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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter4 選択と代償
184/445

183  『変化する物』

 翌日。

 ユウはいつも通りに起きていつも通りの日常を過ごしていた。……今までは。

 今日から格段に変わった事が二つある。一つ目はみんなが何かをやたら警戒していると言う事。何に警戒しているのは分からない。ただ目が少しばかり鋭くなったと言うか、画風が変わったと言うか。そして二つ目と言うのが――――、


「…………」


「…………」


 エトリアがやたら背中を追って来ると言う事だ。朝起きて執務室で顔を合わせてからずっと背中に張り付かれている。別にそれがどうしたって話になるのだけど、ずっと後を付いてこられるとどう反応すればいいのか分からない。彼女も何も言わずにただ無言で視線を向けながら付いて来るから何を考えているのかも分からないのだ。


 何? 何か試されてたりする? そんな事を考えながらも書類を運んだり双鶴のメンテナンスの為に工房へ足を運んだりする。

 彼女からの視線が痛い。かなり痛い。この行動が好意から来てる物なのか別の何かから来てる物なのかは分からないが、今だけは憧れた様な純粋無垢な瞳を向けられている事が何よりも辛かった。そんな視線を向けられても特にやる事なんてないと言うのに。


「随分とくっ付いてるわね……」


「てくてくとユウの後を追ってるな」


 傍から見ているアリサとテスにもそう言われ、新人が入ったと話を聞いている整備士からも似たような事を言われては珍しそうな物を見る視線を向けられる。まぁ整備士とか清掃員に至っては隊員とほとんど触れあう様な事はなく傍から眺めるだけだし、基本的に一人でいた頃のユウしか知らな人からすれば珍しい光景なのだろう。

 やがてユウは我慢できずに立ち止まっては問いかけた。


「なぁエトリア。さっきからずっと俺の後を付いて来てるけど、何で?」


「え? そ、そうですね……。あまり意識はしてませんでしたけど、多分、一緒にいたいからだと思います……」


「っ――――」


 やや頬を染めながらもそう言うエトリアに何かしらの感情が込み上げる。その感情は胸が締め付けられる様な、体が少し火照る様な感覚を引き連れて来る。それが何なのかはいまいちよく分からない。ただ、ユウも彼女を意識し始めている事だけは理解出来た。元々保護対象として見ていたのもあるだろうけど。


 この感情がよく分からないからと言って斬り捨てる様な事はせず、今の感覚を噛みしめながらも脳裏に刻んで記憶する。きっとこれらの意味をエトリアが教えてくれるだろうから。

 と、そうして心を落ち着かせようとしたのだけど、ある視線に気づいてそっちの方角を向くとリコリスが何やら物凄く鋭い眼でこっちを見つめていて。


「――うおっ!?」


「ど、どうしたんですか?」


「何でもない何でもない! さ、早く行こう!」


「……?」


 反射的にエトリアには見せちゃダメだと判断して彼女の背中を押しては目的地まで急ぐ。しかしどうしてあそこまで鋭い眼をするのだろうか。エトリアに悪い事をしてるつもりはないしタブーも冒してないはずだけど、リコリスの中では何か違う様に見えているのか。

 まぁ今日から何かに警戒しているみたいだし、やたらと気張っているからあんな眼になっても当然……と片付けておこう。詳しい理由は後で聞けばいいだろうし。


 ある程度まで移動してリコリスの眼から逃れた後、ユウは立ち止まるとこれから何をしようかと考え始める。いつもの日課的な事をするのならこの後は街に出てパトロールみたいな事をするのだけど、それだと少しばかりパンチが弱いだろうか。やはりエトリアの視線に答えるのにはそれなりの事を起こした方が彼女の為にもなる……?


 しかしそれ以外の事なんてどれだけ考えても捻り出せない訳で、この後の行動をあらかた簡潔に伝えるとエトリアは拍子抜けの様な表情をした。やっぱり忙しいと思い込んでいたのだろうか。


「さて、これからの行動だけど……実はそんなやる事もないんだ。だから俺は街に出てパトロールみたいな事をしてる」


「ぱ、パトロールですか?」


「そう。そう言うのはレジスタンスもやってくれるんだけど、忙しくない時は本当に暇だからさ。それに顔を見せる事でいざという時に反応してくれる人もいるし。まぁ、最終的には平和って事なんだよ」


「へぇ~……」


 ユウも初任務を待っている時はあまりにも暇で酷く退屈した物だ。それ程なまでにこの街は平和って事になるのだけど。

 今まで数々の事件を解決してきたがそれは異例の物に過ぎない。通常という態で見るのならあんな事は滅多に起きないのだ。ただユウがその事に首を突っ込みまくっているだけ。詳しく考えなくてもよく首を突っ込む勇気があった物だ、と今更ながらそう思う。


「もっと忙しいって思ってた?」


「はい。年中無休って聞いてましたから、常に仕事があるのかと……」


「やっぱそう思うよなぁ。実際俺も入ったばかりの頃はそう思ってた。力を抜けって言うのは無理な話かもしれないけど、少なくとも安心はしていいよ」


 なんか初めて先輩らしい事を言えた気がする。そう思いながらも壁に背を預けた。

 しかし今は平気だからと言って大きな事件が起こらないと言う訳ではないし、今までの様に依然として警戒は抜けない。今は正規軍の問題もあるのだから。だからってずっと気張ってるのも無理な話であって。


 正規軍の宣戦布告。それはかなりマズい状況下にある。だってこっちの情勢は筒抜けなのに向こうの情勢は何一つとして分からないのだから。前回同様にいつ襲って来るかなんて分からない。現在も街の中に正規軍はいると考えられているし、あの爆殺女みたいに一斉起爆のテロを起こされたって不思議ではないのだ。

 更には過激派もいるのだから問題がてんこ盛りである。

 ぶっちゃけ安心できる要素はどこにもない。


「……じゃ、見回りに行こっか」


「え、いいんですか?」


「さっきも言ったように今は暇なんだ。ちょっとくらい寄り道しても文句は言われないよ」


 けれど危ないからって閉じこもっている訳にもいかない。昨日みたいに戦闘が起る可能性だってあるのだから。そうなった時、現場へ急行しやすいユウが先行して偵察を行わなければいけない。まぁそう考えても最終的には殴り勝とうとするのがユウの悪い癖なのだけど。

 治安維持もリベレーターの大事な勤めだ。忙しい時は本当に休む余裕もないのだから、暇な時は存分に羽を伸ばさなくては。


 そう言うとエトリアは笑顔を浮かべて頷き、昨日の続きをしようと我先にと玄関の方へ足を運ぶ。だからユウも後を追って外へ向かった。

 考えてみれば昨日はあのまま夕方まで忙しかったし、今度こそゆっくり街を見てみるのも悪くないかもしれない。また昨日の様な事が起らないという保証はないのだが。


 二人して外に出るといつもと何ら変わらない街並みが出迎えてくれる。考えてみれば、いつ戦争が起ってもおかしくないのにここまで騒がしい街並みはある意味異常なのかも知れない。そうなるくらいにリベレーターを信頼してるって事にもなるのだけど。

 エトリアはふと振り返ると問いかけた。


「今日はどこに行くんですか?」


「どこに行くって言われても……。適当に歩くくらいしかないかな」


 一応パトロールという名目で動くつもりなのだけど、エトリアは普通の散歩の様に楽しみにしているみたいだった。その証拠として目を輝かせてはこっちを見て来る。やっぱり彼女の視線は少しばかり痛いと言うか何というか。


「あ、それじゃあお勧めのお店があるんですよ! そこのアップルパイがサクサクフワフワで……!」


「パトロールの名目だからね! まぁ、みんなも変わらないからいっか」


 早速名目から逸れそうになるエトリアにツッコミを入れようとするのだけど、よく考えてみればみんなも似たような事はしているし大丈夫だろうか特にアリサとかは街をブラブラしている印象があるし。最早デートみたいな雰囲気になりつつもお気に入りの店まで案内しようとしてくれるエトリアの後を付いて行った。


「更にそのお店の良い所は美味しい上に安いんです。よく熟成されたリンゴと濃厚な蜂蜜が混ざり合って、外はサクサクしてるのに中はフワフワの生地が上手にマッチしてて!」


「凄い肩入れしてるけど、そんなにアップルパイが好きなの?」


「あ、いえ、アップルパイに限らず食べ物系は全般大好きなんです。訓練兵の時は休日になると街に出て食べ歩きツアーみたいな事をしてました。第七区にある豚骨ラーメンとか、第二十二区にあるチーズバーガーとか……」


 エトリアは外観的に図書館で本でも読んでいそうな印象があるのだけど、その言葉を聞いて意外と活発なんだと知る。休日を食べ歩きに使うとは、それ程なまでに美味しい物に目がないのだろう。しかし、彼女と触れ合えば触れ合う程あの時の控えめな少女とは思えなくなる。本当に別人のようだ。

 これもユウの影響なのだろうか。


「ちなみにここだとアップルパイの他には何があるの?」


「そうですね……ユウさんは結構ガッツリ行くタイプですか?」


「お肉は大好き」


「なら跳ね鹿亭の焼肉ですね。結構なボリュームで、ワンコインでもお腹いっぱいになれるんですよ」


「へぇ~」


 ユウもそれなりにこの街の事を詳しくなっていたつもりだったけど、やっぱり小さい頃からここに住んでるエトリアの方が詳しい様子。今度彼女と一緒に食べ歩きをしてみるのもいいかも知れない。

 と、そう思っていた。この瞬間までは。


「あーっ! ユウ兄ちゃんだ!」


「みんな……」


 声をかけられたからそっちの方角を見てみると、前にエトリアも含めて触れ合っていた子供達を見付けてつい虚を突かれる。そう言えば最近は忙しかったしロクに顔も合わせていなかったっけ。彼らにとって久しぶりの再会は物凄く嬉しい様で、笑顔でこっちを見てはすぐに駆け寄って来る。


「兄ちゃん今までどこ行ってたの?」


「ごめんごめん。ちょっと色々と忙しくてさ」


「リベレーターの仕事?」


「そんな所かな。今はようやく休む暇があったから見回りをしてたところだよ」


 正直忘れてたなんて言えない。ここ三か月はずっと強くなる為にリコリスと修行を積んでいたし、自分の事だけに専念していたからすっかり頭から離れていた。だから子供達に囲まれてはわしゃわしゃと頭を撫でて軽く相手をする。

 するとその中の一人がエトリアを指さして問いかけた。


「このお姉ちゃんは?」


「あー、やっぱりわかんないか……。エトリアだよ。ほら、一緒にトランプとかやってた黒髪の女の子」


「え~っ!? あのお姉ちゃんが!?」


 だからありのままを答えるのだけど子供達は以前のエトリアとは違い驚愕する。まぁ当然だろう。あんなに弱気で控えめだった少女がここまで成長したった三か月弱でリベレーターに入っているのだから。彼女は少しだけ足をかがめると言った。


「そう。私、リベレーターになったんですよ。この腕章が証です」


「すご~い!」


 腕章を見せると子供達のテンションは爆上がりしてエトリアに憧れの視線を向ける。エトリアはみんなより身長が高い事もあってお姉ちゃんみたいなポジションだっただろうし、みんなにとっては自分の姉がリベレーターになったような物だ。その憧れはユウでも計り知れない。


 一斉に憧れの視線を向けられると彼女は少しだけ頬を染め、ヨイショヨイショと持ち上げられる事にテレを隠しきれずに後頭部を掻いた。あんまり褒められまくるのには慣れていないのだろうか。

 そうしていると一人の少女が何かを思い出したように顔を上げてユウに話しかける。


「あ、そうだ。お兄ちゃんに会いたいっていう人がいるの」


「俺に? どんな?」


「リベレーターの優しいお姉ちゃんで、お兄ちゃんに一回会ってみたいんだって」


「…………」


 話を聞いてエトリアと顔を合わせる。どこの誰とも知らない人なら警戒したけどリベレーターだと言うし、腕章を偽造するのは技術的なアレで難しいと聞く。だからその話を聞いてユウは頷いた。


「分かった。じゃあ今度案内してく――――」


「こっちだよ!」


「あれ、もういるの!?」


 普通こういうのって日をまたいで会うのが鉄則なのだけど、既にスタンバってる事を知って驚愕した。どれだけユウに会いたいのだろうか……。

 しかし、普通なら問題児と呼ばれる人に会いたいと望む物だろうか。確かに掃討作戦でかなりの功績を上げたのは確かだけど八百長という噂も広まっているし、エルピスとかアルスクと同じ隊なら隊長のコネで会えるはず。それなのにどうして。


 そう思いながらも案内され、ユウとエトリアは建物の隙間を歩いて言った。するとその先に一人の人影があるのを見てその人なんだと察する。

 少女はユウを連れて来るとその人に喋りかけた。


「来たよ!」


「え、ホント!?」


 その直後にその人は振り向いてこっちを見た。

 肩に掛かるくらいの白髪に蒼眼の瞳をした、活発な少女が。

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