149 『やりたい事』
「ネシア。話があるの」
「ん、どった?」
いつかの記憶。とある戦闘の後。アリサは疲労で重くなった体を引きずりながらもネシアのいる部屋まで歩いていき、アリサにしては珍しく自分から彼女に会いに行った。だから最初は嬉しそうな表情をするのだけど、思い詰めた様な表情を見てすぐに切り替える。
やがてアリサは茶番もなしに本題へと突入する。
「さっきの戦闘での話よ」
「……うん。でも私は――――」
「もう叱る気なんてないわよ。アンタが戦う度に大暴れするだなんていつもの事だしね。私がわざわざここへ来たのは、自分自身に答えを出す為」
「自分自身に答え……?」
彼女はいつも通り乱暴な戦い方をした事を怒られると思っていたのだろう。けれど今だけは全く違う。今だけは、迷い続けた自分に答えを出す為にここへ来たのだ。その現実を自分自身にも、ネシアにも認識させる為に自ら話し出す。
「ずっと、迷ってるのよ。私はこのままでもいいのかなって」
「アリサ……」
「私は小さい頃から親に捨てられて、病気に掛かった妹の入院費を払う為だけにここへ来た。それは知ってるわよね」
「う、うん」
この事情を知っているのは今の所上位レジスタンスの上層部とネシアだけだ。普通なら誰にも言うべき事ではないし、言うつもりもない事だ。それでもネシアにこの事を話したのは彼女を誰よりも信頼していたから。……いや、信頼したかったからだ。だからこそこの話を知っているネシアはアリサの問いかけに頷く。でも次の問いかけに関しては頷く事も、ましてや口を開く事すらままならなくて。
「……それから私はアンタに救われた。独りだった所で声をかけられて、いつも一緒にいてくれるからね。でも、そのままでいいのかって思うの。救われたままでいいのかって。私も誰かを救う為に戦うべきなんじゃないかって」
「――――」
「だから教えて。ネシアはどうして、そこまで私の為に命を賭けられるの?」
その質問に黙り込む。当然だろう。だってアリサの質問はあまりにも自分勝手で、ネシアには到底応えられるような物ではないのだから。アリサの質問は自分の人生を他人が決めつけるような形式だ。その受け答えによってアリサのこれからは大きく変わっていくからだろう。何故なら、アリサは精神的な主体性を持ち合わせていないのだから。
小さい頃から親に捨てられた。だから無個性な姉妹は無個性なまま育ち、互いに別離されてここまでやってきてしまった。故にアリサは誰にも興味を示さないし周りも興味を示さない。そんな中でネシアだけが優しく接してくれた。だから人格的影響を受けやすいアリサは優しくなる事が出来たし、やや強引ではあるものの個性も手に入れる事が出来た。
でも、いつまでたってもネシアの考えだけが分からなかった。どうしてそこまでしてアリサを助けてくれるのか。何で戦場では一番に守ってくれるのか。そう考えている内に救われてばっかでいいのかって考えに辿り着いてしまって、そこから思考が一切進まなくなってしまったのだ。だから、その答えとしてネシアの答えが欲しかった。
これが依存だと言うのは分かってる。でも、今だけはその答えが欲しかった。
やがてネシアは言う。これからのアリサを作る言葉を。
「――私もね、一緒だったんだ」
「え?」
「小さい頃から親が死んで、私はずっと独りで過ごして来た。誰にも興味を示さず示されず。そうして私は空っぽのまま、虚しくなるだけの戦いを繰り返した。でもある時にあるリベレーターに会ったんだ。その人は私と同じくらいなのに強くて、自分の命だって危ないのに人を助ける事を諦めなかった。……だから私も諦めたくなくなったの。救える人は救いたいって」
「だから、私を?」
「そう。困ってる子がいるのなら手を差し伸べる。それってさ、この世界じゃ凄く困難な事なの。だからこそ、それを出来た時の自分の背中に憧れた。まぁ、最終的に何を言いたいかって言うと……」
するとネシアは手を伸ばしてはアリサの頭を撫でて今までとは違う種類の微笑みを浮かべながらも言った。アリサを心から信じ、全てを託すかのような表情で。
「――その時自分のやりたい事をやりたかったから、かな」
「……!」
その言葉を聞いて体中に電撃が迸る。
今までのアリサはネシアが引っ付いて来るから強がりながらも一緒にいた。自分から求める事もなく、離れる事もなく、彼女と一緒にやりたい事もなく。ただお金を稼げてネシアと一緒にいられればそれでよかった。自分はこれが幸せなんだと、他人ではなく自分にまで強がり、何も望まないように生きて来た。
けれどネシアの言葉でその枷が一瞬で崩れ去る。弱い所を見せるのが嫌だからと自分の首を絞め殺しながらも自ら縛り付けていた枷が。
「アリサにも来ると思うよ。自分が何をやりたいのか。ソレを明確に理解する日が。だからそれまでの間、アリサはアリサでいればいいと思う。それこそが、私の願いだから」
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「ねぇ。アンタ、前に私に言った事、覚えてる?」
「……覚えてるよ。アリサから私を求めた事、あの時しかないもん」
途轍もない連携で攻撃を続ける中、互いに背中を合わせるとそう問いかけた。そしてネシアは自慢げに覚えてると言いきって見せる。だから苦戦している最中であっても微笑みを浮かべる事が出来、この戦いを楽しんでいると自分自身に認識させる。
楽しいんだ。またネシアとこうして昔の様に戦えるのが。
やがてアリサは薙刀を構えると言う。
「あの時は正直、何言ってんのか分からなかったわ。でも、今なら分かる。私が何を求めて、何をしたいのか」
今なら……いや、ひょっとしたら昔から気づいていたのかも知れない。ネシアと初めて出会ったその日から。この世界じゃ人が誰かを求める大体の理由は何かに不安になるからだ。アリサももちろん不安だった。いつネシアがいなくなってしまうのだろうと。いつ絶望に押し潰されてしまうのだろうと。その弱さを見せるのが嫌だったから強がってきた。
けれど、今はもうそうする必要なんてない。今は弱さを打ち明ける強さを手に入れたのだから。だからこそ、アリサは微笑みながらも言う。
「みんなと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい」
ネシアからしてみれば別れて以降初めて見せた弱さ。それに少なからずびっくりした。まぁ、普段の性格上絶対に弱さを見せる事はなかったから、その反応は至極当然な物なのだけど。やがてネシアは少し残念そうに呟く。でも、アリサが求める物はネシアの言う所にはなくて。
「ようやく見つけたんだね。自分の居場所と、やりたい事を。じゃあそこを――――」
「――でも、私の居場所はアンタもいる場所よ」
「……!」
そう言うと彼女は面を食らった様な表情をする。でも今はそんな小さい事に反応してられる余裕なんてない。高速で繰り出される奴の攻撃を必死に弾きながらも互いに体を動かし続けた。……不思議な物だ。こうしてネシアと一緒に戦うのは久しぶりで記憶は自ら押し殺したはずなのに、それなのに体は嫌でも反応してネシアの動きと合わせてくれる。それに息だって重なっては完璧なコンビネーションを生み出していた。
「だから、あいつに勝つ。私は私の為にやりたい事をやる。それが私の答えよ」
「……そっか」
今だけはネシアの言いたい事が口で伝えられなくたって分かる。心の底からありえないくらい喜んでるんだって事を。するとネシアは早速あの頃の様に微笑みを浮かべ、こんな状況であるのに軽口を叩いて見せた。
「じゃあ、背中刺されない様にしなきゃね」
「今はそんなつもり――――いや、十分に気を付けなさい。死んだら刺すから」
「へんっ。やってみな!」
彼女の軽口に乗っかると自慢げにそう言いながらも突っ込んで行く。だからアリサはネシアの背中を追う。確か、右手首を大怪我した時もこんな感じで戦ってたっけ。みんなを守る為にだとか言って、馬鹿みたいに先陣切って駆け抜けて、アリサを助ける為に身代わりになって。でももうそんな事はさせない。もう絶対に、後悔させるような事なんてさせない。今はそれをする為の覚悟があるから。
右手はほとんど動かないと言っていた。でも剣を持てなかったり完全に動かない訳ではない。だからネシアはリコリスと似たような光線剣を右手に持つと右手首の回転ではなく、やや制限はあるものの腕の回転だけで剣の方向を向けて投げられたナイフを弾く。直後に乗り出したアリサの攻撃を受けて空中で姿勢を崩し、その瞬間に距離を詰められては同時に放たれた攻撃で吹き飛ばされる。
「貴様ら……ッ!」
「女だからって油断してると痛い目見るよ。なんたってこっちは狂犬引き連れてるんだからね。地獄のタップダンスでも踏ませてあげようか?」
「誰が狂犬よ。それに、狂犬って言うのならもっと相応しい奴が足元の底にいる。あとタップダンスは無理よ」
「タップダンスは無理だそうだコノヤロー」
そんなよく分からない会話を挟んで時間稼ぎをしながらも打算を重ねる。テスがいれば幾分か状況が変わったのかも知れないけど、今はいない。彼は軽装かつ結構な火力を出せるものの、アリサとネシアは持ってる武装が攻撃特化な物ではないから大した火力なんて出せっこなくて、精々奴を怯ませる程度しか出ないだろう。となれば何か工夫を施さなきゃいけない。それもかなりの火力が出る様に。
今この場でそれ程の火力を出せると言えば――――。
「ネシア。一つだけ案があるわ」
「奇遇だね。私もなんだ」
考える事は同じ。そう判断して同時に頷いた。難しそうな雰囲気が出てるけど、そう難しい事ではない。むしろ作戦にしては簡単すぎるくらいに簡素だ。まぁ、それを相手がさせてくれるかと言う点に置いてその難しさが問われるのだけど。
けれどやらなければ二人に明日はない。だから嫌でも何でも自分にそう言い聞かせる。やがて、二人で息を合わせると同時に飛び出した。きっと誰でも思いつく様な簡単な作戦を実行する為に。