191 『動乱の始まり』
何かに腕を貫かれた。その事はすぐに理解するのだけど、それ以前にどうしてこんな激痛が走るのかと虚を突かれて動揺する。まさか狙撃されたのか。それも夜に、空にいた状態で、的確に? そんな事を考えていると双鶴の操作から意識が抜けて落ちそうになってしまう。
「っ……!!」
「ユウさん!?」
しかし狙撃された。それだけでも行動に出るのは十分すぎるくらいだった。だから落下ついでに地上ギリギリまで降下すると血を撒き散らしながらも地面を歩く人達に迷惑を掛けない辺りの高さで飛行を続ける。やがて手摺に足を引っかけ腰から二つのハンカチを取り出すと上手く繋げて簡易的な止血を開始し、不安そうな目でこっちを見つめるエトリアに言う。
「――狙撃された! みんなに連絡を頼む!!」
「はっ、はい!」
するとエトリアはすぐさま《A.F.F》の通話を開いてリコリスへと連絡を入れる。その間にも左手と歯で布を巻き付け、狙撃された方角を確かめつつも様々な憶測を重ねる。
大前提として狙撃すると言う事は足止めでもしたい理由があると言う事だ。無意味に狙撃するなんて事はないはず。それにリベレーターに手を出す事自体ありえないし、いくら下がライトで照らされているとは言えユウ達は黒い服を着て空を飛んでいたというのに、たった一回の偏差撃ちで当てて見せた。つまり相手は暗闇の中でも的確に的を射ぬける実力を持った凄腕の狙撃手。
可能性があるとするなら過激派か正規軍辺りか。ならどうして今になって狙撃なんてするのだろう。ユウは何かしらの行動に気づいていた訳じゃないし、むしろ特に何も考えないで飛行してた。それを撃ち落とそうとする理由は一体何か――――。
――そもそもの話としてどうして今なんだ? 相手は完全にこっちの不意を突いた。それもほぼ無音で。なら可能性としては隠れていた正規軍……?
何か大きな事をしようとしていたにしてもどうして今ユウを狙撃したのか。一番妥当だと考えられる理由はユウがその存在に気づくかも知れないからだろう。爆殺女やアルテの仲間からしてみればユウは仇でもある訳だし、微かな行動でも看破しかねない危険な存在。奴らと同じ立場になるのならそんな奴は先に潰しておいて損はないだろう。
じゃあ、潰さないと損をする事をたった今からしでかすのなら、それは――――。
「まさか!?」
「どうしたんですか?」
ようやく奴らの狙いに気が付いて驚愕のあまり双鶴の操作が疎かになってしまう。だから少し左右にグラついてしまうのだけど、立て直した瞬間からエトリアに問いかけてどれだけの状況なのかを確かめる。
「エトリア、今日のパーティーって有名人が参加するって言ってたよね」
「はい。まぁ、招待状がないと参加出来ないくらいですし……」
「となると当然指揮官もいるはず。なるほど……無茶な事する」
一人だけ納得すると更に飛行する速度を速めて合流地点ではなく直接タワーの方角へ飛んで行く。だからエトリアはその事にびっくりした様な表情を浮かべると当然の問いを投げかけ、ユウはそれに分かっている範囲で答える。
「あの、ユウさん、さっきから一体何が……?」
「簡潔に説明するけど、よく聞いて。――正規軍でも過激派でも、とにかく反抗的な組織が今回のパーティーを狙ってる。目標は恐らく指揮官の首。真っ先に俺を狙撃したのは指揮官とよく関わり似たような思考を持ってるのを知ってる奴がいるからだ。そして、指揮官は既にこの事に気づいてる」
「……!」
「それで一つだけ問いかける。君は、命を賭ける覚悟はある?」
これが普通の任務とかだったら一緒に行こうとなるのだけど、今回ばかりは相手が悪すぎる。暗闇から高速移動する見えずらいターゲットを音もなく狙撃する程の腕を持った狙撃手なのだ。流石にこればかりは守れる自信がない。だからそう問いかけたのだけど、エトリアは口元に強気な笑みを浮かべるとポケットからある物を取り出すとハッキリと答える。
「もちろんです」
「……そっか」
手に持っているのは一丁の拳銃。何でパーティーに行くのに拳銃を持ってるんだよってツッコミを入れたくなるのだけど、ユウもさり気なく道具を持ってる訳だし何も言えないから彼女の選択を受け入れる。すると更に速度を上げてタワーまで一直線に飛行し、丁度バルコニー的な所があるのでそこに向かう。
流石にその事は予想外だったようで。
「ユウさん、まさか飛び込む気ですか? え、嘘ですよね?」
「そっちの方が手っ取り早いし状況が急を要する。てなわけでこれ!」
「妙な所で吹っ切れてるんですね!」
そう言ってリベレーターの腕章を渡すとエトリアは諦めて腕章を付ける。正装に腕章とは見栄え的には合わないのだけど、まぁ、状況が状況だから仕方ないだろう。だからユウはエトリアが付け終わるのを待つとバルコニーに突っ込んだ。
「スリーカウントで行くよ! ――スリー、ツー、ワン!」
「もうどーにでもなれ!!」
バルコニーの眼の前まで接近すると二人同時に飛び出し、双鶴は壁に激突しないように真上へ飛ばすとスライディングで侵入し真っ先にリベレーターの腕章を見せる。ちなみに入っている人の多くはバルコニーにはいなかったから巻き込む事はなかった。
信憑性は低いかも知れないけど、一応解説しながらもベルファークを探す。
「俺達はリベレーターです! 落ち着いてください!」
しかしそう言っても叫び声は一つも上がらず、全員が驚愕のあまりこっちを見つめていた。取り合えずは叫ばれなくて本当によかった。いくらリベレーターの腕章があったとしても突っ込み方はテロのソレだし。とにもかくにもベルファークを見付けない事には始まらない。だから必死に探そうとするのだけど、向こうの方から見付けて近づいてくれる。
「ユウ君?」
「その声、指揮官! よかった、やっぱりここに――――って、エクレシア!?」
「あっ!?」
けれどベルファークの隣にいたのは通常装備のエクレシアで、顔を合わせた瞬間から互いに驚いて数秒間固まる。しかし今はそんな事をしてる暇はない。そう決めつけて顔を左右に振るとベルファークへ指示を仰ぐ。
「どうして君がここに――――」
「状況は把握してます。俺はどう動けば?」
「…………」
すると向こうの考えを既に見抜いているユウへ驚愕の表情を浮かべた。同じ様にエクレシアもびっくりしている辺り、ユウよりも早く気づいてここに来ていたのだろう。まぁ、十七小隊くらいの下っ端が指揮官の考えに気づくなんてあまり現実的ではないと思うのは当たり前だ。
しばらくすると彼は眼を閉じては微笑んでから指示を出す。
「タワーの近辺警護は既に警備員がやっている。君達には指定する座標に行ってもらい敵の無力化を頼みたい」
「座標って……。と言う事は、やっぱりドローンで?」
「いや、ニアル=メアルの力だよ」
「なるほど」
流石のベルファークでも移動し続ける敵の位置を細くするのは難しいのだろう。それこそ戦況を現在進行形で把握して味方を手足の様に動かさなければ到底不可能な事だ。
彼はある端末を素早く操作するとユウとエトリアとエクレシアの《A.F.F》に敵の位置情報を送ってくれた。だから三人で顔を合わせると頷いては現場に急行しようとする。でも、その時にベルファークは言って。
「あ、そうだ。ちなみに向かう先では一人の男がいるが、その人は敵じゃないからあまり攻撃はしないでくれ」
「どういう事ですか?」
「この日の為にある傭兵を雇ったんだ。その男は朱色に白のラインが入った上着を着てワイヤーで戦う。リベレーターの腕章を見せれば手伝ってくれるはずだから、頼ると良い」
「分かりました。エクレシア、あれに乗って!」
「OK!」
あらかたの話が終わるとユウは双鶴を引き寄せて彼女に乗るよう指示する。やがてユウの背中にエトリアが抱き着くと三人はバルコニーから飛び出して指定された座標まで飛んで行った。場所はとある路地裏付近。そこに何がいるのかは分からないけど、でも、もしユウの予想通りなら――――。
「しっかし、パーティーその物を囮にするとは、指揮官も考えるな」
「勝利の為なら自分の身をも危険に晒すのがあの人の悪い癖だからね」
「一手でもミスればテロが起こりかねない状況でよくそれをする勇気があるよ……。それも今回は自分だけじゃなく他の人達も巻き込んでる様な物なんだから」
もし仮に正規軍や過激派だったとしても、ベルファークが囮なのは是非もなしと言った所だろうか。この街の戦闘指揮を取ってるのは彼だし、まだ明かされない正規軍に付いてもリベレーターが関係していると思われる。ここで首を取れるチャンスなのだから至極当然の襲撃だ。ここで奴らを倒せるかどうか。それで全てが分けられるだろう。
……でも、それ以前にユウはある事を考えていた。ベルファークが言っていなくともきっと既に行動に映っている事を。
今回の件は明らかに普通ではない事だ。きっと無事では済まされない。それと同時に今回の件はある意味チャンスでもあるのだ。――ノアが無事だと証明するチャンスでも。
「全く、どこまで考えてるのやら……」
多分ベルファークはこれ以上に先の事を考えているはずだ。仮にユウの辿った考えが二手だとカウントするのなら、恐らくベルファークは五手先は考えていてもおかしくない。彼の予測能力はそれ程なまでに高く未来予知にも等しいのだ。最早未来予知の能力があると言われた方が納得しやすい。
ノアの出番がある以上既にユノスカーレットも動いていると思っていい。つまり如何にしてこっちが見えない人の行動に気づき支援できるかがカギになるだろう。
――それはそうと、相手には凄腕の狙撃手がいる。結果的にはいつも通りになると思うけど、きっと無事じゃ済まされないだろうな……。
一番最初のショッピングモールでの戦闘を彷彿とさせる狙撃。食らっただけでも分かる。アレは絶対に普通の技じゃないんだって事くらい。
いつ狙撃されるか、どこから狙撃されるか、あまつさえ本当に存在するのかさえも分からない。そこまで気配を消せる狙撃手はそういないはず。せめて杞憂ならいいのだけれど。
そんな事を考えながらも目的地の座標まで到達する。やがて三人で地面に降り立つとエクレシアはベルファークへの連絡を取り、ユウとエトリアは戦闘の為に準備を始めていた。
「エトリア。もう一度言うけど、こればかりは前のマフィア戦みたいにはいかない。激痛に飛び込む様な物だから、注意して」
「はい」
そうして三人は行動開始した。
セントラル・タワーを守る為に。そして、奴らを倒す為に。