139 『狙撃対決』
「そんなちんけな狙撃銃で私に勝てるとでも?」
「思ってるね。それに、こいつをただの銃だと思ってちゃ命とりになるぜ」
「ほぅ?」
狙撃銃の男と対面した直後、ガリラッタは銃の調子を確認しながらもそう話し合っていた。普通なら相手の隙を攻撃するはずなのだけど、彼は絶対に倒せるとでも思っているのだろう、狙撃するどころか照準すらも構えなかった。だからこそ彼の唯一の敗因はそこにあると確信する。
ガリラッタは真っ直ぐに彼を見据えると言った。
「それにあいつはまだ死なせない。あいつは、この世界の希望になるべき存在だ」
「馬鹿な事を言いますね。この世界に希望など――――」
「ある。あいつは必ずそれを成し遂げる」
奴の言葉を遮ってそう言うと少しだけ睨んで来た。ガリラッタの言っている事があまりにも幼稚で愚かしく、惨めな言葉であったから。確かに奴の言う通りこの世界には希望なんてない。それは自分の眼でも確認している。でも、ユウはこの世界の住人ではない。だからこそ誰よりも強い希望を放つ事が出来るのだ。それこそ本当に彼に賭けてみてもいいかも知れない、と思ってしまうくらいの。
その証拠がミーシャを助けた事だ。誰もが分が悪いと、勝てる訳がないとユウの提案を一蹴する中で何度でも吠え続けていた。だからこそあんな行動を起こす事が出来たのだ。
ユウの言う通り、この世界の神様はみんなの想像する様な優しい存在じゃないだろう。考えてみれば、救いを与えてくれると言い伝えられているのに、いつまでもこんな世界なら疑って当然か。……言い換えてしまえばユウという救いを与えてくれた、と言う意味にもなるのだけど。
でもユウはまだ知らなすぎる。この世界の事を。そんな彼に全ての望みを賭けるのはあまりにも残酷って物なんじゃないのか。だからこそ、今は守ってあげなくちゃいけない。
「何故そこまで彼を信頼できる。何故、あの男にそこまで賭けられる」
「そうだな。そりゃ……」
そう問いかけられ目を瞑って思い出す。初めてユウと会った時、ガリラッタは“この少年は駄目だ”と直感していた。初めて会った時の彼の眼は、あまりにも深く絶望的な色をしていたのだから。どうしてそこまで空っぽなのか。平和な世界から来たと言うのに何故そこまで絶望しているのか。生きる意味を見いだせないんじゃこの世界は生きられない。そんな事を考えていた。
でも、みんなと触れ合い幾度も危機を超える内にユウは変わって行った。真っ白なキャンパスに大勢の人が自分の色を塗る様に。もしくは初めて幸せな何かを見付けたかのように。そうしてみんなに影響され強くなる姿を見るのは物凄く楽しかった。触れ合う度に笑顔の回数や眩さも増えて言ったし、守らなきゃって思いたくなってしまう。
そんな空っぽであった彼が誰かの為に動けたのだ。生きる意味も己も見いだせなかった少年が、自分自身で意味を見付け己を作り、あまつさえ誰かを助けたいと口に出来たのだ。この世界の絶望は既に知っているはずなのに。そんなのを見てしまったら、もう協力するしかないじゃないか。彼には自分達みたいに、絶対に後悔して欲しくなんてないんだから。
だからこそ言う事が出来た。
「あいつには“小さな強さ”が宿ってるから。絶望を希望に変える、小さな強さが」
「小さな強さ、ですか。なるほど。そこまで言うのなら相当凄いのでしょう」
「本当にスゲーよあいつは。だからこそお前に言える事がある」
やがて狙撃銃を片腕で持つと銃口を脳天に向けながらも言った。ユウと触れ合い話した事で確信した事を。自信を以って。
「――小さな強さは、何度でも立ち上がる勇気と一緒なんだって」
ユウとリコリスを比べてしまえば強さも何もかもが違う。でもリコリスにない物をユウは持っている。それが小さな強さだ。一人だけでは消えてしまいそうな小さい光であれど、それでも確実に光続ける勇気を持っている。それだけで希望を持てる理由には十分だ。
「俺はお前に負ける訳にはいかねぇ。小さな強さを貰った者として。そして、みんなの希望になるあいつの希望として」
「……素晴らしい覚悟ですね。正直、少し彼が妬ましい。でもこっちだって負けられない理由がある。例え離れた場所にいても、仲間が死に行ったとしても、繋がり合う強さだけは誰にも壊せないから」
奴にも奴なりの正義があるのだろう。仲間と絆を結び、微かな光を見つめ、この世界を生きて来た。その仲間が死んだとしても決して絆を離さないのは凄い覚悟だ。それ程なまでに奴は仲間の願いや繋がりを背負っているのだろう。
これは無事じゃ済まないな。そんな事を考えつつも銃口を構えた。同時に奴の銃口もガリラッタの脳天を捉える。
――賭けと絆。天秤に乗せればあいつの正義の方が遥かに重いはずだ。でもこっちだって負けられない。小さな強さを貰ったんだから……!
毎回思うけど、こういうのは必ずしもどっちかの願いをへし折らない限り勝敗は決まらない。負けないのも負けられないのも知ってるのだから、どれだけ相手が強い覚悟を抱いていようともそれを踏みにじって相手を殺さなきゃいけない。全く、残酷な話だ。
二人の間に静寂が駆け抜けては無音を残し去る。緊張のあまり空気が揺れる。空気が重くなる。だから呼吸すらもするのがやっとで難しかった。そんな中でも息を止めなきゃいけないのだから苦しい物だ。
やがて、二人の呼吸が完全に重なった時――――。
「「ッ!!!」」
互いに息を止めて照準を定めると引き金を引いた。狙いは相手の脳天ではない。相手から放たれる第一射だ。奴の方からは蒼い炎を纏った銃弾が飛び出し、そしてガリラッタの方からは紅い炎を纏った銃弾が飛び出す。そう、ただの銃弾ではなく紅い炎を纏った銃弾を、だ。それは真正面から衝突すると途轍もない衝撃波を以ってして相殺され、周囲の瓦礫を吹き飛ばすのと同時に硝煙を発生させて見せた。だから奴はそんな火力を出すだなんて知らずに驚愕する。
「馬鹿なッ! そんな威力が出せる訳――――っ!?」
直後に硝煙の中からもう一撃を射出する。本来なら今の一撃だけでもバレルは破壊されるはずだ。それでもガリラッタのバレルは一度耐えている。その次の攻撃はきっと耐えられないだろう。次の一撃はきっとバレルが壊れるはずだ。それでも尚、ガリラッタは次の一撃を放った。
その一撃は確実に奴の脳天へと向かって行くのだけど、奴はバリアを生成すると威力の半分を防いで残りの半分は頭に受ける。だから倒したとも言わずに気絶なりはしてほしかったのだけど、奴は目を見開くとこっちを見る。
――防がれた!?
「これで……!」
深紅の弾丸を防ぎ切った奴は片腕だけで照準を絞ると引き金を引き、蒼白の弾丸をガリラッタに向けて撃ち出す。奴は魔術のバリアで防ぐと言う手段を持っていた訳だけど、ガリラッタは当然そんな都合のいい力は持っていない。だからこそ自力で避けるしかない訳で咄嗟に体を左へ投げ飛ばす。しかし弾丸が通りすぎた余波だけでもかなりの物で、ガリラッタは有無を言わさず吹き飛ばされてしまう。
「げほっ、がッ、ぐっ……! ったく、なんつー威力だよ……!」
同じ威力の攻撃を繰り出しておいてそう愚痴をこぼす。額から流れる血を瓦礫に落としながら。そうこうしている内に壊れたバレルが地面に落下する音が響き、その直後には新たに装着される音が耳に届く。今現在、奴から見ればガリラッタを殺す絶好の機会なはずだ。あんな威力の狙撃を行えば必ずバレルが壊れる。そしてガリラッタはバレルの代えを用意して来ていない。となれば突っ込んで来るのは当然な訳で、奴は硝煙の中から飛び出すと零距離での狙撃を試みようとした。
でも、その考えは甘い。
奴が硝煙の中から姿を見せた瞬間、既にガリラッタは銃口を向けて引き金に指をかけていた。――それもバレルが壊れていない狙撃銃で。だからバレルが破壊されていない事に奴は驚愕して引き金を引く事すらも忘れてしまう。直後にもう一度深紅の炎が舞い上がって奴は吹き飛ばされた。
「どうだ、不意を突かれた気分は。相手が予想外の――――ッ!?」
殺気。それを感じ取って咄嗟に体をもう一度左へ飛ばす。すると一秒前まで自分が立っていた所に蒼白の炎が打ち込まれ、瓦礫が抉られては衝撃波と共に吹き飛ばされ硝煙が発生される。額に開かれた傷口を押さえながらも奴を見ると問いかけた。
「その威力、どっから出てるんですかね。少なくともあなたは魔法を使えるようには見えない。なのにどうしてそのような威力が?」
「……おいおい。さっき理由を言ったばかりじゃねぇか」
普通なら手の内を隠す為にも話さないのが先決なのだけど、今は狙撃銃の冷却が終わるまで時間稼ぎに徹する。いくら三発目でも壊れなかったとは言え、流石に連発すれば壊れてしまうから。それに、これに限っては少しだけ自慢したかった事だし。
「俺は数々の特殊武装を作って来たんだぜ? こいつを作る事くらいどうって事ねーよ」
「しかしそこまでの威力を出せばどんな素材で作ったバレルも破壊されるはず。何故そのバレルは壊れない? 何故その狙撃銃は未だ原型を保っている?」
「そりゃ普通の構造じゃないからな。こいつには特殊な素材を使ってるし、何よりその素材ってのがとんだ優れものだ。お前らも使ってる物だよ」
「とんだ素材……? ――まさか!?」
「そう。そのまさかだ!!」
もう一度引き金を引くと深紅の炎が発射され、同時に向こうからは蒼白の炎が発射される。それは互いに激突すると硝煙の中でも激しい光を発生させ、途轍もない衝撃波で二人を吹き飛ばした。それでまた血を流しつつも起き上がっては走り始める。どっちが硝煙に紛れられるか。それが勝敗を決める鍵だから。
「なるほど、機械生命体の装甲ですか。確かにそれならそこらの鉄よりも硬く重い。しかしその装甲は人類にとっては非常に貴重な物だと聞きましたが?」
「そうだよ。あいつらの装甲は貴重だ。特殊銃弾にするとしても数が足りずに他の金属と混ぜなきゃいけない程にな。だからこそ純正の素材は高値で取引される。なら、自分で素材を集めればいいだけだろ!!」
「一理ある!」
直後にグレネードの爆発が起きると互いに狙撃銃ではなく拳銃での攻撃が開始される。それの大部分は互いに当たる事はなかったものの、二発くらいは互いの身体に命中する。だから歯を食いしばりながらももう一度狙撃を行った。
皮肉な話だ。強靭で硬い装甲を手に入れるのには人類の敵である奴らを利用しなければいけないだなんて。この話はリコリス等の隊長クラスと特殊武装を製作する職人でしか知らない。ガリラッタは一応職人であるから耳にしているって訳だ。もしこの話をテスに聞いたら絶句する事だろう。
でも、それでもやらなきゃいけない。みんなを守る為にはそれしかないのだから。
やがてまた狙撃の余波を食らい吹っ飛び、瓦礫に体を打ちつけながらもガリラッタはそこに横たわる。流石に人間対吸血鬼は分が悪すぎるだろうか。まぁ、分かり切っていた結果ではあるが。
流れる血。硝煙の匂い。渇いた味。懐かしさすらも感じてしまう程の状況だ。
――ああ。こうなるのは二度目か。
予想以上にダメージが溜まっているのだろうか。ふと脳裏に過去の記憶が再生される。それが現実逃避なのか走馬灯なのかなんて分からない。ただ、ガリラッタにとっては懐かしく残酷な過去で――――。