170 『強さの秘密』
「それで? 何か弁明の言葉は?」
「「この人がやりました」」
「どっちもどっちでしょこの馬鹿!!」
あれからしばらくして、本部にてユウとテスはボロボロになった状態でリコリスに叱責されていた。まぁこれは分かっていたというか、自業自得と言うか。いくら本部から出るのが自由とは言え勝手に戦闘を行っていた訳だし、何よりもヤバイと判断したのは互いの身体だ。既にボロボロであるのは互いに百も承知であるのに激しい戦闘を行った。その責任は無茶苦茶重い。多分。
それに問題は山積みだ。普通に戦闘している分にはまだよかったのだけど、今回は互いにリミッターを外し全力で戦っていた。だから戦闘区域周辺の被害は少なからず出ており、そこがいくら戦闘用に設計されたフィールドだとしても壊れたまま放置と言う訳にはいかない。
侵略作戦の復興も終わってない今じゃ作業員の人達に深手を負わせたという事になる。他にも修理費とか色々かさばる訳で……。
「まぁ、気持ちは分からなくもないよ。どうしようも出来ない気持ちを発散したいのと、それを救いたいってのは。私も同じ立場ならそうしてただろうからね」
「リコリス……」
「でもそれとこれとは話が別です! 然るべき責任は取ってもらうからね!」
「あ、ハイ」
彼女もまさかこうなるとは思ってもみなかったのだろう。額を押さえて本気で悩んでいる様だった。まぁ隊の隊長であるリコリスにとっては責任問題みたいな物だろうし、色々と面倒な事が起るのだろう。そう考えると叱られるだけで済むユウ達はどれだけ楽だろうか。
今度ラーメンでも奢ってあげなきゃ。
するとリコリスは大きくため息をついて諦めたように肩を落とした。それ程の反応をするという事は、やはりリコリスにとって苦行にも近い始末書を書かなければいけないのだろうか。どっちにせよ何かしらの行動は起こさねば。
「テスはともかく、ユウは後でドクターの所に行きなよ。あそこまで被害が出るって事は、どうせ一瞬でも真意を全力で使ったんでしょ?」
「んぎゅっ」
「体は既にボロボロなんだから、ドクターに飽きるくらい怒られてきなよ。それでも懲りないのがユウなんだけど」
既に真意を使った事すらも見抜かれてる事に驚愕する。でも真意を使わなきゃあそこまでの被害なんてそうそう出ないし、真意の存在をよく知っているリコリスにとってはそう判断するに十分なのだろう。逆にみんなから見ればよく分からない状況だと思うが。
リコリスは叱られても諦めないと知っているからこそ溜息をつきながらもそう言う。しかし、まさかここまでなるとは。
と、リコリスからの大目玉はここまでだ。元々誰かを激怒する様な性格ではないし、そう言うのはどちらかというとテスとかアリサの役目だから控えめなのだろう。それ以前に今はやらなければいけない事があって。
彼女は部屋全体に問いかけると既にみんながいる事を見抜いていた。
「……話はここで終わり。聞きたい事があるんでしょ?」
「やっぱりバレてたか……」
するとみんなが一斉に扉から雪崩れ込む様に出て来て、その中でエルピスがそう呟きながらも遅れて出て来る。だからそんなにスタンバっているとは思わずにテスとユウは二人して驚愕する。だってここにいたのは十七小隊の面々だけではなくエルピスやアルスク等、勲章を貰った全員がいたのだから。最初はどうしてと考えるも即座に理由を察し、ユウは立ち上がった。
「みんな、まさか……?」
「そ。例の件を聞きに来たんだよ」
「――――」
エルピスはそう言うとリコリスに視線を向けた。その視線から逃れる様に少しだけ目を背けるリコリスへ。
けれど当然の事だ。普通の人間が魔法を使える訳がなく、ましてや空を飛ぶなんてありえない。それを正す為にも問いかける事は必然事項となる。もちろんユウも気になっていてタイミングを計っていたけど、まさか直談判しに来るとは。
みんなも立ち上がるとそれぞれで肩を並べてはリコリスへ視線を向ける。だからユウも気になって彼女の方へを振り向いた。何か神妙な表情をしながらも微かに眼を背け続けるリコリスへ。
やがて、真っ先にユウが問いかける。
「リコリス。あの時の魔法や飛行、どういう事なんだ?」
けれど一向に口を開かずに追い詰められたかの様な表情で俯く。しかしそうされてしまうと不信感が募るばかりとなってしまい、リコリスの反応にみんなは少しだけ息を呑んだ。その反応は言えない何かがあるという事だから。
故に全員は微かに警戒心を見せる。
でも、リコリスは右手に小さな炎を出現させると言って。
「本当は隠したかったんだけど……私、魔術師でもあるの」
「え?」
「突然変異って言えばいいのかな。私は生まれた時から魔術適正度が高かったの。その理由は不明だけど」
「――――」
直後、リコリスの視線が一瞬だけユウへ向けられる。その意図は一切不明なままだけど、瞳には切ないような、悲しい様な色が浮かんでいた。だから咄嗟に問いかけるのを止めようとするもリコリスは自ら話す事を続け、どうして自分に魔術が使えるのかを説明し続ける。
「ハッキリ言うと、私はノアと同じくらいの魔術適正がある……と思う。だからあの時に私はノアと互角に戦う事が出来た」
しかしいきなりそんな事を言われてもすぐ理解なんて出来る訳がなく、比較的この世界の当たり前に呑まれていないユウでも脳が一瞬だけ言葉の理解を遮断しようとする。けれど何とか言葉の意味を理解し、ユウは人差し指で額を押さえつつも問いかけた。
「ま、待って待って。魔術適正があるってのは分かった。でも何で隠す必要が? だってその力を使えば何人もの人達を――――」
「吸血鬼の先祖返り、なんて言われたらどう思う?」
「――――」
それなのに鋭く放たれた言葉にもう一度黙り込む事になる。リコリスの言葉があまりにも鋭く重かったから。確かにそんな事を言われれば隠したくなる気持ちは分かる。その理由から誰にも打ち明けたくなくなる気持ちも。
みんなも同じ事を思ったのだろう。口を開いては言葉を失って黙り込んでいた。
「嫌われたくなかったから隠してたけど……見つかっちゃったのなら仕方ないよね。――私は魔術師にも相当する力を持ってる。これが全て」
するとリコリスはハッキリと今まで騙してたんだって告げる。その表情には少しだけ苦しそうな色を浮かべながら。きっと騙してた事で嫌われるとでも思っているのだろうか。
そうだとしたなら、リコリスはかなりの大馬鹿者だ。
「……そうだったのか。なら納得だな」
「え?」
「普段から強いからどうしてだろうって思ってたけど、そう言う事だったんですね」
「なんつーか、今更って感じするよな」
リコリスの言葉に全員は納得し、本人はその反応に困惑した表情を見せる。だからその様子にユウは心から安堵した。何というか、みんなも無事リコリスに毒されてる様で本当に良かった。
初めて会った時にリコリスがユウの話を信じたのと同じ様な物だし、そうされると言った本人はかなり困惑する物だ。それをリコリスが今味わっている。
……でも、そこで困惑するという事は納得しないと思い込んでたって事になる。それ程不安な何かがあるのか、隠し通したい何かがあるのか。
しかし納得できたのは確かだ。少し飛んだ内容ではあるけれど、リコリスの説明にはそれなりの理解が及ぶ。それなりの、ではあるが。
リコリスは希望にもなれる人だ。それもユウ以上の。そしてずっとこの世界を生きていてかつ、隊長になるまでに数多くの任務にも参加したはずだ。その中には今回並に激しい物もあったはず。それこそ防衛作戦の時みたいに。
どうして今までピンチの時に魔術を使わなかったのか。そう思ってしまう。その理由は説明されているし、納得がいく物だというのも十分に理解している。なのに自分の何処かでリコリスの言葉を完全に信じれない自分がいて、ずっと疑念を抱いていた。
それに気づいたのか否か、リコリスは一瞬だけ視線を向けて来る。
だからユウは空気を入れ替える為に軽口をたたいた。
「最初、リコリスも似たような事をやってたの、覚えてる?」
「ああ……天界から来ましたってやつね」
「自分が信じれない時に信じてもらうのってかなりびっくりするんだよ。どう? この反応」
「……すごく、びっくりする」
「でしょ」
ユウも最初はびっくりしたものだ。みんなの場合は元からリコリスを信用してたってのもあるだろうけど、ユウの場合は誰も信用してなかったのを前提とした状況だったから。その驚愕の差で言えばユウの方がずっと大きいかも知れない。
やがてリコリスは問いかけて来て。
「どうして、ユウは信じてくれるの?」
「ん~……」
その問いの回答はそれなりに難しい事だ。ただ信じてるからってだけじゃ納得はしても実感できないと思うし、どうせなら深くまで理解してほしい。だからユウは少しばかり難しい言葉選びを選択した。
「そこに俺が信じれる何かがあるって信じてるから。要するに、俺を信じるリコリスを信じるって事だよ」
「それ使い時間違ってるんじゃ……?」
「間違っててもいーの。最終的には変わらないから」
「まぁそうだけどさ」
するとリコリスは少しばかり緊張が解けたみたいで、肩から力が抜けて表情もほころんで行った。まぁ、今まで見せると吸血鬼の仲間だと思われるって考えてたわけだし、そんな反応になるのも分からなくもない。それを話してくれた事が嬉しかった。リコリスも信じて話してくれたって事になるのだから。
ともかくリコリスの謎はたった今明かされたって訳だ。ずっとあの強さが不思議でなかったから枷が一つ外された気分になる。
……なのに、リコリスは耳元で呟いて。
「――ユウ。ドクターから治癒を受けた後、屋上に来て」
「え?」
それ以降は何も行かずにみんなの元へ歩いて行ってしまった。もそれも何事もなかったかのように。だから何かがあるんだと知って黙り込む。
何を話すつもりなのだろう。そう考えながら。