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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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127  『立ち止まれない訳』

「何とか逃げ延びたな……」


「ほんと、間一髪だった……」


 吸血鬼から逃げた後、ユウ達はある路地裏まで退避していた。しかしそこで立ち往生しているのが現状で、今は打開策を出す為に必死に頭を動かしている状況だ。みんなとはぐれてしまった以上どうにかして戻るしかない。じゃあその戻る手段と言うのは?


「みんな大丈夫?」


「我々は大丈夫です。ただ、重傷者が一名……」


 エルピスはみんなにそう問いかけるけど、一人が重傷である事を聞いて軽く舌打ちした。そりゃ一人でも重傷者がいれば足手まといになり戦況が悪化する恐れがある。対吸血鬼ともなればそれは致命的な欠陥にもなりうるだろう。

 最善策としてはその人を置いて行くと言う物がある。でもそんな事は絶対に出来ない。助けらえれる命があるのなら助けたいんだから。


 医療ポーチでアリサに応急措置を施す中、ユウは周囲から聞こえる呻き声に奥歯を噛みしめていた。聞けば聞く程彼らがどれだけ強力な存在なのかが分かってしまうと言うのに。そんな現実を認めたくなくて眼を背けてしまうけど、奴らの方が遥かに強いのは揺るぎない事実だ。本当に信じたくないけど、たった一撃でここまで損害を受けている。ユウの真意がなかったら今頃みんなあの世行きだっただろう。

 そう考えているとアリサが呟いた。


「……ありがと」


「礼を言うだなんてアリサらしくないじゃん。死亡フラグですか」


「私だって礼を言う時はちゃんと言うわよ馬鹿」


 それに軽口で返すといつもの様子で罵倒してくる。だから少しだけ安心しつつも腕に包帯を巻き始めた。大きな穴さえ塞いでしまえば後は回復剤が何とかしてくれるはずだから。

 するとアリサは続けて言う。


「あんた、怖くなかったの? あんな圧倒的な力を前にして」


「怖くないって言ったら嘘になる。正直、凄い怖かった。物凄く……。でも、みんなを失う事の方がもっと怖い。もっと苦しい。だからあの時に動けたんだ」


「……そう」


 ユウの真剣な答えに彼女は小さく呟く。その答えにはみんなと触れ合い変化したユウの心境さえも含まれていたのだから。

 前までは死ぬのなんて怖くなかった。殺すのも恐れはなかった。でも、今は死ぬのが途轍もなく怖い。殺すのが物凄く恐ろしい。それが全てみんなに繋がっているのだ。ユウが死んだらリコリス達が悲しむ。そんなの、ユウには到底耐えられない。大切な人が悲しむ様な事はもう絶対にしたくない。そんな意志が生んだ結果だ。


 我ながら変えられたなぁってしみじみ思う。いや、この場合は毒されたとでも言うべきだろうか。どの道みんなから影響を受けたのは間違いないし、この世界に来て変わったのは確かだ。

 ……こんな事言ったら罰当たりかもしれない。だから胸の奥底に留めておいた。何度も思った事だけど、この世界は残酷だ。希望も救いもないし、戦いだって血が流れるだけではない。そこには必ず誰かの正義が賭けられている。何をしたって良い方向に転ぶ事は少ない。


 しかし、そんな中でもユウにとっては数え切れない程、多くの彩に溢れた世界であった。基本的に灰と硝煙の世界であっても、絶望だらけの世界であっても、ユウからしてみれば多くの色彩に囲まれ希望のある世界だ。

 向こうの世界と比べればこっちの方が遥かに危険だし安全じゃない。だからこそ、向こうの世界でユウがどれだけ絶望していたか――――。


「変わったわね、あんた。最初に会った時より遥かに良い顔してるわよ」


「そういう事言ってると死亡フラグ立つから止めておいた方がいいんじゃない?」


「……確かにそうね。こんな所で死んだら、またアイツに悪戯も出来ないし」


 妙に暗い表情をするアリサにそう返すと軽口を叩きながらも立ち上がる。最初はアリサらしくなかったから心配したけど、本調子に戻っている様で安心した。みんなもそれを気に起き上がって来て、そろそろ潮時だと判断し始める。

 隠れるのもいいけど長居は不要。定期的に移動しなければ見つかるだろう。


「そろそろ移動するよ。なるべく隠れやすい所を経由して離れた本隊と合流しなきゃ」


 エルピスがそう言うと全員が立ち上がって移動し始める。だからユウ達も移動し始めるのだけど、その時にアリサが足の切り傷に怯んでつまづいてしまう。やっぱり深い傷だけに応急措置を施すと言っても無理があるだろうか……。

 ユウは屈んで背中を見せるとアリサをおぶった。


「無茶しないで、次の隠れ場所まで俺が運ぶから」


「なっ、アンタだって負傷してるでしょ」


「それでもみんなに比べれば軽傷だ。早く」


「…………」


 そう言うと仕方なしに体を預けてくれる。しかしそうは言ってもユウは脳にダメージが行ってるかもしれないし、総合的に判断すればユウだってみんなと同じような負傷を負っている。でもこんな所で弱腰になっていちゃそれこそ今までの出来事が丸つぶれになってしまうって物だ。

 しかし、簡単に合流とは言ってもそう易々と出来る訳ではない。だって今現在、恐らく既に吸血鬼たちに囲まれているのだから――――。その証として隊員の一人が狙撃される。それも、頭を。


「――狙撃されてる、今すぐ隠れて!!」


 エルピスは叫びながら上を向くも既に手遅れで、武器を構えながら落下して来る吸血鬼達を目を皿にして見つめた。だから咄嗟にビルの中へ隠れようとするも一人が素早く下りて退路を塞がれてしまい、円形に取り囲む様な形で降りた吸血鬼はこっちを見つめ、同時に剣と魔術を構えた。全員で背中を合わせる状況になりながらも奥歯を噛みしめる。これは……絶体絶命という奴だろう。

 アリサは自分で背中から降りながらも呟いた。


「どーすんの、コレ」


「どうするも何もこっちが聞きてぇよ。こっから抜け出す策とかはあるのか?」


「あればスゲーんだけどね……」


「ないって事か」


 絶望的な状況にガリラッタがエルピスへ問いかけるも、返って来た答えに肩を竦めて現状を受け入れた。三人でさえあれだけ苦戦したと言うのに現れたのは十人。控えめに言っても詰みと言っていいだろう。


「って事で、残った方法はたった一つ」


「マジでか……」


 この人数じゃ一対一をずっとやり通してようやく勝てるかどうかだろう。しかし吸血鬼に勝つのなら一対五が辛勝のライン。要するにこの人数で勝てる訳がなく、死は目前にまで迫っている訳で――――。左手で胸の前で強く握り締める。そんな事したって心臓の鼓動は静まらないのだけど。


 ――もし真意さえ使えれば奴らを倒せるか……? まだ仕様も分かってないけど、でも……!!


 さっきの戦闘を通し、体感で大体を把握し出来た。真意と言うのは通常攻撃でも果てしない威力へと変貌する様なぶっ壊れ性能の物だ。しかし無償ではなく、使用した後にはしっかりと反動がやって来る。それが脳に響いてると言うのもあるけどあまり長時間の使用は避けた方がいいだろう。それこそ今みたいな状況下なら尚更。

 しかし勝つ方法がこれしかないのなら。


 もう一度みんなを助けるんだって強く念じると瞳は白く光って剣からステラの花弁が舞い上がる。花弁はユウの周囲に留まると旋回して若干の風圧を発生させ、服や髪をはためかせると薄暗いこの場所に純白の光を届けた。

 だからこそ吸血鬼は標的を変更するとユウに突っ込んで来る。


「ユウ!?」


「おまっ、馬鹿か!」


「ッ――――」


 すると反射的にアリサとガリラッタがそう叫んだ。そう、ユウは馬鹿だ。前にテスから言われたみたいに大馬鹿野郎だ。どんな時だって自分が傷つけば無事で終わるだなんて考えてしまうのだから。そうする事でみんなが心配するのも知っているのに。

 でも、今のユウは違う。ただ心配をかけてひたすらに自殺行為を繰り返すユウではない。――誰にも心配されないくらい強く、必ずみんなを守り通す力があるから。


 故に向かって来る吸血鬼達に向かって刃を振ると真意が込められた斬撃が放たれ、全員がそれに巻き込まれて少なからず致命傷を与える。これでも全力じゃないのだから真意の力は恐ろしい。しかし彼らがそんな程度で止まるはずがなく、傷を即座に再生させるともう一度突っ込んだ。けどそんな彼らに光の刃を一閃。直後に全員の胴体が切り離されて腕や足もバラバラになっていった。

 その光景を呆然と見つめていたみんなに叫んで移動し始める。


「――みんな、急ぐぞ!!」


「あ、ああ。そうだな……」


「よし。全員進撃! 何としてでもみんなと合流するよ!」


 エルピスがそう叫ぶと一斉に鬨の声を上げては本隊と合流すべく走り始めた。あまりこの状況下にいるのは得策と呼べるものではないのだから。もちろんユウも走り出すのだけど、その時に後ろを向いて吸血鬼達を見た。既に死んだ女に、下半身を失った男が必死に手を伸ばす光景を。魂が―――――存在その物が消滅する音が聞こえる。嫌な事に、真意を使うと様々な感覚が極限まで強化されるらしい。これに至っては第六感的な物でしかないと思うけど。

 ふと奥歯を噛みしめては前を向いた。どれだけ残酷でも、立ち止まる訳にはいかないのだから。


 ――早い所あいつらの親玉を打ち取らないと。個体名はノアって書いてあったけど、どんな奴なんだ……?


 走りながらもそう考える。ただでさえあんなにも強い奴らの親玉なのだ。仮に辿り着く事が出来たとしても、果たしてそのノアという個体を倒せる――――いや、殺せるだろうか。通常でもあれだけの魔術が使えるのならノアとやらは隕石を降らせても何らおかしくなさそうだ。想像するだけで身の毛もよだつ話ではあるが。


 きっと一筋縄じゃいかないだろう。どれだけ希望を持っていたってそれを上回る絶望は必ず訪れる。その時にユウはこの世界の絶望が如何に大きな物なのかを知るはずだ。それこそもう二度と立ち直れないと思ってしまうくらいに。

 そう考えているとアリサが背中を強く叩く。


「なに暗い顔してんのよ。あんたはみんなの希望になるんじゃないの?」


「……そうだな。ごめん。助かった」


「そんなつもりで言ったんじゃないわよ。ただ、この中じゃあんたが一番みんなの士気を上げられるから持ち上げてるだけ。しっかりしなさいよ、問題児」


 軽口と罵倒も混ぜて来るアリサに苦笑いで返しながらも意気込んだ。こういう時こそ強がらないとやってられない。例え脆い覚悟であったとしても、それでも。

 ユウは口元に笑みを浮かべるとみんなと一緒に走り続けた。この先に訪れるであろう絶望を振り払う為に。

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