182 『日常の一貫』
「にしても、私が駆けつけた時には終わってるなんて、随分強くなったじゃん」
「これもリコリスが戦い方を教えてくれたからだよ」
夕方。
ここら一帯に潜んでいた全てのマフィアを制圧した後、ユウ達は駆けつけたレジスタンスにマフィアの身柄を渡していた。ちなみにリコリスの後にも続々と十七小隊の面々や他の所から駆けつけて来た隊員がいて、その全員が既に終わった事に対して驚愕していた。まぁこういうのってすぐに終わる物ではないし、至極当然の反応ではある。
最終的には運が良かったという話で片付いてはいるけど、ここまで速く終わった原因はユウの真意にあるだろう。普通の隊員は真意なんか使える訳がない。だからこそユウの真意は強力で、自身が弱くてもそれだけで隊長クラスの人にも張り合える。
それが一番の違いだろう。
するとリコリスはユウの体をじ~っと舐め回す様に見つめ、体の所々に刻まれた掠り傷を見つめた。今は治っているけど血が流れた後は残っているし痛々しい跡も残っている。いつもと比べてしまえば微かな傷でしかないけど、一般的に見ればそれなりの負傷であるのは事実で。
「でも、やっぱり無茶はしたみたいだね」
「無茶? したつもりないんだけど……」
「それは君の感覚が麻痺してるだけ。普通に見れば十分無茶してます」
リコリスに軽くチョップをされながらもそう言われる。まぁいつもしてる大怪我は普通じゃないし、(敵も大概普通じゃないから当然の気もするけど)感覚が麻痺しても仕方ない……のか?
そうしているとエトリアが問いかけて来る。
「え、ユウさんってこれ以上に酷い怪我するんですか?」
「そりゃもう酷いのなんの。ユウに一目惚れしてるのなら死ぬ程心配すると思うから、今のうちに覚悟しておいた方がいいよ」
「ひとめっ……!?」
冗談交じりにエトリアを弄ると顔を真っ赤にしながらも言葉を詰まらせる。分かってはいたけど一目惚れとかそういう系であったか。まぁユウを追ってリベレーターに入った上リトル・ルーキーと噂される程の努力をする程だし、それ程なまでに彼女の中でユウが特別な存在であるのだろう。誰かに一途な視線を向けられるのは初めてだから少しばかり困惑する。
するとリコリスは意外そうな表情で言った。
「ユウは赤面とか特にしないんだね。鈍感系主人公ですか?」
「そんなんじゃないよ。って言うかエトリアの好意には最初から気づいてた。ただ、誰かから一途に求められるのは慣れてなくて……」
偏に求められると言っても色々と条件は変って来る。今まではみんなからは希望としての意味合いで求められていたけど、エトリアからは一人の人間として求められているのだ。だからそんな風にして求められるのには慣れていなかった。というより、何をしていいのかも分からない。
鈍感系主人公と呼ばれても仕方ないだろうか。
彼女は少しばかり微笑むと肘で脇腹を突く。
「初々しい反応するねぇ~」
「しゃーないでしょ、どうすればいいのか分かんないんだから。感情には敏感だから気づける。でもその感情をどうすればいいのかまでは分からない」
「…………」
深刻なんだって自分でも理解してる。それが今まで自分から誰も求めた事がないんだって証明になるんだって事も。ここまで来るとまるで前まで心がなかったみたいな感じになってしまうけど、事実そうだから何とも言えない。生死がどうでもよかった頃は本当に無機質な心で生きていたのだから。
小声で話しているから照れているエトリアには聞こえてないだろうけど、ユウの言葉を聞いたリコリスはあまりの内容に少しばかり黙り込んだ。何て言えばいいのか分からないのだろう。ユウだってどんな言葉を続ければいいのか分からない。
けれどリコリスは微かに息を吐くと笑顔を浮かべながらも背中を叩いて言う。
「分からないのならこれから知って行けばいいと思うよ」
「え?」
「守りたい以外にも、自分がどうやって色んな人達と触れ合いたいのか。きっと様々な事を経験する中でそれを知って行くと思う。エトリアが導いてくれるはずだよ」
「エトリアが……?」
そう言われて振り返る。未だ一人でもじもじしている彼女だけど、本当にユウにそれらを教えてくれるのだろうか。というより、どうしてリコリスはそれを確信できるのだろう。振り返って確認しようとしても無言の微笑みで返されるから溜息を吐く。それは自分の眼で確かめろって事か。
ユウは色んな意味でまだまだ幼い。これからも成長しなければいけない。その布石なのだろう。
答えは出ないだろうけど今一度考えてみる。自分がどうやってリコリス達と触れ合いたいのかを。今までユウは“みんなを助ける”という意味でしか触れ合っていなくて、それ以外では私情を挟んで触れ合った事はない。それこそアリサとネシアの様に互いを求め会った事なんて一度も。
言い方は悪くなるけどエトリアがそれを教えてくれるとは思えない。だって戦う覚悟があっても性格が変わる訳じゃないし、以前のエトリアは臆病そのものだった。そんな彼女が教えてくれるとは―――――。
いや、きっとそれを既に見抜いているのだろう。エトリアはユウの知らない力を内に秘めているはず。リコリスやベルファークは既にそれを見抜いてるんだ。だからこうして接触させてはユウに何かを教えて用としている。そう言う事なのだろう。
「今は信じられないかも知れないけど、いずれわかる。それまでは今のままでいればいいと思うよ」
「――――」
知る時までは今のままでいればいい。エトリアへ言った言葉をそのまま返されて黙り込む。考える事は同じって訳か。
どうやら誰かに教えるのはユウだけではないらしい。
「わかった。リコリスがそう言うのなら、信じてみる」
「うん」
そろそろ捕まえたマフィアが輸送される頃だろうか。捕まえたからと言ってこれで仕事が終わったわけではないし、奇襲されるかもしれないから護衛もしなければいけない。入隊初日で初任務を終わらせたエトリアには悪いけどもう一仕事して貰わなくては。それを伝える為にも彼女に話しかけた。
「どうたった? 初めての任務は」
「は、はいっ。えっと、ユウさんがいてくれたので楽勝でした!」
「そっか」
いいな~と思いつつもエトリアの感想を聞く。だってユウの初任務は正規軍の魔術師……アルテとの戦闘だったし、それでかなりの負傷を負って初めての激痛を始まった。いやまぁ初めての激痛と言ったらショッピングモールでの戦闘なのだけど。
しかし初任務でエトリアは特に大きな怪我をしてないみたいだし、ユウみたいにならなくて本当に良かった。
まぁ、エトリアはそれどころではないらしいが。
「それよりその怪我、本当に大丈夫なんですか? 普通そうにしてますけど……」
「ああこれ? 戦闘する時は割とこうなるから掠り傷程度だよ。日常の一貫的な」
「これ日常にはいるんですか!?」
だから彼女からそうツッコミを食らうのだけど、戦闘してる時は割とこうなっているから日常と呼ぶしかないだろう。戦う度に何かしら問題を起こしてしまうのだからエトリアもじきに慣れるはずだ。ユウが何故問題児と呼ばれているのかにも対して。
「でもでも、いくら平気だからって放っておく訳には……!」
「心配してくれてありがと。でもこれくらいの傷なら回復薬で何とでもなるから大丈夫」
心配そうにするエトリアをなだめながらもそう言う。
きっとこれからも一緒にいる事は多いだろうし、ユウは衝動的にエトリアを守ろうとするから怪我をする機会は増えていくだろう。今まででだって大怪我してる訳だし。だからって毎回心配させるつもりは微塵もないが。
それにやらなければいけない事はまだまだある。もうじき輸送車両が出発する頃だろうし準備もしなければいけない。エトリアには悪いけど、回復するのはもうしばらくしてからになりそうだ。まぁ、ユウが望めば今からでも病院に運んでもらえるのだが。
彼女の頭をポンポンと撫でては輸送車両の元へ向かって行った。
「……これからもよろしくね、エトリア」
「はいっ! よろしくお願いします!」
するとエトリアは目を輝かせながらもそう言い、さっきとは打って変わってユウの背中を追って来た。やっぱり彼女はユウが思っている以上に純粋無垢なのかも知れない。その素直さがユウに何かを教えてくれるって事なのだろう。
そう思いながらもリコリスの元へ駆け寄った。二人の会話を見て妙にニヤニヤと微笑む彼女の元へ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「しっかし、初日なのに随分と仲良くなったな。あの二人」
「これはリコユウの時代は終わってエトユウの時代なんじゃない?」
「そうか、私の相棒ポジションが危ない!?」
数時間後。
ユウとエトリアが報告書を書く為席を外している中、執務室ではそんな会話が繰り広げられていた。そしてアリサの言葉を聞いたリコリスは咄嗟に立ち上がって自身のポジションが脅かされている事にようやく気付く。
「言われてみればイシェスタの後輩系キャラの座も危ないし、テスの親友キャラの座も脅かされてる……。エトリアって実は侵略者なのでは!?」
「ンな事ねーだろ……」
最初は隊員が増える上に有名人だからという理由で二つ返事でOKを出しけど、よく考えてみれば十分危険な事だ。だって彼女一人で最低でも三人のポジションを奪ってユウに張り付ける事になるのだから。いやまぁ彼女の経緯を考えればそうなっても仕方ない気はするのだけど。
個人的に誰にも話せない約束をした者として相棒ポジションだけは絶対に守らなければいけない。そう思い至って机を両手で叩くとみんなに高らかに宣言した。
「これより緊急会議を開始する! みんなで自分のポジションを守る方法を考えるよ!」
「そこまで大事?」
「そーだよ! アリサだってお姉さんポジション奪われたらいやでしょ!?」
「そのポジションを狙ってるつもりはないんだけど……」
「とにかく自分の立場は自分の立場で守らなきゃいけない。その為にも会議を開始するよ!」
そんなこんなで唐突に会議が開かれる訳なのだけど、我関せずのアリサとガリラッタはやや困惑気味な表情を浮かべながらも話を聞いていた。二人に限っては奪われる事はないから当然の反応とも言えるだろう。
しかし相棒と後輩系と親友ポジションは奪われかねない。キャラが濃い十七小隊の中で生き抜くには自分のポジションを死守せねばならないのだ。その為にも様々な案を浮かべては守り切れるように画策しなくてはならない。全ては自分のキャラを守る為に。
「――名付けて、エトリア撃退作戦!」
「撃退しちゃダメだろ」
テスの冷静なツッコミを以ってして、作戦会議は始まった。