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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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136  『猫の手も借りたい』

 激しい戦火が交わった直後、幾つもの銃撃音や破壊音が鳴り響いて初めてまともな団体戦が行われる。今まではとにかく敵を分散させようとしていたのに、こうして質量で上回ろうとしている限り相当戦力に余裕があるのだろう。その行動からまだまだ数がいると理解出来る。

 ユウとイシェスタは後方で治癒魔法を受ける中、その戦いを見守っていた。


「傷が酷い……。よくこんな状況で戦ってたな」


「まぁ、いつもの事だから」


「いつもの事なの!?」


 治癒術を使う少年とそんな会話をしつつも密かに双鶴を飛ばそうと念じる。もしユウがここで真意を使えば一瞬で蹴散らせるだろう。弾丸にも真意が乗ると分かった事だし、LMGでも持って乱射でもすれば一瞬でケリが付く。と言ってもあまりにも傷が深いから出来ない訳なのだけど。なら、今ユウが出来るのは双鶴で離れた所にいる敵の足止め程度。なるべくみんなの邪魔にならないように双鶴を飛ばして屋上にいる奴らの足場を崩した。


 双鶴の位置は信号で確認出来る。だから見えない所にいても立体マッピングを使えばある程度は戦える。とは言っても敵の位置が分からないから予測でやるしかないが。大分苦しい現状だがみんなが戦いやすくなるのなら安い物だ。

 横目でイシェスタの傷を見ながらも遠距離で戦い続ける。


 彼女の傷もユウに負けず劣らず酷い物で、両腕の骨折に全身の打撲、頭部の出血など、見ただけでも痛みが伝わって来る姿となっていた。今は気を失ってるから痛みはないと思うけど、もし意識が覚醒すれば激痛に悶え苦しむ事になるだろう。そんなになるまで強い敵がいるんだって考えると少し怖くなる。同時に、そんなになるまでみんなを守りたかったんだって優しさも伝わって来た。


 ――リコリス……。


 脳裏でそう呟く。彼女の信号は未だに確認できていないし、今まででも彼女の行動だと思わせる騒ぎもなかった。テスによるとアルスタから分断されてからすぐにいなくなったとの事だけど、リコリスが意味もなく消えるだなんて思えない。きっと今もどこかで戦っているはずだ。みんなを守る為にどこかで。なら早く助けにいかなきゃいけないのだけど、そんな事をする余裕なんてなくて。


「第一波終わりっと。さぁ、次が来る前にエルピスとアルスタの隊に合流しますよ!」


「了解!!」


 ラナがそう言うと隊員が一斉に答えて移動し始める。だからユウは双鶴に乗ると気絶した状態のイシェスタを抱えて飛行し始める。同時にもう片方の双鶴には負傷して動けない隊員を乗っけた。そんな中で考え続ける。


 ――吸血鬼の増援は俺達の所だけに現れた。じゃあ一点集中する理由は? 何か非常事態が起きたからか? なら、その非常事態っていったい……?


 到底考えって答えが出る物ではない。だからどれだけ深い思考に陥っても途中で立ち止まってしまう。理由を聞くのなら隊長格の吸血鬼を捕まえて吐かせると言うのが最善なのだけど、奴らは生ある限り足掻いて来るから捕縛する事はまず不可能。なら残った可能性としてはどんなものがあるだろうか。そう考えているとラナが叫ぶ。


「右前方、来ます!!」


 すると彼女の言う通り建物の陰に隠れていた奴らが飛び出して一斉攻撃を仕掛ける。けれど分かっていた分みんなの対応の方が速く、奇襲を仕掛けた側が即座に対処されて死んでいった。だからその反応速度に驚愕する。


「はっや……。何の武装を使ってるんだろ……」


「あの人は特殊武装を使ってないよ。アレは素の反応だ」


「え、あれで武装使ってないの!?」


「長年指揮官の秘書を務めただけあって情報処理能力が途轍もなく、その演算能力は指揮官にも匹敵する程だ。周囲の全ての情報を読み取り最善の行動を探り出す。それが彼女の能力だね。付いたあだ名は『超稼働式勤勉上司』」


「何で武装形式の名前?」


 どんなあだ名だってツッコミを入れたくなるも堪えて少年と話を聞く。まぁ、あんな人と長年秘書を務めてればそんな能力が備わっても当然……なのだろう。少々無理やりながらもそう言い聞かせて納得させると彼女の指示に従い動き続ける。

 ラナの指揮は実に的確かつ丁寧で、言い方に少しトゲがあるも彼女の指示に従っていれば生き延びる事が出来た。


 ユウなら気づけない所に敵がいる事も見抜くし、そこはないだろって所から奇襲を仕掛ける敵にすらも気づく。だからその洞察力が逆に恐ろしくなっていく。そうこうしている内に逃げ続けているエルピスの部隊を捉え、入れ違う形で吸血鬼を迎え討つ。


「あれ、みんな何で!?」


「助けに来た! そっちの状況は?」


「え、えっと五人が重傷で十二人がせん……いなくなった」


「そっか。後ろに回って援護を頼む! 全然動ける奴は前で!!」


 戦死という表現をオブラートに包むと隊員の一人がそう言い、エルピスはみんなを下がらせて自分は前線へと赴いた。その時にユウと視線が合って軽く驚愕される。まぁ二人取り残されて生きてる事自体が奇跡みたいなもんだし、当然の反応だろう。しかし前線へ赴く前に振り返ると問いかけた。


「あれ、そう言えばリコリスは?」


「リコリスは気づいたらいなくなってたらしい。今はどこにいるかも……」


「なるほど。リコリスらしいや!」


 その返答だけで何か分かったのか、エルピスは何かしらを理解して微笑むと進んで前線に突っ込んだ。隊長達ってそこまで一緒にいるイメージがないのだけど、テス達よりもリコリスの事を理解してるのだろうか。隊長になる前までは一緒にいたってならある程度は理解出来るけど。

 エルピスが参戦すると前線は一瞬にして片付いてしまい、彼女が武装のリミッターを外して攻撃する事で周囲の瓦礫も吹き飛んで行った。どんな威力だってツッコミたくなるのは我慢しよう。


 周囲の敵が片付けば次はアルスクの部隊と合流するらしく、ラナは方向転換するとすかさずアルスクまでの最短ルートを突き進み始めた。目まぐるしく変化する戦場では素早い決断が必要なのは分かるけど、彼女の場合はあまりにも速すぎてみんなも少しついていけてない感じがしている。

 と言ってもただ速すぎるだけで、判断が速いに越したことはない。


「全く、右へ左へと忙しいな!」


「仕方ないわよ、みんなと合流する為なんだから! それに、もう誰の犠牲も出したくないからね」


「…………」


 あまりの忙しさにガリラッタがそう愚痴を零すけど、アリサの言った言葉に黙り込んだ。それを聞いていたユウも黙り込む。彼女の言葉はあまりにも重いものだったから。

 そもそも一転集中で増援が来なければこんな事にはならなかったし、ここまで犠牲者も出なかった。吸血鬼にも指揮官がいる事は今までの戦闘で理解している。そしてその存在が吸血鬼の組織『ドミネーター』を指揮する個体である『ノア』だと言う事も。ユウ達の目的はそのノアという個体の排除or捕縛なのだけど、きっと血みどろの戦いになるに違いない。


 仮にその人がいるとするならどこだろうか。戦況を見下ろせる場所にいるのが普通と思いたいけど、ファンタジー御用達の吸血鬼でさえも無線機やら色んな機械を使えるのだ。ベルファークやラナみたいに通信を通して指揮を行っている可能性だって高い。でもかなりの統率を取れてる所から見て通信と言う線はないと信じたい所だ。兵を事細かに動かせるのなら、リアルタイムで戦況を見下ろせる所じゃなきゃ出来ないはずだから。


 みんなもそう思ってるのだろうか。さっきとは違って表情が少しだけ険しい物へと変貌している。まぁ、こんな状況じゃ当然な気もするけど。

 そうこうしている内にアルスタの部隊も見付けて合流する事が出来る。


「アルスタ!」


「おっ、ラナ! よかった、助かったぜ!」


「状況は!?」


「こっちゃ平気だ。誰も死んじゃいねぇよ。ただリコリスが……」


「そっちもで場所は掴めてないのね」


 短い情報交換を行うのだけど、アルスタでもリコリスの位置が掴めていない事にアリサが爪を噛む。アルスタでも掴めてないとなると、既に他の隊と合流していると思われるボルトロスとエンカク……でも無理だろうか。そもそもテス達でさえ気づかない内にいなくなってたと言うし、その状況から見ると理由はもっと別にあるように見える。

 まるで、自ら離れたかのように。


「またあの大きい爆発……。ったく、いったいあそこに何があるっての……」


「――――」


 度々起こる大規模な爆発。それがもう一度起きてエルピスがそう呟いた。ラナ達の反応を見るにみんなの所ではあんな爆発は起きてなかった様だし、ユウが爆発を気にかけたのがアリサと二人になってしばらくしてからだから、時系列で言えばテスが別離されたのと同じタイミングだろうか。憶測ばかりなのは変わりないけど、もしその憶測が本当であるならば――――。

 けれどそんな事は出来ない。憶測程度でこんな人数を動かせる訳ないし、精鋭部隊を編制したにせよまずは己の身を守らねばならない。その為にも目の前の壁を壊すのは必要条件で。


「これでここらにいる敵は最後、ですかね」


 突如現れた吸血鬼の大群。それもさっきの比ではない。これで殺すんだって気概が目に見えてしまう程の数をしていた。いくら隊長達がいるとは言え戦力差はかなり分かれている。しかしラナの予測通りならこれを倒してリコリスの捜索を始められる。賭ける価値は十分にあるだろうか。

 体も十分回復した事だし、ここまで敵が上回ればユウも参戦せざるを得ない。だからこそ双鶴から降りると治癒術を使う少年にイシェスタを預けてアリサ達と肩を並べた。


「戦って平気なの?」


「平気も何も、ここまでされちゃ戦うしかないだろ。それに、奴らに致命傷を負わせられる攻撃手段を持ってるのが俺だ。先陣切って駆けなきゃいけないのに、いつまでも後ろにいるってのは違うだろ」


「……ほんと馬鹿ね。自己犠牲も良い所だわ」


「偽善者って言いたいならそう言えばいいだろ?」


「ンな事いうつもりはないわよ。誰よりも希望を背負ってるアンタには特にね」


 アリサとそう軽口を叩き合って戦闘準備を整える。何と言うか、アリサとは作戦前よりも若干仲良くなった気がする。二人で必死に逃げ回ったおかげで少し距離が縮まったのだろうか。何より互いの本音を話し合ったって言うのが大きいだろうけど。

 やがて襲いかかって来た吸血鬼達に向けて真意を発動させた。


 ユウが真意を発動する引き金は自身が抱く希望……と思っている。つまり絶望に覆われれば覆われる程真意は弱くなっていくのだ。だからこそ、ミーシャを助ける時にはあれ程の威力を発揮する事が出来た。――なら、今はそれと同等の威力を出せる気がする。確かに何人もが犠牲になった。何人もが絶望に押し殺されている。けどそんな中でも必死に足掻いて進もうとしてるのだ。

 だからこそ、これはこの世界を誰よりも知らなくて、誰よりも希望を抱けるユウにしか出来ない事だ。みんなの希望となれるのは。


 次の瞬間、向かって来る吸血鬼達に向かってステラの華を纏った一閃が駆け抜けた。

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