126 『愚策』
「ボルトロス! そっちはどうだ?」
「ああ。奇襲にはあったが損害はない。何と言うか、思ってたより凌げた」
「そっちも? こっちもほとんど損がいなく凌げたんだよね」
無事にボルトロスと合流した後、殆ど負傷する事もなく倒せたと互いに報告する。ユウ達の部隊が損害も無く凌げるのだから他の部隊はもっと余裕で防いでいる事だろう。その証として遠くの方では砲撃音みたいなのが響くもすぐに止んでしまうし、今一度第一大隊がどれだけ強いのかと言う事が思い知らされる。全部あそこだけでもいいんじゃないかって思ってしまう程に。
「アルスク。これからどうする?」
「予定通り作戦を続ける。このまま吸血鬼を殲滅するんだ」
エンカクがそう指示を仰ぐとアルスクは即座に伝える。みんなで団子になって移動すれば奇襲された時に対応はしやすくなるけど、混戦状態に陥るはずだからユウみたいな武装を持った人には不利になってしまう。そこをどうするつもりなのだろう。
すると彼は考え込んで陣形を形成した。
「前衛と後衛で分けよう。ボルトロスとエンカクで別れた隊は後衛。俺達が前衛。状況に応じて入れ替えて殲滅してくぞ」
「「了解!!」」
そう言うと全員が動き始めて陣形を整える。後衛で守りを固めてくれるのならありがたい事この上ないのだけど、それでも奴らは意図しない所からやって来る。それを一番最初の奇襲にて思い知らされた。今だってどこからかユウ達の命を狙っているかも知れないのだから。
ある程度の陣形を整えた所からもう一度移動し始めるのだけど、やっぱりこっちからの攻撃は許されずまたしても向こう側からの奇襲を食らう。
今度は床からでもビルを駆けあがって来る訳でもなく、突如空から現れての奇襲となった。だから影で全員が気づくもその時には空から降り注ぐ巨大な炎が目の前まで迫っていて、全隊長達が全力で迎え撃つ事によってようやく弾く事に成功する。
「今度は空からかよ!」
「気を付けろ、来るぞ!!」
すると周囲の建物が破壊されては数々の吸血鬼が現れて一斉に襲いかかった。それも全員が魔術を使って攻撃を仕掛けるのだから対抗策なんて一つしかなく、みんなは遠距離攻撃をぶつけての相殺を図った。が、それでも攻撃が抜けて部隊に直撃してしまう。そんな隙があれば攻撃するのは当然で。
「――危ない!!」
ある隊員に振り下ろされた刃を受け止めるもあまりの重さに不意を突かれる。双鶴での連携でようやく跳ね除ける程度でダメージを与えるまでには至らない。そんな相手が十……いや、二十人はいる。当然凌げるかも分からない数だ。だからこそ全員が武装のリミッターを解除して迎え撃った。
完全に待ち伏せされてたって事なのだろう。形上は一応『奇襲掃討作戦』になるのだけど、まさか奇襲されるのがこっち側だとは思わなかった。いや、重大なのはそこじゃない。ユウ達は空から来て誰にも気づかれず接近したのだ。確かに狙撃されたとは言え、そこまで早く通達出来る物なのか。
吸血鬼の数や居場所だってさっきからちりばめられているみたいだし、何かの罠にはまっているのかどうか――――。直後、ビルそのものが叩き切られて大きく足元が崩される。
「なっ、ビルが!?」
「ったく正気じゃねぇ! 全員、飛べ!!!」
すると一部の人が一方向に纏まって飛び始める。けれど吸血鬼によってガードされてるユウと他の人達はアルスクの元へ向かう事が出来ず、倒壊に巻き込まれるのを避ける為に別のビルへと飛び移った。まぁそんな風に孤立させられれば攻撃されるのは当然な訳で。
――まずい、孤立させられた……!!
ユウと一緒に隣のビルまで飛び移ったのはガリラッタ、アリサ、エルピス、エンカクと残り数人の隊員達。計十人くらいで孤立させられるのだけど、そこに三人の吸血鬼が現れる。だから咄嗟に臨戦態勢を取るも到底勝てる見込みなんてない。
救援を望みたいけどそれも無理だろう。他の吸血鬼はアルスク達の所で足止めをしてる。つまり奴らの目的は、少しずつでも戦力を削ぎ落していく事のはず。
どうする。その言葉が脳裏で渦を巻いた。相手は全力を出せば拳一つでビルを破壊する様な連中だ。重ねて魔術も使う様な相手にたかが十人で敵うだろうか。
否、勝てるはずがない。今まで散々ピンチに陥って来たつもりだけど、今回ばかりはその比じゃない。確実に殺される条件下の中にいる状態で生き残るのは至難の業。それこそ起死回生を果たし九死に一生を得て微かな奇跡を引き起こさない限り。
「大人しくしてくれれば痛い思いはさせねぇよ? まぁ、それでも抗うってんなら苦しむハメになるが」
「人間でもよくここまで来れたモンだ。同胞を殺した罪は償ってもらうぜ」
「ッ……!」
生存は絶望的。勝利も勝ち筋も何もかもが遠のく。救援も届かない。なら自分達でどうにかするしかないのだけど、果たして自分達でどうにかなる問題かどうか。――違う。どうにかできるかじゃない。どうにかしなきゃいけなくて、その力をユウは持ってる。まだ力の使い方すらも分からないけど、リコリスの言っていた真意とやらなら対抗できるはずだ。
あの威力を持った一撃を真正面から叩き込めば流石に耐え切れまい。その隙を突いて逃げる事が出来れば可能性はある。
意志が世界を揺るがし真意となる。まだ詳しく理解出来ていないけど、言葉じゃなく心で理解しなきゃいけない。要するに強い意志を抱けば抱く程強いって事だろう。
なら、これはユウだけにしか出来ない事だ。この世界で誰よりもこの世界を知らないからこそ、希望を抱けるユウにしか。
「私は右端のあいつをやる。みんなは残りの奴をお願い」
「……わかった」
吸血鬼を一人で相手にしようだなんて到底無理な事だ。けれどエルピスはユウ達の身を案じてそう言ってくれる。
すると吸血鬼達は一斉にニヤリと笑っては剣を構え、一斉にユウ達を殺す為の準備を整えた。だからこそこっちも奴らを殺す為に臨戦態勢を整える。使い方も分からない真意を遣おうとしながら。
「――行くよ!!」
その掛け声とともに走り始めた。双鶴を飛ばして牽制しては懐にまで潜り込み、一気に切り上げてはアリサの攻撃に会わせ、背後から放たれるガリラッタの狙撃銃で追撃を……。そう思っていた。
予想していたどれもが出来ていないのだ。それどころか動く事すらもままならない。だって、足を一歩でも動かす事も出来ず、前にいた男から放たれた剣先に脇腹を貫かれているのだから。それも金属のはずなのにゴムのように伸びた状態で。
「ぁ―――――?」
貫かれた。そう認識した頃には双鶴が弾かれていて、ツララの雨に撃たれてみんなも負傷していた。たった一瞬の出来事のはずなのに壊滅状態に陥っている。その現実を認識するにはあまりにも衝撃的過ぎた。奴らとの実力。格差。反応速度。そのどれもが天地の差を作っていたのだから。
ヤバイ。どうにかしなければ。咄嗟に脳裏で呟き考える物のその隙すらも与えてくれず、男は一番先頭にいたアリサに向かって火球を撃ち出した。
いくら動体視力が極限まで強化されてるとは言っても無傷じゃ到底済まされない攻撃。それを目の前にしてアリサはただ見つめる事しか出来なかった。どこに逃げようと致命傷は避けられない、そんな必殺の一撃を。
だからこそユウは少し強引にでも双鶴でアリサを吹き飛ばした。
――歯ァ食いしばれ! 死ぬ気で戦え!!
直後に自ら後退して腹から剣を引き抜くと急接近し、剣先を従来の長さに戻した彼は迎え撃つ為に軽く振り上げた。でも真正面からのタイマンで勝てるはずがない。となればユウに出来るのは微かな小細工で数秒でも時間を稼ぐことだけだ。
相手の間合いに入る直前に雷を纏った剣を振り上げ粉塵を発生させる。まぁ、当然目隠しにしてはあまりにも弱すぎる訳で、精々相手の攻撃を一回吸収させる程度の効力しか持たない。
でもそれでいい。それで十分なのだ。奴の背後を取るには。
「おっと、やるねぇ」
「ッ!!!!」
奴の頭上を飛び越えては逆さ向きに落下し、背中を切り上げようと双鶴と同時に攻撃を仕掛けた。でも彼は振り向きざまに剣を指先だけで受け止め、いとも簡単に受け止めて見せた。双鶴だって生成した鉄で受け流してしまう。次の手を打とうとしてもその頃には腹を思いっきり蹴飛ばされていて、ユウは壁に激突しては多くの血を吐きだした。
「ユウ!!」
「君達は大人しくしててね」
すると彼は鉛筆程度の針を撃ち出してアリサとガリラッタ、他の隊員の身体へと打ち込んだ。だから痛みに動けなくなってしまい、その場に座り込んだ。そうなれば当然攻撃する訳で、みんなに向かって大量の雷を生成し始めた。
「さてと、そろそろお終いにしようか。一応、機械生命体の指揮もあるからね」
「っ……!」
そうしているとエルピスも吹き飛ばされて来て、ユウよりも深い傷を負って戦っていた。すると三人がユウをほったらかしにしてみんなを殺そうと魔術を溜めた。
――でも、そんな事は絶対にさせない。死んでもみんなを守る。そう願った瞬間からステラの花弁が舞い上がった。
「? なんだ……?」
その異変に気付いたのか、三人は一斉に振り返ってユウを見た。舞い上がるステラの華に囲まれ、瞳を白く光らせるユウを。瞬間、三人で何かを感じ取ったのか焦った表情で全力の攻撃を繰り出した。それも三方向から同時に。
でも帯電させた状態の剣を薙ぎ払うと途轍もない威力と共にその全てを掻き消した。
「なっ!? どこからそんな力が!?」
「ッ――――!!」
今度は大きく一歩を踏み出しては大振りの動作で剣を振り上げた。左手を精一杯前に伸ばして相対的に右腕も極限まで引き絞り、力が溜まった瞬間から鬨の声を上げて全力で撃ち出した。すると可視化された斬撃はステラの花弁を纏いながらも吸血鬼の元へと向かって行き、彼らを完膚なきまでに切り裂いた。それも一撃で殺してしまう程に。
そんな一撃になるとは予想もしてなかったから驚愕するけど、ユウは走り出すと叫びながらもアリサと重傷の隊員を抱える。
「飛べ!! 逃げるぞ!!!」
「……そうね!」
するとエルピスも二人を抱えてガリラッタも同じ様にする。他の隊員も出来る限りの人数を抱えると一斉にビルから飛び出してこの場を離れた。みんなから離れるってのは愚策以上の物だけど、でも、一秒でもみんなを守れる時間があるのなら可能性はある。
だって、ユウの力は弱すぎる希望を体現する為にあるのだから。