014 『扇動』
「いや~、一見冷たい人かと思ったけど、本当に良い人なんだな!」
「今はいいからそんなへらへらするなよ!!」
彼はこんな緊迫した状況下に置いても明るい笑顔を浮かべるから反射的にツッコミを入れた。するとその言葉でスイッチが入ったのか偶然か、彼は爆破した所を見るとユウに問いかけて来る。それもさっきとは別人の様な真剣な顔で。
「そりゃそうだ。――って事で、誰がやったか見えたか?」
「見えなかった。走ってたらいきなり爆発して……」
「なるほど、それでよく反応したな。凄いじゃんか」
そう言って肩にポンポンと手を乗せると立ち上がって爆破された所を見る。どうして爆発したのかは分からない。でも仮にこれが自己なのだとしたら。
彼も同じ事を考えたのだろう。呟きながらも何とか部屋の中が見れる位置まで移動し始めた。
「せめてこれがテロじゃなくて事故ならいいんだが……」
直後に銃声が鳴り響いてこの場にいる全員の身体が硬直した。つまりこの爆破は人為的に引き起こされたって事になるのだから。
やがて爆破されたカ所から一人の男が姿を現すと今にも落ちそうな姿勢で何かに引っ張られる。その直後に声が聞こえて。
「いいか! 余計な事をしたらこいつをぶっ殺すぞ!」
「うわ~、ベタ」
「言っとる場合か!!」
けれど冷めた反応をする彼に思いっきりツッコミを入れる。
しかし彼だけじゃ無理だ。そう思ったからこそ持たされていたスマホを使って即座に十七小隊のみんなへ連絡を送った。使い方が向こうの世界と変わらなくて本当に助かった。
すると彼は周囲の人を下がらせながらも交渉の為に話しかける。
……でも、帰って来たのは望み通りではない答えで。
「何が狙いだ。お前は何を望んでる」
「うるせぇ! 黙ってそこで縮こまってろ!!」
「こりゃ相当怒ってるな。話し合いにもなんねぇ……」
どんな質問にも答えようとはしない怒りに満ちた声。それを聞いただけでユウも彼が殺意でこうしてるんだって事を察した。
助けた人を寝かせて彼の近くへ駆け寄ると問いかける。
「どうするつもりだ?」
「ああいう奴は逆上するとマジでやりかねない。ここは奴が冷静になるまでじっとしてるってのが鉄則だな。仲間に連絡は?」
「既に飛ばしてある。あと十分もしないで着くらしい」
「それでこそ見習い兵だ」
彼はユウの行動を褒めながらも再びグッドサインを見せて来る。
フレンドリーなのは今までの会話でも分かっていたけど、新たにほめて伸ばす面も見えて来た。しかし応援を呼んだからってどうにかなる訳ではない。向こうでもそうだったけど、立てこもり事件な程解決するのに時間が掛かる物はない。
そう思っていたのだけど、彼は本心を言ってのけた。
「と言っても即座に突っ込めるんだけどなぁ……」
「え? 突っ込んでいいの?」
「奴らは銃しか持ってない。けど俺達リベレーターはコレを持ってる」
「そういやそのドでかいの持ってたな」
彼は自慢げに両腕に持った重機を見せた。っていうかどこから持って来たそんな武器。
今思えばリコリスも背中に凄く重そうな重機を背負っていたし、それで機動力を補って高速移動を可能にしていた。つまりリベレーターに入っているって全員そう言った武器を持っているのだろうか。リコリスと彼以外のは見た事ないけど。
そして彼は舌打ちしながら爆破地点を見ると愚痴る様に呟いた。
「せめて俺の武器なら一撃で仕留められるけど……」
「なっ、何で行かないんだ!?」
「制約があるからだよ。管轄区域に好き勝手出入り出来ても、勝手に暴れる事は許されない。まぁ本当に死にそうな時なら仕方ないが、基本的に手出しするのは許されないんだ」
「えぇ~……」
するとそう言われて何の躊躇もなくがっかりした。まぁいくら同じリベレーターと言っても隊が違うし、納得できなくもない。それに今回の事件は時間が掛かるタイプだ。逆にそっちの方がいいだろう。
けれど一つの可能性を見て彼に伝える。
「いや、もしかしたら何とかなるかも知れない」
「え?」
そう言うとユウはスマホを取り出してリコリスに情報を飛ばした。これがユウがリベレーターに入ってから初めて――――いや、入る前の協力だから何にもならないか。
とにもかくにも現状の情報を全てリコリスに飛ばした。
「十七小隊のリーダーであるリコリスは移動速度が上がる重機を身に着けてる。もし車や徒歩での到着が十分未満なのだとしたら、もしかして……!」
「なるほど。それはそれでありがたい。なら俺は近くの人の安全確保に努めるとするか」
ここから十七小隊の本部までジョギング程度の走りで三十分といった所か。リコリスがユウを助けた速度がまだ全力じゃないのだとしたら、単純計算でも大通りを通って約七分。バイクをも凌駕する速度のはずだ。
すると彼はリベレーターの腕章を見せながら近くの人に離れるよう指示する。ユウはリコリスが到着するまでの間どうすべきかを考える。
もちろん突入できる程の実力は持ち合わせていないし、この場で役に立てる知識がある訳でもない。つまり今のユウに何が出来るかと言われると……何もない。
だからこそユウはその場に立ち尽くした。せめて何の為にこんな事態を起こしたのかって。
情報が少なすぎるけど動機は単純な殺意だろう。でも、だからって少々不用心すぎるのではないか。だってこんな大爆発を起こしておきながら何もしないなんて。
――いや、俺の考える事じゃない。そう言うのはみんなが集まってからだ。
そう決めつけて振り返った。
今のユウがやれるのはこれで終わり。後はリコリスが来てからやればいい事だ。……と思っていたのだけど、どうやらそんな心配をする必要はないらしくて。
「何か聞こえないか?」
「えっ? あ~、そう言われれば何か聞こえる様な……ジェットエンジン?」
ゴオオオォォォォォっと言う様なジェットエンジンの音。それと何か妙な叫び声も聞こえる気がする。何だろうと思っていればソレは超高速で爆破地点に突っ込んで行った。それも素っ頓狂な声を上げながら。
「オルァァァァァァァァァッ!!!!!」
「うおぉ!? りっ、リコリス!?」
どこからともなくやって来たリコリスは超高速で爆破地点にツッコんだのだ。直後にまた爆発が引き起こりながらも何発かの銃声が聞こえては男の声も聞こえて来る。中には人質と思われる女性の人の悲鳴まで聞こえた。
ユウは反射的に動こうとするのだけど、その時に彼に肩を掴まれて動きを制限される。そして振り返ると真剣な表情をした彼がいて。
「今突っ込むのは得策じゃない。だってお前、特殊武装してないだろ」
「特殊、武装……?」
「コレの事。武器がない以上突っ込むのは愚策だ」
すると彼は腕の重機を見せながらユウを下がらせる。次に戦える自分が突入しようとするのだけど、その時にリコリスが顔を出しては犯人と思わしき人の襟を掴んでユウ達に見せびらかす。
「犯人はこいつでいいの~?」
「あ、ああ、大丈夫だと思う」
「そこのリベレーターさん、ちょっと手伝って」
「わっ、分かりました!」
彼はそう答えると重機を足元に向けて炎を射出する。するとその威力で体を浮かし軽いジャンプの様な動きで爆破地点まで飛んで行く。
でもこんなに早く終わらせるって事は、突っ込んで来た時の一撃で犯人は倒したって事なのだろうか。まぁ誰も空から突っ込んで来るなんて思わないだろうし、恐らく飛び蹴りでも食らわせたのだろう。そう決めつけてみんなが来るのを待った。
でも、そんな最中で周りの人の会話を聞いて考える。
「しかし何だったんだ? 立てこもりの割には呆気ないし……」
「どうせ目立ちたかっただけだろ。スラムの方じゃあんなやつ多いって聞くし、むしろ檻にぶち込まれた方が向こうの奴らにとて安全なんだ」
――呆気ない、スラム、安全……。
この街にもスラム外はあるのか。となれば当然ごろつきが溜まってそうだし、檻の中にいた方が安全って考える気持ちは分かる。けれどいくら銃が使える世界と言ってもスラムの人達がそんな簡単に銃を手に入れられるだろうか。
火薬自体は作れるとしても銃を作れるだなんて――――。
そう考えているとバイクで飛ばして来たガリラッタとテスが到着する。
「ユウ、大丈夫か!」
「テス……。ああ、問題ない。ちなみに犯人は既にリコリスが捕まえた」
「え、何それどういう状況」
「意外と呆気ない事件でさ」
それからユウは二人に状況を説明する。その最中にリコリスが人質を抱えて下りて来ては二人も即座に納得し、事件が終わった事を知った。
しかし当然の疑問を抱く事だけは確かで。
「なるほど。そりゃ確かに奇妙だ。何の策もなしにこんなドでかい事をするとは思えねぇな」
「捕まりたいなら街中で銃でも乱射すりゃいいだけなのに」
「そう言う問題か?」
二人もそれぞれで考えた。リコリスが縛ってる人が一人だけって所を見ると犯人は独りだけ。何かが引っ掛かっていてる気がする。何か、見落としが――――。
やがてユウは呟いた。
「……扇動」
「え?」
「扇動って言う線はどうだ。一人にデカい事件を起こさせて、俺達の気を引く。その内に誰かが何かをやる為の準備を進めてるとか」
すると二人はハッと表情を動かしてはテスが懐に入っていた携帯端末を取り出す。形はスマホに似てるけど、スマホと無線を五で足して二で割った様な見た目だ。それから色々いじり始めるとその端末に向かって誰かに指示をする。
「えっと、誰に何の連絡……?」
「レジスタンスって警備主体の組織があるんだ。リベレーターよりも下の組織だから俺達でも指示が出来るって訳」
「なるほどな」
「これで怪しい動きがあればすぐに連絡があると思うんだけど……」
そう言うと少し遅れてイシェスタとアリサが到着する。ユウを搬送した時に似た車両に乗って来ると既に現場の状況を察して残念そうな顔を浮かべる。今までの間でもこうした事件がなかったって事はそれ程平和だって事だし、アリサにとっては残念がる事なのだろうか。
だけどテスとガリラッタの表情を見て何かを悟る。
「何かあったの?」
「もしかしたらこの騒ぎが扇動かも知れないって話だ。一応レジスタンスに連絡はしてあるけど、俺達も動いた方が良いかも知れない」
「扇動、ねぇ。おーけー。じゃあ私達は――――」
でも、その時だ。何の音もなく血が宙を舞ったのは。ユウもそれに驚愕して目を皿にして見つめる。――自分の肩から血が出る光景を。