188 『自称・マッドサイエンティスト』
スラムに足を踏み入れてから既に数十分。ユウとエクレシアは一時的に別れて各々で聞き込み調査を開始していた。スラムって人の話を聞かない野蛮な男がいると言う印象だったのだけど、出会う人は意外と親切に情報を提供してくれた。
まぁ、それがリベレーターであるからこその影響なのかは、全く以って分かり様のない事なのだけど。
しかし全ての人がそうという訳でもなく、中には一触即発で戦闘になりかける事だってあった。一応緊急事態用の合図があるから駆けつけてもらう事は可能なのだけど、そこら辺は一人でも何とかなった訳で、更にスラムでの情報は他よりも有力な物が多かったからかなり助かる結果となった。
どうやらスラムでは子供も大人も駆け回る事が多いらしく、街の中心にも潜んでいるらしいから全体を通して浅い情報網となっているらしい。中にはこの街の路地裏を全て把握してる猛者までいるのだとかなんとか。
とまぁ、そんな情報の中で一つだけ大きな手掛かりを手にしていた。
「で、互いの情報から導き出したのがここと……」
「スラムの情報自体信憑性はない方なんだけど、まぁ、現状で一番有力な情報がスラムの情報なんだから信じるしかないさ。それに、これのおかげで嘘をついてる人は少ないと思うし」
エクレシアと合流してはリベレーターの腕章に触れて呟く。普通の市民からすればリベレーターは自分達を守ってくれる頼もしい存在なのだろうけど、スラムから見れば一気に見方が異なって来る。だって自分達の事は助けてくれない上に人によりけりで敵対視されるのだから。その上武力は自分達よりも上なのだから、ある意味恐怖の対象と言っても過言ではない。
二人はある建物の前に立つと何の変哲もない施設に顔をしかめた。見た目だと普通の施設でしかないのだけど、二人で手に入れた情報を掛け合わせるとここが例の怪しい研究所になるのだ。本当なのかと疑問に思いながらも出入り口に近づく。
「ど、どうする? ノックでもしてみる? それとも蹴飛ばす……?」
「蹴飛ばしちゃダメだよ。まだ証拠が掴めてる訳じゃないから、最初は優しく」
しかしこういう状況にあまり慣れてないユウは迷いながらも問いかけ、エクレシアに冷静なツッコミをされながらもインターホンを鳴らす姿を見守る。
だが仮に悪事を働いていたとしたら簡単に出る物だろうか。こっちの姿はカメラ越しにバレバレだし、リベレーターのロゴを見た瞬間に逃げ出しそうな物だけど。
インターホンを鳴らしてからしばらく。二人はただ静寂を聞いたまま直立不動していた。やがてもう一度鳴らすも反応はなく、ユウ達を見た事で逃げ出した説が濃厚になって行く。だからユウは双鶴を起動させて上空からの索敵に入ろうとした。
でも、その時に背後から声をかけられて。
「――どうしたのかね」
「っ!?」
完全に虚を突かれて驚愕しながらも振り向いた。ちなみにエクレシアはその事を分かっていたのか、特に驚いた様子もなく普通に振り向く。その先には一人の老人がいて、左目に火傷の跡が残った老人は右目を開いて真っ直ぐにこっちを見つめる。するとエクレシアは咄嗟にユウの肩に手を置いて前に出る。
「すいません、ここに住んでる方でしょうか?」
「そうとも。私はここで生活しているが……お客さんだなんて珍しいね。――例の噂の正体でも確かめに来たのかな?」
「っ――――」
「バレちゃいましたか。はい、そうです。噂と聞いて居ても立っても居られなくて」
瞬間、その老人から解き放たれた違和感に体を震わせる。右目に灯る鋭い光のせいなのか、はたまた潜在意識が老人から敵意らしきものを感じ取ったのかは分からない。ただ確実に普通ではないという確信だけが残る事となった。
だからか、エクレシアはつま先を踵で踏むと冷静さを取り戻させる。そこで気づいた。警戒してるのが表情に出ている事に。
まだ敵と判明した訳じゃないが、裏返せば敵かも知れない可能性は十二分に含まれている。そこで下手に警戒している事を悟られれば情報を隠蔽しかねない。エクレシアは既にその事も含めて冷静に対応してるんだ。精神面でも驚かないなんて、さすが第一大隊の二番隊隊長と言った所だろうか。
「はっはっはっ。若いというのはいい物だね。ここまでやって来てしまう。――君の言う通り、ここが噂されている研究所さ。と言っても、そんな酷い事はやっていないがね」
「研究所……。何の研究をしてるんですか?」
「そう難しい事はしていないさ。与えられたデータの解析を少々ね。見ていくかい?」
「ぜひ!」
エクレシアはあくまで興味津々のリベレーターを装う気らしい。だからユウも同じ様に表情を入れ替えてその気になりながらも老人の後を付いて行った。すると老人は指紋認証でもなく普通の鍵でドアを開けて二人を仲に招き入れた。
その瞬間にエクレシアが眼だけで言う。
――警戒は怠らないでね。
――分かってる。
中に何があるか分からない上に閉じ込められる可能性は高い。だから右手は即座に反応できる腰の拳銃へ伸びて行く。その上表情は輝かせながら。
でも、施設の中は警戒せずにはいられない物で。
「ッ――――!?」
視界に入ったのは薄暗い部屋なのだけど、何よりも眼を引いたのは幾つも並んだ大型のタンク。薄緑色の液体が入っては人影が入っていて、いかにも実験が行われていそうな雰囲気が出されていた。何よりもタンクの中に入っていたのが子供のサイズの人影で。
だからユウは即座に右手から拳銃を解き放とうとするのだけど、エクレシアはユウが動き出すよりも早くひじを押さえて動きを止める。
まだ早いって事なのだろうか。
「……このタンクは?」
「これは私の趣味さ。これがあるとマッドサイエンティストっぽいだろう? あ、ちなみに中身はそれっぽい人形を取り繕って入れてるだけだよ」
「ず、随分と良い趣味なんですね……」
「優しいな。君は」
タンクの中は偽物。そう言われて目を細める。確かに中に入っている人は顔が描かれていないし、本当にただの人形なのだろう。それを背後から光を当てる事によってマッドサイエンティストっぽい雰囲気を演出していると……。
もう一度虚を突かれて黙り込んだ。
「驚かせてしまったかい?」
「え、ええ。びっくりしました」
「はははっ。無理もないよ、こんなのを見せられれば。……話が逸れてしまったね。私の研究はこれさ」
すると老人は部屋の奥にあるもう一つの部屋へと移動した。だから二人も移動するのだけど、その時にユウは更なる警戒を無意識の内にでもしてしまう。だってこのタンクやさっきの眼を見た瞬間から本能が警報を上げているのだから。本能で分かる。あいつは嘘をついているんだって。その嘘が何なのかは何も分からないけど、でも、データの解析以外にも何かをしているはずだ。
その時にエクレシアが小さく言う。
「大丈夫?」
「……ごめん。大丈夫」
奴の行動のみに気を取られているのか否か、エクレシアはその違和感を掴めずにいるみたいだった。だから全力で警戒の色を見せるユウに不安げな視線を向けて来る。
これは恐らくユウが他人の感情に異常なくらいの敏感さを見せるせいだ。そう決めつけて自分を納得させると落ち着きを取り戻して老人の跡を追う。部屋の中を見回して隠し通路みたいなのがないのかも確認しながら。
しかし奥の部屋にはまたもや驚く物があって。
「でっかい機械……と、コンソール……?」
「私が研究しているのは機械生命体等の信号でね。奴らの信号は我々の使っている信号とは似て非なる物だ。だからコレを解析する事により、より迅速な発見へと繋げようとしているのだよ」
奥にあったのは大きな機械とソレに繋げられたコンソールで、彼は大きな機械の中から機械生命体のコアと思わしき部品を出すと自慢げに語って見せた。その他にも解析用の道具と思われる物がそこかしこに転がっているし、壁には同じ形をしたコアがいくつか飾られてあった。
それを見たエクレシアは当然の疑問を問いかける。
「で、でもどうしてこんなスラムの辺境で……? 街の中に施設を構えれば、もっとちゃんとした設備も与えられやすいですし、何より今噂になってる話みたいにややこしい事だって起きないはずなのに……」
「それはコアが発生させる信号のせいさ。このように電気が通ってない状態でも、機械生命体のコアは微弱ながらも信号を放っている。こんな風にね」
すると彼はユウを手招きして間近に引き寄せエクレシアにコアを渡した。次の瞬間から機械生命体の信号が検出された警報音が鳴り響き、二人は脊髄反射で距離を取ると各々の武器に手を伸ばすのだけど、今のが証明なんだと察してすぐに落ち着きを取り戻す。
「なるほど、街の中だとソナーが強すぎて反応してしまうと……」
「そう言う事さ。微弱でも信号を放っていれば街のソナーに捕まってしまう。だから少しでも引っ掛からない様にスラムの辺境で解析をしているんだ」
「それなら仕方ない、ですね」
その瞬間に視線だけでユウに問いかけた。「他に何か妙な物はないか」と。だけど残念ながらこの場で捕まえるに至る証拠が見当たらないのは確かで、怪しさは満点だけど早とちりはせずに「何もない」と返した。
ここまでで必要最低限の情報は手に入った。なら後は逃げるだけだ。まぁ、逃がしてくれるかどうかではあるが。
「――それで、君達はどうするのかな?」
もう一度放たれた鋭い視線。それに反応して指先が無意識に震えた。けれどもうその眼には慣れ始めている訳で、特に大きな反応もせずに言った。
「俺達は噂を確かめたかっただけですよ。真相を知ったからと言って特に言いふらす気もありません。個人的な行動でもありますから」
「それは助かる。妙な噂が流れていた方が、マッドサイエンティストっぽくて私的には好みだからね」
「そうなんですか……」
あらかた説明された後に絶妙な言葉を突き出されて黙り込む。やがてエクレシアはこのタイミングで話を切り上げるとなるべく自然に見える様取り繕いながらも外に飛び出す。
「それでは、ボク達はこれで」
「気を付けるんじゃぞ」
一見強引そうに見えた撤退だけど、思いのほか滑らかに外に出れた事にびっくりする。エクレシアも少しばかり驚いているのだろう。若干ボーっとした様な表情で立ち尽くしていた。そしてユウの手を引くと施設から離れて問いかける。
「……ユウ。あの人と会ってからずっと警戒してたよね。それって、あの人から何かを感じ取ったからだよね。それって、何?」
「あれ、気づいてたの……?」
「あんだけ敏感にしてたらね」
まぁ、自分でも分かるくらいに警戒していたし、エクレシアなんかは特に察知しやすかったのだろう。彼女からの問いかけに答える為にも、抱いた事をありのままに答える。
「……あの人、間違った事は言ってないと思う。本当に解析をしてるだけで、本当にマッドサイエンティストっぽい演出を味わってるだけ。でも――――」
「でも?」
「――あれは、嘘つきの眼だった」