198 『強敵』
「容赦しない、か。まぁ当然だよな……」
自分よりも強い相手に容赦はしないと言われて軽く絶望しそうになる。しかし相手にとっては邪魔の対象になるのだから排除するのは当然の事。正直そう言われるのが一番辛いのだけど、何とか足に力を入れて立ち上がる。
体を動かす度に額から血が流れて床に音を立て落下する。その度にぽちゃん、ぽちゃん、と血溜りを作って行った。
腕が震える。握力が弱くなる。意識が遠のいて行く。
それらを除いても確実にダメージがかけられているのは確実だった。
「困った時は、だったっけ」
そう呟きつつも首にかけた水晶を握り締める。リザリーから貰ったコレは未だ使い方なんて何も分からないままだけど、それでも今が困ってる時なんだから何かしらで使うしかない。そこら辺はもう感と勢いに任せるしかないだろう。
「持ってくれよ、俺の身体……!」
姿勢を低くすると思いっきり地面を蹴って体を前に撃ち出す。これは何度か試した事だけど、ユウが本気て真意を体に纏わせればリコリス以上の速度で走れるらしい。しかし異能力系でよくある身体強化に似てるが少しばかり違う。ユウの場合は「体の内側からエネルギーを爆発させ力を生み出している」と説明されたから、力を使う度にそれなりの代償は訪れる。
当然、体が負荷に耐え切れずに壊れる可能性だって高い。
神速で突っ込んで何度かの攻撃を食らわせた後、弾かれた勢いを利用して壁に足を付けたユウはそのまま高速移動し天井や壁を縦横無尽に飛び回る。動く的には当たらないという古典的な作戦だけど、それでも今は考える時間さえ稼げればなんだってよかった。
水晶の利用方法……。普通に考えると割るとかいう発想に辿り着きそうだけど、貰った相手はファンタジー世界御用達の吸血鬼だ。魔術適正度が高い事もあって願いを込めると~とかの展開もあるかも知れない。どの道リザリーはユウが魔術を使えない事を知っている。だから超常的な力ではなく何かしらの理由で使えるはずだ。
「なるほど。縦横無尽の高速移動なら的を絞れないとでも」
「ンな事俺が一番よく分かってる! どれだけ工夫してもお前には勝てないって事くらい!!」
すぐさま目的を見破られつつも開き直って攻撃を続ける。常人ならば目で追えるはずのない速度だ。それなのに奴は未来でも予知しているかのように的確に動いてはユウの攻撃を回避し弾いて来る。だから自然と口の中に焦燥の味が広がって行く。
如何に時間を稼ぎ水晶の使い方を解明させるか。その為に戦っているのに思考はブレていく。多分あまりの強さに動揺して上手く頭が回らないんだ。
故に一瞬の隙を突かれて吹き飛ぶ。
「――遅い!」
「がッ!?」
またしても回し蹴りで吹き飛ばされる。今度は事前に手を付けたから起き上がる事に成功するのだけど、顔を上げた瞬間には既に奴の刃が目の前まで接近していて、咄嗟に真意の刃で受けても粉々に打ち壊されて防御を破られる。
――そんな、真意の刃まで……!?
直後に攻撃が掠った衝撃波だけで体は浮かび上がりボールの様に転がる。そして、粉々になったナイフの欠片も同じ様に転がってユウの隣で停止した。
――ノア並のぶっ壊れ性能……。なんて速さ、なんて威力……! まず今のままじゃ絶対に勝てない。どうにかして勝機を見据えないと……っ!!
震える腕で起き上がりながらも脳裏でそう呟く。
しかしどんな攻撃も通じないし、それどころかユウの全力でさえも容易く撃ち払われた。いやまぁ、武器がナイフという小さく耐久性に欠ける武器だったからというのもあるだろうけど。せめていつもの剣があれば。そう考える。
「くそっ! もう、どうにでもなれ――――!」
けれどない物ねだりをしても仕方がない。だから自暴自棄になって首にかけた水晶を思いっきり投げ飛ばした。それと同時刻に奴も剣を振り下ろしてユウの首を刎ねようとした。紅緋の一閃が駆け抜ける。刹那を得た瞬間には、ユウの首は高く舞い上がって――――。
そんな事、無かった。
「え……!?」
突如水晶が光っては眩い光を解き放ち二人の行動を停止させたのだ。それどころじゃない。光が見えた瞬間に金属がぶつかる甲高い音が耳に響き、奴の剣が高らかに弾かれたのが確かに見えた。ついでに光の中に縦長の何かがあると言う事も。
まさか。そう思って光の中に手を伸ばすとある物を握り締める感覚が伝わる。だからそれだけで確信を得るとソレを光の中から引き抜き、即座に真意を乗せるとステラの花弁を舞散らして高々と振り上げた。まるでリコリスがやって見せた“憎悪の剣”(仮名)みたいな光景。そんな事を意識しつつも光の先にいる奴へ真っ先に真意の刃を叩き込んだ。
光の中に生成された、リザリーの剣を握り締めて。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
「なにっ!?」
光すらも切り裂いて攻撃を当てた直後、奴は初めて驚愕した様な声を出しては高速で吹き飛ばされた。それも今までユウがやられていた様に。やっぱり剣のリーチが違うと威力も格段に変わる物なのだろう。
やがて剣を地面に突き刺して壁に激突する事を回避すると真っ先にこっちを見た。漆黒の剣を握り締めるユウを。
「お前、その剣は……」
「俺のライバルがくれた物だよ。全く、どこまで世話を焼けば気が済むのか」
最早ここまで来るとライバルと認識するのも失礼な気がする。あまりにも優しくて、世話焼きで、そして頼りになる存在なのだから。ライバルと言うよりフレンドとでも言った所か。
柄を握り締めて真っ直ぐに敵を睨む。
せっかくリザリーが作ってくれたチャンスなんだ。掴み取らなくて何故ライバルと名乗れる。
「――エトリア!」
「はい!」
瞬間に彼女の名前を叫んだ。するとエトリアは名前を呼んだだけでユウが何をしたいのかを理解してくれて、即座に行動に移して走り始めた。だから立ち上がっては走ってユウの反対側へ回ろうとする。
分かった。たった今分かった。ベルファークが「彼女が必要だ」と言った理由が。
そしてユウも注意を引く為に走り出した。今は大丈夫。ナイフじゃなくちゃんとした剣を握っているのだ。それにこの剣はリザリーの物。素材はただの鉄じゃないから真意を纏わせなくたって相手の攻撃を二発は耐えてくれるはず。
そんな他力本願とも呼べる思考を元に行動を始めた。
するとエトリアは奴の背後から発砲し、ユウは目の前から接近して真意の刃を振りかざす。普通なら流れ弾を警戒するべきシーンだろう。でもユウは彼女の腕を見ているのだ。まだ数回でしかないけど、それでも背中合わせで戦う味方なのは間違いない。なら、信じ抜くのが筋という物だろう。
「ふん、たかが武器を変えただけで勝てると思っているのか」
「思ってるよ!」
体を投げ飛ばす様に地面を蹴ってから体を回転させると少しでも威力を高めて刃を叩きつける。その衝撃波は円状に広がって周囲の瓦礫を軽く浮き上がらせた。
ナイフとかだったらこの後のつば競り合いで押し負け吹き飛ばされるだろう。でも、今はしっかりと力を込められる剣を握っている上に真意も使用している。押し負ける事はあっても吹き飛ばされはしないはずだ。
しかし奴とて被害を出さないと決めている以上、タワー内にいる人間は全て外に追い出し占拠しなければいけない。残り五十分とか四十分だとしても速めに占拠しておきたいはず。故に現状で手っ取り早いのが中距離で攻撃をしてくるエトリアな訳で、奴はユウの刃を受け流すとエトリアに向けて飛ぶ斬撃を放とうとする。
「舐める……なぁッ!!!」
「――させない!!」
けれどそれこそがエトリアをここに残した最大の利点で、ユウに掛けられた最大の枷だ。ベルファークはエトリアが足手まといになるのを分かっていたのにここへ残した。その理由は“ユウの守る対象になるから”。
全く、ベルファークもよく見ている物だ。気づいた瞬間につい「お母さんか!!」ってツッコミをしたくなるくらいに見てくれている。
エトリアは足手まといだ。だからユウが守らなくてはいけない。だからこそ、彼女を守る為に全力以上の力を引き出さなければいけなくなる。普通の力では奴を倒す事なんて絶対的に叶わないのだから。ベルファークは意図的にその状況を作り出したのだ。
彼の思い通りエトリアに標的が絞られた瞬間、ユウの真意は微かであれど高まっては威力が増す。刃を受け流されたのにも関わらず即座に立て直し、右足で地面を蹴るとその場で何度か回転し、遠心力を生かして奴の振るった刃を真上から叩き落とした。
故に行き場を失った衝撃波は床を叩いて軽く抉る。
「お前……!」
相手の剣は刀みたいに片方だけに刃が付いているタイプだ。だからユウは峰の所を踏むと簡単には攻撃出来ないようにして剣を振り上げるのだけど、精一杯体を仰け反らせては剣先を喉元に掠らせながらも回避される。
それから剣を振り上げるついでにユウを飛ばすと振り返るのと同時に互いの刃が激突した。
――どんな反応速度してるんだよ!!
脳裏で毒を吐きながらも双鶴を使って立て直し、立て続けに連続攻撃を行い隙を与えなくさせる。……強い。双鶴と連携を組んで攻撃しているというのにこっちの攻撃はほとんど相手には届かない。真意だって使ってるのに一度も攻撃が届かないなんて初めてだ。
今戦っている相手は本当に人間なのだろうか。そんな錯覚まで起きそうになる。だってノアやリザリーでさえも真意を使えば必ず攻撃は通っていた。掠りはするけど一撃も当たらないだなんて、正直言って普通ではない。
こりゃ確かにエクレシアもニグレドも苦戦する訳だ。
「お前のその強さ、どんな秘密があるのか教えてもらってもいい?」
「断る」
「だろうね」
激しい火花を散らせながらもつば競り合いでそんな会話をする。けれど押されてからは眼に追えないくらいの速度で刃が振られ、後退する事を余儀なくされる。
――駄目だ。今の俺じゃエトリアがいても勝てない! 何か別の手を探さないと……!
そうはいっても別の手を探す暇なんて与えてくれる訳がなく、隙さえあらば刃を付いて肉を裂き血を噴き出させる。だからユウは次第に追い詰められて行った。
エトリアが攻撃しても変わらない。それどころか銃弾を剣で斬るとかいうどこぞのフォース使いみたいな芸当までやって見せた。
最後に全力の攻撃を受け止めると反動で吹き飛び壁に体が抉り込んだ。
「がッ――――ぁ、ふ」
「正直、ここまでやるとは思っていなかったぞ」
血を吐きながらも前を見る。そこには腕から流れた血が剣先にまで伝っている相手の姿があって、剣に血を伝わせる光景はまさに殺人鬼のソレだった。いやまぁ、別に相手は殺人鬼ではないのだけど。
しかし本当にマズい事になった。ここまで手が通じない相手は初めてだ。
今までは真意さえ使えばどうにかなったけど、まさか真意を使っても勝てないなんて――――。
「ユウさ――――っ!?」
「お前は黙っていろ」
エトリアが攻撃する邪魔をしようと走り出すのだけど、紅緋の一閃が駆け抜けるだけで床は崩壊し、その衝撃波で彼女は吹き飛んで行く。
やがて剣先を高々と振り上げると言った。
「……お前はヒーローだ。圧倒的力を前にしても臆さない心。守るべき物の為に戦う勇気。その全てを尊敬する」
「ま、だ……!」
「いいや終わりだ。お前はここで――――」
でも、その時だった。
バルコニーを突っ切って現れたエクレシアとニグレドが、迫真の表情でやって来たのは。