163 『天災』
「ほんとにやったよ。ユウの奴……」
「嘘でしょ……」
ノアと手を取った直後、みんなはその光景に驚愕していた。そりゃそうなっても当然だろう。だってノアは殺すべき相手で、互いに許容してはいけない敵同士だ。それなのにこうして手を握っているのだから。基本的に敵対意識の強いテスでさもその光景に驚愕する。
その中で唯一、リコリスだけは驚愕せずに安心している様だった。
温かい手を握り締める。……こんなにも温かいのだ。例え敵同士であっても、殺し合うべき相手であっても、その手の温かさが同じ生き物なんだって事を教えてくれる。
でも彼女にとっては残酷な話だ。これによってノアは捕虜となってしまい、いつ盾に使われるかも分からない存在になるのだから。待っていてくれる人達に会う事は出来ず願いも断ち切られる。それは何よりも辛い事のはずだ。
それなのにノアは言う。
「……ありがとう」
「え?」
「ずっと迷ってたの。このままでいいのかって。プレッシャーや矛盾を抱えたまま、誰かを殺すしかないのかって。その戸惑いから貴方が救い出してくれた。だから、ありがとう」
「――――」
仲間に会えないと知って、願いを叶えられないと知って、それでも尚悲しい様な表情は一切しなかった。その瞬間にノアは自分以上に強い人なんだって察する。だって、敵に捕まったと言うのに微笑みさえも浮かべているのだから。
だから微かであっても救えたんだと理解してこっちも微笑む。
……でも、願いを完全に諦めた訳でもないらしくて。
「ごめん。俺のせいで――――」
「それはいい。だって、やってくれるんでしょ? いつか私達が本当の意味で手を取り合い協力する未来を。なら私はそれに協力する。あの人達に会える為なら、私は何だってやるわ」
「……!!」
その言葉を聞いて今一度思い出す。一番最初に抱いていた想いを。
確かに全ての種族が手を取り合い過ごせればって本気で考えていた。吸血鬼も機械生命体も正規軍も、全てが手を取り合えばと。けれど先と今回の戦いでそれは叶わぬ事なんだと知らされた。それなのにノアがその願いを思い出させてくれて。
故に言わなければいけなかった。これが捨ててしまった夢をもう一度拾うチャンスなのだから。
「……うん。やってみせる。吸血鬼も機械生命体も正規軍も、全部が手を取れるような未来を掴みたい」
それは、世界への宣戦布告。カミサマへの叛逆の狼煙。これからもきっと数々の絶望がユウを押し潰す事になるだろう。それが偶然発生した物でも、カミサマが意図的に運命を操った物だとしても、抗わなけれなばらない。
するとノアは意気込んで頷いた。リコリス達がいるだけでも十分頼もしいのだけど、彼女もいるのなら百人力だ。それに機械生命体との一件もあるし、かなり力になってくれそうだ。
これにて作戦は終了……になるのだろうか。こうして和解したみたいになっても形上は捕虜と言う事になるだろうし、どっちみち大将が敵の手に落ちたのだから吸血鬼は撤退するしか道はない。その誘導はリザリーが行ってくれるはずだ。今この戦場でノアの次に指揮権を譲渡されるのは側近であるリザリーだけのはずだから。
長きに続く戦いはようやく幕を下ろしたのだ。既に何千何万もの命が絶えてしまったけれど、それでもこれで戦いは終わった。
もうこれ以上誰も血は流さないし誰も死ぬ事はない。ただどうしようもなく流れてしまうのは大粒の涙だけだろう。その涙を忘れてはいけない。涙を流した数だけこの戦場で死に行った命がある事を、絶対に忘れてはいけない。
何故ならそれこそが死に行った物の手向けとなるのだから。
ちょっとした茶番から始まって、奇襲され、奇襲し、奇襲され、何度かどんでん返しを繰り返した後に訪れた総力戦。そこからみんなの足元の下では敵と和解し、ラスボスと直面し、そのまま流れで最終局面に突入。作戦の流れとしてはあまりにもドタバタした内容となった訳だけど、それでもここまで来れたのだから大したものだろうか。
……そう思っていた。この時までは。
ふと空から重苦しい様な音が聞こえて来たから全員で空を見上げて音の正体を確かめようとする。すると視界の先には渦を巻いた曇天が映って、明らかに普通ではないその動きに違和感を覚える。みんなも同じくおかしいと感じた様だ。
「何だ? 雲が……渦を巻いてる?」
「上昇気流って訳でもないみたいだし、何だろうね?」
ユウも眼を細めて何だろうと凝視してみる。耳を澄ませれば澄ませる程重苦しい様な、唸る様な音は増えていくばかり。風のうねりが聞こえていたとしてもここまで音が聞こえる物だろうか。何か、嫌な予感がする。
そんな予感から逃げる様にリコリスへ問いかけようと視線を動かした。
けれどその先には普通ではない表情を浮かべるリコリスがいて。
眼を大きく見開いては曇天の渦を見つめ、口は常に開かれて言葉も出ない様だった。その反応から見てこの現象を知ってると思い込むのだけど、何かが違う。リコリスの反応はただ知っている物ではない。一度経験した様な……もっと言うなら、その経験でトラウマにも近しい事を経験した様な顔だ。
だからこそ不信感が募っていく。そんな顔をされたら疑わずにはいられないから。
ノアも頭の上にはてなマークを浮かべている所を見るにこの現象は知らないはずだ。となればやっぱりリコリスはこの現象を知っていて、かつどんな物かも理解しているのだろうか。
それを確かめる為にも思い切ってリコリスへ問いかけた。
でも、その口から答えと言った言葉は飛び出さなくて。
「リコリス、この現象の事知ってるの?」
「あれは――――。でも、何でそんな、どうして……」
するとリコリスは恐怖した様な表情を浮かべ、縋るかのようにユウの袖を反射的に掴んだ。恐らく尋常じゃない物が迫ってるのだろう。そう悟る事が出来たからこそユウは彼女の肩を掴んで真っ直ぐに瞳を合わせると喋りかけた。
「リコリス、しっかり。――リコリス!」
「っ! ご、ごめん。私ボーッと……」
「それはいい。で、あの現象の事知ってるの?」
呼びかけだけで何とか我に返らせる事に成功するとリコリスと一緒にもう一度曇天の渦を見つめた。どうやら渦は一点に収束される様に動いているらしく、渦が大きくなればなるほど重苦しい重低音が地上に降り注いでいた。
まるで今から何かが起ると言う予兆の様に。
やがてリコリスはあれが何なのかを説明してくれた。
アレがどれだけ危険な物なのかを。
「……天災」
「え?」
「天災だよ。それも――――とびっきりの」
瞬間、収束されていた部分から円状に青空が広がって開放的な光景が生まれる。しかしそこから産み落とされたかのように光の球体が神速で落下して来て、ソレは地面に激突すると隕石をも想像させる衝撃波を放ちながら大爆発を引き起こした。
その衝撃波は全てを掻き消しながらもユウ達に接近していて、それを見ただけでも触れれば死ぬんだと自覚させられる。
「え――――?」
みんなはただ見つめる事しか出来なかった。接近して来る即死の威力を秘めた大爆発を。何故? どうして? そんな疑問はもちろんある。けれどそれ以上に死ぬのかという考えが脳裏を埋め尽くしていて、体は指先すらも動かなかった。
もう真意ですらどうにもならない。ひたすらに迫りくる絶望を受け入れるしか無くて――――。
突如ノアが前に出て両手を翳した。そこからバリアを展開してはみんなを守れるくらいの大きさにはしていく。けれど相手は隕石の衝撃波だ。いくら魔術適正度が高い吸血鬼のノアと言えど流石に隕石の衝撃波は防げるはずなんてない。その証拠としてノアのバリアに衝撃波が受け流されると瞬時にバリアへ亀裂が入る。
「ぐっ……!!」
「ノア!?」
咄嗟にバリアを展開するもその隙間から炎が漏れては微かに降り注ぐ。だからこのままでは駄目だと知る。しかしここから逃げる方法なんて……なくはないのだけど、今すぐに足元の地面を壊して地下空間に逃げるというのはあまりにも無理な話だ。それにこの威力なんだから地下にも届いている可能性が高い。せっかく地下へ逃げたのに全滅ENDだけは死んでも御免だ。
でも、だからと言って他に何が出来るだろうか。残念ながらこの状況で真意を発動させたとしてこの威力の炎を受け流せる自信はない。けれどやらきゃ死ぬのだ。ならどんなに傷ついてもやるべき。
そう思っていた。一瞬前までは。
リコリスがノアの肩に手を触れては同じ様に手を翳してバリアを上重ねして生成する。するとノアは調子を取り戻したみたいで、押され気味だった姿勢を前に倒して炎を防いでみせる。それなのにまだまだ炎の勢いは止まらず二人を押し続けた。
だからリコリスは咆哮して何とか終わりの時まで耐えようとした。
その時、もう一度薄く輝く彼岸花の花弁がユウの真横を通り過ぎて。
「耐え切った!?」
「よくわからんが、今のうちに逃げるぞ!」
何とか最後まで耐えきるとアルスクは即座にそう言って戦線離脱を提案した。みんなもソレに乗っかり、ユウは倒れ込みそうになるリコリスとノアを回収し双鶴へ乗せると自分も乗って撤退し始めた。そして全員で撤退し始めるのだけど、そこでこの世の終わりみたいな光景を見る事になって。
「まて、まてまてまて――――」
さっきの一撃以外にも落ちて来る幾つもの光の球体。さっきのと比べて速度は劣るし大きさも小さいけど、それでも隕石だと錯覚するのには十分な威力を秘めていた。だって地面と衝突した瞬間から途轍もない衝撃波を周囲にまき散らすのだから。
それ以外にも小ぶりの球体は至る所に落下してビルや地面を崩壊させてこの街の原型をなくしていく。だからいち早くこの街から脱出する為に走り続けた。
けれどビルの倒壊に巻き込まれそうになったり、進行方向に球体が落下して進めなくなってしまったり、本当に命の危険が迫っていると自覚させられる事ばかりが置き続ける。
だからだろう。まるでタイミングを計ったかのように分断されてしまったのは。
「ちょっ、道が!?」
「――俺達は別ルートで脱出する! また後で!!」
分断されたのはユウ・リコリス・ノア・アルスクとエルピス・エンカク・ボルトロス・テス・イシェスタ・アリサ・ネシアのグループ。
ユウはそう言うと向こう側の返事も待たずにアルスクをもう一つの双鶴に乗せて飛行し始めた。さっきまではみんなの走る速度に合わせていた訳だけど、その制限がないのならひたすらに突き進むだけだ。故に加速させてはいち早く街からの脱出を試みる。
でも、その時だ。天災その物が空からの攻撃ではなく、地中からでの攻撃をしてきたのは。