138 『信じる事と――――』
――恐らく奴のメインは重火力単発狙撃。魔術を併用してる所から見て一発放つたびにクールタイムがあるはずだ。俺だけで行けるかどうか……。
脳裏でそう考える物の、その時には既に銃弾が目の前まで接近している訳で、ユウは真意を発動させると真正面からその攻撃を受け止めた。さっきは運よく受け流した先に誰もいなかったけど、ユウの背後には大勢の隊員が残ってる。当然ラナだって。そんな中で受け流してしまえば必ず損害が出るはずだ。引く事は許されない。しかし前へ進む事も許されない。今ユウに出来るのはこうして奴の攻撃を受け止める事のみ――――。
そんなの冗談じゃない。
守る為には己を盾として戦わなきゃいけないのは分かってる。でも、何も盾として戦う事だけが“守る事”ではない。矛として敵を討つ事も、立派な“守る事”の一つじゃないのか。圧倒的火力を前に咆哮すると力技で蒼い炎を弾き飛ばす。
「らあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」
「弾かれた……。なるほど、やりますね」
冷静に状況を分析する彼に向かって真意の刃を振りかざす。まず一発を撃ったのだからクールタイムがあるはずだ。って言うか、逆にあんな火力をポンポン放つと銃の方が限界を迎えるはずだ。どっちにせよクールタイムの内に勝負を付けるしかない。それが唯一の勝機なのだから。
そう、思っていた。
突如蒼白く光り出す銃口。それを視界に捉えて背筋をゾッとさせた。だってそんな事をすれば確実に銃が耐え切れずにバレルが破壊されるはず。そうなればもう安定した狙撃なんて出来ない。なのにどうして。脳裏でそう叫びつつも咄嗟に防御態勢を取るけど、零距離で発射されれば流石に勝てない訳で。
「ッ――――!?」
圧倒的火力。圧倒的衝撃波。受ける事には成功しても、受け止めた反動、それによって生まれる衝撃波、舞い上がる炎に包まれるダメージ。それらが一瞬にして五感の全てを鈍くさせる。真意で受けても尚、意識すらも吹き飛ばされる様な威力を誇っていた。
「ガッ、は、ァ……ッ!」
「あなたの想像通り、確かにこんな事をすればバレルは破壊され安定した狙撃は不可能になる。でも、誰がバレルの代えがないと言った?」
二発連続で撃った事でバレルの先端は破壊された。しかしソレを外し背負っていた荷物から新たなバレルを取り出すと、何事もなかったかのように装着して照準をユウの心臓に向ける。だからこそ相手の強さを思い知らされて軽い絶望に包まれる。
あんな超高火力を連発されちゃ真意を使えるとは言えユウの身が持たない。反動だってあるのだから無視できないし、なによりユウの体の内側は既に反動でボロボロだ。次に無茶をすれば命はないかも知れない。
奴と戦えってんなら、主砲を連発する戦車に真正面から単騎で挑めって言われてる様な物だ。双鶴は来攻撃用ではなく移動用に制作依頼を出した物。V2になって装甲がかなり強化されたとて無茶をすれば壊れてしまう。真意を乗せ続けた上での攻撃なら防げるかも知れないけど、あの大きさを真意で包み攻撃したとなれば反動が――――。
そう悩んでいた最中だ。ガリラッタが肩を軽く叩いたのは。
「そうやって一人で抱え込もうとするのがお前の悪い癖だよ」
「がり、らった……?」
彼は小さく言うと前に出て背を向けた。まるで守ってやるぞ、とでもいう様に。けれどそんなの無茶だ。不可能だ。ユウでさえも真意を使ってやっとだと言うのに真意を使えないガリラッタが勝てる訳がない。止めようと言葉をかけるのだけど、既に覚悟は決まっているみたいで。
「無理だ。勝てる訳ない。あんな超高火力に真正面から挑む気か!?」
「その通りだ」
「そんな事すれば死ぬかも知れないんだぞ!? 俺でさえも受け止めるのでやっとなのに!?」
「なら俺はこう返すよ。“お前も同じ事やってる”ってな」
「っ……!」
返す言葉もなくて黙り込む。確かにみんなが死ぬとか危ないとか言う中、ユウはいつだって真正面から切りかかってボロボロになり戦って来た。アリサの時だって同じ様に。それだけ見ればガリラッタの言う通りになるのだけど、それでも今回に限っては状況が違い過ぎる。ユウは勝機があった状態での無茶を押し通して来た。でもガリラッタには何も……。
思考を読むかのように彼は今の自分を語り始める。
「ユウの思ってる様に、俺にはそんな力なんてない。それどころから俺は人並みに体術が出来るだけで、特別な才能も力もないし、お前みたいに輝かしい希望を持ってる訳でもない」
「ガリラッタ……?」
「でも、俺は工兵だ。機械を作る事でしかみんなに貢献出来ない。だからこそ、俺の足りない所は俺自身の作る機械で補うしかない。それだけが俺の出来る唯一の事だから。ユウやリコリスの武装だって俺が作ったんだぜ? ――あんな奴を倒す事くらい造作もない」
そうしてガリラッタはWA2000を手に持つと思いっきり振り上げた。無理だと言いたい。勝てる訳がないと知らせたい。でも、彼は既に激痛へ飛び込む覚悟をしているのだ。その選択を無理やり引き剥すだなんてユウには出来ない。だってこれは彼が自分で決めて自分で選んだ選択なのだから。
多くの隊員がガリラッタを見る中、銃口を奴に向けると言った。
「狙撃対決と行こうぜ、大将?」
「……その挑発を受けよう。圧倒的火力の前に屈服させてやる」
すると彼も乗っかって銃口をガリラッタに向けた。しかし、偏に倒すと言ってもあの超高火力をどうする気だと言うのか。ガリラッタは大きな武装を背負ってる訳ではないし、装備はWA2000とM1911、腰にナイフ二本とグレネードが二個しかない。到底彼に勝てるような装備ではないのだけど、それでもガリラッタは決して臆する様な真似はせず、それどころかみんなへ宣言した。
「みんなは他ン所の捜索を頼む。こいつは俺に任せろ」
「なっ!?」
「これでも一応狙撃の腕はリベレーターの中でも上位に入るんだぞ? 心配すんな」
そうしてユウの頭に手をポンポンと置いては安心させる様に微笑みかける。ユウだって大丈夫だと信じたい。でもユウでさえ二発で心を折られかけた相手にガリラッタが勝てるとは到底思えない。その考えがどうしても足を引っ張ってしまって決断が付かないのだ。
だからなのだろう。ガリラッタは表情を変えると真剣な眼差しでこっちを見た。それも、物凄く安心できる様な瞳で。
「――信じろ」
「え……」
「俺は必ず帰って来る。だから、信じろ」
そこまで言われちゃ信じるしかない訳で、どんな理由であろうと自分自身でも無理やり納得させる。故にどうにか頷く事が出来た。するとガリラッタは嬉しそうに微笑んで立ち上がる。だからユウも立ち上ってはテス達と一緒に他のリベレーターが孤立してないかの捜索にあたる。
でも、どうしても言いたい事があって、互いに背中を向けつつも口を開いた。
「ガリラッタ」
「ん?」
「――負けんなよ」
そう言うと彼は少しだけ間を開けて答えた。緊迫した場面だと言うのに。いつ死んでもおかしくない状況だと言うのに。まるでそう言われる事が嬉しいかのような声で。
「……上等だよ」
その会話を最後にユウはテス達と一緒に走って行った。心配しても決して振り返ってはいけない。彼を信じると決めた以上、彼の力を信じるしかないのだから。あの火力をどう対応するかなんてわからない。けれどガリラッタならきっと何とかしてくれる。だって、あの男は十七小隊随一の工兵なのだ。そう決めつけるしか、今は方法がなかった。
するとテスが背中を叩いて言ってくれる。
「あいつはああ見えてもやる時はやる奴だ。それに、約束は絶対に違わない。どうしても心配するのは分かるけど、ガリラッタは絶対に帰って来る。心配すんな」
「分かってる。ただ、どうしても嫌な予感が抜けきらなくて、それで……」
「――――」
みんなの前に立つ者としてそんな些細な事を気にしてはいけないというのは分かってる。分かってるからこそ、みんなの前に立つのがどれほど重いのかが明確に理解出来た。先頭は決して迷ってはいけない。みんなの希望となる為に、臆さず先陣を切らなければいけなくて――――。
そんな思考から逃げると自分自身で言い聞かせた。
「でも大丈夫。もう信じる事からも、信じられる事からも逃げない。俺は俺のままこの世界を生きるんだ」
「……そっか」
そう言うとテスは納得しながらも前を向いた。もちろん心配はある。今すぐにでも戻って加勢したいくらいに。でもまぁ、それをガリラッタは許してくないだろう。なら、嫌でも何でも頼まれた事をやり通すってのが筋って物だ。ここからは思考を切り替えなきゃ。
いくらあそこで奇襲を仕掛けられたとは言えアレが全てとは思えない。ノアの指示でこの区域だけに増援が駆けつけているのならもっといるはずだ。吸血鬼が大勢で挑まなきゃ勝てない様な何かがこの区域にいるはずだから。そいつが出てくるまでに吸血鬼を掃討しなければ人類に明日はない。可哀想だからって見逃してはいけない。完膚なきまでに殺しきらないと奴らは必ず侵略して来るはずだ。完膚なきまで、殺し尽くさなければ。
人を殺してしまった以上、もうユウ達は“優しい人”ではいられない。理由や経緯がどうであれその手で人の命を奪っているのだ。それもユウに限ってはずっと前から。例え心が優しくとも、誰も彼もを救うと言っても、誰かを殺したのならばそれらは全て“偽善”に置き換わる。それがユウに相応しい称号だろう。ずっといつまでも偽善を抱え、そしていつかは――――。
「リコリス、大丈夫だよな」
ふとそう呟いては空を見上げた。今の所はずっとMIA扱いとなっているリコリスを心配しながら。