153 『力の格差』
突如地面を裂きながらも現れた途轍もない威力の炎。ユウはそれに当てられて激しい衝撃波に体を叩かれるのだけど、両手でリザリーの剣を握りしめては真意を発動させ少しでも威力を緩和しようと試みる。だから真っ赤な炎の中に純白のステラの花弁が入り混じる。その瞬間に互いの攻撃は弾かれて激しい爆発を引き起こした。
「ぐっ!?」
「この威力、貴方……」
ユウはあまりの衝撃波に吹き飛ばされるのに対しノアは普通に立ったままこっちを見つめる。てっきり追撃して来るかと思ったから身構えるのだけど、ノアは咄嗟に攻撃はせずこっちを見つめて黙り込んでいた。けれどユウはそんなの気にせずに突っ込むと迷わずに刃を振りかざし連撃を加えていく。あまり光が届かない空間だからこそユウの真意は暗闇の中で一層輝き、剣は光の尾を引いてノアの剣へと吸い込まれていった。
直後に激しい火花が散るのと同時に攻撃の衝撃波が全てノアの背後へと駆け巡り、連撃を翳す度に地面を裂きながらビルに衝突して倒壊させていく。そんな威力の攻撃を絶え間なく繰り返していると言うのにノアは全く怯む事なく余裕な動作で攻撃を受け続けた。
だから光の尾を利用したフェイントを仕掛けても当然防がれる。
「何で防げるんだよコレを……!」
「動きも速さも威力も良い。でも、それじゃあ私には届かない。――本気で殺そうとしない限りね」
「手の内はバレてるって事か!」
そりゃ明らかに強い敵を相手に殺意もなしで挑もうなんて無理があるだろう。今までの敵は助けようなんて意志は微塵もなく殺意だけを抱いていたから倒したり退けたりする事が出来たけど、今回ばかりは状況が違う。だって、あんな悲しそうな表情をされちゃ助けない訳にはいかないじゃないか。
しかし時間を稼ぐにしても勝つにしても、どの道ノアの攻撃を耐え続けなければいけない。さっきの一撃だけでかなりの衝撃波を食らったと言うのに、彼女の全力攻撃が放たれた時にはどうなるか分かった物じゃない。
短期決戦と行きたいけどそれも無理だろう。精々持って五分か十分と言った所か。
――クソッ。せめて銃か双鶴があれば……!
双鶴があれば空中での足場が確保出来る上に連撃後の隙を体術以外でも埋める事が出来る。銃があれば少しでも距離を離された時に牽制で接近する時間を稼ぐ事が出来る。その二つがあれば尚よかった。それなのに二つとも手元にないとは何たる悪運。これもカミサマの仕業なのだろうか。あの腐り切った性根じゃ割と本当にありそうだ。
でもない事をどうこう言ったって何にもならない。どうにかしなくては。
――少なくともノアは俺の攻撃を全て防ぐ事が出来る。なら“絶対に防ぐ”って信頼しきった方が状況は変わるかも知れない。息も動きも、相手に委ねるんだ。
殺意以外で倒せる方法があるのだとしたら、もうこれしか思いつかない。つまりこの方法で勝てるのだとしたら、その時はノアよりもユウの方が微かにでも上回った時だ。それまでの間は全ての攻撃を防ぐと分かり切っている状態で戦うしかない。正直、ここら辺は精神論だから少しでも挫かれたらこっちが負ける危険な戦法だ。
でも、それをやり切れるのなら可能性はある。
どんな攻撃をも防がれるのならその防御をこじ開けるまで攻撃するまで。ノアに攻撃を通るまで自分の力ではなくノアの防御力を信頼するんだ。そう言い聞かせる事で動きから迷いを吹き飛ばす。だから連撃の切れが良くなっては確実に隙を少なくしていった。
「貴方、動きが……」
「ッ!!」
すると驚いた隙を突いて剣先が頬を掠った。直後に剣を突いた衝撃波は天井に命中して岩盤を崩し、掠った頬からは微かに血が溢れ出す。けれどこれだけじゃ終われない。その証としてノアは少しだけ口元に笑みを浮かべると力を上げた。
周囲に途轍もない威力の雷が放たれては瓦礫を浮かび上がらせ、自身には炎を纏わせ防御をより一層硬くさせる。でもそんなの関係ないと両手で剣を握っては真意の刃を叩き込んではその防御をたったの一撃で崩した。その反動で後ずさりをするノアは真紅の瞳でユウを捉えた。
「あんたの言う通り俺には絶対に届かなさ! でも、だからこそ――――熱くならざるを得ないんだ」
「……変な人。こんな状況なら臆すのが普通のはずなのに熱くなるだなんて。でも、分からなくはない。実際私だって今、燃え始めてる最中だから」
正直言っちゃ彼女に燃えてもらっちゃ困るのだけど、ユウの希望に共鳴してノアの希望も膨らんできているのだろう。忘れかけた物が熱を帯びて膨らむ感覚。それは間違いなく当人を興奮させる物のはずだから。
きっと、ユウは狂っているのだろう。絶対的に越えられない壁を目の前にして、自分の希望を完膚なきまでに叩き潰すと宣言されて、助けられる確率は物凄く低くて、それなのに心が熱く燃えて来るだなんて。それもみんながくれた希望のおかげなのだろうけど。
するとノアは左手を翳して炎を集中させ、氷で接近する事を許さずに風や雷を一部に集中させる。そうして生成させた小さな玉を打ち放つと自信ありげに微笑んだ。だから真正面からそれを破壊しようと刃を振りかぶるのだけど、それこそがノアの狙いだと悟って急遽狙いを彼女自身に変更する。
直後、背後でソレが大爆発を引き起こしてはユウは大きく吹き飛んだ。
「ぐッ! ――しまっ!?」
「これはどう?」
空中に投げ飛ばされたユウは放物線を描いて一直線にノアの下へ飛んで行く。それを攻撃しない訳がなく、ノアは剣を握りしめると落下して来るユウを斬ろうと待ち構えた。――しかしそんな程度でやられる訳には行かない。だから体を回転させては真意の刃を叩き込むと周囲の地面が浮き上がり粉々に破壊される程の衝撃波を生む。
「はああぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」
「――――」
するとノアは軽く微笑んだ。その違和感を得て刃を滑らせると彼女の背後に着地し、間髪入れずに攻撃を繰り出すもノアは振り向かずにその攻撃を防いで見せる。だから更に刃を滑らせて大量の火花を発生させるとブレイクダンスの様に回転しては連撃を浴びせ続ける。
しかし真意を使用し続ければ限界が訪れる。元より限界だったのだからそれは変らなくて。
「ッ――――」
「どうやらそこが貴方の限界みたいね!」
口から大きく吐血すると蹴り飛ばされて瓦礫の中に激突する。だから全身に激痛が迸る中で意識だけは話さない様にと必死に握りしめる。ここで気絶してしまえばきっと地獄の様な痛みから逃げ出せるはず。でもその先はどうなる? みんなは? リザリーは? 作戦は? 絶対に諦めていい物ではない。
故に激痛が流れ込んでも意識と剣を手放すような事だけはしなかった。
土埃の中から真意の刃を解き放ってはノアを切り裂こうとするも簡単に弾かれてしまい、あまつさえ放たれた紅色の弾幕で反撃を食らってしまう始末。まぁ、真意の許容上限を超えてでの戦いなのだからそうなっても当然な気もするが。
「もう何でもアリかよ……!」
「弱い物いじめは趣味じゃないんだけど……ごめんなさいね」
ノアはそう言うと一回だけ踏み込んではたったそれだけで地面を割る。その影響で背後にあったビルの土台が崩されては斜めに傾いて行き、瓦礫に埋もれて動けないユウへと倒れて来ていた。ちなみにノアはすぐに飛び去って倒壊から逃れていく。たった一歩歩くだけでビルが倒れるとかどんな力だ。
けれど今はそんなツッコミをしてる余裕なんてないからこそ避に専念した。
「クソッ!!!!」
真横に移動したってきっと間に合わない。後ろにも退けないし前はビルが倒れている最中だ。そんな絶望的な状況だとしても、足に力を入れては真っ先にビルの先端部分へと飛び上がった。同時に細剣へ真意を纏わせては壁を撃ち抜いて力技で穴をこじ開ける。あまりにも無茶苦茶で強引な挑戦だったけど、上手く行って生きているのならそれで上々だろう。
直後にビルが地面と激突しては鼓膜を破る程の轟音を轟かせて瓦礫を周囲にちりばめる。その風圧は少なからず地面に影響を与え、あまりの衝撃波に周囲の地面にも亀裂が入り始めた。一歩だけでここまでの被害が出るとかどんんだけの化け物だ。
そろそろここで戦うのも限界が近いだろうか。
ユウはビルの壁に着地すると剣を突き刺してぶら下がり、少し離れた所にいるノアの様子を見た。
「ったく、無茶苦茶な事を……」
「やるじゃない。流石真意の使い手と言った所かしら?」
「……!」
見ただけでも真意を言い当てられた。って事はノアも真意を使えるか知っているのだろう。となれば、リコリス達よりも外の世界に詳しいノアなら【失われた言葉】の情報を握っているかも知れない。そんな一縷の望みに賭けて問いかけた。
「……実は【失われた言葉】ってのを探してるんだけど、知ってたりする?」
「【失われた言葉】……。聞いた事だけはあるわ」
「本当!? それってどこにあるのか――――」
「でも聞いた事があるだけで場所までは分からない。その話自体も噂でしかないしね」
「…………」
しかし結果はリザリーの時と全く同じ。やっぱり街の中も外も噂だけでしか存在しないと言うのは本当なのだろう。正直かなり悔しいけど、情報を持ってないのなら仕方ない。眼を見ても嘘をついている様には見えないし本当に知らないのだろう。
やがてある程度の休憩が終わるとノアは動き始める。
「それじゃあ茶番もここまでにしてそろそろ終わらせましょ。残念だけど、ここで死んで」
「ッ!?」
直後に駆け抜けた漆黒の雷。それを捉えた瞬間に壁から剣を引き抜いて飛び上がり、ユウがいた所には雷が命中してコンクリートが粉々に砕かれる。いくら真意で体の頑丈さが強化されているとは言え流石にアレは耐え切れないはず。真意で足を強化して地面に着地しても絶え間なく攻撃を仕掛けられるのは同じで、ユウは眼前に迫っていたノアの足を見て咄嗟に真意を増幅させる。
剣と真意で防いでも吹き飛ばされる程の衝撃波。それに当てられてまた全身を地面に打ち付けては血を流して横たわる。凄まじい速さ。凄まじい威力。最初から分かっていた訳だけど、流石にここまでやられると心が折れかけるってものだ。
目の前に居座る圧倒的力を前にして絶望感が高鳴る。希望を削ぎ落される。さっきまで燃えるが何とかって言っていたのに、もうそんなのを感じない程に追い詰められる。
「正直、よく戦ったと思う。そんなボロボロになって、追い詰められて、それでも戦ってたんだから。誰かの為に本気で戦える貴方を、本気で尊敬する。……だから、せめて一撃で終わらせてあげる」
「クソッ……」
嬲り殺されない事だけが救いだろうか。いやまぁ、殺される気は微塵もないのだけど。まだ死ねない。死にたくない。そうはいっても体が動かなくて避けられそうになかった。
やがて高く振り上げられた剣先は神速でユウの首元に振り下ろされて―――――。
「っ……!」
咄嗟にある方向を向く。向いた先には小さな路地裏があって、そこは街灯の光すらも届かない暗闇であった。でもどうしてそんな所を急に向くのか。その答えは、割と早くユウの瞳に映り込む事となる。
「り――――」
突如路地裏から飛び出した純白の一閃。それはノアに激突するなり顔面を容赦なく殴り、神速で飛び出して来た人影は到底人間では出せない威力の拳でノアを吹き飛ばす。それもビルを幾つも貫通させるくらいの威力で。
それからユウの前に立ったその人は振り向いてから言う。長い銀色の髪をなびかせ、真紅の瞳でこっちを見つめながら。
「待たせてごめん。助けに来たよ、ユウ!!」