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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter1 灰と硝煙の世界
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018  『命を大事にするという事』

「……ってな訳で、正規軍の奴らが起こした一連の事件は普通のテロだって事で落ち着いた」


「なるほどね。やっぱこういうのって一般人には隠す物なんだ」


「当たり前だろ。それとも正規軍がもっとテロを起こしに来ますって住人に言い散らかすか?」


「そりゃできない」


「だろ」


 夕方。

 リコリスは十七小隊の本部に戻ってガリラッタからの報告を聞いていた。それも朝に残していた書類を片付けながら。

 アリサがユウにくっ付けた簡易盗聴器から聞いていた会話で正規軍と聞いた時には焦り散らかしたけど、まさか本当に正規軍の関係者だったとは。これで信憑性が高まったのと同時に両者の危機感も募ったって訳だ。さり気なくペンを回しながらサボっているとある事に気づいて問いかける。


「……そう言えば前にも似たような事なかったっけ。第三小隊の管轄区域で」


「ああ。そん時は捕まえられなかったけど、手口が似てるとの事で捜査課は同一犯である可能性を睨んでるそうだ。もちろん、既に何人も潜んでる可能性もあるみたいだけどな」


「そのせいで仕事が増えるんだからレジスタンスの人達も大変だよねぇ」


「あんたの仕事も増えるんだよ……」


 他人事の様に言うとガリラッタからそうツッコまれる。

 でも本当の事だ。何か事件が起きればレジスタンスは街の警備を手厚くしなきゃいけないし、半分の人がバイト感覚でやってるって言うんだからシフトを増やされるばかりだ。それ程なまでに嫌な事はないだろう。


「で、結局実行犯の五人はどうだったの?」


「それが俺達で抑えた三人は捕まえたんけど、爆弾女と魔術男は取り逃がした。でもその場に血とか所有物と思わしき物が残ってたから追跡する事自体は可能らしい。何よりもあそこに腕が一本と大量の血痕が残ってた事には感謝しなきゃな」


「なるほどね。出来れば仕事が回って来ればいいんだけどっ……」


「事務作業が嫌だからだろ」


「いえす。大体パソコンとかあるクセに何で報告書だけは紙媒体なの! 全部データでやればいいのに!」


「しゃーないだろ。現状でもサーバーがパンパンらしいんだから。早くサーバーデータの上限が上がる事を祈るんだな」


 そう愚痴りながらも背もたれに寄りかかる。まぁこれも隊のリーダーになった宿命という物だ。大人しく受け入れなければいけない。

 と、ここまでがいつもの流れだ。この先はやる気を削がれながら事務作業に戻るのが通常。でも、今回ばかりは一つだけ違う物があった。


「……で、ユウはどうなの? 意識は?」


 するとガリラッタはタブレットを見つめながらも目を逸らした。それだけでもどういう状況なのかを察する。

 まぁ、分かってはいた。だってあの時の傷は普通ならとっくに気絶してもおかしくないし、むしろ生きている事が不思議な程だったのだから。


 あの後はすぐに救急車に運ばれて身近な病院で手当てを受けるって話を聞いたけど、やっぱりあの傷じゃすぐに意識が回復する訳なんてないか。

 やがてガリラッタはユウの状態について話し始める。


「意識不明の重体。銃で撃たれた所が五ケ所と、掠った所が三か所。右手はナイフで突き刺され、左の腕と肋骨は骨折。そして左半身の更に半分の火傷。ナタシア最高の治癒術者……ドクターが直しても完治に一か月は掛かるそうだ」


「推薦試験に被るかどうかか……」


 予想以上の重傷に本気で悩む。机に肘をついて額を押さえ、視線は資料に向けられながらもユウの事を考えた。

 これじゃあ推薦試験に挑む事は確実に不可能。元々不可能に近い状況ではあったけれど道は完全に途絶えたって訳だ。それに問題はこれだけじゃない。ユウが起こした問題はもう一つだけ重大な物を犯している。


「最後にユウの取った行動だが……」


「分かってる。然るべき罰は受けて貰う、でしょ」


「ああ」


 確かにユウの取った行動は最善で、人々を巻き込まないように最上階にまで誘導し、警報で人々を下に集めて戦闘した。けれどそれは人道的な意味での最善。立場的な意味合いでなら最善ではなくなってしまう。

 それをリコリス達は理解していて。


「見習い兵士が隊長の許可も無く戦闘する事は許されない。人々を守る為とは言え、自分の身すらも守れない兵士は処罰対象、だったけ」


「その通りだ」


「それなのによく拳銃を渡した事隠しきれたね」


「言うな」


 リベレーターは人々を守る為に設立された民間軍事組織だ。だからこそ見習い兵士であろうと人を守る為に動くのは正しい事になる。でもそこに戦闘を付け加えると問題は変わる訳で、人を守る為には自分の命も守らなきゃいけない。まだそれが出来ないからこそ見習いになっているのに許可なく戦闘する事は基本的に許されていないのだ。


 例えユウが異世界人という立場にあったとしても処罰は変わらない。全て均等に判断される。だからこそユウの処罰も変わらないのだ。

 人を守る為に努力しているのに人を守る為に戦えないなんて、酷い皮肉である。


「……私がユウを助けた時さ、怖かったんだ」


「え?」


 静かにそう喋り出す。

 眼を閉じて再生した。最上階から飛び降りて来るユウを助けた時の事を。


「あの時、ユウ凄い怪我だったでしょ? 私もあいつとの戦闘を通して怪我を負った」


「そりゃ右手に丸々包帯巻いてたらな」


「なのにユウは私の腕を見た途端に凄い心配しだしたの。凄い取り乱してさ、それが、凄い怖かった」


「…………」


 するとガリラッタは黙り込む。その意味を即座に察してはどんな状況なのかを理解したから。つまり、ユウは思ったよりも深刻な状況下にいるという事になる。

 だって――――。


「きっとユウは天性的に自殺の申し子だから」


「言い方……」


「でもそれしか説明のしようがないでしょ? 自分の命はどうなってもいいクセに他人の命は意地でも守りたい。そんなの、戦う人の方が死ぬ可能性の高いこの世界じゃそうとしか言いようがない」


 その言葉にガリラッタも黙り込む。だってユウの行動にはそれしか説明のしようがないのだ。機械生命体であれ感染者であれ正規軍であれ、戦闘をするのなら死ぬ確率は必然的に高くなる。それなのに自分の命はどうでも良くて他人を助けたいだなんて、この世界じゃ自殺としか言い様がない。

 逆に言えばそれ程優しいという事なのだけど、自分の命すらも守れない人に誰かを守る価値なんてない。


 だって、自分の命は世界で最も大事な物のはずなのだから。



 ――――――――――



 数日後。

 あれから毎日ユウがいる病院で通っていたのだけど、一度も意識が戻る事はなかった。通う度に見るのはチューブ繋がるユウだけ。可能性があるとの事でこの街最大のドクターが見てくれたけど、それでも目覚めるのはいつになるか分からないらしい。

 でも、そんなある日だった。ユウが目覚めたのは。


「りこ……り、……?」


「ユウ、目覚めたんだ」


 薄っすらとだけど目を開けてはこっちを見て来る。少しの間だけ覚束ない目でリコリスの事を見つめるけど、やがて意識が完全に回復したようで目を大きく見開いた。

 だから反射的に起き上がろうとする体を抑えると彼は咄嗟に質問する。


「事件は!? あの後どうなって――――」


「起きないで。痛むよ」


 すると大人しく寝転んでリコリスが説明するのを待ってくれる。起きたばかりのユウにとっては辛い話かもしれないけど、でも、話さなきゃいけない事だからこそ辛い部分も話し始める。


「事件は普通のテロって事で解決した。目撃者もいたって事でユウは勇敢に戦ったって称賛されてた」


「そ、そっか。ならよかった……」


「でも問題はここからなの。今のユウの傷が完治するまで最低でも一か月は掛かる」


「…………」


 そう言うとユウは絶句した。そりゃ、今まで推薦試験を挑む為に頑張って来たのだ。なのに今から訓練が出来ないって事は、当然推薦試験までには間に合わないという事になる。

 今の状態でも必要最低限のラインはギリギリ超えているはず。でも越えてるからって挑ませる程リコリスは楽観視していない。だからこそ真正面から告げた。


「――推薦試験は受けさせない。そう簡単には、死なせない」


 するとユウの瞳から一気に光が失われる。今まで目指していた物が途絶える。その苦しみは欠片でも理解しているからこそ、今のユウの気持ちが理解出来た。

 本当ならここからまだ処罰の話が残ってる。でも、流石にそこまで話すって言うのは酷という物のはず。だからその事を伏せながら次をどうしようと考えていると、ユウは袖を掴んで縋る様に言う。


「受けさせてくれ」


「ダメだよ」


「何で……!」


「今のユウじゃ力不足だから」


 今回ばかりは流石に無理だ。夢を見るのもいいけど、相応の現実も見なければいけないのだから。

 ユウは何かしらの目標に縋らなきゃ生きていけないのは知ってる。故に辛い現実を押し付ける結果になるけど、ただ今は死んで欲しくなかった。

 ――それなのにユウは諦めない。


「……戦闘中にさ、分かった事があるんだ」


「なに?」


「死ぬ事が怖くなかった。俺の命がどうなっても、どうでもよかった。でも誰かが死ぬのは何よりも怖かったんだ。リコリス達も、あのリベレーターの人も、関係ない他人でさえも、死なせたくなかった」


「…………」


 優しさと捉えればいいのか、ただの馬鹿と捉えればいいのか。

 嘘を付いてないのは魔眼を使わなくたって分かる。ユウは心の底から誰も死んで欲しくないんだって思ってるから。でも、だからって推薦試験を受けさせていいはずがない。

 だからリコリスは手を握ると言い返した。


「私だってユウには死んで欲しくない」


「え?」


「自分は死んでもいいとか言うけど、私からしたら死んで欲しくなんてないの」


 リベレーターに入ってる人は必ず誰か一人は大切な人を失ってると言っていいだろう。テスもアリサもガリラッタもイシェスタも、もちろんリコリスも大切な人を失ってる。みんな誰も死なせたくない。だからこそユウを気にかけて心配してるのだ。

 するとユウは静かに問いかける。


「……推薦試験を受けていい条件は?」


 即座に「ない」って言い返そうとする。けれど、脳裏でユウの技術を考えてストップをかけた。もし仮にあの時みたいな身体能力がまだ使えるのなら――――。

 ユウを死なせない。その為にはきっと彼にとっては難しい条件になるはずだ。それでもリコリスは一切遠慮する事なく条件を付き出した。


「自分の命を心から大切にする事。それだけ。それが出来ないのならユウに推薦試験を受けさせる事は出来ない」


 そう言うとリコリスは立ち上がって部屋を出る。途方に暮れるユウを置き去りにしながら、微かな迷いを連れて――――。

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