175 『出会いはいつも唐突に』
肉を抉る音がする。血が皮膚に張り付く感覚がする。手に握りしめる包丁を振りかざす度にぐちゅ、ぐちゅ、と血が跳ねては周囲に飛び散って手元を血で濡らす。その度に視界に映る奴は口の端から血の泡を吹いて命を零していった。
喉が震える。手が震える。命が震える。
目の前にいる相手の命をこの手でずたずたに切り裂いて行く程、相対的に心は返り血で汚れて行った。……でも、それでもいい。今だけは目の前の奴を殺せれば、もう何があったってどうでもよかった。その為にも完膚なきまで刃を突き立てる。
「が――――、ふ、ぅあ、ゴポッ……う……が」
「……!」
すると奴はゆっくりな手付きでこっちに手を伸ばした。虚ろになった眼には殺人鬼の如く眼を光らせる自分が映り込んでいて、手が動いた事にも激怒して更に腕を振り上げた。まだまだ奴は生きている。殺さなきゃ。完膚なきまで。
「死ねばいいんだよ。お前が生きていたって、何にもならない。ただ生きてるだけの屑が、何も出来ない屑が、生きてる資格なんて――――!!」
その瞬間に腹へ刺した包丁を立てに動かして内臓を露わにする。生きた人間の腹の中を見るのはこれが初めてだったけど、自然と恐怖心はなかった。だって今はそれすらも忘れる程に殺意に満ちていたのだから。
内臓を突き刺すとそこから内部に入っている液体が飛び出し一気に異臭が漂う。血生臭い、常人が嗅ぐにはあまりにも残酷な匂いが。
「終わりにしてやる。もう二度と、生きれない様に……!!」
包丁を逆手持ちから切り替えて高く振り上げる。血塗れて鈍く光る刃には腹が開かれ腸を外側に出す奴の姿が映り、ソレを腹ではなく脳天に向かって全力で叩き込んだ。
既に死んでる様な物だ。でも、足りない。確実にその命を殺さなきゃ。
「ああああああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
やがて振り下ろされた刃は脳天に突き刺さった。すると手元には頭蓋骨を砕く手応えが届き、その奥にある脳は豆腐の様に切り裂かれて隙間から溢れ出した。
でも、奴の眼はぐるんと動きこっちを見て―――――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「っ!?」
恐怖に駆られて起き上がる。視界いっぱいに広がったのは十七小隊本部の自分の部屋で、真っ暗な部屋の中に一人だけ残されていた。だからあまりの衝撃に心臓は何度も脈打っては呼吸が速くなる。目を剥き出しにしながらも反射的に震える右手を左手で抑えると呟いた。
誰にも聞こえないのに。
「また、この夢……」
ふと右手首のリストカットの跡をなぞった。
無意識の内に、心の内から恐怖したから。
――――――――――
三か月後。もう秋だ。冷たい風を感じたり落ち葉を見る度、この世界に来てからもう五か月も経つんだなぁって実感する。何というか、あまりにもやる事が多かったせいで時間の流れが途轍もなく速かった気がする。
三か月もあれば街はほとんど復興される訳で、街は以前の様な明るさを取り戻していた。今じゃ改築も済ませてより良くなった店舗が多いのだとか。相変わらずこの世界の近未来的技術には驚愕させられる。
ちなみに、ユウ達はこの三か月間何をしていたのかと言うと、ユウとリコリスは宣言通り特訓尽くしの日々を送っていた。イシェスタは魔術の特訓をし、テスとアリサは身体能力の圧縮訓練で、ガリラッタは技術を磨くために工場へ行き、ラナとクロストルは情報収集という事をやっていた。
最初はずっとグダグダ出来るとか言っていたのが嘘のようだ。
そして半月前から復帰したのだけどすぐに任務を行える訳ではなく、感覚を取り戻す為に半月の回復訓練を行っていた。今日は復帰してから初めての事件解決をしている。とはいっても、やっぱり休暇中にも何かしらの事件は起こる訳で、それに首を突っ込んでは度々怒られていたのだけど。
久々に戻って来た忙しい日常は懐かしく、ユウはソファーに体を沈ませながらも力を抜いていた。どうやら体力的には成長しても精神的には退化してしまっているらしい。肉体は疲れていないのに精神は疲弊している。
リコリスも同じ様にして机に突っ伏していた。
「久々の仕事やだ……やめたい……」
「文句言わないでください。ほら、私も手伝ってあげますから」
「大体! 何でまだ紙で書かなきゃいけないの! データでいいじゃん!」
「そりゃ三か月経った今でも色々と忙しいからな。更新してる暇がないんだろ」
そんな愚痴も久々に聞くとテスはそう言っていつもみたいに返した。何というか、この感覚は凄く懐かしい。いつもの日常が戻って来たって感じだ。
まぁ、その懐かしい日常もどれだけ続くのかなんて分からないけど。
そうしているとリコリスは何かを思い出したかのように顔を上げて呟いた。
「あ、そう言えば今日新人が来る日だ」
「新人? 誰?」
「言ってなかったっけ。今日十七小隊に新しい子が来るって」
「聞いてないですね」
のだけど、イシェスタが真正面からそう告げたのを機にリコリスは黙り込んだ。同じ様に新人がやって来るなんて話を初めて聞いたユウとテスも黙り込む。だってそれは個性豊か過ぎるこの隊に入る勇気があるって事なのだから。
だから二人で驚き顔を浮かべているとリコリスは言う。
「何でそんな驚き顔で固まってんの」
「だって新人が入って来るんだろ!? それってつまりこの強すぎる個性の塊に飛び込んで来る事になる訳で……!」
「さらっと失礼だな!!」
テスがそう言っていると素早くツッコミを決めて色々とケチを言い始める。
しかしそこまでは思ってなくともユウだってびっくりした。十七小隊って一番新しく出来た小隊だし、訓練兵に一番人気なのは天下の第一大隊だ。推薦試験でもない限り自ら十七小隊を志願するとは考えにくい。それに、リコリスには悪いけど八人しかいない小人数の隊だ。いくら隊員募集中と言えど面識でもない限り入って来る物だろうか。
リコリスはある程度の所で話を区切ると《A.F.F》で資料を開き、その新兵がどんな存在なのかも話し始める。しかしその話しというのがあまりにもイレギュラーな話であって、これに限っては三人で驚愕する。
「まぁいいや。でさ、最近噂の新兵がいるって聞いた事ある?」
「ああ。確か訓練期間を三か月の最速記録で突破したっつうリトル・ルーキーだろ? それが……って、まさか!?」
「そう! そのまさかです!」
リコリスが自慢げにそう言った時からユウも立ち上がる。だって噂されているリトル・ルーキーは今までに類を見ない成長速度で強くなり、数々の段階を飛び級して入隊にまでこぎつけた期待の新人だ。その話はこの世界に疎いユウでさえもどれだけ凄いのかを理解させられる。テスやアリサでさえも半年以上は掛かったと聞かされたのだから。
そんなリトル・ルーキーが十七小隊なんかに入って来るなんて正直異常だ。もう一度言うけど十七小隊は総員八人の少人数部隊で、いわば一番人気のない隊でもある。そんな所に入るだなんてハッキリ言うと才能の無駄遣いにもなる訳で。
するとイシェスタはハッと手を叩いてはユウに向かって言った。
「となると、ユウさんがついに先輩になるんですね!」
「先輩? ああ、そっか。そうなるのか。んでもこの小隊って上下関係ないんじゃ?」
「事実上のですよ。あ、でもユウさんは人に教えるの苦手そうですし、やっぱり基礎的な所は私が教えた方が……?」
「確かにその通りだけどハッキリ言うな!!」
さらっと毒舌を発揮しながらもツッコミを入れる。まぁ、実際にその通りだから何も言い返せないのだし、誰かに教えるという点に置いては丁寧に対応できるイシェスタが適任と言える。ユウの時は何もかもが抜けていたから大変だったと思うけど、元から基礎がなっている人ならそこまで苦労する事もないだろうか。
「しっかし、リトル・ルーキーかぁ。よくもまぁこんな所を選んだもんだ」
「こんな所って何。こんな所って」
「だってこの小隊、リコリスからの勧誘があったからこそ成り立ってるんだぞ? で相手の優遇具合から見て到底勧誘出来る様な存在じゃない。じゃあ向こうから志願して来たって事だ。そうだろ?」
「ぐっ。その通りだけど痛い所を付いて来よる……!」
こんな時に限ってさり気なく洞察力を発揮しつつもリコリスに言葉の刃を突き刺す。だからリコリスは次第と生気を消失させて地面に突っ伏すのだけど、その時に執務室の扉が何度かノックされた事で咄嗟に起き上がる。
そしてリトル・ルーキーが来た事への期待を含めて目を輝かせながらも走り出す。
「――来た! 待ってました!」
「あまりはしゃぎ過ぎない様に……って言ってももう遅いか」
その姿を見てテスがそう言うのだけど、既に子供の様にはしゃいでいる姿を見て半ばあきらめを見せる。まぁリコリスって気を許している時は若干子供っぽい所があるし、こういう場面になったらもう諦めるしかないだろう。戦場では凛々しくかっこいいんだけどなぁ、なんて事を考える。
彼女は意気揚々と扉を開けると細かい礼儀とかは一切にナシに語りかける。また始まったよ……。
どうやら新しく入って来たのは女の子の様で、扉の向こう側からは困惑した少女の声が聞こえて来る。意気揚々と入隊して来たのにこんな歓迎のされ方をすればそうなって当然だろう。そこら辺は慣れろとしか言えないのが何とも難しい所だ。
リコリスは彼女にある程度の挨拶を済ませると即座に入隊を許可し、既に新しい隊員が入って来た事に喜びを隠せない様だった。その証として「人手不足が~」みたいな会話が聞こえて来る。
そうして説明を済ませると今度はユウ達の事を紹介し、ついにその姿を見る事が出来た。
腰まで届く綺麗な黒髪に黒眼をしていて、ユウと同じく支給品の上着を羽織り、下は黒のショートワンピースを着て同色のスカートを履いていた。微かに残る童顔からは少しばかり物静かな印象を受ける。
何というか、リトル・ルーキーと呼ばれる程の実力だから活気のある少年を想像していた。だから予想が外れて顔をしかめる。言い方は悪くなってしまうけど、本当にこんな少女が飛び級出来る程の実力を有しているのだろうか。
と、そう思っていた最中だった。彼女が驚く行動に出たのは。
ユウを見た途端に真っ先に駆け出し、両手でぎゅっと手を握ると眼を輝かせながらも言う。
「ユウさん! やっと会えた……! お久しぶりです!!」
「……え?」
でも、ユウに彼女の記憶はないからこそ、首をかしげてしまう現象が起きた。