180 『順調な初任務』
「ごめんな、エトリア。今日が入隊日だっていうのに」
「いいんです。それに私としてはこっちの方が嬉しいですから」
「…………」
工場地帯を歩きながらもエトリアを労うつもりでそう言ったのだけど、彼女はそれどころかこのままでいいと言う物だから唖然とする。
頬が少しだけ染まってる所を見るにただユウと一緒にいたいだけなのだろう。ここまで来ると好意と言うよりは親愛に近しい物になるかも知れない。そこは置いておくとして、今はマフィアの探索に集中力を費やす。
「ここからは命を賭けた殺し合いになるかも知れない。警戒は怠らない様に」
「はい」
リベレーターの仕事がどういう物かは説明してある。その布石もあってか、危険が目の前にあってもエトリアの表情は微塵も変わらなかった。ユウは肩にかけていたM4A1を握ると走り出しては壁に背を向けて気配を殺す。
まずはここらにいるであろうラディとの合流を目指さなければ。話しはそれからだ。
相手がどうであれユウには隠し技と切り札がある。初陣でエトリアが大怪我をするなんて事はないだろう。それ以前に彼女の腕前ならユウが守られそうなくらいの差がある訳だが。
まだまだ昼という事もあってかなり視界が良く、影もある為相手が透明じゃない限り見過ごす事はないはずだ。
――しばらくすればレジスタンスが来るはず。そこまで粘るか、ここでラディと合流して先に奴らを叩くか……。
どっちにせよ戦うのは決定だろう。なら早めにするか遅めにするか。状況を見るのなら早めに戦うのが吉だけど、敵の数がこっちのキャパシティを大幅に超える場合は気を付けなきゃいけない。……と、普通ならここまで考える事はないのだけど、今回はエトリアが背後にいる。流石に彼女にいつもの戦いを見せる訳にはいかないだろう。変な癖でも付いたらやだし。
「そろそろか……」
「え?」
ユウがそう呟くとエトリアは微かに戸惑いを見せた。そりゃいきなりそんな事を言われれば困惑して当然だろうか。しかしこっちはやる事をやるだけ。過程自体は今までと変わらない。
直後、ユウはエトリアに飛びついて伏せさせると近距離で爆発が起きる。その理由は明確。だって、既にユウ達の存在はバレているのだから。しかし奇襲からの戦闘はこっちが不利になる可能性が多い。だから立て直す為にエトリアの手を引っ張ると走り出した。
「走れエトリア! 態勢を立て直す!」
「はっ、はい!」
そう言うと二人同時に走り出しては爆煙の中から抜け出して走り始める。しかし立て直すと言っても一度は完璧に隠れる訳ではない。ただユウの中では少し距離を離して攻撃の隙を作れればいいだけ。路地裏みたいな所に近づいてから立ち止まって銃口を構えるのだけど、向こう側が十人くらいいる事を目視で確認して驚愕する。
「ここなら……って、うお!?」
咄嗟に路地裏へ体を投げ込むと無数の銃弾が放たれて壁と地面を穿つ。マフィアと言うからにはそこそこの数がいるとは思っていたけどまさかここまでとは……。
なんて考えていると通信が入る。
「ラディ? 今どこにいる!?」
『上』
「擦り付けたろ絶対」
のだけど、彼女から返されたたった二文字の言葉だけで現状を確認すると溜息を吐きながらも考えた。とにかく屋根の上にいるのなら勝ち筋はある。前みたいに傍観者って訳でもないし、必要なら手を貸してくれるはずだ。
となればやれる事はただ一つ。
「ユウさん、今のは?」
「ラディ。十七小隊の一員兼影の情報屋。まぁそこは追々説明するとして、エトリア、今は俺に掴って」
「え?」
「いいから早く!」
そう言って急かすとエトリアはユウに抱き着いて腕をがっちり固定する。ユウも簡単には離れない様に彼女の背中に手を回してしっかりと固定した。直後に追って来たマフィアが路地裏を覗いて銃口を突き付けるのだけど、その先に二人の姿は影も形もない。だから奴らはどこに行ったのか分からずに戸惑う。
当然だろう。だって、壁に張り付いているのだから。
微かに聞こえる電撃音。それに釣られて上を見上げると壁に張り付いているユウと抱き着いているエトリアがいる訳で、見られた瞬間から落下を開始すると軽く真意を発生させては地面を殴りつける。その衝撃で周囲にいた全員が吹き飛ばされると微かな土埃を残して地に伏せる。
その間エトリアは何が起こってるのかを理解出来ないのか、ずっと驚愕した表情でこっちの顔を見つめて来る。まぁ、いきなり飛び上がっては壁に張り付いたりしているのだから当然と言えば当然か。
やがて軽く一掃すると腕を離した彼女は問いかける。
「あの、ユウさん、今のは……?」
「ああ、今の? 壁に張り付いたのはうちの職人が作ってくれた道具で、攻撃の威力はまぁ……今は内緒。この靴と手首の装置は新しい武装で、特殊な電磁波を出して壁に貼り付ける様になってるんだ。まぁ鉄がなきゃ無理だけど」
「じゃあ今のはその電磁波でくっ付いてたんですか?」
「そう。エトリアも要望を出せば似た様なの作ってくれるぞ」
そんな会話をしつつも上を向く。するとこっちを覗き込んでいるラディがいて、相変わらずの灰色のローブを身に着けていた。すると慣れた動作で飛び降りてはジップラインの様な物を支えに降下してくる。その後に当たり前の様に収納するんだからローブの中に何が入ってるのか知りたい所だ。
本当ならここら辺で自己紹介でもするべきなのだろうけど、彼女はエトリアを見つめただけで事を済ませるとユウに状況を説明してくれる。
「よっと。ありがとな、手伝ってくれて」
「手伝わされただけどね。で、状況は?」
「いや~、奴らって意外と賢くてさ、結構広く包囲網引いてるみたいなんだよね」
「要するに?」
「抜け道を見付けるか強行突破しないと逃げられない所に二人で突っ込んで来たって事だぞ」
どうやらマフィア側は予想以上に策士だった様子。こればっかりは実力を見誤っていたこっちのせいだろうか。
しかしもう少しで増援が駆けつけてくれるはず。それまでに耐えればここらにいるマフィアはあらかた逮捕出来るかも知れない。……そう考えるのだけど、運が悪い所に味方の増援ではなく敵の増援が駆けつけて。
「やばっ!?」
「こっち来て!」
するとラディが先導するから大人しく従う。ここは地形把握能力に長けているラディが適任だし、逃走経路の見出し方もユウ以上だから彼女に一任した方がいいだろう。そんな他力本願で彼女の背中を追いかけた。
背中を追って来る奴らには銃弾で足止めしつつも問いかける。
「で、こっからどうする?」
「どーするも何も、道をこじ開けるしかない。その為に君を呼んだんだから」
「要するに逃走経路確保の為ですか……」
「そゆこと」
どっちにせよ助けるつもりだったからその手段を考えていてくれてるのはありがたい。ならユウは彼女の指示に従って動き逃走経路を確保するだけ。とは言っても、その方法は分かり切っているのだが。
恐らく真意での強行突破を目標にしているのだろう。確かにユウの真意は十%くらいであればテスと互角にやりあえるし、全力を出せば多分ノアとも競り合える。そこから生み出される威力と言うのは凄まじい物だ。それに頼りたくなる気持ちも分からなくはない。
でもその為にはある程度の下準備をしなくてはならない。方角とか強行突破する場所とか、力でねじ伏せる事も可能かも知れないけど、それはそれで反動がやって来るから避けたいところ。
そう考えているとラディはいい隠れ場所を見付けて咄嗟に身を潜める。だからユウとエトリアも同じ様にいい感じの死角へ隠れるとマフィアの連中は真横を通り過ぎて行く。
「ふぃ~……。危なかった」
「よく咄嗟にこんな死角を見付けられるな……」
「犯罪組織に追いかけ回されるのは情報屋の日常だからだぞ」
「さいですか」
これで一時的な余裕が出来たのは大きいはずだ。軽い作戦でも立てられればそれで十分だし、彼女からここら一帯の情報を聞ければもっと有利に事を進められる。まぁ、それをマフィアの連中がさせてくれるかどうかは別なのだけど。
するとラディは話し始める。
「それはそうと、逃げる前に一つやりたい事があるんだけど、いい?」
「一応いいけど、何する気」
「そんな警戒せんでも……。二人はさ、最近噂になってる《BIS》って知ってる?」
「びーあいー……何?」
「あ、知ってます。確か相手の脳に干渉して魔術行使を不可能にさせるってやつですよね」
ユウは三か月間修行に専念してたからそう言った話とは無縁だったのだけど、エトリアから事の詳細を聞いて絶句する。まさかそんな装置が本当にあるだなんて。
エトリアが命中させるとラディは事細かに話してくれる。
「そう。正式には脳波干渉式魔術封印システム……『Brain wave interference type magic sealing system』の略なんだけど、それがここにある事が分かったんだよね」
「で、それを壊したいと」
「そゆこと。最近はリベレーターも魔術を使う人が増えて来たって聞くし、下手に使われたら面倒だからここで壊しておこうって訳。ちなみに申請はもう通ってるぞ!」
そう言ってラディは親指を立てた。こういう時に限って行動が速いと言うか何というか。とにもかくにもこっちの害になるのなら早めに潰しておいた方がいいだろう。
脳波に干渉して魔術行使を不可能にさせるシステム……。聞いただけでもゾッとする話しだ。どういう感じで干渉してくるのかは分からないけど、簡単に言うのならこっちの脳を好き放題にいじくり回されるみたいな話だろうし、あまりいい気はしない。やはりここで壊しておくのが最善だろう。
それはこっちが自身の状況を把握していての行動なら、だが。
「マフィアに囲まれてるの、分かってる?」
「分かってる分かってる。今は君の火力を借りたい所で……」
「絶対わかってねぇ!」
肝心なラディは気軽に話を進める。まぁ、彼女はこういった状況に慣れ過ぎている節があるし、こういった反応になっても仕方ないのだろう。仕方ないですませられる話ではない気もするが。
助けに来たつもりだったのに手伝いまで任される事になるとは。ラディに振り回されるのは過去の経験である程度は成られているから大丈夫なのだけど。
ユウは一つだけ条件を付け加えると腰の拳銃に手をかけた。
「まぁいい。ラディなら分かってると思うけど、エトリアはこれが初戦闘なんだ。俺が指示通りに動く間、エトリアを頼む」
「りょーかい。君がリトル・ルーキーだよね。よろしく」
「よっ、よろしくお願いします」
予想通り、ラディは既にエトリアの情報を掴んでいたんだ。まぁ影の情報屋の情報網なら当然の気もするけど、今は彼女に理解を示してくれるのならそれでいい。そう決めつけて立ち上がった。
「短期決戦で行く。方角は?」
「あっちの方角」
「OK。じゃあちょっと乱暴だけど、やるとしますか!」
腰から拳銃を引き抜くと真っ直ぐに壁に向けて構え、拳銃の中にある銃弾に真意を乗せると隙間からステラの花弁が溢れ出して白く輝き出す。これはリザリーとの戦闘で分かった事だけど、真意は剣以外にも弾丸を乗せると威力や火力を底上げしてくれる事が分かった。ならたった一発だけにかなりの真意を乗せれば、その一撃は拳銃であっても超火力にも匹敵する威力になる訳で――――。
直後、拳銃から放たれた純白の一閃は途轍もない威力を以って目の前の建物を粉々に吹き飛ばした。