015 『初めてのお手伝い』
「狙撃!?」
「カバー入って!!」
ユウの肩が誰かに狙撃された瞬間、リコリスを除いた四人でユウの周囲を守ってくれる。その光景を見て近くで見ていた人達もざわめき始めた。
直後にアリサが呟きながらも考える。
「ユウを狙撃するって事は、相手は私達の会話を何らかの手段で聞いてる事になる。それに音もなく狙撃するって事はかなりこなれてるはずよ」
「会話を聞くって、どこから!?」
「知らないわよ! とにかくここから離れなきゃいけない事は確実ね」
するとアリサはテスの背中を軽く叩いた。それだけで「ユウを安全な所に連れて行け」という合図になるらしく、テスはユウの手を引くと思いっきり走り出した。とにかく現場から離れて死角になる所を目指す為に。
「ユウ、大丈夫か!?」
「大丈夫。威力は弱いみたいだ」
「ならよかった!」
手を離すとユウも同じ速度で走り続ける。
完全に理解したって訳じゃないけど、ちゃんとした狙撃銃を使っているのなら音を聞かれない様にビルの上から狙撃するのが妥当だ。でもそれだと弾丸のサイズが大きくなり、もっと破壊的な威力が生まれるはず。実際に狙撃銃と拳銃の威力は撃って体感した。
つまり狙撃は狙撃でも建物の屋上からじゃない。この威力じゃ人混みに紛れて音も出ない程の銃でユウを狙撃したと考えるのが妥当だろう。要するに離れればこっちの物――――。
そう思った瞬間だ。弾丸がユウの左腕を掠めたのは。
「っ!?」
「どうした、撃たれたのか?」
「撃たれた!」
――テスも気づかないって事はかなりの消音性があるはずだ。一体どこから……?
するとテスに手を引っ張られて建物の陰に隠れる。ここなら狙撃されないはず。そう思ったからユウはイシェスタに教わった通り撃たれた所を触って弾丸が残ってないかを確かめる。正直、滅茶苦茶痛いけどこれも身の安全を確保する為だ。
「どうだ?」
「弾は貫通したみたい。左腕も掠っただけだから問題ない」
「そっか。これで後は何とかなるはずだ」
指先に付いた血を擦って落とす。こんな量の血を見るのは久しぶりだけど、やっぱり慣れない状態で見ると吐き気が出て来る。だからこそユウは目を離してアリサが車で到着するのを待つ。
のだけど、その時にテスから質問されて。
「……血、怖くないのか?」
「え?」
「だってそんな血が出て、怖くならないのか?」
「…………」
鼻血とか擦り傷程度の血なら飽きるくらい出て来た。けれど今回は常人じゃ出さない量の血を流している。リコリス達とは違い血を見慣れてないユウには怖い対象になって当然……。
でも、何とも思わなかった。
「怖くない、かな。今の所は何も思わない」
「……そうか」
すると話を遮るかのようなタイミングでアリサが車を到着させる。だから助手席の扉を開けるとユウに手を伸ばした。
「何やってんの、早く!!」
「ああ!」
ユウを安全な所に送り届ける為だけに動かしてるのだろう。テスが背中を押すと無理やりにでも助手席に着き飛ばした。
しかしその時にアリサの伸ばした腕を弾丸が貫く。
「は!?」
「――テス!!」
即座にユウの襟を掴んで体を引っ張ると今度は前髪を掠るくらいの距離で弾丸が過ぎ去った。だからテスはユウを肩に担ぐと合流地点を変えて走り始める。
「ここじゃ駄目だ! ショッピングモールで!!」
「その方がよさそうね」
アリサも状況を把握してすぐにアクセルを踏んだ。
最初は咄嗟の出来事に硬直してしまうものの我に返ってからは担がれながらも路地裏を駆け抜けるテスに問いかけた。
「なっ、何が起って!?」
「また狙撃された。壁と車の合間を縫うような狙撃をされちゃ、もう普通とは言えないだろ。――凄腕なんだよ。それも完全に意識外からの狙撃が可能なまでに」
「意識外からの、狙撃……」
両者とも姿が見えなければどの高さから姿を現すかなんて分からないはずだ。なのに咄嗟に伸ばしたアリサの腕を撃ち抜いて見せた。それだけでも凄腕って事が分かるのに意識外からの狙撃が可能だなんて。
瞬間に走っているテスじゃなく担がれているユウの腕が銃弾で貫かれる。
「っ!?」
「どうした」
「狙撃された!」
「そうか。……は!?」
すると急停止するのと同時にユウを下して撃たれたカ所を確認する。けれどここは裏路地。いくら凄腕でも的確に狙撃するだなんて不可能だ。テスも同じことを考えて通路の前後を見つめた。
「後ろに誰かいたか!?」
「いなかった。少なくとも跡は付けられてない」
「なら何で……」
小さい布で撃たれた所を縛り付けると舌打ちをしながら周囲を見る。窓や銃口を出せる様な所は何もないし、かと言って建物の屋上にも誰も居ない。となれば残った可能性としては――――。けれどそれを信じたくなくて二人同時に顔を振る。
現実は認識しなくちゃいけないのに。
「って事は、風に乗せて? まさか風で弾が移動するのを利用して当ててるのか……?」
「んなのあり得ない! だってそれじゃあ必ず高い所から撃たなきゃ!」
「現に撃たれてるんだ。現実を認めろ」
「…………!」
となれば打てる手段はたった一つ。はやくどこか風の通らない場所に入り込むだけだ。それを理解しているからこそ二人で走り出した。
何の銃を使っているのかは分からない。でも速過ぎず遅過ぎず、風の軌道に乗りやすく小さいけど貫通力のある弾を使う銃なら狙撃されてもおかしくない。路地裏には微風でも風向きが限られるのだから。まぁ、その計算はどこでやってるんだって話になるけど。
そう考えているとユウの考えを補足するかのようにテスが喋った。
「……狙撃者は一人じゃないな」
「え?」
「街の風にはいくつか種類があるんだ。谷間風とか街路風とか、吹き降ろしとか様々な種類がある。その風に銃弾を乗っける技術が可能なら可能性はある。でも、一カ所からは逃げ続ける対象は狙えない。つまり――――」
「あらかじめ数人を待機させて逃げ続ける目標を意識外から狙撃する……?」
「その通りだ」
明らかに普通じゃない作戦だ。それにどうしてユウ達の為だけにそこまでの事をするのか、そこが疑問でたまらない。殺そうとするのなら普通に脳天を狙撃すればいいだけの話。どうしてわざわざ急所を外して狙撃するのだろう。
「でもそれじゃあ俺達を狙撃する理由にはならない! そもそも事件が――――」
「さしずめ口封じって奴だろうな。お前の言った通りあの事件が扇動なのだとしたら犯人は囮に過ぎない。つまりそいつを指示した奴らにとってお前は正体を看破されかねない危険な存在って訳だ」
「ああ、そういう……言わなきゃよかった」
「こればっかりは運の尽きだ。諦めろ。逆にフラグ立てまくってみるか?」
「遠慮しとく」
その直後に弾丸が足元に当たって更に走る速度を上げる。要するにバレちゃいけない程重大な組織が相手って訳だ。運がいいのか悪いのか、無理やりにでも成長するチャンスととらえるけど、それでも状況がまずい事になって来ているのには変わりない。
やがて裏路地を抜けると目の前にショッピングモールが見えて、タイミングよくアリサが運転する車も到着した。
「しめた、チャンス!」
「えっ?」
「悪いけど飛んでもらうぞ!」
「えっ!?」
するとテスはユウの胸倉を左腕を掴んで背負い投げの態勢を取る。それを見ただけで意図を悟ったアリサは後ろの扉を開け、完全なタイミングでユウを後ろの座席へと投げ込んだ。……そう思っていた。
その時、テスの脇腹に銃弾が命中しては狙いが大きく逸れて車を通り越す。
「まず!?」
「バカっ、何やってんのよ!!」
圧倒的な筋力で吹っ飛ばされたユウは車を通り越しショッピングモールの入り口付近で受身を取った。多分、訓練をしてなかったら大きな打撲くらいはしていただろう。
しかし綺麗な着地を得てかっこよく決めても状況は一切変わらない。だからこそ銃弾が頬を掠めて飛び上がる。するとアリサが大きく叫んだ。
「中に入って! 狙撃者達は私達で何とかするから!!」
「りょ、了解!」
直後にお言葉に甘えてショッピングモールの中へ逃げ込んだ。入り口付近にいると撃たれるだろうからある程度まで中に進み、柱の陰に隠れる様にして座り込んだ。
それからしばらくして静寂が流れ込むとようやく一息ついて体から力を抜く。
「……一先ず。一先ずだ」
とにもかくにも狙撃されないのならそれでいい。アリサの事だからリコリスに連絡を取って連携しつつも狙撃者を炙り出すはずだ。それまでこのショッピングモールで待機していればいいだろう。
さり気なく離さずに持っていたタオルを千切って腕に巻くと付け焼刃で止血する。流石にこんな姿でいれば周りの人にも不審がられるだろうし、更に人目がない所に移動しようと立ち上がった。――瞬間、左足の太腿に激痛が流れて膝を付く。
「は――――?」
膝を付いてから初めて撃たれた事に気づく。服に小さな穴が開いては血が噴き出しているのだから。でもそんなのあり得ない。だってここはショッピングモールの中で、外からは絶対的に射線は通らないはずなのに。
次の瞬間、今度は左肩に銃弾が貫いた事でようやく現実を認識する。
「嘘だろ!?」
そう言いながらも立ち上がって走り始める。
仮に外から射線が通っていたとしてもこんな人混みの中じゃどの角度から撃っても誰かに当たる事は確実。つまり、狙撃者はこのショッピングモールの中にいるという事になる。それも音もなく狙撃できる武器を持って。
――何でこんな時に。それじゃあ、今までの狙撃は何だったんだ!?
後ろを振り返りつつもそう考えた。この大量の人が行き交う中で狙撃を行う。そんなの普通なら絶対に無理だ。……普通なら。
人々の隙間を縫い銃弾を当てる技術。あり得ないって信じたいけど、現在進行形でそれを実践されているのだから信じるしかない。暗殺者にとって標的を惑わす程嬉しい事はないだろうから。
振り返ってもそれっぽい構えを取っている人はいない。手元にも怪しい物を持ってない人は多いし、それどころか敵の位置を完全にロストしてしまっている。
つまり体の所々にタオルを巻き付け、傷を押さえながら走っているユウはこのショッピングモールの中で誰よりも目立ってるって事になる。こっちは相手の位置を掴めず相手はこっちの位置を掴める。これほどなまでに有利な暗殺はないだろう。
――認めたくないけど、この状況で生き残れる方法はたった一つだ。
凄腕の暗殺者と見習い兵士。戦力差は絶望的。
情報戦は無意味にも近いし何をしても奴には筒抜けなはずだ。だって、会話を聞かれていたのだから。だからこそ可能性はたった一つだけ。
――どっちが、相手の裏を掻けるかだ。