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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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134  『何の為に。誰の為に』

 霞んだ視界で奴を捉える。幸い傷口は浅いみたいで、皮膚の部分だけを斬られたからこそ充血した左目も薄っすらとながらも開けて見据える。絶対に死を受け入れるな。絶望も受け入れるな。みんなと一緒に未来を行きたいのなら、自分自身をも希望にならなくてはいけない。

 だからこそ、拳を握りしめる。


 ――死ねない。まだ、死ねない!!


 倒れそうになる体を死ぬ気で引き戻し、自ら確実に死ぬ拳へと突っ込んで行った。さっきみたいにただ殴るだけじゃ駄目だ。奴を仕留める為には小細工じゃなく、真正面から叩き潰すしかない。それしか生き延びる道はない。

 左拳にもう一度マナを掻き集める。己に宿る全てのエネルギーを使い放てばきっと倒せるはずだ。それこそ命をも天秤に賭ける様な一撃であれば。


 さっきの一撃で分かった。奴は全ての魔術を無効化出来る訳じゃない。無効化出来るのは装甲が混ぜ込まれている装備の所だけ。つまり皮膚が出ている所――――顔面なら全力の魔術も通るはずだ。そこまでどうやって潜り込むか。そんなの簡単だ。ただ防御を捨てて突っ込めばいいだけ。

 覚悟を決めると全力で額を撃ち出した。


「らあああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 そう叫びながらも思いっきり頭突きをかますと彼は姿勢を崩し、振りかざした拳は頬を掠って背後のビルを打ち砕いた。掠った所からは血が噴き出すも関係ない。今はただ、奴を倒しみんなを守る事だけにしか意識が向いていないのだから。だからなのだろう、自然と壊れた右腕の激痛は感じなかった。きっとアドレナリンどばどばで痛みを感じないはず。

 頭蓋がぶつかった衝撃で軽い脳震盪が起きる中、イシェスタは踏ん張るともう一度叫びながら左拳を撃ち出した。それもさっき以上の威力を秘めた一撃を。


「こんの亜人風情が―――――」


「私は人間だ――――ッッ!!!!!」


 直後、イシェスタの拳は奴の顔面に直撃して骨が折れる音が響く。全力以上の一撃は確実に奴の顔面へ当たり、その手応えからただでは済まないと確信できる。確かに彼らは人間と比べて再生能力や身体能力は倍以上もある。それだけでも十分凄いのだけど、言ってしまえばそれだけの力しかない。即死の一撃を叩き込まれれば死ぬし瀕死の傷を負えばしばらくは身動きが出来なくなる。同様に脳へダメージが行けば脳震盪が起きる訳で。


 左腕が完膚なきまでに壊れるのと同時に奴はビルの壁を何度も撃ち抜いてようやく停止する。それから大量の瓦礫に押し潰されると轟音だけが響き奴は動かなくなった。少し後に瓦礫の隙間から血が流れて来る。それだけでも殺したと判断するには十分だった。と言っても確実に脳へダメージが行っていたから、潰されてなくても脳震盪で倒れていただろうが。


 殺したのだ。この手で初めて“人”を。その現実は息を切らして倒れ込むイシェスタに重くのしかかる。今まで誰も殺した事がなかったからこそ感覚が掴めなかったけど、まさかここまで重く深くのしかかる物だとは。

 どれだけ自分が清潔であろうとしていたのかが見て取れる。自分の手を汚さず戦いに参戦し、足を引っ張って――――。そう考えているとガリラッタが体を持ち上げてくれる。


「イシェスタ! 大丈夫か、おい!!」


「ガリラッタ、さん……。私、守れましたか? 二人を、みんなを……」


「ああ守れた! 俺もテスも、お前に助けられた! だから絶対にくたばるんじゃないぞ!」


 すると彼はお姫様抱っこで持ち上げると即座に移動を開始する。こうして轟音を出してしまった以上偵察は来るだろうし、治療するにしても移動してからなのだろう。両腕骨折という重傷を負っているイシェスタは抱えられる中で考えた。この次はどうすればいいのか。何をしたらいいのかと。

 でもそれ以上に思う事があって。


 ――私は、きっと……。


 リコリスとユウのおかげだ。リコリスが気づかせてくれて、ユウが思い出させてくれたのだから。感謝を伝える為にもまだ死んではいけない。既に激痛を熱と錯覚するけど気張り続けた。だって、イシェスタは、


 ――みんなと一緒にいたいんだ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 多くの血が地面に流れる中、ユウは地面に横たわってアリサからもう一度治療を受けていた。こんな時にユノスカーレットがいれば。反射的にそう思ってしまう当たりユウは彼女の治癒術に依存していたのかも知れない。実際彼女の治癒術には助けられた訳だし、それがなければ死んでたのだから。

 やがてアリサは完璧とは言えずとも現状で出来る限りの措置を施すと小さく言葉を零した。それも彼女らしくない言葉を。


「……ごめん」


「え――――」


「あの時に私がもっと気張っていれば、こんな事にはならなかったのに。本当に、ごめんなさい」


「――――」


 例の吸血鬼からの奇襲を受けた後、精一杯抵抗しながら逃げ続けていた。しかしそれも束の間。アリサが微かに気を抜いた瞬間に駆け抜けた銃弾に撃ち抜かれ、ユウがその身代りになって負傷したのだ。それがあれからの事の顛末。確かにアリサさえ気張って入ればこんな痛い思いはしなくたって済んだだろう。だからと言って責めるつもりもないが。

 だからこそ起き上がると言った。


「心配しないで。こんな傷いつも通りだからさ。それに俺は安心してるんだ。アリサがこうして傷つかずにいてくれ――――アリサ?」


 すると彼女の頬から大粒の涙が流れて地面に染みを作る。そんな事になるだなんて思わずに完全なる虚を突かれ、ユウは大いに戸惑い果てた末にどうにかして彼女の気を紛らわそうとした。しかしそれは全て失敗に終わって周囲は静寂に包まれる。

 何も言えなくて黙っていると、アリサは自ら喋り始めて。


「ほんと、ユウもアイツも似てる。私を守る為に傷ついて、本気で心配する私に「無事でよかった」って微笑みかけて、人の気も知らないで明るく振る舞って……っ」


「――――」


「怖いのよ。そうやって戦うアンタ達が。いつか妹みたいに、いなくなっちゃうんじゃないかって」


「――――」


 アリサの言葉に黙り込む。あまりにも重く深く、ユウからしてみれば踏み込むべきではない領域だったから。大切な人を失う恐怖は十分知ってる。知っているからこそ誰も失わせたくなくて自分が傷ついて来た。傷つく度に心配する人達がいると知っても、毎回身の丈に合わない夢を見て抗ってしまうから。


 結局、ユウという人間は何も変わらないんだ。例え周りの人達に変えられても、人の心が理解出来る様になっても、決して何も変わりはしない。だって、希望を抱くのは一番のタブーだと分かっていても、毎回叶えられもしない“心配させない勝利”を抱いて、結局は心配をかけてしまうのだから。それは今回も同じ。

 人に心配させておいて明るく振る舞い見て見ぬフリ。そんな最低最悪の事を何度繰り返しただろうか。

 今、ユウが言わなければいけない事は――――。


「アリサ」


「……?」


「俺は絶対にいなくならない。どれだけの絶望に覆われたって、必ずみんなの元に帰って来る」


 彼女の肩を掴みながら真っ直ぐな瞳で言う。確かに、ユウはネシアと似ているかも知れない。アリサの身代わりになって大怪我をしたり、みんなを守るためにと単身突撃したり。でも似ているだけであってユウはアリサの心の傷を癒す為にネシアの代わりにはなれない。

 それに、やりたい事が山ほどあるのだ。それこそ今までの人生で停滞していた分、これからの人生を使っても足りない程に。


 みんなと一緒にいたい。みんなと一緒に未来を生きたい。その未来で暗く閉ざされた結末が待っているのなら、その暗闇を払ってみんなで笑い合えるような未来を作りたい。だからこそ絶対に死ねないのだ。死んでしまったらリコリス達が悲しんでしまう。もう、誰にも悲しい思いはさせたくない。


「確かに俺は力も技術も足らないから信用出来ないかも知れない。でも、これだけは忘れないで。――俺はみんなの事が好きだ。大好きだ。ちょー好きだ。だからこそ、絶対に死ぬ気はないって事を」


「――――」


 アリサはひたすらに驚き顔で固まりながらユウの言葉を聞いていた。そりゃ日頃の言動からはそんな素振りを見せた事なんてないし、アリサからしてみれば親しいだけの仲と思っても当然だろう。でも、違う。この世界に来てみんなと触れ合って、知り合って、変えられて、その中で理由なしでも生きていける理由を見付けた。向こうの世界よりも果てしなく残酷で絶望的なこの世界で。


「何で。何であんたは、そこまで人に命を賭けられるの……? 一度死んだら終わりなのに、大好きな人が待ってるって分かってるのに、それなのにどうしてあんたは、誰かを救う為に命を賭けられるの?」


 そう問いかけられて黙り込んだ。アリサの問いに答えるのは、あまりにも重く残酷だったから。それでも答えなきゃいけない。みんなを守る覚悟を取り戻す為に。覆い尽くされそうになる自分自身のケツを蹴り飛ばして立ち上がる為に。

 重い口を開いて喋り出す。“あの日”から刻まれた、掌にべっとりと付いた血の光景を思い出しながら。


「……空っぽだったんだ。大切な人も、自分すらも失って、失う怖さを知って。この手で誰かを殺す痛みも、何かを壊す辛さも、何もかもに怯えて見て見ぬフリをしてた。そうして生まれた俺は、いつの間にかどうしようもないくらい空っぽになってた」


「――――」


「でも、そんな空っぽな俺に、みんなはもう一度意味を与えてくれた。何もなかった俺に、人の気も知れないでずかずか入り込んでは、勝手にかけがえのない物を積み重ねてくんだ。そうしてみんなは俺に沢山の色彩をくれた。空白で何もない俺の世界を、鮮やかな色で塗り尽くしてった。それがどれだけの救いになったかなんてきっと分からない。だから守りたいんだ」


 いつの間にか頬から大粒の涙を流す。今思い返してみれば本当に変えられた物だ。だって一番最初の頃は文字通りの空白で、生きる意味も理由もなく人生を無駄に浪費してた。それなのに今となっては何も考えずとも生きる意味が浮かんでくるのだから。

 もう一度アリサを向くと光に満ちた瞳で言う。


「俺の為にみんなは色彩を与えてくれた。なら俺は、みんなの為に、みんながくれた俺で応えたい。――それこそが、俺の生きる意味だから」

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