147 『背中合わせ』
――生きてる……。生きてるのか? じゃあ何が起こった!?
全身が光に包まれる中、ユウは自分の意識を探り起こしてそう考える。確かユウとリザリーは最後の一撃を互いにぶつけ合っていたはずだ。彼女の放った死の一撃に対してユウの真意が風穴を開け、更にそこへもう一撃を叩き込みリザリーを倒そうと……殺そうとした。そこから一瞬だけ意識が途切れては目覚めた瞬間から光の中を落下している。一体何が起ったと言うのか。
その理由の全てを理解するのにそう時間は掛からなかった。だって光の中から抜けた途端、目の前に映った光景は衝撃的ながらも真実を伝えていたのだから。
崩壊したんだ。地面が。どうやらユウ達の立っていた足元には大きな地下空間があったらしく、二人の攻撃に地面が耐えられず崩れた事によって開通したらしい。そこに落ちている様だ。しかしそうなれば後もう少しで瓦礫に埋もれる事になるはず――――。
そう思っていた。次の瞬間までは。
「えっ、ちょっ!?」
「いいから!!」
突如落下していたユウの手を掴んだリザリーは自分に引き寄せて抱きしめた。まさかこのまま一緒に道連れにする気かと思い抵抗しようとするのだけど、そう言う訳ではないらしい。リザリーは自分の周囲にバリアを展開させるとそのまま瓦礫と共に地下空間まで落下していく。直後に激しい衝撃波が全身を叩いて微かな痛みが現れる。瓦礫に押しつぶされているんだ。現在進行形で。
でも、ある程度の衝撃が終わった瞬間からリザリーは咆哮するとバリアを大きくさせる衝撃で自身に乗っかった瓦礫を全て吹き飛ばして。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
ようやく真っ暗な中で光が見えたと思った瞬間、リザリーの顔が目と鼻の先に現れて少し驚愕する。ユウを地面に押し倒す形で上に乗っかった彼女は息を切らしながらも眼を見つめると力なく横に倒れ込んで仰向けになる。
何が起こったかを理解しても脳内の処理が追いつかない。そんな中でも確実に分かる事だけがあった。
「……えっと、助けてくれた、でいいのかな。その、ありがと」
「礼なんていいわよ。別に」
そう言うとリザリーはそっぽを向きながらも返す。しかし彼女とは敵同士のはずだ。ついさっきまで殺し合いをしていた訳だし、助ける義理なんてどこにもない。ただ微かにだけど痛みと正義を共有しただけで。……でも、リザリーにとってはそれがユウを助ける理由になるらしい。
「何で助けてくれたんだ?」
「……同胞だと思ったからよ。反射的に死なせたくないって思った。ただそれだけ」
「おかしな話だな。ついさっきまで殺し合ってた仲なのに」
「“好敵手だ”って言ったでしょ。アンタは私の手で殺す。それまで誰かに殺されちゃ困るからね」
「何ですか。いきなりツンデレキャラ狙いですか」
「違うわよ!!」
ボケると元気よくツッコミながらも起き上がる。互いに殺し合っていたからかボロボロだったのだけど、リザリーはまだまだ元気な様だ。それも彼女が吸血鬼だから再生が速いだけだろうけど。今だけはその再生能力が羨ましい。
とにかく立ち上がると真上を向いて現状を認識した。と言っても、その現状はあまり受け入れたくない物であったが。
「高いな……」
「簡単には戻れそうにないわね。互いに全力を出してた訳だし。アンタの使ってた空飛ぶやつは? あれで戻れないの?」
「使えれば戻れるんだけど……どうやら俺達の攻撃で遠くの方まで吹き飛ばされたみたい。せめて三百m以内に入ってればよかったんだけどな」
彼女に言われて双鶴を起動させようとしてみるもまさかの範囲外。この地下空間の高さは百メートルちょいって感じだからかなり遠くの方まで吹き飛ばされたのだろう。まぁ最後の方は身近にいなかったから分からなくもないけど……。そう答えるとリザリーは少しだけ肩を落として残念がる。さっきやってたように爆発の余波で上昇する事も出来るだろうけど、それはそれで結構な体力を使うのだろう。ボロボロの体を見ただけでもそれが伝わって来る。
するとリザリーは少し咳き込んで間を開けると提案した。
「……その、私から一つ提案があるわ」
「休戦協定?」
「そう」
しかしその思考を読めていたユウが先に言うと小さく頷いた。こんな状況になってしまった以上生き残るのが最優先だし、そんな考えになるのも仕方ない。普通なら殺し合いをしていた仲とは到底思えない思考だけど、ユウも同じ事を考えていた分おあいこだろう。
「私はさっきの一撃で終わらせるつもりだった。だから私にはもう戻る力はないわ」
「こっちも同じだ。となれば残った可能性は……」
上にはアリサ達がいるはず。となれば残った可能性として通信で呼びかけ双鶴を持って来てもらうか縄を下してもらうかのどっちかだろうか。双鶴は一応持てない重さではないし、普段きちんとトレーニングをしているアリサなら持って来れるはず。そう思い至って通信を開いた。
けれど残念ながらそれは中断される事になって。
「待ちなさい」
「ん? 何か――――」
リザリーが突如制止させるから咄嗟に手を止める。何かと思ったのだけど理由はすぐに明かされ、既に周囲が何者かによって囲まれているのだと察した。極力まで耳を澄まさないと聞こえない程の物音。それを普通に聞き分けるって事は吸血鬼は耳もいいのだろう。ほんと、羨ましい限りだ。
だから何かと思って剣を握るも折れてる事に気づいて驚愕する。
「何かいる」
「分かって――――って、折れたぁ!? それに気づいたらM4A1もない!?」
「ったく、私の使いなさい!」
「えっ」
剣も銃もなきゃどうしようもない。だから咄嗟の事に焦り散らかすのだけど、痺れを切らしたリザリーはいつの間にか取り戻していた自分の剣を鞘ごと投げつけて渡してくれる。しかし剣も何もなくなってしまうリザリーはどうするのかと思ったのだけど、そこは自慢の身体能力となけなしのマナでどうにかするようで、小規模ではあれど拳に炎を纏わせるとファイティングポーズを取った。
「リザリーは……まさか拳で?」
「剣を使うだけが隊長じゃない。それに、私の本気はこっちだから」
「さいですか……」
意外と余裕そうな顔を見せるからこっちも漆黒の細剣を引き抜いてまだ見えない敵に構える。リザリーの持っていた細剣はかなり軽いものの物凄く鋭く、振っただけでも空気を切り裂いて鋭い音を発生させる。しかし瓦礫に満ちても耐えていると言う事はかなりの強度もあるはずだ。あの時は必死だったからよくわからなかったけど、ここまで軽く鋭く硬く出来る物なのか。
やがて敵が影から抜け出すとその姿を明らかにする。でも、それは予想外の物で。
「――――ッ!?」
「感染者……いや、魔物!?」
影から現れたのは怪物でもなく機械生命体でもなく、狼型のよくわからん謎の生き物。だから何かと思ったのだけどリザリーの言葉に驚愕した。魔物……。それは確か剣と魔法の世界から存在する世界の害だったはず。自分以外の生きる物全てが餌として認識され外側からも内側からも食らって来るとか何とか。想像しただけでも身の毛のよだつ敵を相手にユウは細剣を握りしめた。
でも数があまりにも多くて。
「くそッ!!!」
そう愚痴を零しながらも真意を発動させてゴルフスイングの様に振り上げる。すると駆け抜けた衝撃波は魔物達を木っ端みじんにしてすぐに一掃する。リザリーの方もアルスクみたいな攻撃を繰り出しつつも魔物を殲滅していった。今の一撃だけでも五十匹は死んだはず。それなのに暗闇の中からは無数の呻き声と不気味な眼の光が見えていて。
「嘘だろ。何体いるんだよ……!」
「長年放置し続けてたんでしょうね。で、その間に魔物はここまで繁殖したと」
「ほんとにこの地下を知らなかったのか? だってここはあんたらの根城なんだろ?」
「一時的でしかなく根城はもっと遠くの所にある。それに地下への入り口がないんだから誰も気づかないわよこんな空間……!」
要するにここが放置される様になってから魔物がどうにかして地下空間に入り込み、そこから邪魔する者がいないからここまで繁殖したって事なのだろう。そんな中で恰好の餌が現れたからみんなで捕食しようと。いかにも獣って考えだ。
数が集まる度に獣臭が増える中でユウは必死に考え続けた。この状況をどう打破するべきかと。
理想は全ての魔物を殲滅する事だ。けれど囲まれたり視線を向けられてるだけでも数は百を軽く上回る。場合によってはその数倍にまで膨れ上がるかもしれない。いくら互いの一撃で五十匹を倒せると言ってもそこまでの数が一斉に襲いかかったらひとたまりもないだろう。
ならば逃げるか。じゃあどうやって? 何をしてこの数を撒けるだろうか。それにもし逃げられたとしても奴らの足は速い。そして恐らく狼型である事から匂いもいい。ライオンは兎を狩る為だけにも本気を出すと言うし、奴らと例外ではないはず。まぁ、最終的に結果は変わらないだろう。
「……まさか、殺し合ってた敵と背中合わせになるとは」
「御託はいい。準備しないと死ぬわよ」
「分かってる」
リザリーと背中合わせになるとそう軽口を叩き合う。全くどうしてこんな事になってしまったのか。普通なら今背後から切りかかればそれで終わりなのに、心がソレを許さない。敵だと言うのは分かってる。地上に戻れば殺し合いになる事も分かってる。それなのに彼女の事を信じてしまってる自分がいて、頼もしい背中に自分の背中を預けるのはとても心強かった。……これも、リザリーとユウが似た思想を持ち合わせるからなのかも知れない。
とにもかくにもここから生き延びる事が最優先だ。地上でアリサ達が武装を運んできてくれるのが先か、魔物を殲滅するのが先か。そんな事を考えながらももう一度真意を発動させた。どうなるかなんてわかりっない。もしかしたらこの場で死んでしまうかも知れないのだから。
だからそうならない為にも頑張らなきゃいけない。
だって、今はみんながいてくれるのだから―――――。
「行くぞ。リザリー!」
「ええ!」
そんな感じで、二人は飛び出して行った。