思えない。
――なんだ、アレ。
するとゆっくりこっちに近づいて来る何かを見付けて目を細めた。きっとこの世界の住民なのだろうか。そうだったら情報とかを聞いて色々としたい所だけど。
こっちからも近づいてみると、その姿に驚愕……というよりかは失望する。
だってその姿が完全に人じゃないのだから。
――人形……でもない。というか見た目的には古いロボットなんだけど……。
小さくて、頭が丸っこくて、それでいてどこか可愛げがあるようなデフォルメの姿をしたロボッ……と? アンドロイド?
どうして異世界にロボットがいるのかと疑問を抱きながら会話を試みようとある程度まで近づき、しゃがんで話しかけた。
「あの~。少しお尋ねしたいんですが……」
だけど答えない。
というか目らしきものが目を合わせてくれない。それ以前に言葉って通じるのだろうか。ロボットだからって理由もあるけど。
異世界語とか聞くの忘れてたなぁ、なんて思っているとようやく動いて手らしきものを差し伸べるから握り返そうとした。
でも、その瞬間に期待を裏切られる事となって。
「ぁ――――」
突如左腕に訪れた激痛。咄嗟に押さえてから横たわるとその痛みに耐えきれずもがき始める。
痛い。かなり痛い。それも注射とかの比じゃないくらい。
ふと押さえていた手元を見てみるとべったりとした血が付いていて。
「血……!?」
激痛がする左腕を見れば既に血が服に染みていて、絶え間なく溢れだしていた。激痛の原因はこれか。と、思う間もなく激痛は襲い続けていて、その場でうずくまっているとロボットは動き出す。
――それも、どこからか大きな鎌を取り出して。
「ニンゲン。コロス」
「かっ……!! な、で……!?」
錆びた口を開けて牙を剥く。そして夕日に反射したからよく見えてしまった。牙にべっとりと付いた、数多くの血痕を。あまりにも恐怖を駆り立てるロボットに感情があるはずもなく、躊躇なくその鎌をユウの首目掛けて振り下ろそうとした。
その瞬間に察する。自分の死はここなんだって。
でも、十分くらい前に死んで、一分くらい前に生き返って、それでもう死ぬのか。まだまだやりたい事があるというのに。
「だっ、れか、助け――――!!」
そう叫んだ時、人影が飛び込んで目の前のロボットを殴り飛ばした。それもかなりの距離を。
遠くで爆発したかと思いきや飛び込んで来た人はこっちを向き、手を差し伸べてくれる。そしてようやく素顔が見えた。
「君、大丈夫!?」
長く眩しい銀髪に真っ赤な紅眼、頭頂部にあるケモ耳的なナニカ、そしてゴーグルを首にかけ、背後にはとても重そうな重機を背負った小さな少女――。
この世界に来て初めて出会った少女は、何も分からずに困惑していたユウに、何の躊躇いもなく手を差し伸べてくれていたのだった。
「痛かったでしょ。よく頑張ったね!」
「だ、……?」
痛みが酷過ぎて言葉なんかほとんど意味を持たない。これが銃を撃たれた感覚なのだろうか。左腕からは絶え間なく鮮血が溢れて激痛が全身を襲う。
すると少女は腰のポーチから布の様な物を引っ張り出して腕に巻き付け、その上から注射をかなりの勢いで刺した。
「マズイ、血傷弾か。これで収まるかどうか……」
「っぁ……!」
「ごめん、でも耐えてね」
結構きつく縛る物だから激痛のあまり声が出てしまう。
とりあえずは布で止血しようとしてるのだろうか。少女からすればユウは見ず知らずの一般人でしかないのに。
――た、助かった……?
今一度ここが異世界なのかと疑問に思う。女神様によって転生した先の異世界がこんな世界だなんて誰が予想できようか。
確かに気になる所や疑問は山ほど見つかってくる。
だけどそれよりも先に、ユウは向こうで燃えているモノに視線を向けた。
「あ、あれは……?」
「機械生命体だよ。あのタイプは量産型だけど、見た事ない?」
「っ!?」
少女の言った《機械生命体》という単語に心臓が飛び出そうな程の衝撃を食らう。まさかアレが本当の本当に機械生命体だとでも言うのか。いや、驚愕するべきなのはそこじゃないだろ。
どうして剣と魔法の世界に機械生命体だなんてSFチックな物が存在する。
この世界は魔物とか魔王が存在する世界なんじゃないのか。なんて当然の疑問は痛いのも熱いのも忘れて沢山浮かび上がってくる。
「というよりどうしてこんな所にいるの。もしかして【追放者】か何か?」
「つ、追放……?」
「あっ。もしかして乗り物でも壊れたの? にしては装備も持ってないみたいだし、う~む……」
【追放者】とか【装備】とか何を言っているのだろう。逆に質問したいのはこっちの方だし、どんな状況なのかも分からないから事細かに質問したい所だ。けど、そう出来る程の余裕なんてあるはずがなくて。
傷がない右腕を引っ張ってくれるけど立ち上がる事が出来なかった。
「とりあえずいいや。立てる?」
「……っ!」
「無理そっか。じゃ、しょーがないね」
「え。えっ!?」
ユウよりも小柄で筋肉もなさそうな身体なのに軽々とユウを持ち上げては肩に担がれる。
もう何が何だか分からない。というか最初から訳が分からないけど、さらに謎が増えて脳の処理が終わりそうにない。だって今担がれている少女だって背中には変な機械を付けているし、服装だって異世界物とは呼べるけどどこか現代を匂わせている。
つまり何も分からない。
……なんて考えていると、ユウはあまりの激痛と驚愕のショックから気を失った。どこに運ばれるのかさえも分からないというのに。
――――――――――――――
「ちょっ、また連れて来たの!?」
「うん。だって怪我してたし」
「いやだからと言って……。しかもこいつ装備も何もしてないし、怪しさ満点じゃないっ!!」
――誰だ?
薄れる意識のなかでそんな会話が聞こえる。片方は助けてくれた少女の声だけどもう片方は知らない声だ。
死んでないのかな。なんて恐ろしい事を確認しつつもゆっくり目を開けようとした。とりあえず人がいるだけでも本当によかった。これでようやく分からなかった状況とかが聞ける。
と思ったのだけど。
【■■■―■――■■―■■■■――■】
そんなノイズ交じりの声……のような物が聞こえた。
誰かが強く叫んでは血の滲んだ声が耳をつんざき、その他にも絶叫が聞こえて来る。
突如流れ込んで来た謎のノイズ。直後に全身が意味も分からず恐怖で埋め尽くされ、ユウは咄嗟に起き上がる。
「っがぁ!?」
すると目の前に広がったのは無限の荒野――――じゃなくどこかの部屋。壁には多くの張り紙が刺張られ、机には色んな部品のような物が転がっている。そんな光景を見て夢だった事に安堵しつつも額を押さえた。
だけどそんな暇すらも無くて。
「――動くな」
「……? っ!?」
横からそんな声が聞こえたかと思えば急に銃口が突き付けられる。というか何でこんなところに拳銃があるんだ。
銃を持つ手を視線で追って行くと、その先には二人の少女がいた。
一人目は銀髪紅眼で首にゴーグルを掛けた少女。ユウを助けてくれた少女だ。
二人目は明るい茶髪茶眼でサイドポニーの少女。
やがて二人目の少女は殺意マシマシの眼光でユウを捉えると躊躇なく告げた。
「いい? 少しでも怪しい動きをしたら撃つから」
「えっ!? ちょま――――」
殺意剥き出しな眼でそう言われる。
でも目覚めた途端に脅されたら誰だって混乱してしまう物のはず。だからユウだって当然後ずさりをしようと手を動かした。けどその言葉は本物の様で、ほんの僅かな動きでも銃弾を撃たれる。
放たれた銃弾は爆音と共に頬を掠って背後の壁に小さな穴を作った。
「ちょっ、アリサ!!」
「リコリスは黙ってて。こういう奴の扱いは慣れてるから」
「えっと、これってどういう……?」
茶髪の少女は片手で拳銃を構え、今度は確実に当たる様にしっかりと構え始めた。それにユウは困惑する事しか出来ない。
質問したって答えてはくれず、逆に質問を質問で返される。
「偽りなく答えて。あなた、どこから来たの」
「え? えっと――――」
多分、本当に嘘偽りなく答えないと撃たれるはず。眼からして本気だ。
しかし一問目から言葉が詰まってしまう。だって相手から見た時にどうしても嘘だと思われてしまうから。
ここが異世界だとは思えない。だからといって「神様の世界から来ました」と言っても目の前の少女が納得するとも思えない。向こうの状況はよく分からないけど、警戒すべき相手がそう言うのなら絶対に嘘だと思うはずだ。
でもこの世界の地名なんて分かったもんじゃない。だからこそ一か八かで正直に答えた。人差し指を天井に向けながらも。
「――て、天界から来ました」