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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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174  『一幕』

「……でも、本当に良かったんですか? ノアさんを十七小隊の管理下に置くだなんて危険だと思うんですけど」


「これでいいのさ。それに彼女は彼らに救われてる。恩を仇で返そう何て思わないはずさ」


「だといいんですけど……」


 夜。

 ベルファークが偵察隊の編成をしている最中、本棚の資料を整理していたラナはそう問いかけた。それに対して心からの言葉で答えると彼女は納得してくれる。指揮官の言葉とはいえ、何も疑問に思わないという事は、彼女も彼らの実力を認めているのだろう。


「それに、コレは彼らにしか出来ない事だ。例え私達の管理下に置こうとノアは自ら協力はしないだろう。その気持ちは、君が一番分かっているはずだ」


「まぁ、そうなんですが……」


「敵に救われる。全く以って残酷で、いい話じゃないか。君も共感できるだろう? ――元正規軍の指揮隊長殿」


「あのですね、誰もいない時に度々そう言って弄りに来てますけど、一応私の黒歴史なんでやめてもらえますか!」


「すまない。これも性だ」


 少しばかり暇だったからそう軽口を叩いてみると、ラナは若干キレ気味になりながらも資料を本棚の中に突っ込んだ。しかしこっちの顔を見るなりすぐ溜息をついては容赦してくれる。まぁ誰も聞いてないし問題はないだろう。これを普通の兵士とかが聞いていたら問題になるだろうが。


 しかし、考える度に凄い事だと自覚させられる。ユウは比較的新人であるのに凄まじい成長速度で実力を身に着け、真意すらも発動させ、挙句の果てには敵の指揮官でさえも救ってしまうだなんて。ベルファークの望む人材としては唯一と言ってもいい。

 だが彼はベルファークの予想を大きく外す結果を残した。いくら希望になると言っても敵を救うとまではいかないと考えていたのだから。


「ユウ君、指揮官の予想を大きく外したんですよね。それって大丈夫なんですか?」


「そこは彼次第だ。大きな絶望に直面した時、折れるか、立ち上がるか。君にしては珍しく肩入れしているんだな」


「こっちの台詞です。あの子はいい意味でも悪い意味でも暴れてるんですから」


 ラナがその思考に辿り着くのも十分理解出来る。ユウは今までで大暴れを続けては問題児と言われ、責任の裏には直接的でも間接的でも救った人が数多くいる。そして今回は襲撃されるかも知れないというリスクを背負って敵を救ってしまった。

 言い方は悪くなってしまうけど、彼は文字通り危険因子になりかねないのだ。


 その証として今もノアの扱いには議論が繰り広げられていて、処分を要求するリベラル派と力の利用を要求する保守派の戦いが続いている。今回の戦いで吸血鬼は多大な損害を背負ったからすぐに行動に移すと言う事はないだろうが、それでも指揮官が生きていると判明すればいつかは攻め込んで来るはずだ。奴らは人類には観測出来ない魔法を使って来る。それで生存確認をされたっておかしくない。


 今は保守派が優勢でいるけど、押しきるにはまだ足りない。元々許容できない敵を監視下に置こうとしているのだ。ならその安全性を保障しなければならない。その方法は単純明快なのだけど、それを実行するにあたってご都合主義の様に事件が起きてくれるかどうか。

 何も救うだけが良い事ではないのだ。


「ノアさんの事、どうするんですか? 安全を確認する為には味方だと分からせなきゃいけないんですよね。私にはすぐにそんな手段が出て来るとは思わないんですけど……」


「その辺は大丈夫さ。既に考え着いている」


「相変わらずの自信ですね。もう未来視の魔眼とでも言った方がいいんじゃないですか?」


「ホラを吹く気はないよ。嘘で成り上がった上司はいつか綻びるからね」


 ノアの対処についてラナはそう問いかけて来るのだけど、自慢げな表情と共に正々堂々と言うと彼女は苦笑いを浮かべながらも言う。まぁ他の人から言われているみたいにほぼ未来予知みたいな物だし、そう思われたって仕方ない。

 ただ一つ勘違いされたくない事は、これは誰でも出来ると言う事だ。

 ベルファークは持っていた資料を机に置くと筆ペンをいじりながらも言う。


「それに難しい事ではない。いつでもどこでも弱者は常に知恵を磨く。私の予測が未来予知と言われるのはその産物だ。二番手と言われている君にも分かるだろう?」


「分からなくもないですよ。溜め込んだ知識が武器になる。それは正規軍でも同じでしたから。実際、私もそれで指揮隊長にまで成り上がった訳ですし……」


「誰にでも出来る事だよ。だが、知恵を持っていても全員が全員を纏める素質を持っている訳ではない。だからこそ全員を纏める一人が必要なのだ。武力を捨て、知力に全てを賭ける将がな」


 ふと机に置いてある写真立てを見た。そこに入っている小さい頃の自分と、今は亡き両親の笑顔を。

 今自分がリベレーターの指揮官としてここに座っているのは、誰にも辛い思いをさせない為だ。何もかもを失った時にどうすればいいのか分からない。そんな絶望を味わってもらいたくないから。……それなのに、最近は違う思想が渦を巻いてきている気がする。本当は機械生命体や感染者を根絶やしにしたいんじゃないかって。


 そう思っていると執務室の扉が何度か叩かれ、その後にユノスカーレットの声が届いたからすぐに返事をして入室を許可する。すると入って来たユノスカーレットは右手に大きなファイルを抱えていて、目元にはいつも通りのクマがあった。

 そしてそのファイルを机に置くとぼんやりとした目で言う。


「指揮官、ノアのデータ、ここにまとめておいたよ」


「ああ。すまない、助かるよ」


「いつもごめんね。今はミーシャちゃんの一件もあるのに……」


「ううん、二人とも凄く良い子だからそこまで苦労はないんだ。ただ一番しんどいのはデータ解析の結果が出るまでの時間だけだから」


「「…………」」


 ユノスカーレットはそう言うのだけど、それ自体がどれだけの苦労かを考えて二人で黙り込んだ。本当に彼女には頭が上がらない。

 ちなみに普通ならみんな敬語で話して来るのだけど、ユノスカーレットが敬語じゃないのはこっちの言葉を素直に受け取ってくれてるかららしい。こっちとしても話し方をタメ口にされると指揮官の仕事を微かでも忘れられるからいいのだけど、みんな恐ろしくて出来ないのだとか。


 机に置かれた資料を見てみるとかなり詳細にノアのデータが書かれていて、体重や身長の他にもスリーサイズまで記載されてあった。その数値だけでは普通の人間とさして変わらない。

 が、問題なのは次の項目からだ。身体能力に関しては人間離れしていて、高跳びなんか室内でやったら顔面が天井に突き刺さって抜けなくなったなんてデータもある。握力九十七キロの記録はきっと忘れないだろう。


 これらのデータからやはり吸血鬼は素の状態でも危険なんだと理解出来る。もし彼女が全力で暴れたらリベレーターは瞬く間に壊滅させられるだろう。それこそリコリスがいない限り。

 そう考えていたのだけど、ユノスカーレットは少し間を開けてユウの事を聞き出す。


「それより今日、ユウ君がここに来たんだよね。どう? 調子とか、よかった?」


「随分と肩入れするんだな」


「彼は見過ごせないよ。むしろ最近は気にし過ぎて作業に集中できないくらい。ユウ君はもう、私の中での保護対象なんだから」


「まさか街一番のドクターからその言葉を聞く事になるとはな……」


「ユウ君が街一番の問題児って証拠だよ」


 まさかユノスカーレットの中でユウがそんな扱いになっていたとは知らなかった。まぁ、戦う度に大怪我をしているのだから分からなくもないのだけど。流石問題児と言われるだけの事はある。あろう事か街一番のドクターを悩ませるとは。

 ユノスカーレットは何度かユウと接しているのだけど、その間でも彼の異質さが彼女に影響を与えているのだろう。


「希望になるのは良い事なんだけど、彼は自己犠牲を顧みない所があるの。それ程優しいって事になるんだけど、裏を返せば潜在意識的な所で死ぬ事を恐れてない、んだと思う」


「戦場でもそうだったっけ。ボロボロになっても自分の事より他人の事を心配してた。それ程、自分が死ぬよりも誰かが死ぬ事が怖いんだろうね。あの子の何がそうさせるのかな……」


 すると今までの戦場でユウの姿を見て来た二人が話し始める。その話を聞いた感じ、どうやらユウの暴れようはベルファークが思っている以上に激しい物の様だ。

 何が彼をそうさせるのか。答えは単純だ。彼が空っぽだからこそ自分を作ってくれたみんなを失いたくないと、その意志が彼を突き動かしているはずだ。だって空っぽな器に中身を注いでくれたのは彼らなのだから。

 少なくとも誰かが引き金になってる事だけは確かだ。


「何にせよいい傾向に向かっている。今はこのまま様子を見るのが一番だろう」


「ですね」


 ベルファークがそう言うとラナがそれに賛同してユノスカーレットが頷く。しかし、偏にいい傾向と言っても全てが良い訳ではない。裏返せば死に急いでいると言う事にもなってしまうのだから。それも彼がイレギュラーだからだろうか。

 ユウには辛い事かも知れないけど、誰かにここまで期待すると言うのは初めてかも知れない。ラナの言う通り、ベルファークも随分と肩入れしている様だ。


 それにユウの本質なら遠からず見る事が出来るはず。その時にノアの安全証明も取れるだろう。今はその時と言うのを待つだけだ。

 と、考えているとラナは何かを思い出した様な表情をして言う。


「あ、そうだ。指揮官、最近噂されてる新兵の話なんですけど……」


「今期待されてる彼女か。どうしたんだ?」


「その子、成績や実技の良さから二か月半の研修期間を得て飛び級しようかって話があるんですけど、その時に本人が十七小隊に入隊したいって言うんです。どうしますか?」


 来たか。直感でそう悟る。

 その話題を聞いた瞬間に微笑み、順調に事が運んでいる事を確認した。と言ってもその早さはベルファークさえも予想出来ない程であったが。何にせよ準備が揃いつつある現状に口元を緩ませた。だからそんな反応をするベルファークに二人は振り向く。


「結構速かったな」


「指揮官……?」


「許可しよう。今の彼に唯一足りないのは彼女の存在だ」


 立ち上がって窓の外を見た。夜の街は今日も輝いていて、復興作業もまだ続いていると言うのに活気の良さだけは既に取り戻し始めていた。これも街の人々が彼に影響された人達にまた影響された物なのだろうか。

 やがて十七小隊本部がある方向を向くと小さく呟いた。

 いつの日か彼に訪れる絶望の事を。


「君はそのままでいい。だが、何も捨てず何もかもを得ようなんて事は出来ない。――せめて、後悔しない生き様を選んでくれ」

第三章はこれにて正式に終わりとなります。それなりに長い章となりましたけど読んで下さりありがとうございました。もちろんこれから先も続いてくのでよければ見ていってください!

プロットの段階では七十話程度で終わらせるつもりだったのに、話を盛りに盛ったせいで百話近くも更新するハメになってました。これも大まかな流れ以外ぶっつけ本番で書いてる人の定めと言う物か……。まぁどっちにせよ必要な伏線であったりもするので問題はないですけどね!


さてさて、次回からは(個人的に待ちに待った)第四章がスタートします。増える謎や絶望、ユウの葛藤とか成長が描かれていくので、ぜひ見ていってください。とはいっても最初はスローペースですが。

いいのです。スロースターターなのです。


あ、感想とか頂けたらモチベぐんぐん上がるので頂ければ嬉しいです。では次回!

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