133 『理由』
どうして真正面から突っ込んだのか。きっと、色んな理由が渦巻いたからだと思う。考えるよりも先に体が動いてしまって、だから今こうして自ら死の淵へ飛び込んでいる。飛び込んでしまった以上もう後戻りはできない。結果が死でも生でも全力で足掻かなきゃまともな結果は迎えられないだろう。
故に拳を握りしめてマナを溜めこむ。
――何で飛び込んでるんだろう。死ぬのは分かってるのに。勝てないって分かってるのに。何で……。
死が間近にあるからだろう。感覚が引き伸ばされて一秒が物凄く長く感じる。だから考える時間は十分に存在した。
仲間を守りたかったから。その理由が一番大きいのだろうけど、それでも違う気がする。もっと大きな何かがイシェスタの中に渦巻いていて、それに突き動かされたのだ。死ぬとは分かっているのに飛び込まずにはいられないくらいの衝動に。
瞬間、ある二人の顔が浮かぶ。
――そっか。その理由があったんだった。
今もどこかで戦っているであろうリコリスとユウ。確実に十七小隊を引っ張っている二人の顔を思い出して確信した。イシェスタがどんな衝動に駆られて飛び出したのかが。全くどうして、ここまで二人に影響されてしまうのか。悪い癖だと分かっていても絶対に止める事は出来ないんだから厄介な物だ。
――まだ死ねない。だって、私は……!!!!
タイマンじゃ絶対に敵わない。だからこそ勝てるかも知れない一手は別の所に打たなければならない。どれだけ絶望的な状況であったとしてもリコリスとユウなら絶対に諦めないはずだ。だって、あの二人はこの世界の希望になろうとしてるんだから。二人が放つ光にイシェスタは惹かれた。絶望の中で放たれる微弱な希望が途轍もなく輝かしかったから。
だからこそ、その背中を追いかけて追い越したい。
「“凄い人に”、なりたいんだからぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
伸ばした左手で彼の拳を受け流す。それだけでも骨が折れて腕が曲がっちゃいけない方角へ曲げられる。マナを溜めた拳は上段から下段へ移行し、そのまま殴りつけるつもりだったけどアッパーの様な動作へと持っていく。そのまま零距離のアッパーを繰り出すとマナを爆発させて目の前の巨体は空中まで吹き飛ばされる。直後に武装の一部を取り出したガリラッタは腕に装着した主砲部分を奴に向け発射し、命中した瞬間からテスが飛び上がって武装のリミッターをもう一度外す。直後、爆炎の中から二本の腕が落下した。
「これで一手! ……ってか、その主砲モドキどっから出した」
「一応ずっと懐に入れてたぞ」
「よく持ってられたなそんなデカいの……」
三人で一点に集まりながらも二人はそんな事を話す。彼はそのまま落下して鈍い音を立てて横たわるのだけど、当然そんな程度では倒れない。だから腕を再生させつつも立ち上がった。それを分かっていた三人は即座に集中砲火を浴びせて追撃を仕掛けるも、意味はない様で。
「ッてぇなぁ。あ~あ、腕取れちまった」
「やっぱり今のじゃ倒れないよな」
「遊びもいいがそろそろ時間なんでな、テメェらをぶっ殺す。だって強いもん」
すると奴は背中から剣を取り出した。さっきまで剣はない様に見えていたけど、恐らく装備の内側にでも入っていたのだろう。仕込み剣としての扱いだろうからリーチの長さも通常とは異なっている様子。けれどその鋭さは確実に業物だと教えてくれる。
「さぁ、踊ろうぜ!」
「っ!?」
攻撃されてから事の重大さを理解する。速さや威力はそのまま鋭さも追加されたのだ。奴が倒す為には近接必須でこっちは中距離攻撃を得意としている。普通ならこっちの方に分があるが今回ばかりは違う。何もかもを力で薙ぎ払う敵に対してだけはその戦法は意味をなさない。つまり、今に限っては本当に死が近くなっていると言う事で――――。
右足を軸に回転すると振り下ろされた一撃を間一髪で回避する。それも目に負えない程の速度で振り下ろされた一撃を。
すると彼は視界に映る動くもの全てを攻撃し始め、力に物を言わせて破壊し尽くす。それも誰一人として攻撃が通らないくらい。やがて標的をこっちに変更すると奴はもう一度突っ込んで来た。当然反応出来ない速度で。
「確かスゲェ奴になるんだろ? オイ! 何で逃げるんだよ、おっかしぃぜお前ェ!!」
「っ……!」
右腕はさっきの一撃で内側から壊れ果てた。もう使い物にならないだろう。残った左手しか使えないけどあんな速度を片腕だけで捌ける訳がなく、神速で振るわれる刃を掠る距離で必死に回避し続けた。それも限界があるのだけど。
歯を食いしばって必死に氷を生成し攻撃の邪魔をする。しかしそれすらも吹き飛ばす程の剛力で全てを薙ぎ払う。だから振り上げられた刃は顔に直撃して左目の部位を切り裂かれる。
「イシェスタ!!!」
その瞬間に悲鳴にも近しいテスの叫び声が響く。残された右目で奴の方角を見るけど、左の拳は既に握られていて殺す為の準備は既に整っているみたいだった。きっとこれを食らえばイシェスタは死ぬ。頭を吹き飛ばされるか、胴体にデカい風穴が空いて即死するだろう。
――死ぬ。死ぬ……? いつ? どうやって? 何が起こって?
脳裏でそんな呑気な事を呟く。本当なら生き延びる手段を探さねばならないのに。
みんなを守らなきゃいけない。リコリスやユウみたいな“凄い人”にもなりたい。その為にはこんな所で死んでられる訳にはいかない。抗わなきゃ。命を賭して、己を賭して。
でも体が動かない。ダメージを蓄積させ過ぎたのか体が言う事を聞いてくれないのかは分からない。けれど、まるで時間でも制止させられたかのように体は動かなかった。だから振りかざす拳をじっと見つめる。
――まだ、叶えたい願いもあるのに……?
意識が掠れる。頭がぼんやりする。こんな状態の最中なのに頭の中では昔の記憶が薄っすらとならがも見えて来ていて、それが走馬灯なのだと判断するには十分すぎる出来事であった。走馬灯を見ているからには死ぬのだろうか。ここで死んで、後はどうなる? その先に待つ結末に、イシェスタは一緒にいられないのだろうか? そんな考えと同時に走馬灯は強まって行った。
それこそ、意識を書き換える程に。
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「あの、リコリスさん。聞きたい事があるんですけど……」
「ん。どったの?」
ある日の朝。
イシェスタはいつも通りに朝一で執務室に顔を出しては既に書類作業を進めているリコリスの手伝いをしていた。まぁ、朝一と言っても他のみんなが起きるずにずっと寝ているからなのだけど。毎回注意はしているが最早意味をなしてないのでそこはご愛嬌と言った所だろうか。
やがてイシェスタはリコリスに問いかけた。
「リコリスさんは、どうして私を拾ってくれたんですか? 血塗れの亜人なんて普通なら絶対に助けないはずなのに。どうして、私を……?」
「え? そりゃ~」
すると彼女はピタリと手を止めて考え始める。けれど答えが出るのはかなり早くて、五秒も悩まずに結論を出して見せた。それも普通の人ならった絶対に考え着かないような事を。優しく、温かい微笑みで。
「困ってる人がいたら助ける。それは当たり前の事でしょ?」
「え――――」
「いや、困ってる困ってないは関係ない。私は助けられる人がいるなら助けたい。もう誰にも、痛い思いや、苦しい思い、辛い思いはしてほしくないから。例え亜人であろうと血塗れであろうとそれは変わらない。私は、助けられる人は全員助けたいんだ」
その言葉を聞いて考えこむ。通常、亜人は普通の人間と違って差別される物だ。獣だから汚いとか、人なのに人ならざる形をしているから人間じゃないとか、そう言った思想がこの街の半分を占めている。いくら子供とは言え血塗れで倒れてる亜人なんて見ただけでも逃げ出して当然のはず。それなのに、リコリスは助けたい、ただそれだけの単純な理由で――――。
普通なら、あり得ない事なのに。
「リコリスさんは、人助けをする為にリベレーターへ……?」
「それもある。でももう一つの理由もあるんだ。絶対に叶えなきゃいけない、命よりも大切な約束が。――誰かを助けて願いも叶える。その両取りをする為にここにいるの」
「……!」
それがどれだけ辛く険しい道のりであるのか、イシェスタは即座に見抜いた。こんな世界で誰かを助けるだなんて土台無理な事だ。今まで数々の人達が誰かを救おうを足掻き続けた。でも、それを達成できた人はごくわずかに限られている。その理由は、どれだけの光を持っていようともこの世界の闇その物がソレを押し潰してしまうから。
イシェスタだって救える物なら救いたいと足掻き続けていた。けれど結果は血塗れた末路。己さえも救えず、もう希望はないと、絶望しかないと思い続けたと言うのに。――どうして彼女はこの世界でそこまで大きな希望を持てるのだろうか。
どっちも諦めずに両取りをしようなんて、あまりにも困難で、強欲だ。
「強欲、ですね」
「そうだね。私はあまりにも強欲で、愚かな存在でもある。でもさ、自分がどんな存在になりたいのか。自分でどんな道を進みたいのか。それを決めるのは自分自身じゃないかな」
リコリスにしては珍しく哲学的……というか名言っぽい言葉を発するから少々驚く。いつも呑気な雰囲気を漂わせる彼女だけど、こういう人助けや誰かの願いに関わると途端にスイッチが入るらしい。まぁ、それも彼女らしいと言える。
やがて肩に手を乗せると言った。それも、何が起こるか分からない未来の事を、自信満々で。
「イシェスタにもその時が来る。そしたら分かる。自分が何をしたくて、どんな存在になりたいのか」
「何を、したい……?」
「今はまだ分からないと思う。でも、“その時”が来たら、ね。――イシェスタは、私達と同じ人間だよ」
最初は激励だけの言葉だと思っていた。落ち込んでいるからこうして励ましてくれると、そうとしか解釈できなかった。
けれどリコリスの言った“その時”と言うのは思いのほか速く来て。
「……みんなと一緒にいたい。ずっと、ずっと一緒にいたい。もう誰も失いたくないんだ。二度と独りにはなりたくない。だから、戦いたい」
「――――」
ナタシア市侵略防衛作戦時、ユウが言った言葉だ。みんなから生きる意味を持てていないと、生存本能が機能してないと言われていた中、彼は自分だけの理由を見付けてそれを口にした。己がないと自覚していた少年が生きる理由を見付けたのだ。己がないからこそ周囲のみんなが自分を作ってくれた。だからその大切な人達と一緒にいたいって。
それを聞いた瞬間、イシェスタは大いに迷い果てた。あの時に何をしたいのか問いかけたクセに、自分でも何をしたいのか見付けられていないのだから。
……でも、もし仮に理由を付けるとしたならどんな物だろう。イシェスタは何をしたくて、どんな道を歩みたいのか。
きっと、それはユウと同じものだろう。自分を拾ってくれた人達と一緒にいたい。誰も失いたくない。そして二度と独りになりたくない。パクった様な理由ではあれど、みんなが今のイシェスタを作ってくれたからこそ心から出た願いだ。
なら、それを叶える為に。みんなを助ける為に。諦めちゃいけないんじゃないのか。
みんなはイシェスタにとっての『希望』なのだから。