177 『先輩より強い後輩』
一先ず先にリベレーターの規則や現状を教えた後、ユウは十七小隊本部の中を案内していた。既に五か月くらいここで暮らしている訳だけど、色々と顔を出してなかった所も多く、更には今までの件で名が知れ渡っていたおかげで整備士とかに声を掛けられていた。
まぁ、名が知れ渡ったきっかけが問題児としてだから微塵も嬉しくはないのだけど。
「ユウさん、人気なんですね」
「人気っていうか問題児として名が知れ渡ってるだけだけどね。正直そのレッテルのせいで出来ない事もあるから散々だよ」
工房付近を歩きながらもそう話す。問題児のレッテルさえなければミーシャを助ける時に苦労しなくて済んだだろうし、リベレーター関連で出かけた先で陰口を叩かれなくても済む。
世間とか一般的なリベレーターには“暴れん坊だけど凄い奴”って認識されているみたいだけど、それでもユウをよく思わない連中は当然いる。その証として変に名を広めてしまったユウは一定のリベレーターから目の敵にされている様だ。
まぁ、今となっては慣れっこなのだが。
「確か、奇襲掃討作戦での功績がトドメで知れ渡ったんでしたっけ。その話を聞いた時は驚きましたよ。ユウさんは本当にやったんだって」
「世の中には良い事と悪い事があって、良い事だとしてもその裏に隠れた悪い事もある。今回はその三つ目を引いたって事だ」
脳裏でユノスカーレットの言っていた言葉を思い出す。
ユウのやった事はノアからすれば良い事にもなるけど、この街やリザリーからしてみれば悪い事にもなりうるのだ。何もかもが良い事に傾くわけではない。
まぁ、要するにいつも通りと言う事だ。
「それで思ったんです。私もユウさんみたいに強い人になりたいって」
「俺みたいに、か」
「そうです。ユウさんみたいに人を助けて――――」
「それは違う」
やがてエトリアは今までユウが踏んで来た軌跡を辿ろうと言う決意を口に出そうとするのだけど、ユウはその決意をへし折る為に言葉を遮った。
確かに人を助ける事は良い事だ。力を持つ人は弱い人を助ける。そう考えるのは当たり前の事だから。でも、ユウの場合は違う。地獄の道を歩いて来たからこそエトリアに同じ道を行ってほしくなかった。
「俺は強いから人を助けるんじゃない。弱いのに人を助けるんだ。だから俺の行く道はいつも身の丈以上の壁があって、それを超える為に代償を支払わされる」
「え……?」
「俺はエトリアが思ってるみたいに強くはないんだよ。強くないクセに夢ばかり見る。――この世界はそんなに簡単に出来ちゃいない。だから、俺は毎回ボロボロになって戦ってる。エトリアは、自分の進む道が修羅の道だと知って、それでも突き進む覚悟はあるか?」
「っ――――」
直後に放ったユウの言葉にエトリアは黙り込んだ。彼女に問いかけるにはあまりにも重すぎる言葉であったから。
でもこれは言わなきゃいけない事だ。ユウに憧れたからには必ず同じ道を踏んでしまうだろうし、地獄を経験した者としては二度と同じ道を踏んで欲しいとは思わない。少し強引であるのは分かってるけど、ユウは彼女の覚悟をへし折る為にそう言った。
……でも、どうやら根っこから憧れている様で。
「――あります。確かに、私はユウさんに会いたいからここへ来ました。でもそれだけじゃない。私は、この世界で誰かを照らせる希望になりたい!」
その言葉を聞いて肩を落とした。こういう覚悟を持った人は何を言っても止まらないのだから。それこそ以前のユウの様に。何というか、前の自分を見ている様で少しばかり恥ずかしくなって来る。
せめて恐れながらそう言ってるのなら望みはあった。けれどエトリアの覚悟は硬く、声を震わせたり表情を変えたりする事なく言うのだ。もう諦めるしか道はないだろう。
ユウよりも強い意志を持ってる事は確認出来た。ならせめて辛い思いをさせないように、少しでも彼女を鍛えてあげなきゃいけない。たった今そう決めて喋りかけようとしていた言葉を突如として変更する。
「強いな。エトリアは。俺には出来そうにないや」
「そんな事……!」
「ない事はないんだよ。少なくとも今は。――いつかエトリアにも分かる時が来る」
自分が誰よりも希望を抱いているからこそ誰よ絶望する事を。脳裏でそう付け加える。きっとこのままいけばエトリアはユウよりも絶望する事になるだろう。その未来は彼女の瞳を見ているだけでも理解出来た。かつてのユウの様に、純粋無垢で何も知らない瞳を見て。
だからこそ、もう二度と同じ経験をしてほしくなんてない。
そう言うとエトリアは俯いては黙り込み、ユウの言葉の意味を探ろうと少しばかり考え始めた。でも何も知らない人にそんな事を言ったって自覚できないのが常だ。その予想通りエトリアは顔をしかめている。
「でも、強いって言われても、エトリアはまだ分からないよな」
「そうですね……。まだ、自覚出来てないというか……」
「それでいい。今はまだ、そのままでいいんだ」
この世界で戦う以上絶望する未来は確定されている。あれだけ絶望を嫌ったユウも一時は心が折れかけたのだ。きっとエトリアの場合はユウ以上に重苦しく果てしない絶望になるだろう。そうなった時、誰が隣に寄り添ってあげられるだろうか。
そんなのユウしかいない。
やがて二人で話していると次の所に辿り着いていて、射撃訓練場の文字を見付けて立ち止まった。
「おっと。次はここかな」
「射撃訓練場……?」
「いつもなら他の射撃訓練場を貸してもらってたんだけど、今回うちにも新たに建てられてさ。まだまだ改装予定とかあるらしいけど使っていいんだって」
「へぇ~……」
これに関しては普通なら中隊の本部でも射撃訓練場が付くのは稀らしく、訓練場を使うのならフリーの所を使うしかないらしいのだけど、防衛作戦で壊れた所を建て直すって事でせっかくなら射撃訓練場も作っちゃおうという話になったらしい。というよりリコリスがそう言う話にしたらしい。こういう時に限って恐るべき行動力を発揮するのは何故だろうか。
中隊でも射撃訓練場が立てられないのは敷地云々の話で拡張が出来ないらしく、今回十七小隊で作れた最大の理由は隣の建物が崩壊していたからとの事。わざわざ歩かなくて済むのは助かるのだけど、よく「せっかくだから作り変えよう」なんて提案できた物だ。
と、考えているとある事を思いついてエトリアに問いかける。
「そうだ。ちょっとだけ撃ってく?」
「え、良いんですか?」
「無駄撃ちは避けたいけど、ワンマガジン分なら大丈夫だよ。それに防音対策もしっかりしてあるらしいし」
そう言ってエトリアを部屋の中に押し込むと室内射撃訓練場を見渡した。全体的に白色の塗料で塗られているからいい感じに無機質感が出されていて、いかにも近未来の射撃訓練場と言った空間だ。
やがてエトリアは自分の得意な銃を探す為に歩いて行き、アサルトライフルのエリアに辿り着くと迷わずある銃に手を伸ばした。
ユウの場合は一から得意な銃を探した訳だが、訓練兵から始めると事前に自分の得意な銃を探せるそうだ。その他にも長期訓練の特典付きだし色々と羨ましい。……まぁ、長期訓練と言ってもエトリアは三か月で全ての段階をクリアして来た訳だが。
やがて手に持った銃を見て問いかける。
「それは?」
「HK416です。ショートストロークピストン式の銃で、AR-15と比べて確実性と保守性と耐塵性が向上してるんです! 更には冷間鍛造技術の採用によって二万発以上発射しても銃口初速が衰えず、水に漬けた直後でも使う事が可能で……!」
「はいストップ。それ以上は知恵熱起こすから止めてね」
「あ、すいません。ついはしゃいじゃいました」
銃の話になると次第にヒートアップしていくから手の付けられる所で制止させる。するとエトリアは少しだけ頬を染めながらも口を閉じた。何と言うか、見た目だと物静かで可愛らしい雰囲気なのに銃に詳しいとは、物騒な物だ。
話は進み、エトリアはイヤーマフを付けてHK416を構えるとアイアンサイトを覗き込んで標準を付ける。まさかアイアンサイトでやる気か!? 何て思っていると手慣れた手つきで引き金を引き、的に向けて銃弾を発射した。
HK416の基本弾数は三十発だったから、この距離でアイアンサイトなら十七発でも当たれば十分な方と言えるだろうか。しかしスコープとアイアンサイトでは感覚が大きく異なる。果たしてエトリアはそれを同対策するのか……。
そう思っていると早速ワンマガジン分を撃ち終わり、隣の画面をタップして点数を確認した。それがあり得ない数値を叩きだしていて。
「なっ、三十発中二十五発!? アイアンサイトで!?」
「何度も撃って来てるので!」
「最早慣れじゃなくて才能だな……」
点数も着弾数もユウより上を行っていた。アリサやテスと同じくらいだろうか。だからそんな事になるだなんて思わなくて、自分の中の最高得点はいくつだったかと照らし合わせようとする。でもまぁ、結局はエトリアの方が上を行く。
三か月でここまで上手くなるとは思えない。ここまでの点数を叩き出すのなら少なくとも一年くらいは使い続けていないと不可能だ。
しかし才能で片付いてしまうのが人の恐ろしい所で。
「一応聞くんだけどさ、成績は?」
「オールSです!」
「――――」
そりゃまぁ、三か月で飛び級してくる程なんだし、オールSでも当然だろうか。そんな憶測を立てていたからこそあまり驚く事はなかった。とは言っても来る物は来るのだが。
すると黙り込んだユウを見てエトリアは首をかしげた。
強いとは思っていたけどここまでとは。一応エトリアから見れば先輩的な立ち位置になるのだけど、これじゃあ先輩の顔が丸つぶれの様な物だ。ユウの成績……とは言っても基準として取った物だが、それをも遥かに上回って来るなんて。
先輩より強い後輩なんてアリなのか。アリでいいのか。
「ご、合同訓練での順位は……?」
「第一位です!」
別の質問を投げかければあまりの実力差で絶句する。ユウでさえも合同訓練では五位に入るのが精一杯だったというのにその更に上を行くなんて。
そう言うとエトリアはいかにもナデナデして欲しそうな眼でこっちを見て来るから要望通りに頭を撫でる。すると嬉しそうに口元を緩ませた。……なんか、このまま行っても空しくなるだけの気がするから早く次の話題に行こうしよう。
「つ、次の所行こうか。と言っても次で最後なんだけど」
「分かりました!」
その言葉に何の違和感も持たず従ってくれる。だからその事にありがたさを感じつつもエトリアを射撃訓練場から押し出して次のエリアまで移動した。
ただ一つ、微かな不安を残しながら。