196 『合流と、作戦開始』
「みんな~!」
「ユウ!」
あれから数十分後。
特に何も起こらずに地上へ出た後、ユウとエトリアはベルファークとの合流を目指す為に十階まで上がって来ていた。とはいっても走るのは疲れるし時間がかかるからエレベーターでの移動ではあったが。そしてベルファークの所にはリコリス達がいる訳で、こっちを見るなり心配そうな眼を向けていた。しかしいつも通りの言葉は言わせずにこっちから喋り出す。
ちなみにユウが駆けつけた頃には一般客は一人もおらず、このタワーにいるのは警備員かレジスタンスかリベレーターのみとなっていた。武力を持たない人達は既に避難させたのだろう。
「全く、心配――――」
「はいストップ。今は説明から。……管制室は既に革命軍に制圧されてました。そしてシステムチェックはロックされ、ハッキングされてもエラーが出ない様になっていて、映像自体は外部から流れ込んだ物だと思います」
「なるほど。やはりな」
「やはりなって……。で、外で戦闘していたエクレシアとニグレドさんは深手を負って一時撤退。さっきまで起きていた振動は内部侵入を図ろうとしていた革命軍による攻撃です」
「内部侵入!?」
するとユウの説明を聞いたみんながそう反応する。そりゃテロの実行犯が内部に入ろうとしているのを知ったらそんな反応にもなるだろう。逆にどうしてユウはそんなに冷静なんだって話になるけど。
しかしベルファークにとってはそれまでが予定通りらしく、冷静な表情をしながらも次の行動を指示してくれる。
「タワーの壁は特別な仕組みで作られているから戦車の砲撃でも壁が崩れる事はない。安心してくれ。それで外の革命軍だが、基本何もしなくても問題はない」
「え? 何で!?」
「彼らの目的はタワーの爆破だ。さっきも言っていた様に危害を加える気がないのならこっちから手を出さない限り強行突破をすると言う事はないだろう。だが、いくら優しいと言っても彼らの行動は間違っている。――止めるぞ。ここにいる全員で」
そう言うと強い眼差しをこっちに向けた。ユウは敵の思想や行動は読めていてもその解決方法までは見出せないままだが、どうやらベルファークはこの事件を解決させる方法すらも見付けている様だ。自信満々の瞳からは余裕だと言うような感情が伝わって来る。まぁ、これ以上に捻れた事件も過去に存在すると聞いたし、彼にとっては日常茶飯事的な感じなのだろう。
状況の異常性は既に街全体に広がっていると言っても過言ではない。しばらくすれば他のリベレーターとかレジスタンスが集まるだろうし、ベルファーク並の指揮が出来るラナも到着し、恐らくベルファークの目的であるノアもここへ来るはず。本題はそれからと言ってもいい。
やがてベルファークは周囲にいる隊へ通信を開くと大きく腕を振りながらも各々に指示を出す。
「総員、作戦を開始する! 陣形展開、誰も死なせるな!」
すると既に外にいたリベレーターは各々で動き始め、タワーを中心に円形の陣形が組まれていく。ここまで素早く動けるって事はここにいるリベレーター達は既に作戦の事を聞かされていたのだろうか。何はともあれ既に作戦が決まっているのならユウ達も含まれているはず。だから咄嗟に指示を求めるのだけど、彼は想像とは違った指示を出した。
「君達十七小隊は他の隊と共に出入り口に向かってくれ。突破される事はないだろうが、警護を頼みたい」
「分かりました! それじゃあ――――」
「だがユウ君とエトリア君は残るんだ」
「「えっ!?」」
指示を出されるなりリコリスはみんなを連れて地上まで下りようとするのだけど、ベルファークからそう追加された瞬間から躓いて顔面から派手に転ぶ。しかしそんな事には誰も突っ込まず視線はベルファークへと集まった。
「えと、どうして俺とエトリアだけ……?」
「二人にしか出来ない事がある。だから、それをやってもらいたい」
ユウだけ残ってくれ、なら納得できない事もなかった。ベルファークの最終目標はノアの活躍。それをやる為にはどの道敵の大将をここにおびき寄せなければいけない訳で、その為には一番最初に狙われたユウが囮に適役なのだ。これならまだ納得できる。でもどうしてエトリアまで必要なのか、そこが理解出来ない。
真意もあるしベルファークはその存在を認識している。だから仮にエトリアと戦えって言われても返って逆効果になってしまうのも分かっているはずだ。それなのにどうして。
……だが、彼が事象の全てと機を見て行動するのなら、それが勝利への標だ。
「わ、わかりました。リコリス、悪いけど先に行ってもらえるかな」
「……分かった。いつも通りの言葉だけど、無茶だけはしないでよね」
「任せんしゃい」
そんな軽い会話をすると十七小隊全員は作戦を上手くいかせる為に行動し始め、そして二人は指示通りフロアに残ってベルファークへ理由……ではなく指示を求めた。だから三人のみになると彼に問いかける。
すると彼は凄く簡単な事を言ってくれる。
「それで、何をすればいんですか?」
「難しい事ではないさ。私の予想ではしばらくもしない内に強敵が屋上から来る。だからその撃退を頼みたい」
「要人警護って事ですか」
「そういう事にもなるな」
さり気なく軽口を叩き合いながらも考える。ベルファークが言う強敵というのは恐らくエクレシアに深手を負わせた相手だろう。聞いただけだとユウなんかが勝てそうではないけど、エクレシアとニグレドが深手を負った大体の理由はその人と狙撃が加わったからのはず。その傭兵単体なら真意を使えるユウで対処できるって考えたのだろう。
確かにユウの真意なら全身に纏わせる事で身体強化を可能とするし、反動があるのはさておきとして、万全の状態ならエクレシアにも匹敵する力を生み出せるかも知れない。実際に敵の狙撃を真意でようやく防げた訳だし。
「――俺の真意に期待してる、って事でもあるんですよね」
「……すまない。君には荷が重い役回りを任せてしまって」
しかし個人戦と言う意味合いでならユウよりもリコリスの方が強い。だって掃討作戦の時ではノアとタメ張っていたのだ。更にベルファークは気づいてないけどリコリスにだって真意は使える。それを除いたとしてもリコリスの方が強いのは明らか。
だから、ユウはその理由とエトリアがここにいなきゃいけない理由を問いただす。
「どうして、俺なんですか。どうして、エトリアもいなきゃいけないんですか」
言い方は悪いけど、エトリアはこの中で比べてしまえばかなり弱い部類に入る。そんな事を言えばユウは真意を使えなきゃ雑魚にもなり下がるのだが。でもこれから先の戦闘は恐らく想像を絶するほどに激しくなるはずだ。正直、まだ実戦経験の足りないエトリアにそこまで付いて来れるとは到底思えない。
するとベルファークは少しだけ俯いては黙り込む。何か言えない事情でもあるのか、もしくは明かせない目的でもあるのか。そう睨んだのだけど、彼は何が目的なのかを言ってくれる。
「――今の君には、彼女が必要だからだ」
「エトリアが、必要?」
「今はまだ分からないと思う。だが、今回の戦闘か次回の戦闘で分かるさ」
今のユウにはエトリアが必要。そう言われてもよく分からなかった。それが守る事に対しての意味なのか、別の事に対しての意味なのかは分からなかった。ただまぁ、それが今回か次回で分かるのなら今はいいだろう。そんな感じで決めつけては自分を納得させる。
「……わかりました」
「納得しずらいだろうに、すまない」
「いえ、大丈夫ですよ。それにいざとなったら俺が守りますから」
そう言ってエトリアを見つめた。実際に戦えばそんな余裕なんてなくなると思うけど、彼女の為にも今はそんな虚勢を張らなければいけなかった。それに自分の気持ちを保つと言う大切な役割を担う虚勢でもあるし。
ある程度の会話を済ませるとユウはもう一度話を戻して問いかける。
「それで、突っ込んで来るのはいつ頃になりそうなんですか?」
「ここへ飛び込んで来る最大の理由はタワーを爆破させる為の時間稼ぎだ。相手とて宣言してから阻止されましたじゃ目も当てられないからな。憶測だが、少なくとも十分以内には飛び込んで来るだろう」
その憶測が凄いって言い返したい所だけど、ここはグッと堪えて話の内容を脳裏に叩き込む。しかしいくら憶測が凄いからと言って必ずしもそのタイミングで飛び込んで来る訳ではない。そこら辺の調整はこっちでしなければ。
これはただベルファークの憶測や深読みが凄いのであって未来予知をしている訳ではない。それを忘れてはいけないだろう。
仮に未来予知をするのなら、この世界に存在する全ての物質の性質や流れを寸分たがわず知らなければ不可能だ。
「撃退、か……」
狙撃があったとは言えエクレシアとニグレドが深手を負った相手だ。ニグレドが狙撃手の相手をしてエクレシアがそいつの相手をする。そこが妥当な作戦だけど効率的だし、それを実践したに違いない。ワンオンワンでほぼイーブンになるはずだから、そこでエクレシアが深手を負うとなると……。
彼女からも警戒された事だ。「もしその傭兵に出会ったら一瞬でも躊躇するな」と。エクレシアがそこまで言うのならもうその傭兵の実力は全く以って予測できない。最早このタワーを一撃で破壊してもおかしくないくらいの考えは持つべきだろうか。
問題はそれだけではない。今は体力的にも準備万端とは言えるけど、装備している武器があまりにも貧弱すぎるのだ。いくら何でもナイフ一本と拳銃だけでは――――。
そう思って腰に手を回した瞬間だ。腰のベルトにナイフがないと気づいたのは。
「あれ?」
何度か腰に手を当てるもそれらしい物は見つからない。だから振り返って自分の腰を見てみるとナイフなんて一つもなく、ただ短い鞘が腰に残っているだけであった。
その時になってから気づく。
「ユウさん、どうしたんですか?」
「……ナイフ、忘れちゃった」
大一番が近づいてきていると言うのに、近接必須のユウが近接武器を忘れてしまっていると言う事を。