128 『渦巻く戦火』
リコリスの持った光線剣が吸血鬼の剣を弾き、直後にM16A1が相手の脳天を撃ち抜いて生命活動を停止させる。背後から来た敵には武装の噴射角度を変えて大きく回転しては回し蹴りで首の骨を折り、再生するまでの間に向かって来たもう一人の心臓を貫き、最後に即時再生を済ませて襲って来た敵の首を刎ねる。そんな事をもう何度繰り返しただろうか。
ユウ達と別れてからずっと信号を追って合流しようとしているけど、吸血鬼の群れがそれを許してくれない。まるでユウ達の信号を向こう側もとらえているかのように。
殺しても殺しても数は増え続けるばかりでキリがない。まるで無限増殖の奴らを相手にしている様な錯覚に陥る中、リコリスは白銀の髪を真紅の血で汚しつつも言う。
「ったく、なんたってこいつらこんなに数が多いの!!」
「戦闘音を聞いて駆けつけてるって事だろ! その分地上部隊の作戦が進みやすくなるんだからここは耐えるしかねぇ!」
「そう言われても……!」
確かに地上部隊に吸血鬼が行かない分作戦は進行しやすくなるだろう。というかリコリス達に与えられた従来の役割が吸血鬼の掃討なのだからこの状況もある意味間違ってはない。しかし視界に収めた数だけでも既に三十人は死んでいる。これ以上の損害は許されないけど、数が増え続けるのだから対策のしようもなくて。
四方向から同時に襲って来ては高速回転で奴らの四肢をバラバラにする。アルスクも全力を出している様で、向かって来る奴らを拳で殴っては一撃で塵にしていく。他の隊員なんか縦横無尽な動きで陽動しては確実に脳天を吹き飛ばしていた。すると背後を取ったヤツの脳天も吹き飛ばして助けてくれる。
「さ、サンキュー!」
「いいって事だ!」
そう言いながらも手は動かして敵の喉元を突き刺す。その度に死の恐怖と憎しみの様な表情を向けられるけど、そんな眼から逃れる様に振り返っては向かって来る奴の四肢を切り裂く。
早くユウ達に会わなきゃいけない。だってあそこにいる隊長はエルピスとエンカクだけだし、いくら真意を使えるとは言えあまり長続きはしない。それまでの間に何としてでも助けなければ。しかし奴らがそれをさせてくれるかどうか。タイミリミットが迫る様なら一人ででも――――。
そこまで考えた時だ。今までとは格段に違う気配を持った敵が現れたのは。咄嗟に振り向くとビルの屋上に立っていた男は飛び出し、一番近い所にいたリコリスへ刃を振り下ろしながらも全力攻撃を繰り出して見せた。だから最大出力で迎え撃つと激しい衝撃波が放たれる。直後に生まれた火花で互いの顔を明るく照らす。
「ぐっ……! らああああああああッッ!!!!」
重い。途轍もなく重い。微かでも気を抜いたら潰されてしまう程に。筋繊維が悲鳴を上げるし骨が揺れては不吉な音を立ている。それでも絶え間なく降りかかって来る当たれば必殺の刃に耐え続けた。アークだからこそ剣先を手で押さえられないのが辛い所だ。
すると背後から隙間を縫うようにテスの武装が駆け抜けて吸血鬼の攻撃を弾いた。直後にイシェスタとラディとクロストルが揃って武装を構える。
「みんな……」
「おっと、まだまだ元気な子がいるみたいだねぇ」
みんなで武装を構えると男は嬉しそうに微笑んで見せた。きっと現状でまだ勝てると言うビジョンがあるのだろう。楽しく殺せそうな人間を見付けたから、という理由で間違いないだろう。その性根の腐り方に少々言いたい事はあるけど、ここはグッと堪えて死なない為の策を考えた。真正面からやり合えば恐らく殺されるだろうから。
でも彼は軽く手を上げると周囲にいた吸血鬼の動きを止めて後退させた。だから何か意図があると踏んで全員が追撃を止める。咄嗟にアルスクやボルトロスが隣に並ぶと彼を睨み付けては何を狙ってるのかを探った。
しかし直後に放たれた言葉は少々意外な物であって。
「お前、何のつもりだ」
「僕は無意味な争いとかそう言った物が嫌いでねぇ。少し交渉と行こうじゃないか」
「交渉……?」
応じなきゃ殺すって事なのだろう。一度引いた吸血鬼の群れは魔術を構えては全方位から狙いを定める。流石にそこまでされたら応じない訳にはいかず、アルスクが先頭に立つとζ隊の隊長として彼の交渉に応じた。
「何を要求するつもりだ」
「難しい事じゃないさ。ここは互いに手を引かないかって話。これ以上の損害は互いに不利益と成り得るからね」
「今さっき殺そうとしたくせに」
「あれは力の格差を知らしめる為だよ。――僕の指示で君達はいつでも死ぬよって言うね」
彼の言う事も一理ある。これ以上の損害が生まれれば勝ったとしてもそのツケはかなりの物になるだろうし、向こう側だって仮に勝ったとしてもただでさえ数が少ないのだから重大な問題となるはず。となれば今はここで互いに手を引くのが最善策――――。しかしその後はどうなる。ここで引いたとしても彼らがこの先街を襲わないと言う確証があるのか? 侵略防衛作戦時であそこまでして来た奴らがこんな所で本当に手を引くのだろうか?
断じて否だ。こっちだって死ぬ気でここまで来たのだ。せっかく意志が集ってここまで来たのだから、その結末がどうであれ全力で突き進むのが筋って物じゃないのか。
「こっちもこっちで仲間達を殺されてるんだ。それを無償で見逃すってんだからいい話だろう? ――人間なんて数多くいるし、たかが数百人死んだ程度じゃ問題ないだろ」
「お前、やっぱり見逃す気ないだろ」
「ないとも。ここで君達が手を引こうと言うのなら僕達も手を引く。だが、それは今だけの話だ。明日でも明後日でも、僕達は君達を滅ぼしに行く。大切な友が殺されたんだ。それくらいして当然だろう?」
すると彼は真紅の瞳を濁らせつつもそう言った。まぁ、向こうからしたら完全に敵であるわけだしここで見逃すわけにはいかないだろう。引いたら引いたで必ず追尾してくるはず。そうなればリベレーターが全滅すのは時間の問題。やっぱり、ここで決着を付けるしか方法はないらしい。
アルスクは拳を握りしめると態勢を整える。
「わりぃが俺達はこんな所で終わるつもりはねぇ。精一杯足掻かせてもらうぜ……!」
「好きにしたらいいよ。僕達はただ殺すだけだから、さぁっ!!」
直後に彼は合図と共に全方向から魔術を撃ち出した。普通なら到底受け止められる訳の無い攻撃だけど、アルスクは拳を地面に放つとビルそのものを破壊して足場を崩し、そして跳ね返って来た衝撃波を利用して瓦礫を浮かび上がらせ魔術を少しでも防ぐ為上空にばらまく。同時にその荒っぽい考えを読めていたリコリスはスモークグレネードを打ちあげると仲間に破壊してもらい煙幕を張る。
ビルが相当脆かったのだろう。全員が無事に着地するとアルスクは叫んで二班に分け一時的に散開した。
「俺とボルトロス、残りで二方向に別れるぞ! 散れ!」
最低限の情報を伝えると各々がそれに反応して分かれ始めた。本当はユウ達の所に向かおうとしたけど、アルスク達がユウの方向へ行ってしまうから仕方なく反対側に走り始めた。すると当然向こう側も二手に分かれる訳で運が悪い事に一層強い奴は仲間を連れてこっちを追いかけて来る。
「逃がさないよ~!」
「ちっ。面倒な奴がこっちに……」
戦闘能力はこの場にいる誰よりも上だ。テスやイシェスタは不規則な攻撃を得意としているけどそれもこの状況じゃ過信出来る様な物でもない。となると自分自身の全てを以って戦うしかない訳で、まぁ、やる事自体は何も変わらない。ただそこに本当の生死が賭けられている事を除けば、だが。
この場でみんなと戦えば被害が出るかも知れない。だからと言って一人で奴を押さえられるだろうか。実力的にもそうした方がいいのは分かってるけど、単独になるのは――――。
「みんな、逃げるよ」
「え、逃げるのか?」
「じゃあテスはあんな奴と真正面から戦って勝てる自信がある? 戦うにしてもユウ達と合流してから。――今から全力でユウを追いかけるよ。走って!! 振り向かずに!!」
「わ、分かった!!」
するとテスは自ら全員を引き連れてユウの信号を追って行った。リコリスの言った通り一度も振り向かずに建物の角を曲がって。――だからこそ、リコリスはその場に立ち止まって奴の足止めに専念する。その意図を汲み取った彼は他の吸血鬼をみんなの所に向かわせて自分は素直に地上へ降りる。そうして哀れむような目でこっちを見ると肩を竦めながらも言った。
「足止め、か。残酷な事をするねぇ。もう二度と君が戻って来ないのを知らないのに」
「勝手に殺すなっての。それに足止めじゃない。私の全力を振るうにはみんなが邪魔だっただけ。見られちゃ困るからね」
「――今までは全力じゃなかったと?」
そう言うと彼は瞳を鈍く光らせながらもリコリスを見据える。普通ならば怖くて一歩でも引いてしまうだろう。けれどリコリスは半歩だって引かずその場に止まり続ける。ただ真っ直ぐに彼の眼を受け止め、またこっちからも鋭い眼で相手を見る。だから彼は何かの枷が外れたんだと悟った。
「吸血鬼はこの世界じゃきっとかなり強い部類に入ると思う。実際私達だってあそこまでやられてる訳だからね」
「そりゃそうさ。この世界で唯一機械生命体を味方に付けかつ魔術適正が最高値並に高い種族。それが僕達なんだから。そんな僕達に勝てると思って――――」
「だからそうやって私達を見下す。でも、一つ教えてあげるよ。――世の中には見誤っちゃいけない敵がいるって事を」
手首を振ったり肩を回して軽く準備運動をする。しかし吸血鬼と人間。素の戦闘力では遥かに向こうの方が上に行くのは事実だ。吸血鬼は人間の数十倍もの力を出せる、なんていうチートじみたデータも残っている訳だし、いくら武装があるとはいえ総合的に判断してもリコリスが単独で彼に勝てる確率なんて普通ならゼロにも等しい。
……そう。普通なら、だ。
深呼吸で心を落ち着かせる。決して眼前の敵に臆してはいけない。主導権を握らせるな。相手の土俵に立つな。油断している虚を突け。「取るに足らない相手だ」と錯覚させろ。「下手に手を出せぬ相手だ」と認識させろ。そして、文字通りの命懸けで守り抜け。
そうじゃなきゃ、リコリスは絶対に勝てない。
「答えてくれるのなら教えて。ノアって個体はどこにいるの」
「……教える義理はない」
「ま、そうだよね。――じゃあ消えて」
そう言って左手を翳した瞬間、彼は心の底から驚愕した様な表情を浮かべた。当然だろう。普通の人間が『ソレ』を使えるわけがないのだから。
瞬間、戦火が渦巻く街の中で、超巨大爆発が引き起こされた。