152 『激突』
「ノアって……え、こんな所に……!?」
「だから逃げてるの! 今ばっかりはあの人に会わせる訳にはいかない。ってか、私結構な大罪やらかしてるわね……」
リザリーに運ばれながらもそんな会話をする。確かに彼女からしてみれば仕えていた人を裏切る様な行動をしている訳だし、その行動を大罪と捉えたって何ら無理はない。むしろ敵と打ち明けている時点で十分大罪を犯しているのだけど。
しかし何でドミネーターの指揮官であるノアがこんな所にいると言うのか。だってあれ程のし気をするのだから戦況を一望できる所にいるべきだ。それこそ狙撃が行われた管制塔の天辺とか。
このまま地上の出口を探す気なのだろうか。リザリーは死に物狂いの表情で周囲を見回しては階段がないかを確かめていた。けれど彼女にだって体力があるしさっきの一撃を掠める程度ではあれど食らっている。そのダメージは計り知れないだろう。だから問いかけた。
「このまま逃げれるのか? ってか、傷……!」
「傷はすぐに治るから平気! それよりも今はアンタの事よ! 後で戦うにしても流石に今は分が悪すぎる。どうにかして引き離さなきゃ……!!」
確かに一緒にいる所を見られたら誤解されるかも知れないし、最悪リザリーも殺される対象に入ってしまうかも知れない。せめてノアって人もリザリーみたいに優しければ話はいくらか変わるのだろうけど。
地上に出たとしてどうする。何をして戦力を掻き集める。さっきの一撃は全力じゃないはずだ。それならリベレーターに存在する全ての隊長達を集めて一気にノアへぶつけるしか……。ユウの真意でも戦えない事はないだろう。実際リザリーとは良い線いってたわけだし。けれど指揮官は側近より強いのが常。リザリー以上の攻撃をどう対処するべきか。
そう考えているとリザリーは躓いて派手に転んでしまう。
「っ!?」
「わっと……。リザリー、だいじょう、ぶ――――か」
だからすぐに起き上がらせようとしたのだけど、彼女の背中にあった酷い火傷の後を見て虚を突かれる。その火傷が反射的に眼を背けてしまうくらいに深刻な物だったから。少しずつ再生はしている。でも完全に再生するまでどれくらいの時間がかかるだろうか。
――少なくとも逃げられる負傷じゃない。だからと言って俺一人で行っても絶対に間に合わない。今までの疲労全部背負って獣道を切り開けるのか……?
答えは否だ。ここでリザリーを見捨ててもノアに助けられて一緒に行動するはずだ。けれどここには魔獣が蔓延っている。もしノアが余裕こいて徒歩で追いかけて来ているとするなら、見つかるまでの間、魔獣に襲われない保証があるだろうか。
それも否だ。元気が有り余ってる様なら話は別だけど、今のリザリーは傷つき体力も消耗してギリギリの状態だ。そんな中で魔獣の群れに囲まれて無事でいられるはずがない。
定石通りに敵として見捨てて逃げるか、敵だとしても一緒に逃げるか、もしくはここでノアと対面し交渉に出るか――――。どれも簡単な物ではない。でもこれだけは言える。リザリーを見捨てる事だけは死んでも御免だって。
その覚悟を確かめる為にも問いかけた。
「なぁ、リザリー。俺は今まで君の仲間を数多く殺して来た。この手で喉元を突き刺して、四肢をバラバラにして、残酷な殺し方をして来た。……それでも君は俺の事を希望だって言えるか?」
「難しい質問ね。アンタ自身を希望とは言えない。でも少なくとも私はアンタの事をこう見てる。――ヒーローってね」
「…………」
普通なら仲間を殺した相手を希望とは言えず、あまつさえヒーローとも言えないはずだ。それどころかこの場で報いだとか言って殺しても至極当然の事。それなのにリザリーは強い眼でこっちを見るとそう言った。まるで大切な物を託してるかのように。
「仲間を殺した事は許せない。だから、アンタは私の手で完膚なきまでに撃ち倒す。それでもアンタの心に宿る希望は本物で、そこから生み出されるアンタはヒーローとも言える。だから私はアンタに賭けたいのよ。いつか無邪気で愚かなアンタの心が、この世界を解放するって事を」
敵であるリザリーから託されたあまりにも重く深い責任と希望。要するに敵である事には変わりないけど、希望その物はユウに賭け、その為なら努力するって事なのだろう。何と言うか一文で矛盾するのって逆に凄いと思う。それを本気で受け止めてしまうユウも凄い方に入ると思うけど。
今ので答えは得た。ならばやる事はたった一つ。
「……何する気?」
「決まってる。リザリーを守るんだよ」
リザリーを壁に預けると自分は立ち上がって剣を握りしめる。ユウが走った所でどの道追い付かれるんだ。ならそんな面倒な追いかけっこをするよりもここで少しでも休憩しノアを迎え撃つのが最善手なはず。
「どうにかしてるよ。敵の為に命を賭けるなんて」
そんな事を呟きながら大通りに出た。心が通じ合ったとしても敵なのは変わりない。殺す対象なのも変わりない。でも、ここまで来たのならもう最後までやり切らなければ。敵も味方も関係ない。ただ、守りたい人を守って救いたい人を救う。そうするだけだ。
大通りに出るとこっちに歩いて来る人影があって、ユウはそれを見つめていた。
「あんたがノアか?」
「……ええ。そう」
あらかじめ予想はしてたけど、どうやら性別は女であるらしい。けれど強さには男も女も関係ない。だから剣を握りしめていつでも真意を発動できる様に構えた。そんな中でも可能であるならと交渉に踏み出てみる。
「一つ提案なんだけど――――」
「断るわ」
「だよな。まぁ、分かってはいたけど」
すると彼女はようやく街灯の光に当たって姿を現した。ピンク色の長い髪に深紅の瞳、長い耳に鋭い牙や黒を基調としたゴスロリと制服を混ぜた様な格好。何よりも凛とした容姿が威厳バリバリの雰囲気を放っていた。身長はユウよりも少しばかり高いと言った所だろうか。
歩いて来るだけでも格が違うって分からされる。素の状態で放たれる威圧が殺意にも等しくて手に汗を握る。防衛作戦の時に会った例の魔術師みたいな感覚だ。
こうして対面してしまった以上逃げる事は出来ない。撤退するにしても正面から殴り勝つしか道はないだろう。もう、戦うしか道はない。殺し合うのが常識なこの世界で殺さない様に戦わなければ。そうしているとノアはユウの持っている剣を見て大体の事情を把握した。だから更に虚を突かれる。
「……なるほどね。貴方がその剣を持ってるって事は、少なくともリザリーと打ち明けたんだ」
「っ!?」
「あの子は昔から自分と同じ正義感の強い人に惹かれやすいから、自分が信頼した人にはすぐに力を貸しちゃうのよ。その人達は全員優しくてヒーローとも言える性格だったけど……まさか敵に意志を託すとはね」
「やっぱ側近なだけに知ってるもんなんだな……」
リザリーの剣だけでこっちの事情を全て悟られて驚愕する。途轍もない洞察力。途轍もない思考。正直、ベルファークにも似た物も感じて恐怖を感じる。こっちの思考や思惑を全て読み取られてそうだったから。まぁ既に似たような事をされてる訳だけど。
ノアは腰にあった漆黒の直剣を引き抜くと言う。
「あの子が貴方に剣を託すのは予想外だった。そして貴方もリザリーと近しい希望や意志を持ってるって事も」
「出来れば広い心で見逃して欲しいんだけど……できそう?」
「あの子には悪いけど無理よ。私の目的は人類への攻撃。同胞を殺すのは流石に心苦しいけど、これも“仕方のない事”だからね」
「同胞、仕方のない事、ね……」
その言葉を聞いて少しだけ考え込む。それはただ聞いただけで確かにと納得できる物ではある。でも、その本質はただの現実逃避。この世界の絶望を受け入れているからこそ余分な希望を抱かず、自身の望む物以外の全てを切り捨てる事で絶望に抗っている。
……同じだ。街の中だろうと外だろうと何も変わらない。全てが等しく絶望の名の下に裁かれ、誰であろうと希望を抱く事は許されない。そんな世界なんて御免だ。
「貴方達は私の仲間を殺し過ぎた。その報いを受けてもらわなきゃ。――貴方は何の為に戦ってるの? どうして、怖気つきながらも私の前に立ち塞がるの?」
「……諦めきれない想いが。叶えてあげたい願いが。助けてあげたい人がそこにいるからだよ。絶望だろうと何だろうと関係ない。俺は俺の抱きたい希望を持って絶望に抗いたいから」
するとノアはユウの覚悟に触れて少しだけ反応した。やっぱり表に出さないだけで、本当は希望を抱いていたいんだ。ただそれをすると絶望した時に立ち上がれなくなってしまうから抱かないだけ。そうならない為に現実逃避を繰り返しているだけのはず。そこに微かな希望が触れた時、彼女はどんな反応を引き起こすだろうか。
やがてノアはユウに忠告する。
「悪い事は言わない。今すぐ引き返して。その道を進むと言うのなら、もう二度と立ち上がる事は出来ないわよ」
「知ってる。それくらい。あんたが俺に絶望を与えようとしてるって事も」
この世界の絶望の片鱗にはここへやって来てから二か月ちょいで触れている。どれだけ足掻こうと、助けようと、希望を抱こうと、圧倒的な力で全てをねじ伏せられは何もかもを奪い去って行く。そんな絶望を。でも、それでも希望を抱く事を止めないのはそこに守りたい人や場所、叶えたい願いがあるからだ。それがどんなに困難でもやって見せたいと思ってしまう程に。
「でもさ、あんた達が大きな物を背負ってる様に、俺達も大事な物を背負ってるんだよ。まぁ、俺の場合は少し特殊な訳なんだけど……そんな理由があるから、諦める事は出来ない。もう一回言うけど、諦めきれない願いがそこにあるから」
「……強いのね、貴方は。私にもそんな強い心があれば守れたかもしれないのに。……それじゃあ」
ノアはそう言うと手に握った剣を逆手もちに切り替え、剣先を地面に向けた。何をするのだろう。そう思った矢先にノアは剣を地面に深く突き刺した。直後に激しい地鳴りが響いて何をする気なのかを察した。でも、その頃には既に地面が内側から爆破していて。
「――死んで」
その言葉と共に、地上へと届く程の大爆発が引き起こされた。