194 『すり抜ける敵意』
深い縦穴に直面した瞬間から、ユウとエトリアは足を止めてその穴を覗き込んでいた。一応底は見えるもそれなりに深い。更に配管工は所々剥き出しになっているし、降りる手段が梯子しかない所を見て高速で飛び降りるのは不可能。
エトリアは念の為双鶴に手をかけながらも呟いた。
「深いですね……」
「まぁ十階分のショートカットだから当然の気もするけど」
しかし行かなきゃ何も始まらない。だからユウは四肢に装着した装置の状態を確かめては電磁波を発生させて調子を見る。
二人して双鶴に乗り降りるのは出来ると言えば出来る物のリスクがある。なら最善の方法と言えばこれしかないだろう。
「え、ちょ、ユウさん!?」
少しだけ助走を取って飛び出すと一番近くにあった配管工に着地し、落ちそうになるのは電磁波で体を保ちつつも双鶴を動かしてエトリアを安全に下ろす。こういう時に梯子を使わなくても済むのが特殊武装を持ってる人の良い所と言った感じだろうか。
そんな事を何度か繰り返しているとすぐに最深部へ到着し、エトリアを下すとそれぞれで拳銃を握り慎重に進み始めた。
エトリアから「無茶をする」とでも言いたそうな視線を受けながら足を動かすのだけど、その最中に感じ取った違和感に少しばかり奥歯を噛みしめる。この感覚……。やっぱり相手に魔術師でもいるのだろうか。確証はないけどそんな気がする。
「先回りできればいいと思ってたけど、どうやら考えが甘かったかな……」
「みたいですね」
複数の話し声と足音が聞こえて確信する。マップ的にもショートカット用の通路から真っ直ぐ行けばセントラル・コンソールに着くみたいだし、ここで複数の話し声が聞こえると言う事は既に制圧されてしまった後だろうか。
「さて、どうやって攻略するか……」
マップを見た感じ、セントラル・コンソールはそれなりに大きな空間になっている。そして足音や話し声からして五……いや、七人はいるかもしれない。人が少なければ強行突破も可能なのだけど、大きな空間で人が多いと一人倒している内に攻撃される可能性が高い。だからと言っていくら双鶴があっても同時攻撃は事前に敵の位置を把握しなきゃいけない訳で。
そう考えていた瞬間だ。タワー全体に大きな振動が届いたのは。
「きゃっ!?」
「地震……じゃない。となると外からの衝撃でこうなってる? どの道今が好機!」
不意を突かれれば誰だって驚愕する物だ。だからこそユウは通路から飛び出すと熱源探知を起動させて一番近くにいる敵の位置を捕捉する。やがて管制室に入り込むと大きく踏み込んで一人目を倒し、双鶴であらかじめ捉えていた二人を倒し、台座を飛び越えると残りの人数を確認して行動に移す。
数は八人。どうやら動いている人以外にも座ってコンソールを動かしてる係りをいる様子。
壁に張り付いて一人を銃で撃つと双鶴でもう二人を倒す。そして銃を構えた瞬間に飛び出すと背後に回って思いっきり蹴り飛ばし、最後の一人はエトリアが拳銃で撃つ事で制圧が完了する。
すると彼女は当然の言葉を言って。
「今の振動で隙が生まれたのは分かりますけど、無茶し過ぎです!」
「あー、ごめん。でもタイミング的には今のしかなかったし……」
「まぁそうなんですけど!」
やっぱり初めてユウの戦い様を見る人はそれなりに心配するようだ。まぁ当然な気もする。だって基本的にユウの取る戦法は先陣切って突っ込んでは力に物を言わせて戦う荒っぽい物なのだから。そこら辺はリコリスと似てるのかも知れない。
そんな会話をしているともう一度大きな振動が行き届いてフロア全体を揺らした。地下でもこんなに揺れるんだから地上はもっと揺れているはず。
「またこの振動……。何なんだ?」
「分からないです。ただ地震じゃない所を見るに外部からの衝撃で……。外部からの、衝撃……?」
瞬間、もう一度、振動が行き届いては管制室のモニターにアラームが鳴る。その上まだ敵が残っている様で、奥の通路から異変を察知した敵が駆けつけて来るのを聞き分ける。まぁこんな所に来るんじゃ複数人で来て当然だろうし、それなりの数がいるのだろう。となればここにいたのはメカニズムに詳しい人達だったのだろうか。
どっちにせよ管制室は死守しなきゃいけない。だからユウはエトリアに指示を出すと落ちていた銃を拾って構える。
「エトリアは被害のチェックを頼む! こっちは俺でどうにかするから!」
「分かりました!」
でもどうにかするとは言ってもどうやって……。脳裏にそんな弱気な言葉が浮かぶ。
真意の弾丸ならどうにかなるかも知れないけど数が分からないし、そもそもの話として真意前提で戦うのはあまり好ましい事ではない。今は状況が状況だから仕方ない気はするが。
とにもかくにもやらなきゃ生き残れない。自分を無理やり納得させて引き金に指をかけた。
やがて管制室の扉が開かれるのと同時に真意の弾丸を放って前方にいる敵を一掃する。
「なっ、敵!? どこから入り込みやがった!」
「クソッ。俺達の崇高な革命を……!」
――革命?
革命という二文字に釣られてそう復唱する。……いや、今はそんな事を考えてる場合ではない。今だけは敵を倒す事だけを考えなくては。そう言い聞かせて真意の弾丸で壁を壊しては隠れている敵をも撃ち抜いていった。
革命と呼ぶからには行動部隊をしているのは過激派なのだろうか。それだったら納得できない事もないが、結局は色々と事情がありそうだから少し面倒そうだ。いくらベルファークが読んでいると言っても全てを見通せる訳ではない。少なくとも、敵の数だけは読めてないはずだ。
それに気絶してる警備員を見るにまだ魔術師が――――。
瞬間、人影が飛び出してはオーラの波みたいな物が見えて来たから即座に真意を発生させてギリギリで反応する。でもオーラに触れた瞬間から意識が飛びかけて。
「っ――――!? 意識、持ってかれそうになった……!?」
切れない鎌に意識を引きずり出される様な感覚。一応ある程度は真意で逸らす事が出来たみたいだけど、それでも掠っただけで意識を持ってかれそうになる程の威力。そりゃこんなのを真正面から食らえば簡単に気絶する訳だ。
「俺の攻撃を防いだ……?」
「な、なるほど。原理はよく分からないけど、要するに覇気の刃って事か。何かしらの手段で防ぐか心が強くないと倒れると」
「一撃で見抜くだなんて、意外とやり手だぞ」
「余程考察力が高いみたいだな」
「これでも指揮官につるんだりそれなりの死線を潜り抜けて来たんだ。言っておくけど、俺を化け物って言えるのならお前達はまだ幸せな方だぞ」
少しばかり強がりながらもそう言う。しかし覇気の刃なんてどう躱せばいいのだろうか。それにいくら魔術と言っても自分の意志を飛ばす事なんて出来る物なのか。いやまぁ、真意も自分の意志で生まれてるんだから似たような物だけど、それを魔術で行使するなんて出来るとは思えない。
と言っても、どっち道やられてるんだから認めざるを得ないだろう。
それに原理はどうであれ真意である程度は防ぐ事が出来るのならまだ戦える。奴らがここを乗っ取ろうとする理由なんて分からないけど、それでもこっちの害になるのなら潰して奥に越した事はないだろう。ベルファークもそのつもりで指示を出してるんだろうし。
「ならこれを耐えられるか!」
「っ!!」
するとさっきの魔術師は立て続けに覇気の刃を解き放つ。だからこっちは真意を発動させると全力で真意の刃を撃ち出し、覇気の刃を切り裂くのと同時に魔術師本体へ斬撃を行き届かせた。直後に体が引き裂かれた証として袈裟斬りで血が噴き出す。
しかし完全に防げる訳でもないらしく、反動も含めてユウの意識はかき消されそうになる。
「ぐっ……! これ、案外効くな。気を抜いたら一瞬でやられる……!」
体から力が抜けて膝を付いてしまう。そして意識が掻き消された直後から体が動くわけでもないらしく、一度脳からの命令はある程度遮断されるため再命令と脳が状況を確認するまでのタイムラグで動けない時間が出来てしまう。それまでの間は双鶴も動かせないし案外ヤバイかもしれない。
その他にも銃弾は飛んで来るし、回避してしまえば後ろでコンソールを操作しているエトリアに当たってしまうかも知れない。そこら辺は双鶴があるからまだ大丈夫だけど問題なのは魔術師の方だ。一応深手を負わせる事は出来た物の、魔術師なんだからすぐに回復しかねない。やっぱりこういう時は短期決戦で勝負を付けるしかないのだろうか。
直後にもう一度訪れる激しい揺れ。今度はより一層強くなっていて、その振動は管制室の天井から塵を落とすくらいの振動を与えた。
これ以上この振動が続けばタワーも危ない。早くこいつらを片付けてコンソールでの情報収集に力を入れたい所なのだけど……。
「――――ッ!!」
飛んで来た覇気の刃を飛び上がる事で回避するとやや乱暴ながらも全力の真意の弾丸を放つ。こういうのって室内や地下の中じゃあまり撃たない方がいいのだけど、今回ばかりは状況が状況だから仕方ないだろうか。
刹那を得て駆け抜けた真意の弾丸はその衝撃波だけでも途轍もない威力を見せ、周囲にいた敵を吹き飛ばしては全員を壁に叩きつけた。
「流石に乱暴すぎでは……?」
「だってこうでもしないと一斉に倒せないんだもん!」
その乱暴さには流石にエトリアも少しばかり引いている様で、少し振り返ってはそう言った。しかしあのまま長引けば状況は悪くなる一方だ。ならいっその事こうして一気に片付けた方が状況は良くなるはず。そんな考えの元、敵が気絶している事を確認すると急いでエトリアの元へ駆け寄った。
「状況は?」
「まだ分かりません。あまりにもファイルが多くて掴めないんですよね……。ただ一つ分かってる事は、タワーに異常が起ってる事だけで……」
そう言って重ね重ねでウィンドウを表示していく。監視カメラを起動して何か異常がないかをシステムに探させるも異常はなく、映る人全ての顔を照合しても危険人物らしき人は見付けられなかった。さっきから立て続けに起っている振動。それさえ分かれば何とか……。
瞬間、エトリアはある物を見付けて驚愕した。
「え、何これ……!?」
当然だろう。
だって、タワー内にある全てのテレビや音声機器が全てハッキングされ、ある映像が流されていたのだから。