186 『怪しい噂』
「そう言えば、二十八区は第一大隊二番隊の管轄区域なんですよね」
「うん」
「その二個隣にある三十区が十五小隊の管轄区域って、なんだか妙じゃありませんか? こう、配置的に」
「そうはいっても決めたのは指揮官だし……」
午後。
早速行動開始をしたユウとエトリアは第三十区に立ち寄っていて、そんな様な事を話し合っていた。とは言っても簡単に流しながらの会話なのだが。
やる事はただ一つ。最初は住人に聞き込みをして何か手がかりがないかを探すだけ。その次にエクレシアとその部下も集めているみたいだから、手に入れた情報を照らし合わせて怪しい研究所がどこなのかを割り出す。それが大体の流れだ。
エクレシアは数があれば何とかなると言ってはいるけど、こういうのって大抵何をしても見つからないから気を引き締めなければならないだろう。きっと気を許したまま探せば挫折する事になるだろうから。ちなみにラディとクロストルには既に事の顛末を話してある。二人が街中を飛び回れば三日以内には見つかる事だろう。
「あの~、すいません。ここら辺で子供が急にいなくなったりとか、怪しい音を聞いたりとか、してませんか?」
「子供がいなくなる? いや、俺ん所にゃそんな話はねぇな」
「そうですか。ありがとうございます」
だが、やると決めた以上与えられた役目は果たさなければいけない。あの二人は自分で探索するタイプだけど目撃情報も大事な情報の一つだ。あるとないではかなりの差が出るだろう。その為にも聞き込みは大事になって来る。
しかし、そうはいっても作業自体は物凄く地味な上に進行もかなり遅めだからやっぱり心に来る物がある。無意識の内にでも結果を急いでしまっているのかも知れない。
特定の人がいればいいのだけどそう言う人もいないし、やはり手当たり次第にやるしかないのか。
「ユウさん……」
「まだ焦る時間じゃない。今は地道に手掛かりを探そう」
子供達の命が掛かっていると言っても過言ではない。だからエトリアは不安そうな目で問いかけて来るのだけど、ユウは冷静に行動する為にもそう言って落ち着かせる。エクレシアによると部下以外にもアテがあるそうだから当たってみると言っているし、数が増えればそれほど有利になって行く。見つけるのも時間の問題と言う訳だ。
が、口の中には焦燥の味が広がって行く訳で。
既に三十人に聞き込みをしても結果は何も得られずじまい。冷静にとは言ってもこのまま何も見つからないのではないかと言う憶測が飛んで来てしまう。元の情報があまりにも不確定な物だから仕方ない気もするのだけど。
人体実験の噂をされている研究所……。研究所と言うからにはそこそこ大きい施設を想像するけどこんな世界だ。近未来の技術的なアレで機械が小さくなってたっておかしくない。だってナノマシン的な物とかを再現する程の技術力だし。
ならば絶対に表には置かないだろう。となれば在りそうなのは路地裏とかスラムとかの人があまり立ち寄らなさそうな所だろうか。
しかし第二十八区はそれなりに街の中心部にある。外壁付近の街ならスラム的な所になっていたっておかしくはないけど、そんな遠くに施設を構えながらわざわざ子供をさらいに来るだろうか。あらかじめ予想はしているけど子供と噂の件は別件である可能性もある。そもそもの噂としての話だから研究所があるかどうかも定かではないのだが。
でも、どれもこれも、大切な友達からの頼み事だ。到底見過ごすわけにはいかない。まだ何も掴めない訳だけど、いつかはきっと――――。そこまで考えた時だ。行き詰まりに直面した二人の前に彼女が現れたのは。
「あれ、ユウ君? どしたの?」
「エルピス……」
暇なのだろうか。悠々と歩いていたエルピスはふとこっちを見付けるとすぐに駆け寄って来る。まだ街の二割も聞き込みをしてないけど、彼女に頼ってみるのもいいかも知れない。そう考えていると初対面であるエトリアの事を問いかける。
「その子は?」
「はっ、初めまして! 先日十七小隊に入隊したエトリアと言います!」
「エトリア……。ああ、あなたが最近噂になってるリトル・ルーキーなんだ! どんな屈強な男かと思ったらこんなに可愛い女の子だなんて!」
軽く自己紹介を済ませるとエルピスはすぐさまエトリアの事を気に入った様で、肩に腕をかけるとナンパをするみたいに話しかけた。だから妙に危機感を感じたユウは即座に二人を引き剥して間に入り込む。
「で、何で十七小隊に入ったの? さっきも距離が近かったし、もしかしてユウ君目当て?」
「めっ、目当てなんてそんな事は……!」
「ハイハイそこまで。あんまり困らせないで」
エルピスの明るさと言うか活発さは初対面の時に十分思い知らされた。コミュ力が高い上に誰にでも触れ合う性格なのは別にいのだけど、問題なのはその勢いだ。先輩として後輩を困らせるのは些か見過ごせない。
するとエトリアを庇う動作に彼女はニヤリと微笑む。
「へぇ~、随分と肩入れしてるんだ、エトリアちゃんの事」
「一応初めての後輩だから。後輩を守るのも先輩の務めです」
「君にとって私がどう見えてるのか気になる所だけど……まぁ今はいいや」
そんな会話でエルピスは苦笑いを浮かべながらも水に流す。そして表情を入れ替えると顔をしかめながらも彼女にとって当たり前の質問を飛ばした。
「んで、どうしてこんな所に? 何かおつかい?」
「そう言う訳じゃないんだけど……今、例の噂に付いて色々と調べてて」
「例の噂? もしかして怪しい研究所の事?」
「そう」
エルピスに頼るのは最終手段みたいな感じで考えていたのだけど、ここで情報を得られるのならそれでもいいと考えて彼女の知恵に頼る。どの隊も管轄区域内の事は大体把握できるみたいだし、情報を開示される義務が云々カンヌんとリコリスも言っていた。
すると彼女は小さく頷いては手掛かりを口にする。
「そーいえば子供がどうのこうのって……」
「知ってるの!?」
「まぁ、一応ね。ただ望む情報じゃないと思うけど、聞くだけ聞いて。私が聞いた感じだとD-56……要するにスラム施設があるかもって噂があるの」
「スラム? スラムに拠点があるのにここらで子供がいなくなる……?」
「そこら辺は私にも分からない」
今の所エルピスの情報ほど有力な手掛かりはないだろう。まぁエルピスの情報しかないから当然なのだが。しかし今のでいくつかの謎が出て来た。後はそれらをしがらみ潰しに探していくだけだろうか。
考察しているのも束の間。エルピスは指を鳴らすとアドバイスをくれた。
「ただま、そう出来るだけの可能性がある事だけは確かだよ」
「そう出来るだけの可能性?」
「可能性は私達の足元に埋まってるって事。君ならこれで分かるでしょ」
「足元……」
そう言われて足元を見つめた。しかし足元に埋まっていると言ってもこの下に何があると言うのだろうか。スラムからここまでの距離で子供をさらえる可能性が足元に埋まっている。となれば何か通路でもあるのだろうか。となるとユウでも分かる足元に埋まった通路と言えば――――。
「――下水道?」
「そゆこと」
「んな遠回しな言い方をせんでも……」
確かし下水道ならスラムからここまで繋がっていそうだし、場所によってはバレずにさらう事が出来るだろう。つまりさらう張本人にとって下水道は唯一の通行手段……? となれば下水道さえ把握してしまえば奴は必ず姿を現すはず。そう考えながらもちょっとした期待を込めてエルピスへ問いかけるのだけど、帰って来た答えは予想通りの物で。
「一応聞くけど、エルピスは……?」
「あーごめん。私最近ちょっと忙しくてさ」
「いや、大丈夫。元々噂を確かめようってのが変な話だし。情報提供ありがとう!」
あれでもエルピスは十五小隊隊長なのだ。リコリスみたいに仕事で忙しいし、噂話に構ってられる暇は到底ないだろう。だかこれは仕方ない事でもあるのだけど、そうと分かっていてもやはり悔しい物がある。だから少しばかり分かりやすくがっかりしながらも威勢よく手を振って走って行く。
「ユウさん、これからどうするんですか?」
「まずは下見から行こう。その為にも下水道の入り口とかを把握しなきゃ」
《A.F.F》でマップを開くとそこから下水道の入り口を探し出そうとする。でもこのご時世でそう簡単に下水道の入り口が露出している訳でもなくて、手当たり次第の捜索を余儀なくされる。
「やっぱり下水道……というよりかは地下水路の入り口はないか。マンホールがそこらじゅうにあるって訳でもないし、やっぱり手当たり次第に探すしか……」
というより、仮に地下水路に入る事が出来てもどの方角に行けばどこに繋がるのかも分かっていない。さらう張本人の足取りを追うのなら地下水路の地図でも入手しない限り不可能だろう。と、そう考えていたのだけど、エトリアがある事を思い出したかのように言う。
「……路地裏」
「え?」
「路地裏にならあるかも知れません。私、おじいさんに拾われる前は路地裏を彷徨ってたので、どこに何があるのかって言う傾向には少し強いんです」
今のエトリアからは想像も出来ないくらいの壮絶な過去。その手掛かりに喜ぶ半面、当時のエトリアが辛い思いをしていた事を忘れちゃいけない。その事を頭に入れつつも思い出してくれたエトリアの頭を軽く撫でた。すると彼女は嬉しそうに頬を染める。
「よし、ありがとうエトリア! その情報だけでも凄く助かる!」
「えへへ……」
となれば善は急げ。ユウは少しでも手掛かりを掴む為に急いで路地裏へ駆け込んだ。早く地下水路の入り口を見付けられればそれ程見つける時間が速くなると言う事だし、早いに越した事はない。だから走り出してマンホールでも探そうとするのだけど、その時に丁度一人の人影にぶつかって。
「――うわっ!?」
バランスを崩しながらもぶつかったその人を見る。今は急がなきゃいけないのだけど、流石に無視したまま走って行くのは失礼だと思ったから。
でも、その考えは即座に斬り捨てられる事になる。
だって、その少女はボロボロの服を身に纏い、腰まで伸びる綺麗な赤髪すらも汚れた、小さな女の子出たのだから。