125 『流れる血』
集団で行動し目的地まで急ぐ中、ユウはある事に気をかけていた。それは一番最初に狙撃をして来た管制室の事とリコリスの事で。
あの時の狙撃に気づけたのはリコリスだけのはずだ。他の人も気づいているのに伝えないなんて事は絶対にないから。故にリコリスのみが気づいていたという証明になるのだけど、どうして彼女は気づけたのだろうか。運よくその方向を向いてスコープの反射を見れたのか、あるいは――――。
「地上部隊の戦闘も激しくなって来たな……」
「今の所向こうに吸血鬼が現れたって情報は来てない。多分ここらに潜んでるはずだ」
突如、激しい轟音と共に火柱が立てられる。そこからは小型の機械生命体が数多く打ちあげられていて、同時にタイタン一号と思われる大型機械が大暴れしているのが見えた。まだまだ健在みたいだし、囮と言う役割も果たしてくれそうだ。
けれどそう思ってられるのもここまで。ここからは自分の命を守る為に最善の注意を払わなきゃいけなくなる。そんな中で作戦を気にする余裕なんてないだろう。
まるでその証明であるかのように目的地目前で彼らは姿を現した。ビルの屋上を渡り歩いていたと言うのに側面を走って来た彼らは一斉に飛び出して各々に魔法を構える。それもその数六人。隊長達が無傷で精一杯やってようやく一人をやれたと言うのに、流石にこの数は――――。
その瞬間から構えていた遠距離持ち全員の攻撃と魔術が真正面から激突して空中で爆発が引き起こされる。
「来るぞ!」
「ッ!!」
誰かがそう叫ぶと吸血鬼は爆炎の中から姿を現し剣を高々と振り上げた。だから前衛と交替しては迎え撃って近接戦を繰り広げる。当然十七小隊の中じゃ前衛となるユウとテスも迎え撃った。
しかし一度剣を交えただけで格が違うのを悟らされる。こっちは雷を纏わせ向こうは無垢の剣であるはずなのに、一瞬で抜けられては既に体が刻まれていたのだから。それも脊髄反射で顔を仰け反らせていなかったら今頃首を掻っ切られて死んでいたくらいに。
――はっや!? しかもこいつ、強い!?
強い事は想像していたけどまさかこれ以上だとは思わなかった。混戦状態では逆に邪魔になるかも知れないから遠慮していたのだけど、自分の命を守る為にも双鶴を飛行させて追撃する。
同時にテスと他の隊員も飛び上がって一斉に襲いかかった。
けれどテスの繰り出す縦横無尽の攻撃を一瞬にして弾き、向って来る火の玉を切り裂き、数十本のアークの矢を払い、最後に突っ込んで来る二つの双鶴を受け止めてその場に止まる。研究者の男が使ったパワードスーツでさえ怯んだというのに耐え切るだなんて、恐ろしい筋力だ。
でも弾かれない限り彼は双鶴から手を離せない。だからユウはもう一度突っ込んだ。ゴルフスイングの様に振り上げては電撃を飛ばしながら。
しかし彼は手も使わないで床から壁を生成すると雷を受け止めてユウの全力の一撃すらも食い止める。光線剣ならともかくコンクリートなんか切れる訳もなく、せいぜい抉れる程度で大きく弾かれた。剣からは激痛とも言える痺れが伝わって来ながら。
そんな隙があれば攻撃するのは当然で、壁を撤去しては炎の奔流をユウへと叩きつけた。
「――させるかああああああああああああッッ!!!!!!!」
だからこそイシェスタが割って入り氷の盾で炎を受け流した。同時刻に双鶴が弾かれて大きく軌道が逸らされてしまい、接続が届かなくなるギリギリの距離で引き戻させる。
そして炎が消えるなり剣を振りかざしていて、ユウが咄嗟に庇っても大きく弾かれて二人諸共吹き飛ばされた。
「イシェスタ、大丈夫か!?」
「大丈夫です。ちょっと斬れましたけど……」
「ならいい、立て!」
前を見ると他の人も吸血鬼に苦戦しているらしく合計五十人近くで六人の吸血鬼の戦闘を行っても一向に勝てない様だった。今の所無傷で戦えてるらしいけど、それでも討伐する事は出来ていない様だった。やっぱり敵を倒すのなら防御を無視してやるしかないのだろう。
けれどこんな最序盤で傷ついてる訳にはいかない。この作戦は包囲殲滅作戦になるまでが前編みたい所があるのだから。
――こんな所でつまづく訳にはいかない。少なからず誰かが機転を作らなきゃ。なら、その機転を作る人ってのは……!
テス達が相手にする吸血鬼に突っ込んで行くと双鶴との連携で避け柔軟な動きを使い急接近した。そして回転しながらも脳天に叩き込もうとするも当然防がれ、激しい火花を立てながらも互いの顔を照らした。同時に双鶴での牽制と雷でのリーチ確保。敵の動きに微かでも制限を付けながらも全力で攻撃をかました。それも助けに入るにはかなりの隙を見なきゃいけない程に。
「おっと。なるほどぉ、そう言う事か」
「っ……!!!」
ユウの全力攻撃を防ぎつつも彼はそう呟いた。同時に鉄を生成しながら電撃を誘導し、リーチの長さを掻き消しては隙を突いて反撃して来ながら。
やっぱり普通じゃないのだろう。状況判断力が途轍もなく高い。恐らく戦い慣れてるリコリスと同様かそれ以上に。しかしそれを超える為なら迷いなんて斬り捨てなきゃいけないし、どの道行路を切り開くのなら防御は捨てなきゃいけない。なら迷ってる暇なんてない。
「っ? 様子が……?」
「らあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
あの時の様に雷を全力で放出させつつも近接戦も繰り広げる。雷で発生させてる訳ではないからもちろん腕が雷に当てられるし、服は焦げて肘までが完全になくなってしまう。当然反動だって存在する。でも、それでも止める訳にはいかなかった。
やがて床を大きく叩いて足元だけを倒壊させると大きく態勢を崩した。
「なっ、お前、自分の防御を!?」
「テス!!!」
そう叫ぶと武装のリミッターを外したテスが現れ、全力で振り下ろしては鞭状の攻撃を縦横無尽に繰り出した。けれどそれじゃあ倒せないからこそユウは逃げる事よりも追撃を選択してM4A1を打ち込んだ。その直後に彼の首は高く飛び上がって一緒に倒壊へ巻き込まれる。
……と言っても、それは双鶴がなければ、の話になるが。
即座にガリラッタとアリサが顔を出すと間一髪の所で生きていたユウを見る。
「ユウ、無事か~?」
「またミンチになってないでしょうね」
「それじゃあ毎回死んでる事になるんだけどッ!!」
彼女の軽口に答えながらも起き上がって戦況を見た。他の所で一人を討伐しているみたいだから残りは四人。この数で掛かれば増援が駆けつけるギリギリの時間で終わるだろうか。いやまぁ、来るなら来るで探す手間が省けるからいいのだけど、流石に休憩する時間は欲しいだろう。
戦争に休憩もクソもないとは思うが。
みんなも数秒の休憩を得ては他の人達の救援に向かった。そうしている間にもリコリスが相手にしている吸血鬼の討伐が終わり、ユウ達が救援に向かったからこそもう一人の討伐も完了する。後二人だけどこの調子で行けるかどうか。ここは管制室から死角にはなっているけど、あの威力の狙撃が行えるのなら、恐らく……。
そう考えていた時だ。死角であったビルを貫いて炎の弾丸が駆け抜けて来たのは。
「やっぱりか!!」
直後に双鶴を第二武装に変形させて二つ同時に吹き飛ばす。ある程度の位置を掴めたからこそ真正面からぶつける事に成功し、みんなの上空で大きな爆発が発生してはその風圧に吹き飛ばされる。
だから飛び出したアルスクにお姫様抱っこで回収されながらも戦況を見渡す。
「ナイスファイトだったぜ、ユウ!」
「ありがと。でも、今はそう言ってる余裕なんてない!」
一度狙撃をされたからにはきっともう一回狙撃される。それまでの間に残り二人の吸血鬼を仕留めなきゃいけない。それを分かっているからこそ着地した瞬間から残り二人の吸血鬼に向かって走り始めた。
――吸血鬼の情報はベルファークの持っている物でもかなり少なかった。でも、組織となってるからにはそれなりの数がいるはずだ。最低五十人はいると見ていいか……?
こんなのが五十人もいるとか軽く絶望なのだけど、これもみんなを守るためだ。奴らを放置していたら必ずナタシア市に攻め込んでくる可能性がある。それを極限まで減らす為にも、この戦いは必要な物なのだ。
……そう。この戦いは、仕方ない事なのだ。互いの生存を賭けているからこそ何を犠牲にしてでも勝たなきゃいけない。
考える程にどれだけ残酷なのかが目に見えて来る。一体どうしてこうなってしまったのだろうって。吸血鬼にも吸血鬼なりの正義と目的があってこうしているはずだ。それでも和解する事なんて絶対に出来ない。誰かの血が流れない限り、この世界は絶対に終幕まで辿る事は出来ない――――。
脳裏でそんな事を考えつつも戦闘をこなしていれば最後の一人の喉元を剣で突き刺していて、突き刺された女はじっとこっちを見つめていた。悔しそうな目で、そして死にたくないと本気で願うような目で。
命が途切れるその瞬間まで必死に抗おうと手を伸ばしていた。けれどその手も力なく垂れ下がり、ユウが剣を引く事で彼女は鈍い音を立てて床に倒れ込んだ。殺したのだ。またこの手で。
人を殺す事には慣れているはずなのに、どうしてこんなにも心が痛むのだろう。
「ユウ、大丈夫か?」
「……大丈夫。急ごう」
ガリラッタが気にかけてくれるけど、あえて強がりつつもそう言った。まだ立ち止まる訳にはいかない。立ち止まるのはこの作戦が終わった時だけで十分だ。
どうやら一番最初の反応は今の吸血鬼の反応だったらしく、熱源探知じゃもう近くには反応が無くなっていた。となればまずは二手に分かれた部隊との合流だろうか。その予想通りにアルスクは合流する事を選んでボルトロスの率いる隊へと接近し始めた。当然みんなはその後を追う。
去る前に倒れた吸血鬼たちの死骸を見た。血を流して倒れる彼らの死を。……きっと、正義の痛みを知ってしまったからこんな感覚を抱いているのだろう。もしユウが向こう側の正義を知らなければこんな痛みを知る事もなかった。人の感情を理解出来ない化け物であったなら。それこそ、カミサマの様な怪物であったなら。
でも“今の”ユウは心を持った人間だ。あのカミサマにはならない。
そんな事を考えつつも先を急いだ。次の吸血鬼を殺しに行くために。