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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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167  『迷い』

 夜。

 ユウはテスに起こされて十七小隊本部を抜け出していた。この時点から既に休日に入っている様だから特に問題はないのだけど、テスに起こされた意味が理解出来なかったユウはずっと彼の後を追い続けていた。夜の街を悠然とした足取りで進むテスを。


「なぁテス、何の用なんだ?」


「…………」


 さっきからそう問いかけても何の返答も返ってこない。普段だったらここで軽口でも叩くのだからそれなりの理由があるのだと察した。多分、ユウが思っている以上に深刻な理由が。一体何を考えてこんな事をしているのかなんて分からない。でもこれはきっとユウにしか出来ない事なのだろう。だからこそユウが呼ばれこうして移動している。


 夜の街を行き交う人は十人十色で、仕事で疲れ切っている人や今から買い物に行く人など、夜にしては思ってた以上に人が行き交っていた。前の世界とは違って結構住んでる人は移動しているのだろうか。

 時間的にもまだ防衛作戦が終わってから間もないというのに、改装途中でも開いている店があった。と言っても、流石に様は危ないから復興作業はしない様だけど。


 しかしそう思ってられるのも今の内だ。きっとテスが本題を話し出した時。そこがユウにとって何か重大な事が訪れる時のはずだから。今のうちにでも覚悟を決めなきゃいけないだろう。迷ってしまえば必ず何かが起きてしまう。

 ……でも、話されなくたって内容は大体であれど掴めている。恐らく今回の奇襲掃討作戦での戦闘に付いてのはず。


 そう考えていると二人は街の中心から離れて行き、かつてユウが通っていた廃ビルジムの近くにまで歩いて来ていた。今もたまに使うからか少し慣れたルートだ。でも、そこにはもう一つだけある物がある。それが実戦形式で行われる模擬戦闘用のフィールドであって。

 やがてテスはその一歩手前で立ち止まると振り向いた。今までの様な明るい眼ではない。悩み苦しみ抜いた、霧のかかった眼で。


「模擬戦闘フィールド……。ここで、何を?」


「まぁ、何て言うか、愚痴みたいなモンだ。これを話せるのはお前しかいないから」


「――――」


 拳を強く握りしめる。それを見て悩み続けていたんだと悟る。既に理解出来ていた。彼は愚痴と言っていたけど、愚痴だけでは済まされないと。だってここは戦闘用のフィールドなんだ。いくら外観が普通の街並みとは言えここでは実戦に近い戦闘が行われる。つまり――――。

 するとテスは話し始めた。


「俺さ、ずっと考えてたんだ。どうしてあの時に動けなかったんだって」


「あの時……?」


「お前がピンチな時。リコリスが、イシェスタが、ガリラッタが、アリサが、ネシアが、みんながピンチだった時だよ。俺は何も出来なかった。ただ、見てる事しか出来なかった」


「テス……」


 確かに、話を聞いただけならテスは何もしてないとも言えるだろう。ただみんなを守る為に奮闘したのは確かだ。でもみんながピンチな時に何も出来なかった。その事実だけは何をしたって揺るぎはしない。その事実がテスを蝕んでいるのだろう。

 何も出来ない。その無力さは途轍もなく大きい物だから。


 ユウだってネシアを助けられなかった。今までの戦闘で力を使い果たし、ボロボロになり、最後の最後で何も出来なかったのだ。助けたい人に手が届いているというのに、力が及ばずに助けられない現実。アリサにとってかけがえのない最初の親友。ユウが殺してしまったような物だ。もっと命を犠牲にしてでも助けていれば。そう考えてしまう。


「それなのにお前は俺以上にボロボロで、立てるはずのない怪我なのに、立ち上がって助けに行こうとした。その背中が凄く鮮烈だったんだ。でも同時に、物凄く悔しかった。――物凄く辛かった」


「…………!!」


「俺とお前の何が違う? その理由は明確だ。乗り越えた死線。乗り越えた恐怖。乗り越えた絶望。何もかもが、俺とは違う。だから希望を持てたり仲間の為に命を賭けられる。それは理解出来るんだ。でも、どうしても、嫉妬する俺がここにいる」


 胸の前に手を持って行って服ごと握り締める。喋り続ける度に表情は深くなっていき、その感情に耐える為に眉間にしわが寄って行った。

 テスの考えを理解したかった。でも、完全に理解出来るはずなんて無かった。何故ならユウは、今まで誰にも追い抜かれた事はなく、自分の背中を追いかけてた人の背中を追った事なんて一度もないんだから。同情なんかで気持ちが晴れるのならこの世界はとうに平和になっているだろう。だからこそ、今のユウはテスの考えを完全には理解出来なかった。


 何でお前が。そう言った気持ちその物は理解出来る。どうしてお前がそれを出来るんだと。どうしてお前だけが特別な人間なんだと。思想そのものはユウも感じた事はある。でも、気持ちを理解出来るからと言って頷ける事でもなくて。


「昔と同じなんだ。家族が殺されても何も出来なかったように、俺は仲間が殺されそうになっても何も出来なかった。動けなかった」


「――――」


「だから答えてくれ。どうしてお前は、そこまでして命を賭けられるんだ? 絶望しかないと知って、希望は叩き潰されると知って、どうしてそこまで……?」


「――――」


 アリサにも話した事だ。でも、テスはきっとそれだけじゃ納得してくれない。自分の心の底から感じた事を吐き出してる。ならユウも心の底から得た答えを吐き出さなければならないだろう。それが一番嫌で隠し通して来た事だけど、やらなきゃ駄目だって思った。

 故にどうしてここまでするのかを話し始める。

 どうしようもないくらい空っぽで、感情も何もない声で。


「人を殺した事がある。それは知ってるよな」


「ああ。聞いた」


「その時に知ったんだ。人っていうのは簡単に死ぬんだって。走って来るトラックに突き飛ばせば簡単に死ぬ。心臓に包丁を突き刺せば簡単に死ぬ。だからこそ、命って言うのは重く儚い物なんだって」


 今でも思い出す。背中を“押してしまった”あの時の光景を。感情に身を委ねて包丁を振りかざしたあの光景を。

 腹に刺せば刺す程血は溢れて来て、腹を破けばその中にある臓器が目に入る。未だ生きているから全ての臓器は脈打っていて、それすらも包丁で切り裂き、気が付けば手が二の腕まで血がべっとりと張り付いている。その時の感覚は今になっても色褪せない。


「生命として破綻してる俺が言えた事じゃないのは知ってる。でも、命の重さを知ってるからこそ、みんなを死なせたくないんだ」


「――――」


「空っぽな自分が嫌で、何も見えない未来が怖くて、自分の周囲を見るのも恐ろしくて、そうして俺は俯きながら立ち止まってた。それなのにみんなは俺の背中を押して無理やり前に進ませて、騒がしくして前を向かせて、前で背中を向けるんじゃなく、後ろで背中を押してくれるんでもなく、一緒に肩を並べて手を引いてくれた。それが何よりも嬉しかった」


「――――」


「ガリラッタからは一人で抱え込み過ぎてるって知った。イシェスタからは体を突き動かす物を知った。アリサからは弱さを打ち明ける強さを知った。テスからは誰かを大切にする感情を知った。ラディとクロストルからは手を繋ぐ絆を知った。ユノスカーレットからは助ける優しさを知った。ベルファークからは戦う勇気を知った。そして、リコリスからは希望の意味を知った」


「――――」


「どうやって死んだかなんて覚えてない。でも、以前じゃ俺には死ぬ事しか価値がないって思い込んでた。そんな俺にみんなは死ぬ事以外の価値を見出してくれた。――だから俺は、俺を作ってくれたみんなに応えたい。そうすれば、みんなに報いれる気がするんだ」


「――――」


 ユウの言葉を、テスはただ黙って聞いていた。“ヘイワナセカイ”から転生して来たユウが話すにはあまりにも衝撃的な内容だったから。

 でもこれがユウの根底に眠る物だ。みんなに応えたい。みんなを助けたい。その気持ちだけは何があっても揺るぎない『真意』だ。その答えを聞いたテスは俯いては歩きだし、ある所へ向かった。


「凄いな。お前は。強くて、優しくて……。俺にもそんな覚悟があれば変れたかもな」


「テス……」


「どれだけ馬鹿な事かなんて誰よりも分かってる。まだ回復したばかりのユウにとって、途轍もなく辛い事だってのも。でも――――」


 するとテスは懐から隠す様に持っていた武装を取り出した。今回は特別製的なアレなのか、刃が付いていないバージョンの奴だ。そして右手ではよくユウの使っている超合金圧縮ブレードの模擬戦版を手に取り投げ渡して来る。

 やがて短く言った。


「俺を、救ってくれないか」


「――――」


 分かってた。ここに来た瞬間からこうなるんだって。

 今のテスの中にあるのは仲間の為に動けなかった自分への怒りと後悔。かつての自分と同じで嫌気が差しているのだろう。


「いいんだな?」


「ああ」


 偏に救うと言ってもテスの場合はただ戦う事で迷いを晴らしたいだけなのかも知れない。ユウはそれに巻き込まれそうになってるだけ。当然何かしらの理由を付けて逃げる事だって出来るだろう。作戦終了の直後にこんな事をすれば流石に怒られてしまうから。

 でも、それでもテスの考えを蹴る事だけは出来なかった。


 救いたいと決めた。なら望む物は一つ残らず掴まなければいけないんじゃないのか。例えそれが迷いを発散する為の戦いだったとしても、それでその人が救われるのならやらなければいけない。だってユウはみんなの希望なのだから。

 残酷な話だ。みんなの希望と言っても、それには痛い思いも、辛い思いも、悲しい思いも、苦しい思いも、絶望も、あり得ない程経験しなきゃいけない。耐えられる気なんてする訳がない。


 本当の事を言うのならテスに構ってられる暇なんてない。だって、ユウには明かさなきゃいけない謎が待っているのだから。どうしてリコリスがあそこまで強かったのか。それを確かめない限り気になって仕方なかった。だから夜になったら確かめようと思っていたけど、まさかこうなってしまうとは。

 けれどそんなのいつでも出来る事だ。逆にテスを救うのは今この瞬間しか出来ない。

 なら、やる事は決まっているはずだろ。


「じゃあ付き合うよ。これでテスが救われるのなら、俺は何度だって……!」


 確かに今戦うのは物凄く辛い。体だって重いし、今までの戦闘で蓄積され続けた疲労やダメージは未だ体の中に残り続けている。ユノスカーレットからも無茶はするなと言われている。……まぁ、彼女は既にこうなる未来が見えていた様で「そう言っても、君は救う為なら無茶をするんだろうね」と呆れられていたが。本当にそうなってしまうのは悪いと思ってる。でも、誰かを救う事にだけは、後悔したくない。


 だからこそユウは飛び出した。テスとぶつかり合う為に。

 彼を、倒す為に。

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