173 『いつかの君へ』
「――という訳で、長期外出許可をお願いしたいのですが!」
「だからと言って直談判しに来るとは……」
リコリスが真っ先に向かったのはリベレーター本部で、申請書を机に叩きつけながらも恐れる気配は何もなくベルファークへそう言った。そして予想以上に大胆な行動だったのか、ベルファークはその姿に少しばかり引いている。そして後ろにいたユウも。
「しかし、君達はこれから二か月半の休みがあるが?」
「それでもです。これはやらなければいけない事なので」
ベルファークは二人の身を案じてそう言ってくれるのだけど、リコリスはその提案を否定して長期外出許可を申請する。
ちなみに長期とは言ってもそんな物はなくただリコリスが外出申請書に「長期」と書き足しているだけである。それでいいのか……。
そんな事を思ってる暇もなく話は進む。
「【失われた言葉】……。確かに気になってはいるが、確信はあるのか?」
「ないです。ただそれに続く道があるだけです」
「道、か」
「私は何としてでもその道筋を辿らなきゃいけない。だから、お願いします!」
普段なら気さくな行動で何かしらの事をしているリコリスだけど、こういうのに限ってはやっぱり正式な許可が必要なのだろう。更に十七小隊の隊長なのだからその為の責任はもっと重いはず。彼女はその事も含めてこの行動の意味をよく理解しているはずだ。
ベルファークとて忙しい今の時期、いくら休暇と言っても長期の外出は認められないはず。その証としてハッキリと宣言する。
「――駄目だ」
そう言った瞬間からリコリスの表情が一気に暗くなる。希望から失望に落とされる“色”。それは顔を見ていなくたって態度や背中から伝わって来た。そりゃリコリスにとっては唯一の望みを絶たれる様な物だ。苦しさは欠片でも理解している。
でも、何も無条件に駄目だという訳ではないらしくて。
「だが、手は尽くす。君達の身体がどれだけ追い詰められているのかは、君達がよく分かっているはずだ」
「そうですけど……! なら他の人達にだって言えるはずです! 極限状態で戦って、大切な人を失って、終いには自分の足で地面を踏む事が出来なくなった人だって……!」
「だが君は隠していた力を使いノアと戦った。その代償は体に刻まれているのだろう」
「っ……!」
「真実の解明を急がなければならないのは確かだ。だからこそ我々を信じてくれ。彼に言っていた様に、君にも多くの味方がいてくれる」
そこまで言われちゃ言い返す言葉もないのだろう。リコリスはユウへ言った言葉を思い出して黙り込んだ。きっと、リコリスは今ようやくユウの気持ちを理解したはずだ。自分のせいでと周囲の人達を心配してしまうと言う気持ちを。
だからベルファークは言い、リコリスは意気消沈して答えた。
「――遠からず、また今回の様な戦いが起ると予想している。その時の為に、今は体を休めてほしい。君達の力が必要なんだ」
「……わかり、ました」
「ありがとう」
分かってはいてもやっぱり悔しいのだろう。リコリスは奥歯を噛みしめると眉間にしわを寄せて拳を握っていた。
しかし彼の言う事だって一理ある。今回、こっち側から吸血鬼に喧嘩を吹っ掛けてしまった様なのだから、取り逃した吸血鬼が仕返しに来てもおかしくない。それに正規軍の問題もあるのだ。いくら安全の為と言ってもこの街は今危機に晒されていると言っても過言ではない。
そんな中で奇襲でもされようものなら咄嗟の対応が求められる。主にノアを倒した主軸であるリコリスはかなりの戦力に数えられるだろう。なのにその時になってリコリスがいなかった場合、帰って来た時にどれだけの惨劇を見る事になるだろうか。
リコリスは悔しがりながらも一礼だけすると執務室から出て行き、ユウも同じ様に一礼してから部屋を出て行った。その先にあったリコリスの背中は凄く寂し気に見えて。
「リコリス……」
「流石に無理だったね。まぁ分かってたんだけど。こうなったらもうその時の為に準備を整えるしかないかな」
同じ気持ちにさせない為だろう。リコリスは元気さを演じると背伸びをして次の事を考え始めた。でも、魔眼がなくたってそれが本当の嘘だって見抜ける。だってリコリスにとって【失われた言葉】は生きる意味でもある事なのだから。
……逆に言えば、見付けてしまうと生きる意味がなくなる言う事になる。もし見つけてしまった時、リコリスはどうなってしまうのだろう。
リコリスの言いたい事は分かる。でもベルファークの言う事も一理ある。そして彼の取った選択が最善だと言う事も。それでも拭いきれない感情がある。今はそれを対照するのに必死だった。
一緒に【失われた言葉】を探す者として焦ってしまうから。
でも、いつまで同じ事を考えていたって埒が明かない。だからユウはある考えに辿り着いて足を止めた。するとリコリスはその足音に反応して振り向く。俯いて目を合わせないユウを。
「ユウ……?」
迷いはある。葛藤もある。でも何より、今は二度と後悔したくないと言う思いが渦を巻いていた。その為にはやらなければいけない事が沢山ある。それも二か月半なんかじゃ到底埋められないくらいの物が。
ユウは真っ直ぐにリコリスを向くと言った。
「……なりたい。――強くなりたい」
「え?」
「今まで……いや、真意を使えるようになってから、誰かを守れるくらいには強いって思ってた。誰かの希望になれるくらいに。でも、全然弱かった。物凄く無力だった。その無力さがネシアや大勢の人を殺した。俺がもっと強くなっていれば、あの時にネシアや大勢の人を救えたかもしれないんだ」
不可能だって事は自分が一番よく分かってる。でも、そう考えずにはいられなかった。だってこれは俗にいう仕方のない事なのだから。
ユウは人間だ。だからこそ全ての人は助けられず、手の届く人でしか助ける事は出来ない。けれどユウはどうだっただろうか。手の届く距離にいた人を救えただろうか。
否。断じて否だ。
「もう誰も失いたくない。失わせたくない。だからその為に強くなりたい。――希望になりたい」
人はいつか死ぬ。それがいつかは分からない。だからこそ「それは今じゃない」と胸を張って言える様に強くなりたかった。全ては一つでも多くの命を助ける為に。
リコリスはユウの真っ直ぐな眼を受け止めていて、真紅の瞳で漆黒の瞳を捉えていた。やがて一度だけ目を閉じると少しだけ考え込んで言う。
「……そうだね。一緒に強くなろう。この休暇期間の間に鍛えて鍛えて鍛えまくって、復帰した時にアルスク達を驚かせてやろう!」
「うん!」
ユウの言葉で火が付いたのだろうか。彼女の表情にはさっきみたいな悔しさはなく、ただひたすらに前を向いて行こうと思わせる様な色を浮かべていた。それを見たユウは意気込んで頷く。強くなる為なら、きっと努力は惜しまないから。
だから、ユウはこの場で自分自身に誓った。もう二度と誰も死なせないと。その為に、決して努力を惜しんではいけないと。
例えその誓いが戦場に散ったとしても。
――――――――――
「しっかし、大変な事になったな」
「本当に大変な事になりましたね……」
数十分後。
十七小隊本部に戻ったユウとリコリスは執務室で脱力していて、そこに居合わせていたテスとイシェスタがそう呟く。ちなみにガリラッタはサムズアップだけして工房に閉じこもり、アリサは妹のお見舞いに行くと言って飛び出し、ラディとクロストルは情報屋の名の通り癖と化している情報収集に出かけた。そして特にやる事がない(意訳)メンバーだけがここにいると言う訳だ。
「そういや二人とも本部の方に行ってたみたいだけど、何してたんだ?」
「ちょっと報告をね。ユウは大暴れした件で呼び出されてたからついで」
「あ~……」
するとテスは自分も関わってる事に目を逸らして呟く。一応【失われた言葉】の件は隠し通す方針で行くらしい。まぁ、妙にプレッシャーとかを与えるよりも隠した方がみんなにとっても好都合だろう。
話を聞いていたイシェスタはテスとやっていたジェンガから手を離し、ソファーに脱力して座るユウへ話しかける。でもそこでリコリスが横槍を入れる。
「でも、よかったですね。ここ最近は色々と自分の体を追い詰めてましたし、回復させるいい機会じゃないですか」
「いやいや、彼を舐めちゃいけないよイシェスタ。なんたってユウは事件があったら首を突っ込まずにはいられないトラブルメーカーなんだから。目を離してたらまた大怪我するよ、絶対」
「それ褒めてるの? 貶してるの?」
「強いて言うなら褒めてる」
「強いてそれなのか……」
そんな会話を繰り広げていると、ボロボロになる度に心配するみんなの顔を思い出す。確かにこれからも事件が起こる度に飛び込んで行くだろう。問題児のレッテルを張られてしまってる以上、そこら辺はもうどうする事も出来ない訳だし。後はひたすらに進んで行くだけだ。
だからこそ言わなきゃいけない。
「……もう無茶する気なんてないよ。する時もあるだろうけど、やる時は、必ずみんなを頼ってからやる。もうみんなを心配させたくなんてない。――だってみんなは俺にとって、“家族”みたいな存在なんだから」
「――――」
ユウの言葉にその場へ居合わせた全員が黙り込んだ。ユウがそう言うと思ってなかったのか、はたまたその言葉があまりにも急だったからか。何にせよ心から出た本音なのは確かだ。何も嘘偽りはない。みんなも疑うという事はなかったのだけど、少しばかり反応が遅れただけの様子。
その証としてしばらくたった末にテスが噴き出した。
「……ぷっ!」
「へ?」
「家族! 家族かぁ! ユウ、俺達と家族になりたかったんだな!!」
「んなああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
けれど何故だろう。テスにそう言われた瞬間から何かしらの感情が込み上げて来る。直後に顔が真っ赤になっては耳元まで染め、今の言葉を取り消そうと咄嗟に立ち上がっては両手を縦横無尽に激しく振る。でも言ってしまった物を取り消す事は出来なくて。
「な、ちっ、ちがっ……! 家族って言うはそういうアレじゃなくて、家族みたいな仲になれたらなって話であって……!」
「家族、家族か! ははははっ!!」
「っ……! リコリスはどう思う!?」
どれだけ言い直そうとしたってテスの笑いが止まる事はなく、その笑顔に影響されてか、見ていただけのイシェスタも小さく噴き出しては微笑んでいた。
あれ、何でここまで恥ずかしがってるんだろう。今までこんな感情なんて沸いた事がなかったのに。その理由は分からないままだけど、とりあえずユウは共感を求めてリコリスへ視線を向けた。けれどリコリスは家族の話について別の意味での共感を示して。
「別にいいんじゃない? そう言うの嫌いじゃないし」
「リコリスまで!?」
「家族かぁ。確かに私達って他の隊より規則が緩いし、突き詰めればそうなのかもね」
話を一緒に否定するどころか家族の態で考え始めている。だからこの話はもう絶対に止まる事はないと知ってその事実を受け入れた。
すると放置している間に話しはどんどん進んで行き、誰がどの配役になるのかも考え始める。
「じゃあ見た目的にガリラッタが父親だろ? でアリサが長女。イシェスタが次女で、ラディが三女辺りか」
「となるとクロストルさんが長男でテスさんが次男、ユウさんが三男当たりですね」
「ふふんっ。そして私はもちろんお母さ――――」
「「末っ子だな/ですね」」
「ちょぉっと待てぃ!」
そうして話は進んでいたのだけど、リコリスに対しては即座に末っ子と決めつけてそう言った。だから彼女は話しの流れを引き裂いてまでツッコミを入れる。
でもまぁ分からなくもない。リコリスは隊長クラスだからお母さんの配役に入るのも理解出来るけど、何より日頃の態度が妙に末っ子っぽいと言うか。
「この流れで行くと私お母さんの配役だよね? 何で末っ子!?」
「だって普段からわがままばかり言ってるしな」
「面倒事は全部こっちに押し付けようとしてきますからね」
「ぐっ! 二人の言葉が刺さる……!」
言葉の刃がリコリスの脳天に突き刺さる中、その痛みに耐え続ける内にリコリスは意気消沈して顔面から地面に突っ伏した。けれど特に大きな反応を示さない二人はそのまま話を続ける。ユウもこの流れに慣れてきているのだから十分毒されているのだろうか。
まぁ、今はそれでも嬉しいのだが。
「ところで、二人はこれからどうするんですか? 私は魔術の自主練をしようと思ってますが……」
「俺は特に予定なしかな。ユウは?」
「ああ、俺は――――」
「――強くなるんだよ」
そんな最中にイシェスタは話を断ち切って別の話題に切り替える。だからそれに応えようとするのだけど、ユウよりも早くリコリスが答えて二人の視線を集めた。
やがて彼女は立ち上がると真っ直ぐこっちを向いて言う。
「もう誰にも負けないくらい。誰もを守れるくらい。ねっ」
「……そう。強くなるんだ。その為の特訓を始めようと思う。だってもう、何も失いたくないから。誰も失わせたくないから」
今回みたいな戦いがまた起きる。なら、その時までに更に強くならなければいけない。今回の戦いでも被害は最小限だと説明はされたけど、それでも更に救いたいと願ってしまう。例え手の届かない所にいる人でさえも救いたいと祈ってしまう。
それに、カミサマを殺そうとか希望を抱こうとしているのだ。いっその事、全てに対して強欲に行った方がいいだろう。そのせいで絶望に溺れてしまったとしても。
「何より――――」
この世界に来た事がユウに与えられた罰なのか呪いなのか、はたまた運命なのかは分からない。でも、今は仲間がいてくれてる。昔の自分とは違うんだ。独りぼっちで罪に囚われたままの自分じゃない、多くの仲間に囲まれて笑顔を浮かべる自分なのだから。
それこそがユウの希望。
きっとこの先、ユウの想像をも上回る絶望が立ち塞がる事だろう。その度に仲間を殺されて、心を砕かれ、ボロボロになって、魂を擦り減らして戦うはず。それを考えただけでもこの先に進むのを躊躇ってしまう。
でもみんながいるのなら大丈夫な気がする。
だって、
「――大好きな家族が、傍にいてくれるんだから」
これで第三章は終わりだけどもう一話! もう一話だけ続きます! 本来なら次回のサブタイトルに幕間とか付けてみたかったんですけど、いままでカウント通りにやって来たので今更幕間でズラすのもなぁ……っていう事で百七十四話まで続きます。
細かい後書きは次回に回す……はず。