150 『輝くもの』
この作戦を実行させるに当たって再確認しなければいけない事がある。とは言っても大部分は今までの戦闘でも確認済み。しかし「窮鼠猫を噛む」という言葉がある様に彼も奥の手を隠しているかも知れないから、念の為それを細部まで吐き出させておかなければ。
憶測でしかないけど、奴はマナを溜めこんで爆破させる事により高速移動を可能にしているはずだ。それも普通の動体視力じゃ目で追えない程に。奴はそれと精密な投擲を強みに優位を取って来る。ならばそれを超える為にもこっちはこっちの強みで押さなきゃいけない。
アリサとネシアの強みはたった一つ。完全に息の合った動きで繰り出されるコンビネーションだけだ。まずはそれだけでどこまで行けるかを試さなきゃ。
普通なら奴の動きに反応できるのはアリサだけだろう。しかしネシアには今まで培って来た全ての経験がある訳で、敵の動きをよく見て次の行動を予測する、という高難易度な事を考えながら攻撃に対応していた。それも彼女に向く攻撃の全てを弾いてるのだから驚いてしまう。
「……あんた、右手首使えないんじゃなかったの?」
「前みたいにはね。でも動かない訳じゃない。制限はあるけどある程度なら動かせるんだよ」
「ふ~ん……」
もうずっと動かないままなのかと思っていたから少しだけ安心する。自分のせいで右手首が完全に動かなくなった。ずっとそう思っていたから。今思い返してみれば今までの中でも右手首を結構動かしてたシーンはあったし、意識的にネシアの事を無視してたから気づかなかったのだろう。
心の中で安堵していると直後に髪を掠った奴の攻撃で意識を現実世界に引き戻される。
「とにかく私が防ぐから、アンタは攻撃をお願い!」
「オッケー。攻撃なら得意分野だ!」
そう言うとネシアはやる気がみなぎって来たみたいな素振りを見せる。相変わらず頭は考えるけど体は単調でよかったとつくづく思う。逆に考えるとそれってかなり器用な事だと思うけど。考えながら単調ってどういう事だよって。まぁ今に始まった話ではないが。
アリサは薙刀を握りしめる奴の動きを目で追いながらも考える。
――銃は速すぎて間に合わない。となれば向こうもこっちも攻撃するには近接必須。ただ速いだけだから能力だけ見ればそこまで強い訳でもない。でも……。
薙刀を振るうと激しい衝撃波が腕に駆け抜け、真正面に現れた奴を斬ろうと振り下ろした一撃は互角の威力で弾かれてしまう。だから腕に流れ込む激しい衝撃に表情を歪ませながらも防御に徹する。すると脇下から駆け抜けた一閃が弾かれて隙だらけになった奴の脇を捉え、深く切り裂いては血を噴き出させた。
そこで回復する為に奴は一旦距離を取ろうと重心を後ろに動かす。けれどアリサは大股で近づき懐まで潜り込むと薙刀を握りしめ、全力で振り上げると手に持っていたククリナイフを弾き飛ばして胴体をガラ空きにさせて大きく蹴り飛ばした。これで奴は空中に投げ飛ばされた事となる。アリサの背後には銃を構えたネシアがいる状態。ここで重傷を防ぐ為にもどうにかして抜け出さなきゃいけないのだけど、奴はどういった行動に出るのか――――。
「なるほどね」
直後に手を顔と胸の前に持って行ってダメージを最小限に留めた。これにより空中での移動は出来ないと知れた訳だ。これだけでも再確認出来れば問題ない。後は作戦を実行すればいいだけ。……まぁ、それを簡単にはさせてくれないだろうけど。
「魔法を使うから何をしてくるかと思ってたけど、案外大した事ないわね」
「そういう事言ってるとフラグになるから止めといた方がいいよ?」
「こ、こういうのってつい言っちゃうモンでしょ……」
無意識にそう言うとネシアから冷静なツッコミを食らって少し頬を赤らめる。その姿を見てネシアは少しだけ微笑んだ。
けどいつまでもこんな雰囲気でやる訳にはいかない。そろそろ本気でやらなくては。もうじき奴も自らの枷を外して命を刈り取ってくる頃だろう。その予想通り、奴は傷の再生を済ませるとさっきとは様子を一変させてこっちを見て来る。それも暗殺者の様な殺意の眼差しで。
「アリサ、来るよ」
「分かってる。どうせあいつらなんて常に想像外の事をしでかして来るんだから、ここで原爆を落としたって驚きやしない――――」
その瞬間だった。奴が瞬間移動の如く素早く移動しては真横を取ったのは。普通ならこのまま首を刎ねられて死んでいただろう。けれど相手は魔術の適性を持った吸血鬼。魔法は不思議な物なんだから予想外の事が起ったっておかしくはない。そんな仮説を立てていたからこそアリサは驚愕する事もなく冷静に奴の攻撃を受け止める事が出来た。
「速度は速くなっても威力は変わらない、と」
「っ……!」
相当な自信があったのだろう。そう言うと奴は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をして驚愕する。そりゃ、普通なら反応出来ない速度なのに確実に受け止めたら驚愕するだろう。それでもアリサは奴の攻撃を受け止めた。理由は明確かつ単純。ただの憶測でしかない。
奴は速度が自慢らしいけど通じない時の策はあまり練っていない様だ。まぁ暗殺者って一撃で仕留める様な印象とかあるし、今までもそうだったのだろう。だからって失敗した時のプランを用意してないのはどうかと思うけど。
憶測や動体視力。それらが奴の攻撃を受け止められた大体の理由だろうか。一時的にネシアと近しい思考に塗り潰す事で可能とした憶測。過去に一度でもネシアと意思疎通をしたからこそ――――重度の依存をしたからこそなせる業だ。今考えてみるとかなり気持ち悪い感覚だけど。……でも、一番の理由を考えるとするならユウの存在が大きいだろうか。彼のおかげで覚悟と勇気を貰った。だからこそ恐れる事なく戦う事が出来る。
彼に言った通り、もう自分からもネシアからも逃げたりしない。もう決して過度な強がりなんてしない。今は弱い所だって強い所だって見せる。それこそが今のアリサの生きる意味なのだから。
薙刀を振り回して投げつけられたナイフを弾き飛ばすと言う。
「全力を出したからって簡単に倒せるとは思わない事ね。――こっちだってそれ相応の覚悟を持って戦ってる。大切な物を背負ってるのはアンタだけじゃないのよ」
「貴様らのくだらん私情に関わってる暇はない。我々は“平和”を背負い戦っている」
「平和ね……。確かに重いわよね、それ。強い心を持っていない限り投げ捨てたくなるくらいに。でも、私達だって同じ平和の為に、大切な物を背負って戦ってるの。負ける訳にはいかない」
「たかだか私情如きで世界を変えれると思うな。そんな物しか抱けない程度の意志で戦おうなどまさに愚者。そんな物で、俺に勝てるはずがない」
「そんな物――――?」
すると奴は刹那の隙を突いて脇腹を切り裂いた。だから奴が通り過ぎた頃には脇腹から血が噴き出して地面を濡らす。ネシアもそれに反応するも背後を切り裂かれて激痛に体を硬直させる。
痛い。熱い。熱い熱い熱い。
脇腹からこぼれる血は腰を伝って脚に行き届き、ゆっくりと地面に血溜りを作って行った。でもアリサは一歩たりとも動かない。――今だけは、その痛みすらも忘れてしまう程の感情を抱いていたから。
「貴様らが抱くのはくだらん個人の感情だ。我々が抱く平和への思想には到底届かぬ薄汚れた感情。何も捨てず何かを得られると思っているのなら、いっその事死んでしまえ」
「薄汚れた、ね」
「教えてやる。この世界を変えるのは希望でも絶望でもない。人の意志だと言う事を」
命を刈り取る殺気。ソレを感じ取る。ここから数秒も経てばアリサの首は刎ねられ宙を舞っているだろう。でもそんな事絶対にさせない。みんなと生きる為に。みんなの居場所に帰る為に。だからこそ、アリサは薙刀を力強く握りしめると振り返りつつも言った。
「なら私からも教えてあげる。――そのくだらなく薄汚れた希望が、この世界を変えるって事を」
怒り。それが今のアリサを動かす物だった。ユウとリコリスがくれたこの希望を、ネシアが抱かせてくれたこの感情を、薄汚いだのくだらないだのと言われた事が何よりも気に食わなかったから。アリサにとってはそれらもかけがえのない宝物だ。それを否定されて黙ってられるか。
全力で振り回すと背後から神速で突撃して来た奴の腹にぶち当たり、振りかざされた刃は肩に深く突き刺さって肉を裂き骨を断つ。
薙刀が折れそうなくらいに悲鳴を上げる。そりゃ細い鉄の棒で車の中に乗ってる人間をぶっ叩いてるような物だ。軋んだって当然の事をしている。けれど薙刀は壊れる事なく奴の体を受け止め、切り裂き、そして吹き飛ばしてくれる。だから奴は腹と口から大量の血を流しつつもユウとリザリーの戦闘で開いた大穴の真上まで吹き飛ばされていく。
簡単な作戦だ。こっちが火力を出せず、相手は空中で身動きが出来ないのなら、高所から突き落せばいいだけ。
「アンタにはアンタの正義がある様に私達にも私達なりの正義がある。残念だけど、今回は私の勝ちね。……まぁ、次なんてないと思うけど」
そう呟くと奴はこっちに手を伸ばしながら大穴の底まで落下していった。直後に何かが潰れた音が微かに届いて来る当たり、どうやら落下の衝撃を緩和する攻撃手段もなかった様だ。
アリサの場合はこうして無慈悲に相手を殺しているけど、ユウなら少しだけ変わったのかな、なんて考える。彼は敵がどんな形であっても意志が通じるのなら和解と共存を望むのだから。けれどそんな思考は突如流れ込んで来た激痛に蝕まれて倒れ込む。
「あ、アリサ!? 大丈夫!?」
「が、ぁ、ふ……ゴポッ―――――」
奴の攻撃で脇腹を裂かれ左肩に深く刃を突き刺された。吸血鬼なら即座に治る傷であっても人間にとっては瀕死の重傷だ。だからこそその痛みや代償に襲われるアリサは吐血しながらも意識を霞ませる。今思えば脇腹引き裂かれてよく立ててたなって思う。だって下手すれば内臓がべろんと飛び出るかも知れないし、もしかしたら今だって飛び出てるのかもしれないのだから。
ネシアは体を持ち上げると回復剤を打ちながらもテントに向かって走り始める。
「待ってて! 今テントに連れてくから! 絶対に死なないでよね!!」
いつもなら「ったりまえじゃない」の言葉位はかけたのだろうけど、如何せん今だけは微塵も余裕がない。だから掠れる視線でネシアを見つめ続けた。本気で心配しては自分の事の様に死にもの狂いで走るネシアを。何というか、今になってユウの気持ちがわかった気がする。いつも自分勝手に突撃してみんなに心配されるユウの気持ちが。
そんな感覚を噛みしめながらも意識を暗闇の底に落とした。みんなの安心を祈りながら。
少し強引だけど今回はここでぶつ切りにします。そう言えば最近投稿するのを忘れてしまうんですよね……。いけない、しっかりしなくては。