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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
143/445

142  『腐れ縁』

 ――気まずい……。


 その一言に尽きた。予想外の所で顔を合わせたアリサとネシアだけど、顔を合わせた瞬間から互いに微塵も動かず硬直していた。だからその背後にいたユウとテスも立ち止まって反応を見る。ちなみに負傷者の人とは関係ないからすぐに回収されて治癒する場所に連れて行かれる。

 ミーシャを助ける時に顔を合わせてはいるけど話し合ってはいないみたいだし、仲直りも出来てないと聞いた。だからこそ気まずい静寂が流れ込んで来る。


「あの、手当は……」


「俺は後ででいい」


 その空気を見て凄い話しにくかったのだろう。治癒術士の人が隙を突いて話しかけてくれるのだけど、ユウは二人の方が気になったからそう言う。とはいっても治療しなければいけない傷は確かだし、あまり長い時間こうしていると無理やりにでも連れてかれるだろう。

 けれど幸いな事に二人の時間は再生して。


「アリサ……。えっと、戻って来たんだ?」


「ええ。負傷したからね」


 しかしその直後からまた時間が停止する。きっと互いに探り探りなのだろう。そりゃ話した通りの状況でいきなり顔を合わせればこんな事にもなるだろう。今はまだ気まずいみたいだし、ユウも限界だから、流石に悪いとは思うけど水を差して強制的に時間を再生させる。


「……と、とりあえず治療うけよっか。悪いけどまた後で」


「う、うん。そうだね」


 すると強引ながらもアリサを押し込む形でネシアから別れさせる。彼女は何か言いたい事があったのだろう。アリサと同じく視界が切れる最後の瞬間まで互いを見る目ていた。やがて治療室みたいな所に入ると布団っぽいのに座らされて即座に治癒が開始される。


「凄い傷ですね……。とにかく、ここに座ってください」


「わかった。って、あれ、メスとか使わないの?」


「手術はドクターがやってくれますから。心苦しいですけど、私達の仕事はとにかく傷を塞ぐことです」


「あ、ユノスカーレットも来てるんだ……」


 そんなやり取りをしながらも新しく情報を聞き入れる。そりゃまぁ、彼女はナタシア市随一のドクターみたいな物なのだから当然か。実際ドクターは戦闘が出来なくとも戦場に赴く事もあると聞くし、彼女も例外ではないのだろう。本当に死にそうな人が他にもいるのだからユウは傷を塞がれるだけで当たり前だ。

 ふとアリサの方を見てみると凄く暗い表情で落ち込んでいるんが見えた。目を曇らせる程ではないけれど、悩みこんでいる様子の彼女を。


 どうやらユウの傷は思ったよりも浅かった様で簡単に治って行く。と言ってもこれで浅いなら他の傷はどうなんだって言いたくなるのだけど、治癒術士の人によると回復剤を沢山打ち込んだから自動的に傷が浅くなっていたらしい。あそこまで深手を負っていたのに自然と浅い傷になるだなんて凄い科学だ。相変わらずこの世界の技術が恐ろしい。


「あの、アリサ……」


「分かってるわよ。言われなくたって」


 名前を呼んだだけでも何を言われるかを理解しそう返される。だから言葉を失って黙り込んだ。この状況で彼女に面と向かい「話し合え」って言うのは残酷だと思ったから。アリサとネシアは腐れ縁と絡まり合った感情で繋がれている。例え腐れ縁は断ち切れなくても、絡まった感情を断ち切る事が出来れば。そう思う度に現実を実感させられる。いかに誰かを救う事が大変であるかを。

 やがてアリサは言った。自分の覚悟を。


「……もう逃げる事はしない。ネシアからも。私からも」


「アリサ?」


「覚悟は決まってるわ。――言うべき事は、ちゃんという」



 ――――――――――



「あれ、治癒はいいの?」


「回復剤を沢山打ち込んでたから傷が浅かったんだって」


「んなヤク中みたいな事言わんでも……」


 回復剤を打っていなかったアリサよりも早くテントを出るとネシアにそう言われて軽く答える。ネシアも同じ様に深く俯いて考え込んでいるみたいで、あまり元気に会話をする気はない様子。まぁいきなりアリサと鉢合わせれば当然な気もするが。

 アリサが来るまで特に何もする事はないし、ネシアから戦況を聞きつつも少し離れた所に座った。


「戦況はどうなってる?」


「機械生命体の討伐はあらかた終わった。空挺部隊からも吸血鬼の掃討が終わったって。後は陣形を組んで殲滅してくだけでこの作戦は終わり」


「なるほど。もうそんな所まで……」


 それで終わってくれれば嬉しい限りだ。でも彼らだって生きる為にこうやって戦ってる。それにまだ最重要課題となっているノアの存在が確認できていないのだ。この作戦の主軸はノアなる存在が指揮する吸血鬼の掃討。つまり大将の首を取るまで戦いは終われない。もっとも、大将がこの時点で負けを認め自ら撤退を始めているのなら戦略的勝利となる訳だが。

 しかし吸血鬼の指揮官なら奴もまた吸血鬼なはず。恐らく貴族の上位に入るだろう。となれば機械生命体の装甲は軽く貫くはず。そんな力を以ってして、奴らから見たら下等な人間に撤退を決めるかどうか。ネシアも同じ事を思った様で話し出す。


「でも、これで終わるだなんて思わないんだよね。って言うか、きっとみんなそう思ってる。これだけじゃ終わらないってね」


「そう思うよなぁ……。対策は?」


「してある。今、偵察隊が大きく動いて敵の動向を確認してる最中だよ。どこかから信号弾が放たれたらそれが奇襲が来たって合図」


「なるほど」


 敵が何をしてくるか分からない。それが一番恐ろしく敵の行動が予測できない厄介な状況なはずだ。いっその事ならこの前みたいに一点集中みたいな感じでやって来てくれれば嬉しいのだけど、そう言う訳にもいかないだろう。ここまで損害が出てるのだから捨て駒はほとんど使えないはず。となれば可能性があるとすれば全方位からの一斉攻撃……。そう考えているとネシアが呟く。


「ありがとね。アリサをここまで守ってくれて」


「え?」


「テス君から聞いたよ。アリサをずっと守ってくれてたんでしょ? それも吸血鬼達の群れから」


「ああ、まぁ……」


 面と向かってそう言われると少しだけムズムズしてしまう。だから少しだけ視線を逸らしながらも短く返した。しかしネシアはそんな反応を見て少し楽しげに微笑み、アリサが重傷を負わなくて本当に嬉しそうだった。そこからアリサを本気で心配してるんだって事が見て取れる。

 やがて手を組むと話し始めた。


「実はね、少し怖かったんだ。今回の作戦でアリサ“も”大怪我をしちゃうんじゃないかって。ほら、強がりな所があるでしょ? だから自分は大丈夫だって言い張って突き進むと思ってたの。でも、それを君が守ってくれてたんだよね」


「…………」


「恥ずかしがる事じゃないよ。むしろ誇って良い。リコリス以外に気を許さなかったアリサが、あそこまで平然な顔で隣に立ってるんだから」


「それだと口説き魔みたいに聞こえるから止めてくんない?」


 ネシアの口調にそうツッコミを入れる。何か、アリサがあんな性格になったのも少し理解出来る気がする。いやまぁほんの一欠片ではあるけど。すると彼女はまた少しだけ微笑んで顔を綻ばせる。こんな状況でも笑ってられるだなんて凄い精神力だ、ってツッコミを入れたい所だけど、本気でそう言う顔が出来るくらいにアリサを心配していたのだろう。改めて守ってよかったって本気で思える。

 そうしていると真横から本人が割って入って来て。


「それで――――」


「な~にやってんのよ」


「うわっ。びっくりした……」


「あ、アリサ」


 ネシアがいるからつい控えめな登場をするのかと思ってたのだけど、予想よりも明るくポップな感じで出て来るから少しびっくりする。ネシアもその登場の仕方に少しばかりびっくりする。そりゃちょっと前までは気まずかったのだから当然だろう。やがてアリサは立ち上がってネシアを真っ直ぐに捉えると言う。


「ネシア。話があるの」


「……うん。何?」


「えっと、ぁ――――」


 きっとさっきは覚悟を決めてなかったからなのだろう。今は物凄く覚悟を決めたかのような表情をしていた。だからネシアも咄嗟に覚悟を決めて真剣な表情に変換させる。そのままアリサは続きを喋ろうとするのだけど、どうにも言葉がつっかえてしまう様で断続的な声を発生させる。覚悟は決めても体が言う事を聞いてくれないって事なのだろう。

 少しばかり強引ではあるけど、ここは仲介役に徹して微かにでも覚悟を研ぎ澄まさせる。


「ゴッホン! ――逃げないんじゃなかったのか」


「――――!!」


 するとアリサとネシアはその言葉に反応して面を食らった様な表情をする。ネシアは予想してたのだろうけど、アリサに至ってはユウに背中を押されるだなんて思っていなかった様子。目を皿にしてこっちを見つめていた。でも、即座に表情を綻ばせると口元に笑みを浮かべる。殆ど見せてくれなかった優しい微笑みを。だからこそ喋り出した。それと同時に頭を深々と下げて今まで逃げていた事と面と向かう。


「……ごめんなさい! 長い間、物凄く迷惑をかけて!」


「え、えっ!?」


「ずっと謝りたかったの。でも、謝れなかった。……アンタに、心配をかけたくはなかった。なのにその強がりがここまで渦を巻いて、ユウもこんなに巻き込んじゃって。だから私――――」


 想いが零れ出る音を感じる。それは声として形を変え、アリサの口から絶え間なく零れつづけていた。やがてその音は涙としても形を変えてアリサの頬を伝っていく。ずっと言えなかった事を言えたのだ。ようやく強がりを続けていた自分から、本当の自分に戻れたのだ。その姿は途轍もなく弱々しく、儚く、同時に残酷であった。

 本当の自分。アリサはそれをようやく取り戻したって訳だ。――ユウが本当の自分を取り戻す時は、いったいいつになるのだろうか。


「アンタが大怪我したのだって、私がリベレーターに移動したのだって、全て私が素直になれずに強がったせいなのに、それなのに謝る事も話す事も出来なかった。私の弱い部分を、言う事が出来なかった。そのままこんな所まで引っ張って、それでも――――」


 けれどその瞬間、頭に優しく手を添えられて黙り込んだ。それから前を見ると優しい表情をしたネシアがいて、真っ直ぐにアリサの瞳を捉える。それも悲観するでも怒るでもなく、ただ優しく、透き通る様な微笑みで。やがて言った。


「そんな風に思ってたんだね。知らなかった。……なら私も謝らなくちゃいけない。私だって自分勝手に嫌われたって決めつけて、自分からアリサに会うのを遠慮してたんだから」


「え?」


「アリサがずっと強がって弱い自分を隠してたって言うのなら私だってそうだよ。私だって――――」


「ッ!?」


 と、ここまでならアニメやラノベとかで名シーンとかになるくらいの展開であった。実際このまま進んでいれば二人の物語の終着点に涙くらいはしていただろう。でも、運命はそんな事させぬと言うかのように牙を剥く。

 迫りくる甚大ではない殺意に全員が体を震わせた。そして咄嗟に振り向くと視界の真ん中にある人影が入って来る。――あの時に撒いたはずの、吸血鬼の女を。

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