016 『敵対勢力』
――奴は人混みに紛れながら移動してる。そして人混みの中から無関係な人には当てず俺だけを撃つ技術も持ってる。つまり基本的な案としては人がいない所に誘導できれば!
暗殺者と言うのは姿を見られない為に民衆に紛れる事が殆どだ。だからこそ姿を見せずに遠くや意識外から殺す場合が多い。ならどうにかして姿を引きずり出すか、ユウも同じくして民衆に紛れ込む事くらいしか手はない。
それこそが裏を掻くって奴なのだけど、それ自体がどうなるか分からない。
裏を掻くとは言っても暗殺者の裏の掻き方なんて想像も出来ないし、どんな手段を用いればいいのかも考え着かない。せめて考える時間を作れればいいのだけどそんな事はさせてくれないだろう。
度々銃弾が肌を掠める中でユウはショッピングモールの中を走り続ける。
――せめてリコリス達に連絡を……!
そう考え着いて体を振ってはエスカレーターを全力で駆け上がった。直後に死角へと潜り込むと陰に身をひそめる。これで足跡でも見えていない限り探知される事はないはず。
誰か一人でも来てくれるのならユウを囮に犯人を見付ける事も出来るだろうし、それが出来たら扇動を起こした動機も聞けるかも知れない。
スマホを取り出して誰でもいいから一番上の欄にある人に電話をかけた。戦闘中で出れないなんて事がなければいいのだけど。……でも、それ以前に電話する事すらも出来なくなる。
死角に隠れているはずなのにスマホをドンピシャで狙撃してくるのだから。
「くそッ、死角にいるのに!?」
スマホの破片で軽く耳を斬られつつも即座に走り出す。この場で撃たれるって事は尾行じゃない。完全にユウの動きを先読みしてるのだろう。
って事は例え自分の中での予想外の動きをしたとしても当てて来るはず。姿も見えない相手の裏を掻く為には、本当に第三者からの予想外を起こさなきゃ無理だろうから。だからこそ仲間は呼んで起こそうとしたかったのだけど、過ぎてしまったのだからもう仕方ない。
けれど一つだけ可能性を見出した。
もし今までの狙撃が奴一人で行っていた物なのだとしたら。テスの予測が完全に外れてしまう事になるけど、この際もう関係ない。だからこそユウは行動を起こした。
――奴は人混みに紛れて俺を狙ってる。仮に逃げるとしても一度は完全に姿を眩ませて変装しなきゃ。じゃあその為の手段は……。
実は浮かんでない事はないのだけど、その手段が少々難しいと言うか困難と言うか。スマホが壊されたんじゃ誰かのスマホを借りれば、なんて考えたけどそもそも連絡先を知らないから無理だ。
となると残された最後の手段は――――。
ユウは銃で撃たれつつも階段をのぼりある所まで奴を誘導する。姿は見えない訳だけど、この作戦は銃弾さえ飛んで来れば問題ない。
「ミスれば死、か」
そう呟いて最上階にまで上り詰める。どれだけ銃弾を溜めこんでいるのだろう。最早その場で作ってるんじゃないかってくらいの量を撃ち込まれながらも走り続けた。
やがて街を見下ろせるガラス張りの所までやって来る。
「さぁ、ここからが勝負だぞ暗殺者……!」
決して後ろは振り返らない。ただ一心不乱にガラスに向かって突撃する。
今までのタイミングからして、一番狙いやすいタイミングは――――。その瞬間にわざと足を滑らせて態勢を崩させると銃弾は頬を掠ってガラスに当たる。すると当然割れる訳で、その振動に反応して警報が鳴り響いた。
本来リベレーターに入るつもりならこういった戦術はするべきじゃないのだけど、今だけは仕方ない。
直後に内側の空気が外側に吸い込まれていき、ガラスは次第と大きな穴を開けて行った。同時に警報に慌てふためく一般人は逃げようと様々な方向に走り始める。やがて風で外に押し出されないように踏ん張りながらも走り続ける人混みの中で棒立ちする人間を見付けた。
――あれだな。
見た目はやっぱり普通と変わらない人間。ではなく、如何にも暗殺者ですよという様な黒いローブに怪しい仮面だった。あんなに怪しい雰囲気を放ってたのに見付けられなかったのか……。と呆れながらもすぐに気を取り直して姿勢を低くする。
こっからが本当の勝負だ。ある程度まで人々が逃げるとユウは全力で体を撃ち出した。
「ッ!!」
すると奴は腕を突き出して小さい拳銃を取り出した。だから訓練場で習った通りに体を左右に振って的を絞らせずに銃口を真上に向けさせた。
続いて右手で殴ろうとすると左手を脇腹に当てた。直後に何の音もならずに激痛が流れ、右手に握ってた握ってた拳銃は音を立てて発砲される。
――っ!? この拳銃じゃないって事は、まさか!?
奴の左手に握られていたのは傘の柄。けれどそこにあったのは銃口で、ユウの脇腹目掛けて今にも引き金が掴まれていた。
――仕込み銃……!?
少しだけでも距離を離されると拳銃と仕込み銃を構えられる。だから後転して少しでもリーチの長い仕込み銃を蹴り上げると拳銃で左腕を撃たれ、奴は回転して起き上がったユウの頬を蹴る。
次に仕込み銃を向けると無音で発射した。それ自体は不格好なまま強く床を蹴って体を捻るから回避できるのだけど、問題なのはその連撃。隙あらば銃で攻撃し自身に隙が生まれれば体術で攻撃。そんな厄介な事をされている内に追い詰められていく。
「こんのッ!!」
「――――!!」
回し蹴り食らわせると僅かばかりでも態勢を崩す。けれど拳銃に右足を撃たれて血を流し、直後に仕込み銃で左耳を撃たれ同じく血を流した。
痛みはある。でも死ぬ恐怖何てどこかに捨て去ってしまった。だからこそユウは拳銃の銃口を左手で塞ぐと手の甲に風穴を開けられながらも右拳を全力で仮面に叩き込む。すると仮面は呆気なく粉々にされて奴は大きく吹き飛んだ。
隙は逃さない。故に倒れ込んだ体に乗っかり四肢を抑えると仕込み銃を奪って喉元に突き立てた。それも弾が出るかどうかも分からない引き金に指をかけながら。
「弾が出なくても喉に突き刺すけど、どうだ?」
「…………」
仮面を被っていたのはそこそこの歳をとったおじいさん。
正直ユウだけでこの状況まで持っていけるか分からなかったけど、これで一先ず今から死ぬ可能性は少しでも消えたって訳だ。そんな心の余裕が出来たからこそユウ更に喉元に銃口を突き付けながら問いかける。
「お前達は何を狙ってる。何であの爆発を引き起こしたんだ」
「…………」
「あくまで白を切る気か」
彼は何も答えずに無言でユウを見つめるばかり。だからこそ察する。死にそうになっても絶対に答えないんだって。
ならこのまま騒ぎを聞きつけたみんながやってくるまで待つしかない。それまで彼を押さえつけてられるかどうかだけど、そこはもう賭けだ。
――でも、その瞬間に彼の口元に微笑みが浮かぶ。
「っ!?」
鳴り響く銃声。直後に背中を撃たれてユウは倒れ込んだ。すると彼は起き上がり倒れかけるユウを掴んでは乱暴に振り回して柱に叩きつける。
――うそだ、二人……!?
立ち上がった彼の背後にはもう一人の仮面を被った誰かがいた。だから協力者がいた事に驚愕しつつもダメージの溜まり切った体を起こそうとする。
やがてもう一人の仮面からは男の声が響いて喋り出した。
「なぁベクさん、本当にこんなガキ殺す必要あるんスか? その内死にますよ」
「侮るな。儂に一撃を入れたのは奴じゃ。それに生かしておけば更に考察して儂らの正体も暴かれかねんからな」
「あれ、もしかしておたくら秘密結社だったりします……?」
「そんな所だ」
「答えるでない!」
そんなやり取りをするとベクとやらの拳でもう一人の身体が少しだけ床にめり込む。だとしたら納得だ。正体を暴きかねない対象は殺すが吉なのだから。本当に、何で奴らの作戦をみんなに伝えたのかと今になって後悔する。
まぁ、まだまだ謎はあるし今の所の動機も薄いわけだけど。
「何であんた達はあの爆破を起こした。何を狙ってる」
「――それは私達が敵対勢力だからですわ」
質問すればもう一人女性の声が聞こえて咄嗟に背後を振り向く。すると寄りかかっていた柱の陰からぬっともう一人の黒ずくめの女性が出て来て彼らの元へ歩いて行く。
またもや増援。もうユウの生きる時間は少なさそうだ。
お嬢様口調で喋る女性が彼らと肩を並べると如何にも悪の組織かと言う様に腕を組んでそれっぽいポーズを構える。
「冥府の土産話としてこの優しいラテリアお兄さんが教えてやるッス。我々は正規軍工作行動隊の幹部にしてリーダー。リベレーター兼この街を壊す為にやって来たんスよ。ちなみにベタとは言わせないぞ!」
「うっわ~ベタなやつだ……」
「ちくしょう言われた!!」
「何やってんの?」
正規軍だの工作行動隊だのはよく分からないけど、とにかく悪い奴らだって事だけは分かった。ベタベタで苦笑いすらも浮かびそうになるも何とかこらえる。っていうか本当にそう言う思想を持った組織ってあるのか……。
「一つだけ気になるんだけどさ」
「うんうん。なんスか」
「何で答える気満々なんだよ。……この街のセキュリティってそんなに脆いん?」
あんな怪しい人達なんて普通に歩いているだけでも職質食らいそうだけど、この街のセキュリティってそんなに薄っぺらいのだろうか。
するとお嬢様気質の女性が答えてくれる。
「それは私達のハイドスキルが高いからですわ。工作兵は隠密にやらなければいけませんからね」
「じゃあ警報なりまくってるこの状況はどう説明する気で?」
「確かにあなたの策にはハマりましたわ。でも今からあなたを殺してここから飛び降りて逃げるだけ。それで街に隠れ工作の準備開始ですわ」
「だから答えるなって!!」
「なるほどな」
普通だったら死の恐怖で喋れる余裕なんてないだろう。でもユウは三人の姿に面白そうな物を感じて微笑みを零す。――もちろん奴らが面白いくらいにユウの策にハマってるって言うのもあるけど。
だから指を差すと軽口を叩くと同時に時間を稼ぐ。
「三人共、お笑い芸人とかの道に進んだ方が良いと思うぞ」
「あら。一応褒め言葉として取っておきますわ」
「取っておくんだ……」
そろそろ潮時だろうか。ユウは立ち上がると奴らの気を引く為に血を流しながらも喋り続ける。もうじき死ぬ事を分かっているからだろう。奴らはベクを除いて何のためらいもなく飄々と口を開いた。
チョロイ。チョロ過ぎる。
「最後に聞かせてくれ。何でこんな事するんだ」
「それは君達リベレーターが正規軍を裏切ったからッスよ」
「ある意味宣戦布告ですわ。私達はその第一手」
「――と言ってるぞ、二人とも」
するとユウは外を見つめつつもそう言う。だから三人は釣られて外を見ると、そこに現れたのは二人の人影。ここまで駆けつけたリコリスとガリラッタは硝子をぶち抜いて突っ込むと左右の二人を抑え、ユウはその隙に側転してベクの脳天に踵落としを食らわせた。
ユウの作戦。それは、自分自身を囮にする事だ。