129 『続く苦境』
駆ける。駆ける。ひたすらに駆け抜ける。吸血鬼の猛攻を掻い潜りながらも走り続けてもう何分になるだろう。運よく集団からの奇襲は躱せたものの、そこから気が遠くなるほどの追いかけっこが続いている。せめて飛ぶ斬撃の間合いに入っていれば真意での対処も可能だったのだけど、相手もソレを理解しているのかギリギリの距離を保って攻撃を続けている。
走り続けるにしても戦うにしてもどの道少しは休憩しなきゃいけない。となれば今追いかけている吸血鬼を倒さなきゃいけないのだけど、この中で魔法を使えるのはエルピスのみしかいなく、その攻撃も主な攻撃手段ではなく隙を埋める体術補佐だから遠距離戦での発動では圧倒的にこっちが不利だ。運が悪い事に銃での攻撃も向こうは対処済み。
だからこそ降り注ぐ火球や氷を間一髪で避けつつも走り抜ける。
「――危ない!」
「ッらあ!!!」
アリサの掛け声で向かって来る攻撃を剣で弾き、同時にせめてもの抗いで弾丸を打ち込んだ。けれど即座に氷の盾で防がれてしまう。双鶴があれば幾分かは状況が変わったのかも知れないけど、今は疲れ切った人達の休憩場所になってしまっているから使えそうにはない。
しかし、それ以前の問題として行き止まりに当たってしまって。
「やばっ、行き止まり!?」
当然ここぞとばかりに追い詰める吸血鬼達。それに囲まれてまた命の危機が訪れる。一体何度同じ様な経験をすればいいのだろうか……。そう思いながらも真意を発動させて相手を警戒させる。でもこれだってその場凌ぎの一手でしかない。距離的にも攻撃が出来ないのだから相手はすぐに士気を戻す。
「ちっ。せめて遠距離で真意を使えれば……!」
追い詰められた状態でそう愚痴を零す。遠距離でも真意を使えたらここまで追い詰められる事もなかっただろう。それが出来ればみんなとも合流できるし、硬いコンクリートの壁だって破壊して最短ルートを突っ切る事が――――。遠距離、コンクリートの破壊、最短ルート?
ユウが真意を使う時、ステラの花弁は剣から舞い上がる。それって剣が強化されてるって意味になるはずだ。もし真意が“手に触れた物を強化できる”という性質を兼ね備えているのなら、可能性は……。そう思って双鶴に触れ強く念じると内側から光り始め、やがて光輝くステラの花弁が舞い上がった。
「ユウ、それって」
「ああ。試してみたら上手く言った。って事で、ちょっと乱暴だけどやってみますか!!」
どうして今まで気が付かなかったのだろう。そんな事を考えつつも双鶴を放った。すると真意によって機能が数十倍にまで跳ね上がった双鶴は神速で吹き飛んでは目の前の吸血鬼をバラバラにし、そこから振り上げたり回転させたりすると第二武装でもないのにコンクリートの壁を撃ち抜いて周囲の吸血鬼を一掃した。その様子にエルピスが呟く。
「その真意っての、もう何でもありなんだ……」
「まぁ反動はあるけどね。それより、壁ぶち抜くからそこを抜けて!」
直後に剣にも真意を発動させて行き止まりの建物に叩き込むと、激しい衝撃波と共に軽く向かいの通路までトンネルを作り出す。少し強引だけど、まぁ、ここは廃都市だし問題ないだろう。みんなが突き進む中でユウも双鶴を戻すと跡を追った。
……でも、その時に反動が跳ね返って来て。
「ぁッ――――!」
「ユウ!?」
立ち止まったユウを心配してアリサとガリラッタが駆けつけてくれる。だからすぐに起き上がって走り出すのだけど、その瞬間から大型の機械生命体が進路を塞いでみんなの足を止めさせた。咄嗟に反対側へ行こうとしてもまた吸血鬼に退路を塞がれてしまう。それも、今までとは違うオーラを放つ吸血鬼に。
「なっ、機械生命体に吸血鬼……!?」
「行かせないわよ。まぁ、あの世になら逝ってもいいけど」
女性の吸血鬼は今までとは違う銀色の剣を振り抜くと一気に戦闘態勢に入る。更に取り巻きの連中も待機していたらしく、周囲の建物には数多くの機械生命体と吸血鬼が集結していた。統率がとれるのは知っていたけど、まさかここまでとは。
疲れ切った状態での戦闘は極めて危険だ。ここは逃げる選択肢を押したいけど、到底逃げられるような状況ではなくて。
……今までの戦況は全てユウの真意に依存している。吸血鬼に対抗するにはそれ以上の何かが必要だし、みんなはそれ以上の何かを持ち合わせていない。もしユウが真意の使い手じゃなかったら今頃全滅していただろう。控えめに言ってもそんな状況なのだからこの場で誰よりも命の危険があるのはユウだ。一番強い敵を囲んで叩くのは基本中の基本なのだから。
だからこそ、彼女は剣を振り下ろすと一斉にユウへと攻撃を仕掛ける。それも、誰も邪魔できない様にみんなを取り巻きに襲わせながら。
「――あの男を殺せ!!」
「クソッ!!」
みんながユウの事を守ろうとしてくれるけど、あまりの敵の多さにそんな余裕なんて微塵もない。それどころか機械生命体も交じっているのだから隙さえあれば食われるし、雪崩れ込んで来た敵の多さに既に三人が食われている。死の絶叫が響く中でユウは真意を発動させると剣や双鶴に乗っけて周囲の敵を全て薙ぎ払う。反動で無事じゃ澄まされない威力で。
――圧倒的に数が多すぎる。俺でも抑えきれない……!
みんなは剣で斬られ機械生命体に食われ、それでも生き延びる為に抗い続けた。エルピスだって一振り毎に十体は薙ぎ払うけど全然足りない。この数じゃ一振りする度に二十体は倒さないととてもじゃないけど対処できないだろう。
だからこそ全力で抗うのだけど、そうしている間にも多くの隊員が機械生命体の餌食になって行って。
――出来るか出来ないかじゃない、やるんだ! やらなきゃみんな死ぬ! 俺も死ぬ! 当たり前の現実から……当然の絶望から、眼を逸らすな!!
「ッ!?」
直後に激痛が全身を駆け巡り足がもつれる。その隙を突いて女の吸血鬼が攻撃を仕掛け、ユウは真意乗せの双鶴で弾くと間一髪で回避する。次に真意の刃を地面へ叩き込むと前方の地面を崩して数秒だけでも足を止める。だからその隙に背後の吸血鬼や機械生命体を薙ぎ払ってみんなを助けた。
しかしそれは一瞬に過ぎず、すぐさま襲い直してはもう一度絶叫渦巻く戦場へと早変わりしてしまう。だからユウは力を振り絞ると目前の敵を薙ぎ払った。同時に双鶴を第二武装にすると三つの武器に真意を乗せて女にぶつけた。普通なら絶対に受け止められるはずがないのに、彼女は真紅のオーラを出すと全力を振るってユウの斬撃を受け止めた。
「なっ!?」
「驚いた? こんな程度じゃまだ終わらないわよ!!」
そうしてゴルフスイングの様な動作で振り上げると同じ様に飛ぶ斬撃を発生させ、その大部分を相殺する事は出来た物の、余波を受けて右肩から腹までを軽く切り裂かれる。でも諦めずに双鶴を飛ばしては対抗し続ける。こんな所で負ける訳にはいかないし、何よりも少しでも早くみんなを助けなきゃいけないのだから。それなのに彼女はユウの攻撃を全て弾くか受け流すと零距離まで接近して一撃必殺の刃を振り下ろして来る。
地面に掠っただけでも軽く抉れる威力なのだから直撃……いや、受け流しただけでもかなりの反動が訪れるだろう。それこそ真意を使っていないと勝てない程に。うんざりする程の苦境はまだまだ続く。同時に真意を使えば使う程精神力が次第と削られていく。
真意の代償は何かしらの反動であるからして直接精神には関係ないはずだ。しかしその結果が確定しているからこそ精神が削られる。自分から激痛に飛び込むのには相応の覚悟が必要なのだから当然の結果と言えるだろう。
――こいつ、戦う度に速く!?
次第と双鶴との連携でも対応できない程に速くなっていく。ユウの反応速度を遥かに上回っては頭上から潰される感覚。それを噛みしめながらも必死に咆哮して抗った。彼女からすればただひたすらに見苦しく惨めな足掻きを。
だから隙を突かれて蹴り飛ばされる。
「しまっ――――」
何とか剣で防ぐ事には成功するけど、あまりの威力に近くの廃ビルまで吹き飛ばされる。それもコンクリートの壁を突き破るくらいに。普通ならこれで死ぬも同然なのだけど、恐らく真意で体が強化されているからなのか、そこまで痛みに苦しむ事はなかった。っていうか彼女から食らった斬撃の方が痛い。
「あら、普通なら死ぬはずなのに生きてたのね。その妙な力のせいかしら?」
「くそっ……。なんたってこんな……」
「痛いならすぐ楽にしてあげるわ。そこ寝そべってなさい」
「だが断る!!」
軽いジャンプで四階まで来た彼女は剣を逆手に持つとそう言った。やがて剣先をユウの脳天に向けて構えるのだけど、振り下ろした瞬間に双鶴を床から出現させ、剣を弾くのと同時に起き上がって態勢を整える。しかしみんながいなくなってしまった分どうしてもこっちが不利になる訳で。
――まずい、分断させられた。簡単には戻してくれないだろうし、どうやって手を打つか……。
そんな事を脳裏で必死に考える。普通に廃ビルそのものを破壊できる連中なのだ。真正面から戦って勝てる訳なんてなく、何かしらの小細工を施したにしても全てゴリ押しで掻き消されるだろうし、他の部隊からの救援を望みたい所だけどそれも絶望的。っていうか絶望的な状況ばっかりだな……。
この状況から生き延びる方法はたった一つしかないだろう。得策とは言えないけど、まぁ、最初から最善策なんて一つもないのだから変わるまい。それにボロボロになりながらも戦うのはユウの専売特許だし。
「そうだ。参考までに言っておくわ」
「戦闘力は五十三万なんて言わないよな」
「そうね……。そこまで言う気はないけど、私の場合は……拳で軽くビルを潰せるわ!」
「フリーザでもしないぞそんな事ッ!!!」
すると彼女は拳を握りしめて軽く振るってみせた。それだけでも真横にあった柱を粉々に破壊し、手を抜いていてもどれだけの力を持っているのか知らしめる。だからそんな軽口を叩きながらも一気に走り出して戦線離脱を選ぶ。当然、敵前逃亡を選べば相手はその背中を攻撃しようとする訳で。
「逃げるな!!」
「ッ!?」
脱兎の如く廃ビルを駆け抜けるユウの背中に斬撃を繰り出す。けれど明らかにさっきまでとは威力が違い、真意が乗ってないとは言え素の状態でもそこそこの威力を発揮する双鶴が完全に弾かれる。そうして視界が晴れたと思いきや次撃はすぐ目の前まで迫っていて、ユウは何の抵抗も出来ずソレを真正面から食らった。
だからこそ、その場にそこそこの血が降り注ぐ。