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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter4 選択と代償
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176  『再会の時』

「本当に会えた……! 私、ずっとユウさんに会いたかったんです!」


「え? えっ?」


 少女はユウの手を握ると嬉しそうに飛び跳ね、眼を輝かせながらもじっとこっちを見つめていた。それも憧れに会えたかのように輝く瞳で。

 でもユウに彼女の記憶はない。だから驚き顔を浮かべながらも少女を見つめ返した。するとみんなはこの光景を見て当然の反応をする。


「お、ユウの知り合いか?」


「そうみたいですね」


「いやっ、ちょ、え!?」


 テスとイシェスタは「知り合いなら入って来て当然」と考えているのだろう。けれどユウに彼女と会った記憶はないし、それどころかリトル・ルーキーなんて呼ばれてる人の前に立つべき存在でもない。だってユウは問題児として名が広まってしまっているのだから。

 それにこの三か月で会った記憶と言うのもないとなると一体どこで……?

 そう考えていると彼女は顔を見て悟る。


「覚えて、ないんですか?」


「……ごめん。少なくとも君の事は分からないかな。多分俺じゃない別の人と間違え――――」


「間違える訳ありません! だってユウさんは私を変えてくれた人ですから!!」


 まぁ、ユウと名前を呼んでいる辺り本当に覚えてるのだろう。しかし今まで彼女と会っていただろうか。休暇中にも多くの人と触れ合って来たけど彼女に会った事はないし、何よりその時は訓練兵だから簡単には外に出れないはず。

 そんな疑問は次の言葉で打ち砕かれる事になる。

 だって、彼女の名前は忘れるはずのない名前だったのだから。


「本当に覚えてないんですか……? ほら、私です! エトリアです!!」


「エトリア? え~……、エトリア!? 嘘っ!?」


「本当です!!」


 エトリアという名前を聞いて侵略作戦の時に一緒に逃げたバーのマスターの一人娘を思い出すのだけど、ユウの記憶とは見違えるほどに成長していて心の底から驚愕する。そしてエトリアはその反応を見て嬉しそうに微笑んだ。


 記憶の中にいる彼女は気弱で大人しく物静かな印象なのだけど、表情も明るくなり活発な印象を抱かせる今とはまるで別人の様に異なっていて、その変わり様から本当に本人なのかと疑いそうになる。だって何から何まで、身体的な意味でも精神的な意味でもかなりの違いを見せていたのだから。

 確かに前の彼女と似ている所もある。目とか髪の質感的なアレとか。しかし、あれだけ弱気だった彼女が兵士になってこんな所にまで上り詰めて来るとは……。


「私、ユウさんに憧れてリベレーターになろうって決意したんです! 私もユウさんみたいに誰かを救う存在になりたいって、心からそう思えました。だから訓練兵になって、ここまで……!! よかった。会えて、本当に良かった……!」


「ちょっ、エトリア!?」


 すると出会えた感動故か、エトリアは涙を浮かべるとそのまま小さい嗚咽と共に嬉し涙を流してしまう。だからこういう状況に疎いユウはどうすればいいのかも分からず慌てふためいた。

 でも、憧れたからってそこまでの行動力に結びつくものだろうか。ここまで速く訓練期間を突破したのは彼女の才能という面もあるだろうけど、戦闘能力だけは初めてで完璧に出来る物ではない。洗練された動きにはそれ相応の努力が必要になるのだから。

 やがてその光景を見ているとイシェスタは呟いた。


「随分と好かれてるんですね」


「前はよく一緒にカードゲームとかしてたんだけど……まさかここまで追って来るとは……」


 彼女はあの戦いで思い知らされたはずだ。リベレーターがどれだけ危険なお仕事なのか。戦場がどれだけ絶望的な場所なのかも。人が目の前で死に絶える光景だって脳裏に刻まれているはずだ。それらはどんな感銘を受けたって絶対的に忘れられる様な光景ではない。実際ユウだって推薦試験の事や防衛作戦での事、掃討作戦の時でさえも忘れられない光景は刻まれた。

 それなのにエトリアはその絶望を乗り越えてここまでやって来た。到底簡単な事ではないというのに。


 つまり、彼女にはそれを乗り越える為の覚悟が内にあったと言う事だ。それが憧憬であれ何であれ三か月と言う高い壁をぶち壊すきっかけとなった。という経緯なのだろうけど、やっぱり信じにくい。ただの憧れだけで絶望を乗り越えるだなんて。


「私、ユウさんに会ったら絶対に言いたい言葉があったんです!」


「ん、なに?」


「――助けてくれて、ありがとう!」


「ッ……」


 そう考えていたのだけど、次の瞬間にエトリアからそう言われて黙り込む。この世界に来てから数々のありがとうを言われた訳だけど、真正面からこうして言われるのは初めて出会ったから。だから初めての事に直面して硬直しているとテスとイシェスタは同時に微笑んだ。


「あの時は手紙でしか言えなくて、私、口で言いたかったんです」


「その為だけに、ここへ……?」


「違います。ユウさんに会う為に。そして、誰かを助ける為に」


 エトリアの話し方からするとユウに会う為だけにこうしている様に聞こえてしまう。その意図を確かめる為に動揺しながらも問いかけるのだけど、直後に帰って来た力強い言葉を聞いて少しばかり安心する。ユウへ会う為にここへ来た、なんて言われたらどう叱っていいのか分からなかったから。

 しかし彼女もユウに毒された馬鹿者には変わりない訳で。


「――俺達が何をするのか、分かってるのか?」


「知ってます。知った上で、思い知らされた上で、私は自分の意志でここにいるんです。もう誰も救えないのは嫌だって、そう感じましたから」


 リベレーターに入って来る人の大体は自分に利益のある事をする。最終的にお金にありつけるからであったり、力を得られるだとか。しかしエトリアの場合は既にユウに毒されている様で、微塵も迷わずにそう言い切った。力強い眼で手遅れなんだと悟り半ば諦める。こうなってしまった以上、彼女はもう止まりはしないだろう。

 やがてエトリアはユウの手を握り締めると言った。


「その為に大切な事をここで……ユウさんから学びたいんです!」


「え、俺指名なの?」


「ユウさんじゃなきゃ嫌なんです!」


「…………」


 この三か月間、誰かに感謝を言われたり助けを請われたりする事は何度かあった。しかしただひたすらに求められるなんて事は生まれてから一度も経験した事なんて無くて、どうすればいいのか分からずにリコリス達へ助け舟の要請を送った。しかし現実は虚しく三人はニヤニヤした表情でこっちを見つめていて。


「好きにしたらいいと思うぞ」


「ま、ユウさんの後輩ですからね」


「……じゃあ、俺が面倒を見るよ。それにエトリアは俺を目指してここまで来たんだもんな。憧れとして、先輩として」


 けれど結論自体は自分で見出す。今まで誰かの前に立つ事は多かったけど、誰かを集中的に相手にする事はなかったから正直言って不安だ。

 でも、どれもこれも、絶望に抗う事に比べてしまえばどうって事ない。

 だからエトリアの手を握り返すと彼女は頬を染めてこっちを見た。


「しっかし、三か月でも変わる物なんだな……」


「ふぇ?」


 その後にユウは少しだけ距離を離すとエトリアの顔や体を見つめた。たった三か月だというのに彼女の身体はえらく変化を遂げていて、表情はもちろんとして身長も少しばかり高くなっているし、体も女性らしさが出て胸も大きくなっている。十七小隊にいる女性陣の中では一番大きい方だろうか。……正直、アリサとあったら手を出されないかと物凄く心配する。


 ここまで来たと言う事は精神的にもかなり成長したはずだし、技術やその他云々も凄い事になってそうだ。リトル・ルーキーと呼ばれる程の実力が気になる――――のだけど、それと実戦とは話が異なる。

 推薦試験は実戦を通してそれらの成績で判断される訳だけど、訓練兵から初めてここまで来るには実戦を経験する事なんて全くないはず。つまりエトリアはまだ知らないのだ。実戦でどれだけの命が溢れる事になるのか。命を殺す事が、どれだけ重い事なのかを。


「ユウさん? どうしたんですか?」


「……いや、なんでもない」


 リベレーターになった以上命と戦う事は逃れられない。この世界で『良い人』であろうとするには手を汚さなければいけないのだから。その事を今のエトリアに教えるのは酷だと判断して軽く目を逸らした。

 するとそんな事を察してか否か、リコリスは手を叩くと話を進めた。


「それじゃ、エトリアは十七小隊の入隊でいいんだね?」


「はい!」


「じゃあ、ユウはしばらくの間エトリアに色々教えてあげて」


「え、しばらくの間?」


「そりゃそうだよ。君に教える為に私達がどれだけ時間を割いたか知ってるでしょ」


 そう言われて言葉を失う。確かに、みんんはユウの為だけに貴重な時間を割いて色々と教えてくれていたっけ。エトリアは基礎がなっているとはいえまだまだ知らない事が多い新人。となれば教える為に時間を割かなければいけないのは当然。

 ……何より、ユウでも自覚できるくらいの出来事があって。


「それに随分と懐かれてるみたいだしな。俺達がお前に世話を焼いた分、きっちりエトリアをしごいてやってくれ」


「う、うん。分かった」


 エトリアがユウへ向けている憧れ。いや、この場合は好意と言った方が正しいだろうか。どの道ユウに教えてもらいたがってる訳だし、こっちとしても断らない理由はないから大丈夫だろう。先輩として自覚を持たなければ。

 そんな事を考えながらもエトリアを見つめた。すると真っ直ぐな視線で見つめ返して来て、そこからは強い覚悟が感じられる。だからユウは微笑んで手を伸ばすと肩を叩きつつも言った。

 でも、そこでイシェスタが待ったをかける。


「ようこそ、十七小隊へ。歓迎――――」


「――待った!!」


 だから今の台詞を言うには完璧なタイミングだった事を噛みしめつつもイシェスタを向く。すると彼女は拳を握り締めながらも真っ直ぐにエトリアを見つめ、自分が今何を考えてるのかを正々堂々と言い放った。それもイシェスタにとっては重大な事を。


「エトリアさん、その敬語は止めてください」


「え? な、何でですか……?」


「敬語使われると私の後輩ポジが脅かされるからですよ!!」


「いや気にするトコそこ!?」


 久々にボケに突っ走ったイシェスタへリコリスがツッコミを入れ、テスはその様子を傍から見つめていた。何というか、イシェスタがボケるのは初めてな気がする。

 そしてエトリアにそう言ったのは大事な理由があるそうで。


「この小隊はただでさえキャラが濃いんです! こんなケモ耳だけじゃキャラが立たないのは当然! なのにこの隊で唯一の敬語キャラまで取られたら私の居場所がなくなっちゃうじゃないですか!!」


「さらっと失礼だな……。ってか何、イシェスタが敬語なのってキャラ立てる為だったの?」


「あ、いえ、敬語は性格上自然に出ちゃうので」


「だからエトリアと被るってか……」


 さり気なく失礼な事を言いつつも勢いに任せて自分の立ち場を見せびらかす。確かに彼女の後輩であるユウにも敬語を使っているから余程控えめな性格なのかと思っていたけど、まさかその敬語系キャラで個性を伸ばしていたとは……。言われてみればアリサとかテスとかキャラが濃いし分かる気がする。

 やがて次の言葉をリコリスは遮った。


「それにエトリアさんだってキ――――」


「はいそこまで~! ささ、お二人は早く移動しなされ」


「え? えっ?」


 そのまま流れで押し出すと執務室から追い出されしまい、二人は肩を並べて廊下に突っ立っていた。突然の事で困惑しているのだろう。エトリアは表情を一切変えずに棒立ちしている。

 だからユウは取り合えず施設内を紹介しようと思って口を開くのだけど、その時にエトリアが素早く言って。


「十七小隊の人達……何というか、キャラこ……個性豊かなんですね」


「まぁ、うん、そうなる。そこら辺は慣れとしか言いようがないかな……」


 そんな弾まない会話を始めていた。

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