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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter1 灰と硝煙の世界
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012  『戸惑い』

「もっと全体を見て! 動きが硬いですよ!」


「ああ!!」


 地獄のトレーニングが開始されてから二週間。身体の疲弊は既に限界まで溜り、なおも体に負担をかけ続けていた。

 一週間の内五日が筋トレで二日が訓練と言う内容だ。


 戦闘訓練ではイシェスタとテスに体の動かし方や柔軟体操を教えてもらい、反射速度を鍛えるのと同時に攻撃後の隙の解除などを習う。

 射撃訓練では以前高得点を叩き出したM4A1を筆頭にハンドガン等にも手を付け、制止した状態だけじゃなく走った状態での射撃や、射撃時の態勢や転んだ時の受身の取り方などを習っていた。


 近接戦闘じゃどうやら直剣みたいな武器が得意らしく、木剣を基本に基準装備であるナイフの使い方を体に馴染ませていく。

 更に念入りな事にイシェスタは剣術の他にも体術、槍術、柔術などを教え、武器が無くなった時の対処法も指導してくれた。

 そして二人で訓練に勤しむ光景を見て遠くで見ていたアリサは呟く。


「何だか訓練期間の事を思い出すわね」


「あ~、確かに。あんな感じで俺達も特訓してたからな」


 アリサとテスの会話は十分気になるのだけど、今は足を踏ん張ってイシェスタの猛攻を受け続ける。普通の殴りなのにその威力は想像も絶するほどの高威力で、腹に掠るだけでも激痛が流れていた。

 腕を捻らせながら反撃をしたって余裕を持って避けられ反撃を食らう。そんな下手な攻防戦を何度も繰り返していた。


「ぐッ!?」


「あっ」


 やがてカウンターを脇腹に食らって背後へ軽く吹き飛ぶとそのまま倒れ込む。筋力は確かにユウの方が上なのに吹っ飛ばす力は彼女の方が高いとは……。

 イシェスタは我に返るとさり気なくとんでもない事を言いつつ体を起こしてくれた。


「ごめんなさい。ついいつもの癖で……」


「手癖レベルなのそれ。いつも癖でこんな攻撃ぶち込んでるの?」


「えっと、二回に一回はやってますかね」


「うっわ」


 分かってはいたけど途轍もない強さにむしろ呆れる。

 最初はそのまま立って訓練を続けようとするのだけど、攻撃を食らった反動で力が抜けてその場に座り込む。声の無い悲鳴を漏らすと近寄って来たテスもユウをその場に座らせた。

 でも、そこで奇妙な会話が生まれて。


「あまり無茶をするな。イシェスタのカウンターを真正面から食らったんだから」


「いえ、ユウさんは完全には食らってないです」


「え? だってユウの攻撃を避けてから真下に潜り込んで、こうやって……」


「その直前に身を捻って脇腹に当てさせました。腹に食らえば会話する事もままならないですから」


「どんだけ高威力!?」


 真顔でそう言うイシェスタに思いのままツッコミを入れる。

 けれど彼女の言う事も当たってそうだ。だって腹から逸れて脇腹に当たっただけでも立てないのだから、真正面から食らったらどうなるか分かった物じゃない。

 しかしユウ個人は回避を意識した事なんて無くて。


「やっぱりユウの反応速度って凄いよな。即座に判断して回避するんだから」


「えっ。俺特に意識してないけど」


「「え?」」


 そう言うと二人から視線を向けられる。それを離れた所から聞いていたアリサからも。だから自分自身でも困惑した。ユウの中じゃイシェスタがわざと脇腹を狙ったと思い込んでいたのだから。

 するとアリサが近づきながらも言う。


「脊髄反射ってヤツね。意識するよりも本能が反応して体が回避する現象。――つまり今のはユウの本能が危険だって判断したのよ」


「本能が判断って……」


「そんな事あるんですか?」


「あるわ」


 アリサは如何にも先輩だと言う様な立ち位置に立ちながらも説明を開始する。けれどその瞳には何か意味ありげの色が浮かんでいて、ユウの困惑する顔をずっと見つめていた。

 まるで心配する様に。


「ユウは基本的に反射速度が速いでしょ? それってつまり、常に危険を察知できる状況下にあるって事らしいの。だからこそ今のユウはどんな危険すらも察知出来る」


「如何にも聞いたみたいな口調ですけど、その説明とかって誰が……?」


「リコリスよ」


「リコリスがそんな説明を!?」


「そんな驚く事か!?」


 すると二人とも本当にリコリスが言ったのかと疑問に思い始めた。だからユウは即座にツッコむ。リーダーなんだから少しは信頼してあげろよ、と更にツッコミたい所だけど、あえて我慢して考え込んだ。

 常に危険を察知できる状態。それはあながち間違ってないと思う。実際に今までの戦闘でも危ない怪我をしそうな時は全て回避出来ていたし。でも第三者からハッキリと言われるとあまり実感できない訳で。


「本当に特に意識してないんでしょ?」


「ああ。回避には集中してたけど、さっきの一撃は特に意識してなかった」


「なら確実ね。ユウの反射速度の秘密は脊髄反射よ」


「おぉ~」


 すると三人から視線を向けられた。といっても自覚してる訳じゃないのだから困惑する。それでもアリサは確信した様な表情でこっちを見ていたけど。

 やがてイシェスタが手を合わせるとある事を提案した。


「って事は反射速度については無視しても良いって事ですよね!」


「えっ?」


「それなら戦闘訓練に時間を回せるしな」


「えっ? えっ!?」


 そんな反応をしていると帰って行くアリサはべーと舌を出して嘲り笑った。だから元々反射速度が良い事を知って仕組まれた事を悟った。

 普通なら苦労が何倍にも腫れ上がるのだから彼女を睨んだりするのが当然の反応。けれどユウはアリサの挑発に乗っかってみせる。


「――サンキューな!!」


「精々頑張りなさいよ」


 まぁ、そう言っておきながら応援する為に反射速度の事を言ったんじゃないはずだ。その証拠として目を皿にしてから手を振って言うし。最近になってようやくアリサが悪戯好きだという事を知って来た気がする。

 何はともあれ工程をスキップ出来るとなればもちろんする訳で、二人してユウの肩をガシッと掴んだ。


「それじゃあ次のステップ行きましょうか」


「試練はまだまだ残ってるぞよ」


「何その悪役フェイス。……だぁもういいよ! 早くやるぞ!」


 こうなればもうヤケだ。やるだけやって砕けるしかない。

 だからこそユウは意気揚々と歩いては武器が飾ってある所まで歩み寄り、この前も使ったばかりの武器を手にする。その光景を見て二人は微笑んで同じく歩き出した。


 その後もさっきと同じ様に訓練が再開される。ユウのやる気は二人にも届いたらしく、二人はユウの意気込みを受け入れて手加減なしに相手してくれた。推薦試験を突破するにはとにかく鍛える。それだけしか出来ないのだ。

 ならば頑張るしかないじゃないか。

 そんな風に訓練は続いて行く。二か月後まで、ずっと。



 ――――――――――



 翌日。

 ユウはトレーニングプラン通り廃ビルに通ってはガリラッタの指示に従い体を酷使していた。正直、戦闘訓練よりも遥かにキツイ。射撃訓練も鼓膜が破れそうになって頭痛がするけど、総体的に見ればまだ可愛げのある方だ。

 そしてそんなユウには昼飯になっても暇はなくて。


「でもさ、本当にこんなんで二か月間の間で鍛えられるのか?」


「そりゃ鍛えられるさ。それはユウが一番実感してるだろ」


「まぁそうなんだけどさ……!」


 そんなやり取りの合間でもフィットネスバイクで足を使い続ける。それもリコリスが運んでくれるおにぎりを食べながら。

 確かに最近筋肉と体力が付き始めて来たと自覚しているけど、このペースで行くと二か月の間でそこまで鍛えられるかと不安になってしまう。だから質問したのだけどガリラッタはこう返して。


「それに、いくら心配と言ってもやり過ぎは逆効果だ。まぁ普通に見たら今でもやり過ぎと言わざるを得ないんだけどな。じれったいとは思うけど、こういうのは地道にやるのが一番だ」


「やり過ぎは逆効果ねぇ」


 倒れるくらいまで頑張って努力が実るのならそれでいい。でも地道にやると言っても期間は二か月で、あと一か月と一週間半といった所だ。たったそれだけで鍛え上げられるとは到底思えない。

 射撃面じゃ問題ないとは言われたけど、戦闘面ではまだ荒があると言われたし、それを修復する為の時間もまだまだ足りない。総合的に見ても推薦試験を受けずに次の機会を待つのが最善――――。


「今回の推薦試験は受けずに次の機会を待つのが最善。そう思ってるだろ」


「何で分かるんだよ……」


「確かにその選択もある。慎重を慎重に重ねて念入りに準備する事もな。俺はそれを否定するつもりはない。でも、お前の心は何を選びたいんだ」


「俺の、心?」


 そう言われて足を止めては考え始める。自分の心が何を選びたがっているのか。リベレーターに入りたいけど、その為には短期間の推薦試験か長期間の訓練期間を終えなきゃいけない。果たしてどっちを望んでいるのか……。

 ユウはあやふやな言葉で答えた。


「……正直、分からない。俺が何を選びたいのか、推薦試験に挑みたいのかも」


「―――――」


 するとガリラッタの視線が鋭くなり戸惑うユウを見据えた。

 誰かの為に命を使いたい。その気持ちに嘘はない。だからこそリベレーターに入りたい。そんな連鎖で今の所は目標を見据えられている。でもそこでリスクを冒してまで入りたいかと聞かれると、答えは出ない訳で。


「死ぬって言われても恐怖がないんだ。だから実感が沸かなくて、それで……」


 感染者に襲撃された時もそうだ。見た目の気持ち悪さから生理的恐怖はあったけど、死ぬ時に関しては恐怖なんて微塵もなかった。だからあの時に銃の引き金を引けたはずだ。

 故に推薦試験に挑む事自体に迷いはない。受けろと言われたのならユウは何の躊躇いもなく推薦試験を受けるだろう。でも心の何処かがそれを望んでない気がする。今のままじゃ死ぬと、呼びかけてる気がするのだ。

 やがてガリラッタは手に付いた米を食べきると呟いた。


「期間はあと一か月もあるんだ。それまでに一杯努力して考えりゃいいさ。これは、お前の決めた道なんだから」


 その言葉を聞いて思い出す。アリサも前に言っていたじゃないか。全ての選択を他人任せにしているといつか滅びると。

 なら、これから先の道を、自分自身の選択で切り開かなければいけなくて――――。

 考えて考えて、それで決まらなければ誰かの選択を元に考えればいい。そう思い至って頷いた。


「……ありがとう。そうしてみる」


「おう」


 あと約一か月の間にそれを決めなきゃいけない。きっと一か月何てあっという間だろうから早めに決めなくては。

 そう思っていた時だ。

 転機が訪れたのは。

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