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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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144  『臆病者』

「ッ―――――!!!!」


 突如、劣勢であったユウの一撃がリザリーの勢いを衰えさせた。解き放った一撃は受け止められたものの、威力はさっきよりも遥かに高く、衝撃波も遥かに強い。だからガードを崩されたリザリーは仰け反りながらも次の一撃を視界に捉えた。視界いっぱい真っ白に輝くステラの花弁を。

 さっきの攻撃だけでもあの威力だったのだ。ここまで真意を発動させれば威力と代償はその倍になる訳で、そんな一撃を微塵も迷わずに撃ち出して見せる。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」


「っ!?」


 直後に突き出した一撃は果てしない衝撃波を以ってして前方に放たれ、リザリーの背後へ流れた衝撃波は一直線に駆け抜けて廃ビルさえも粉々に撃ち抜く。空中に放たれたのに、その道中にあった地面は全て抉れてしまうくらいに。

 確実に直撃はした。しかし殺したという手ごたえはない。つまり、


「へぇ、やるじゃない!!」


 生きていると言う事だ。

 額から血を流しながらもリザリーは刃を振り払ってつば競り合いにまで持ち込んで行く。そしてもう一度剣に深紅のオーラを纏わせると威力を倍増させ、今の真意にも匹敵する様な重さを加えてみせた。これが彼女の真意って事なのだろうか。やがて顔を目と鼻の先まで近づけると凛とした容姿がこっちの眼を覗き込む。

 深紅の瞳は全てを引き込むが如く暗闇に満ちていて、それでいていつの間にか光が灯っていた。だから状況を今一度理解させられる。無意識にでも楽しんでいるのだ。この殺し合いを。


 このままじゃ確実に負ける。その現実を認識させられて口の中が焦燥の味で一杯になって行った。でも命を捨てちゃいけない。それがリコリスとの約束なのだから。しかしそれと同等の物を捨てなければ勝てないのも確か。

 ならば、ユウの捨てれる相応の物は――――。


「人間でここまでやったのはあなたが初めてよ。まさかここま――――でッ!?」


 でもその瞬間にリザリーは違和感を覚え、直後に目を皿にして驚愕する事になる。だってユウは一向に瞳を見せない上に一言も喋ろうとはしないのだから。そして驚愕した理由は至って単純。つば競り合いで話してる最中なのに拳で腹を殴られればそんな反応になって当然だろう。

 拳は既に真意で強化されている。だからこそリザリーは軽く吹っ飛んで咳き込みながらを前を見た。でも、その頃には既にユウが目の前にいて。


 咄嗟に放たれた一撃を剣の柄で受け止める。次に向かって来る膝を柄から話した手で受け止めるのだけど、最後に放たれた頭突きには対応できずに真正面から食らい少しだけ額から血を流させた。直後に回し蹴りを首に食らって鈍い手応えと共に吹き飛んで行く。


「がッ、ぅ、ぁぁ……っ。何が――――」


 急に全てを捨てて攻撃を仕掛けたユウに疑問を抱いて前を見た。けれどユウの姿を見た瞬間に彼女は全てを理解したみたいで、もう一度目を皿にしては驚愕する事になる。ユウは命を捨てる訳にはいかない。死んでしまえば誰も守れないし、ユウが死ぬ事を望まない人がここには沢山いるのだから。――だからこそ、捨てられるのは心だけだった。今だけは優しさを抱いてはいけない。だって、死ぬ程嫌った昔の自分に戻らなきゃリザリーには勝てないのだから。


「それがあなたの本気……いえ、過去って訳ね」


 リザリーと入れ替わる様に瞳から光を失くしたユウの眼を捉えて察する。全力だったならもっと他の方法での解決を目指しただろう。でも今はその選択を思い浮かべる事が出来なかった。“これは仕方ない殺し合いなんだ”。そんな思想へ逃げる事でしか心傷を避けられなかったから。

 やがてリザリーはユウに警告した。それも敵であるのに、より一層強くなる心を持った人格を呼び覚ます為に。


「……怒りで我を忘れるのはいいと思う。仲間を守る為に自ら我を捨てるのもね。でも、心を捨てるのなら引き返した方がいいわよ。心がない強さは、何もかもを失う弱さと同じだから」


 彼女の言う事も一理ある。実際自ら望んで心を捨てたからこそ一度は空っぽになった訳だし。リザリーがそう言うのは過去の教訓とか似たような事を体験したからだろう。言葉の重みは通常の物に対して重い物となっていた。

 でも、もう後戻りなんて出来ない。


「知ってるよ。それくらい。でも、この世界は残酷だ。正直者は馬鹿を見て愚か者は生きるんだから。――みんなは俺の希望なんだ。だからみんなには正直者でいて欲しい。だからこそ、俺が現実を見ずに希望へ逃げる臆病者として戦うしかないんだ。それは心を捨ててでも護りたい物だから」


「――――」


 希望を抱く。それは一種の臆病者でもある。みんなは絶望を真正面から受け入れているから強く生きる事が出来る。でもユウはどうだろうか。絶望を受け入れたくないから希望を抱くけど、絶望に直面した時、ユウはみんなよりもどれだけ絶望しただろう。それはこの世界の基本である絶望から逃げる事と何も変わりない。つまり臆病者って事だ。


 みんなはユウの事を強い人だと称えてくれるけど、決してそんな事はない。まだ知らないのだ。ユウの底がどれだけ深く底なしの暗闇なのかを。

 だからこそ、そんなユウにしか出来ない事がある。絶望から逃げ希望を抱く事しか出来ないユウにしか。これもその一部である。


「多分後悔するだろうな。でもさ、俺には死んで欲しくないって、本気でそう願ってくれてる仲間がいるんだ。その期待に応えるのなら、心くらい捨てなきゃあんたには勝てない。だからこうするんだ」


「……強いわね。アンタは。絶望から逃げる為に心を捨てるんじゃなく、希望に縋る為に心を捨てるだなんて。それはあまりにも困難で、愚かで。……そして、臆病者ね」


 ユウの覚悟に触れて彼女は微笑む。それもさっきまでの様な戦闘狂みたいな感じではなく、優しいお姉さんみたいな表情で。だからその表情に心がきゅっとなる感覚に襲われて奥歯を噛みしめた。せめてさっきみたいな表情ならもっと戦いやすかったのに。そう考えながらも剣を握りしめた。


 心を捨てるからと言って理性も捨てる訳ではない。確かに殺し合いをするけど、使用する感情は怒りじゃない。悲しみでも、喜びも違う。心を捨てるのは雑な思考に囚われない為で、やる事は希望に縋るだけでいままでとは変わらない。今までの言葉とか思考を台無しにするような事を考えるけど、まぁ、仲間を守る為に戦えって事だ。

 絶対に何もかもを失う訳にはいかない。そんな覚悟をしながらも構えた。彼女も同じく表情を切り替えて構え始める。


 緊張が空気を揺らし、静寂が無音を連れて来る。周囲の爆発音や戦闘音すらも掻き消してしまう程に。相手の息を探りながらもタイミングを計り、やがて、息が完全に重なった瞬間から同時に飛び出した。


「「ッ――――!!!」」


 互いの刃が交差した頃には果てしない衝撃波が周囲を駆け抜けていて、瓦礫などを吹き飛ばしながらも炎を掻き消していく。命を乗せた一撃なのだ。その威力と衝撃波は計り知れない。けれど臆してはいけない。だって一度でも臆してしまえば死ぬのはこっちなのだから。

 真意の使用上限はとっくに上回っている。それでも尚真意を発動させて全力で振るい続けた。


 直後に深紅と純白の色が飛び散る剣戟の応酬が開始され、周囲には二つの色彩が入り混じりながらも解き放たれる。それらは赤と白で綺麗な桃色を作り上げていった。まぁ、それらの間にも飛び散っているのは互いの血なのだけど。

 一撃でも直撃すれば死ぬ様な攻撃を互いに繰り広げているのだから無理でも何でも受け止めたり受け流したりするのは当然の事。だから斬撃を受け流す度に至る所へと衝撃波が駆け抜けて地面はボロボロになっていった。


 もうさっきまでの様な動きでは彼女に勝てない。今だけはどんな手段を用いてもリザリーを殺す。そんな狂犬じみた思考で挑まないとこの勝負で生き残る事は出来ないだろう。故に自ら思考を書き換えて殺意を研ぎ澄ました。それと同時に真意の光は揺らめき不安定に点滅していく。

 そりゃユウの真意の引き金は希望となっているのだ。それなのに殺意で真意を発動させようものなら条件が噛み合わなくたって当然。


「あんた、動きが……?」


「ッ――――」


 斬撃を回避するために屈んだリザリーの背中を転がって背後へ移動した瞬間に刃を振り上げる。そんな普通ならしない動作に困惑したのだろうか。リザリーは少しだけ反応が遅れて少なからず斬撃を受けた。けれどそんな程度じゃ止まらないからこそユウの腹を思いっきり蹴って距離を開ける。


「なるほど。持てる手段を尽くして相手の命を奪い取る。狂犬って言った所かしら」


「……!」


 余裕そうな顔を見せるリザリーにもう一度突っ込んでいった。でもその直後に剣を弾かれては懐まで潜り込まれてバランスを崩し、その隙を狙われ伸ばした左手を腹に当てる。何をするのかと思いきやそこから果てしない衝撃波が駆け抜け全身を震わせる。突如掌から発生させた振動は内臓を少なからず押し込みダメージを与え、吐血するのと同時に意識を吹き飛ばされそうになる。


「言っとくけど、殺意の真意じゃ私には――――」


 しかしそんな言葉を聞かずにユウはリザリーの左腕を腹に抑え込み、膝を突き上げては彼女の腕を真ん中から逆方向にへし折った。骨が折れ確かな手応えと共に傷口から血が吹き出し、最後にもう片方の足で腹を蹴る事によってリザリーを吹き飛ばす。


 普通なら腕が折れた痛みで動けなくて当然なのだけど、あろう事かリザリーは治癒よりも先に魔術を展開し、さっきの炎の隕石を思いっきりユウへと投げつけた。けれどそれらは全て双鶴によって弾かれ硝煙を発生させる。直後に硝煙の中を突っ切って腕を再生させようとしていたリザリーに間髪入れず攻撃を仕掛ける。そんな無茶苦茶な戦い方を続けた。


「あんた、本当に人間? 普通人間はそんな戦い方しないわよ。いくら心を捨てたと言って……」


「……そうだな。元人間、とでも言っといた方がいいかな。例え心があってもなくても、俺はどの道普通の人間じゃいられないから」


「――――」


 今は命の大切さを理解している。死ねない理由も、生きる理由も、何にもすがらなくたって見いだせる。けれどそこに過去の人間であったユウは存在しない。今身の内にいるのは狂犬にも似た思考を得たユウだけだ。例え新たな自分を作られようともそれだけは決して変わりない。だからこそ、もう人間ではいられない。

 それを亜人と捉えたのだろうか。リザリーは少し感慨深そうな表情をしながらも言った。


「考える事は同じって事ね。同じ仲間であれたなら、きっと、私と一緒に……」


 例の魔術師の吸血鬼にも同じような事を言われたっけ。そんな事を考えながらも彼女の反応を待った。やがてリザリーは眼を開けると防衛作戦の時と同じ感じで鋭く光を灯らせる。ここで殺すんだって意志が剣を伝って直接伝わって来る。

 だからリザリーはユウの剣を弾くを即行で剣を逆手もちに切り替え二の腕を突き刺し背後にあった大きな瓦礫まで吹き飛ばした。


 反応すらも出来ない速さ。それに驚愕しながらも深くまで突き刺さった漆黒の細剣を引き抜こうと自分の剣を手離し、もう一度リザリーに攻撃される前に動き出そうとした。けれどあまりにも深く突き刺さっているからなのかすぐには引き抜けない。ならもういっその事腕ごと斬りおとすしか――――。

 そう考えた時だった。アリサが咄嗟に前へ飛び出したのは。

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