169 『高鳴る感情』
電撃を纏いながらも放たれた一閃は、テスの不意を突く形で彼の武装を弾いた。だからそうなるとは思わなかった様子のテスは驚愕しながらもこっちを見ていた。突如やる気になったユウの鋭い眼光を。直後にもう片方の腕から放たれた電撃は彼の頬を掠って消えていく。故にテスは即座に距離を取ると様子を見て来る。
でも、そんな隙があれば攻撃するのは当然の事で、防御もロクに取ってないからこそユウはここぞとばかりに突っ込んでは連撃を浴びせた。こっちの攻撃を弾かれたり受け流されたりする度に電撃は周囲に飛び散って行き、周囲が暗いからこそ明細を与えて二人の顔を明るく照らした。
「っ!?」
テスもようやく反撃する気になったのか刃を振り下ろそうとする。けれどその時には既に懐まで潜り込んでいて、ユウの眼が間近にある事に驚愕した様な顔を浮かべた。直後にもう一度鋭い一閃が腹に叩き込まれて軽く吹き飛んで行く。
やがて更に距離を取ると問いかけてくるから素直に答える。
「ユウ……?」
「――戦うんだろ。なら、全力を出さなきゃいけないだろ」
「…………!!」
きっと潜在的な所でユウの体を思い遠慮していたのだろう。それにしては今までの戦闘でもかなりキツかった訳だけど。改めてそう言うとテスは鋭く息を吸っては反応を示した。感情的にさせて自分の内側を吐き出させる。その思惑に気づいたから。
「テスは救ってくれるかって言った。なら、俺は絶対にテスを救いたい。――今は立場も何もかもを忘れて全身全霊でぶつかってこい。全力で掛かってこい!」
「ユウ……」
「後悔も絶望も全部出し切れ! 今まで溜めて来た物、全部!!」
周囲にユウの張り詰めた声が響く。その言葉は確実にテスへ届き、彼の中の何かを揺らしている様だった。その証として少しだけ俯いては虚を見つめている。
これでいい。もう勝ち負けなんてどうでもいい。今はテスを助ける。それしか脳裏に残っていないのだから。
彼がどれだけの後悔と絶望を背負って来たのかなんて知らないし知る由もない事だ。それらの感情はユウにも計り知れないくら大きな物だろう。到底受け止めきれるとは思えない。でも、それをやらなきゃテスは心の底から救われない。そんなの絶対に嫌だ。何故なら、助けたいと思った全ての人の中には彼も入っているのだから。
絶望に抗う。それは途轍もなく難しい事だ。だからこそそれを成す事に意義がある。例えこの世界その物が希望に見放されようとも、ユウは見捨てたりなんてしたくない。手の届く人は助けたいのだ。
もう、何も失いたくない。失わせたくない。
ふとテスは微笑んだ。
「やっぱり凄いよ。お前は」
「またそんな諦めた様な事を……」
「諦め。諦めか。そうかもしれない。俺は諦めてたのかもな。一度は何もかもを失って、救えない事を知って、これ以上傷つかない為に誰かを救う事を諦めてたのかも知れない」
そりゃ家族を失い友達を失い、自分だけ命からがら逃れればそんな思考に辿り着いて当然だ。ユウだってネシアを救えなかっただけで止めたくなったのだから。
考えれば考える程残酷な世界だ。機械生命体。感染者。魔獣。天災。その他にも正規軍や吸血鬼が全ての命を奪い去ろうと戦いを続けている。一体この戦いの末に何が待っているというのか。何の為に、みんなは戦ってるというのか。
例え一緒にスタートラインから走り出したとしても、誰かは必ずその足跡を絶やしてしまう。そして消えてしまった人達は、もう二度と帰って来ない。残されたのはその人の意志と死の事実と絶望のみ。そんな世界で何をしろと言う。
「絶望に押し潰された。だから諦めた。それはもう二度と俺の前に希望は現れないと思ったからだ。……でも、今はお前がいてくれてる。だから俺は少しでも前を向けるんだ。お前のその背中を追い越したいから。肩を並べて、一緒に歩いていたいから」
「――――」
「誰もが俯くこの世界でお前とリコリスだけは違った。その背中が、その瞳が、俺達を導いてくれる。それが物凄くかっこよく思えたんだ。――もう一度誰かを救ってみたいって、そう思うくらいに」
来る。直感でそう察した。
鼓動が高鳴るのをここからでも感じる。テスの中から感情が溢れ出していく。今まで溜め込んでいた物が殻を破り外側に溢れ出す感覚はオーラとして形を変え、彼も全力で戦う気なんだって理解した。きっとこっちも全力を出さなきゃいけない。
だから許容上限を上回らない範囲での真意を発動させる。その分いつも使っていたのよりは少し控えめになってしまうのだが。
「いつも絶望の中を彷徨ってた。だからこそ、もう絶望には負けたくない……!」
意図的か無意識か、テスは武装のリミッターを外し刀身の部分を青白く輝かせた。刃はないから死ぬ事はないけど、それでも当たればかなりのダメージを食らうはず。実際通常の状態でもかなり痛かったし。ユウも両手の剣に真意を乗せる。威力調整が難しいのだけど、今は出来る範囲で威力を抑える。
やがてテスは武装を身に纏うともう一度地面を蹴った。
「お前が教えてくれた希望が俺の中に宿ってるから……! 俺の後悔や絶望が、俺に負けるなって背中を押してくれるから!!」
「――ッ!!」
今度はリミッターを外してでの攻撃だ。その上今はテスの感情も上乗せされている。威力は到底ながら計り知れない。それでも臆する訳にはいかなかった。だから両手の剣に真意を乗せるといつもよりは弱い真意を宿らせてテスを迎え撃つ。
青光りの渦に身を包んだテスは真っ直ぐにユウの眼を捉えていた。こういうのって普通なら両手に握った武器を見つめて攻撃に対応する物なのだけど、今回は少しばかり違うらしい。しかし、眼を離しているからと言って簡単な小細工は効かない。故に真正面から純粋な攻撃でぶつかるしかないだろう。きっとその事を考慮しての一点集中だ。
ユウはその意志に乗っかると両手の剣を同時に振ってテスの一撃を受け止めた。直後にユウの衝撃波はクロスを描いてテスの背後へ。テスの衝撃波は放射状にユウの背後へ広がって行く。
真意を使ってでも互角の威力。それ程なまでにテスは本気なんだ。いや、この場合は本気と言うよりかは感情が暴走してるとでも言った方がいいだろうか。どの道厄介な強さになっている事には変わりない。
互いに弾かれては即座に体術で隙を埋めるもこれに限ってはユウの方が強く、テスは大きく蹴飛ばされては地面を転がり刀身を解かせる。その隙に追撃を仕掛けようとするも軽く振っただけで武装は不規則に動きユウの追撃を弾いた。
――間に合わなかった!?
即座に二連撃目を放とうとするもそれより早くしなっては剣を弾く。さっきよりも早い動きに驚愕していると起き上がったテスは地面に刺した武装を縮める事で高速移動を開始し、速度に合わせて回転も加えユウへ攻撃を仕掛けた。
間に合わない。そう判断しても避け切れない訳で、剣をクロスさせて受けると途轍もない衝撃波が全身を駆け廻る。
「ぐっ……!」
「――まだだ!!」
勢いをそのままに頭上を通り過ぎてはもう一度回転させて剣先を投げつける。それを弾いてもその時には次の手段が用意されていて、今度は波状にしならせると先端を無理やり動かして隙を極限まで減らし攻撃する。だからあまりの対応の良さに反応出来ず腹に叩き込まれた。
まだだ。まだ足りない。テスを超えるのならもっと早くしなければ到底勝てないだろう。早く、鋭く、重く、全てを賭けて戦わなければ。
しかしその為だけに真意の強さを上げる訳にはいかない。今の身体での許容上限は身体能力が僅かに向上する程度だ。その枷を付けられた状態で戦わなきゃユウに明日はない。そこまで緊迫しているのだ。
だというのに、体は全力を求めてしまう。
テスの一撃を弾いてはすかさず連撃を叩き込んで怯ませる。直後に回転しながらテス本人ではなく武装を狙って何度か攻撃し、完全に弾き操作不能にさせると本人へ直接刃を振り下ろした。でも間一髪で回避されては地面を穿ち微かに刃を抉り込ませる。
……さっき、テスはユウが教えてくれた希望が自分の中に宿っているから、と言っていた。しかしそう言うのならユウだってそうだ。みんなが、テスがくれた希望が自分の中に宿っているからこそみんなの希望になれた。言ってしまえばこれは恩返しみたいな物。自分を作ってくれたみんなに微かでも報いたいのだ。
それこそがユウにとっての希望なのだから。
「――ッ!!」
「はや!?」
そんな事を考えていたからだろうか。感情が高ぶって少しばかり制御が乱れた。だから地面を蹴っただけでも神速で移動してはテスの前まで移動し、自分でも気づかない内に剣を振り上げていた。舞い上がるステラの花弁も多くなり、花弁はより一層強い輝きを放って周囲を照らす。まるで夜桜の様に。
直後にもう一度間一髪で躱されるのだけど、飛び退いたテスの表情は何故か楽しげであった。この勝負を楽しんでいるのか、はたまた身の内に何かしらの感情があるのか、それは分からない。でも次の一撃で最後にしようとしてるんだという事は理解出来た。
その証としてより一層武装を回転させては風圧を発生させる。
「いいぜ。この一撃でラストだ。全力、だもんな」
「…………!!」
最後の一撃。きっと今まで以上に重く鋭い攻撃が飛んで来るはずだ。それに耐える為にも真意をより強く発生させた。あまり真意を使っちゃいけないというのは理解してる。でも、今だけは使わずにはいられなかった。今は助けなきゃって思うよりも、勝たなきゃって思いの方が強いのだから。きっとテスも同じ事を考えているはずだ。
もう助ける云々なんてどうでもいい。今はただ、己の全てを賭けて、目の前にいる最大のライバルに勝ちたいだけ。その為に命をも燃やせるくらいに熱くなっているのだ。
だからこそ、互いに踏み込んでは一気に飛び出した。
どうしてユウに真意が発現したのかなんて分からない。ユウよりもリコリスの方が真意を持つに相応しい器だというのに。けれど、もしこれがユウにしか出来ない事なら、全力でやらなければなるまい。この世界で初めて希望となれるかも知れない存在なのだ。その期待は重いけど、やり切れた時、どれだけの希望にみんなが救われるだろう。
その為には誰にも負けないくらい強くならなければいけない。テスよりも、リコリスよりも、ノアよりも。この戦いは絶対に負けられない。
直後に真意が爆破して超加速が引き起こされる。故にユウの剣はテスの武装を弾いてガラスを破壊する程の衝撃波を発生させる。そしてまだ左手が残っている訳で、ユウは全力で咆哮しながらも握り締めた剣をテスへと叩き込もうとした。
でも、それこそがテスの狙いであって。
「――っ!?」
捨てたのだ。自分の長所を。自分の全てを。
手から武装を離してはユウの視線を誘導させる。その意図を悟った時には既に遅くて、刹那でも硬直するとテスはその隙を突いて拳を叩き込んで来る。
つまりテスは自分の全力をぶつける為に武装を捨てたのだ。このままでは勝てないと悟ったのだろう。だからこそ、武装を捨て視線を誘導し、この状況では不利でしかない素手での攻撃に持ち込んだ。しかし窮鼠猫を噛むという言葉がある様に不利だからこそ威力が高まる事がある。それが今回と言う訳で、ユウはテスの拳を腹に真正面から食らうとそのまま吹き飛んで行った。
瞬間的に意識が吹き飛ばされる。故にわれに返った時には既に地面を転がっていて、体のいたる所を打ち付けながらもボールの様に転がされていた。その少し後に激痛を残して体は停止する。
やがてテスを見ると、彼はこっちを見ながらも呟いた。
……どうやら、今回はユウの意志よりも彼の意志の方が上だった様子。
「確かに俺はお前に救われたよ。――でも、お前が全てを背負うには早過ぎる。今はまだ、みんなに守られておけ。問題児」
明けましておめでとうございます。今年もちまちま更新してくので、よければ見てやってください!
もう少しで後半の後半(?)が終わって第四章に行けるんや……。色々道草食い散らかしてやってきたけどここからが本番みたいなもんなんや……。