124 『切って落とされる火蓋』
全てが遠ざかってく気がする。って言うか魂とか心とかを諸々置いてきてしまった気がする。そんな事を感じながらもユウは自由落下を開始していた。もちろん双鶴を抱えながらでの落下だから他の隊員よりも落下速度が速くなる訳で、空気抵抗を得る為に体を横にする事でようやく同じ落下速度になる。
空を飛ぶ事には慣れてるけど自由落下をする事がこんなにも怖い事だったとは。
高高度降下低高度開傘……HALO降下とも言われる降下方法はかなり高い高度から自由落下をし、地上から三百mくらいの所でパラシュートを開き敵地に降下する手法だ。高高度の基準は一万m程度らしいから普通なら気圧とか大気温諸々があるので、輸送機には減圧システム、ダイバーには酸素マスクと防寒着が必須らしい。
けれど今回乗って来た輸送機は光学迷彩で隠れられるので高度は四千mと制限されている。まぁ、それでも来るモノは来るので結果はほぼ変わらないが。
――そう言えばみんなは!?
自由落下中に周囲を見渡して十七小隊を探す。すると重機を持っていた分かなり落下速度が速く、すぐにみんなを見付けては体を傾けて接近した。更に残り五機の輸送機からは今も続々と兵士が投下されていて、まさしく兵士の雨とでも言うべき光景が作り出されていた。
直後に無線が入って《A.F.F》を耳に押し付ける。
『ζ部隊の降下地点はD-3435-86です! その周囲ならいいですけど、あまり離れすぎないように!』
「D-3435-86ってなると……あそこか」
軽く検索すると廃ビルの屋上がヒットし、そこに下りれる様に調整しながらも周囲の建物を見下ろす。どうやらユウ達が配属されたζ部隊の降下地点は高層ビルが並ぶ所らしく、奇襲するにはうってつけの所であった。
やがて降下中にリコリスの方から近づいてきてくれると軽く目を合わせる。
すると続々と十七小隊のメンバーが集まり、無言であったラディとクロストルも接近して顔を合わせる。それから一斉に降下しては一気に降下地点まで近づく。と言っても三百mくらいの所からパラシュートを開かなきゃ死ぬが。
そうしていると、リコリスはユウの手を握って力強い眼差しで見つめて来る。口には出さずとも「守るからね」って伝えながら。だからこそこっちも強気の笑みで返すとパラシュートを開く為に手を離した。
「ぐっ……! うぉ、結構Gが来る……」
「そりゃそんな重機抱えてりゃね」
落下速度が軽減された事でようやく話せるようになり、ユウはようやく一息つきながらも双鶴を起動させる。どうやらパラシュートは円形の物ではなくグライダーみたいな四角い物の様子。空中での操作性を重視したのだろうか。
屋上に接近するにつれみんなは邪魔にならない様ある程度の距離を保ち、足を屋上に着けると一瞬のGと共に無事着地する。
「ああ、地面だ。長かった……」
「地面っつーか床だけどな」
「細かい事は気にしないの!」
そんなやり取りをしているとリコリスはすかさず周囲の状況を確認して隊員の抜けがないかを確認する。他の隊長も同じ事をしては異常がない事を確認し、全員の点呼が取れるとラナへと無線を入れた。その間にユウはビルの上から廃都市を見下ろした。全てが灰色に染まり、戦火の渦に包まれている廃都市を。
「ここが、廃都市……。ここに機械生命体と吸血鬼が……?」
「そうだ。俺達はこれからここで“殺し合い”をする。互いの生存と正義を賭けてな」
「――――」
すると隣に立ったテスが鋭い言葉を言い、ユウは一時的に言葉を失った。でもそれが当たり前なのだ。戦う以上勝者は絶対に決まる。その天秤にどれだけ重く苦しい物が乗るか。それだけで全てが決まって来るのだ。
……やらなきゃいけない。殺さなきゃ、誰も守れない。そんな考えを抱いて覚悟を決めた。
少しだけ間が開くと他の部隊も全員が降下し終った様で、ラナが全部隊に向けて無線を入れる事で本格的に作戦が開始された。同時にζ部隊の隊長に任命されたアルスクは床にある物を設置するとスイッチを入れる。
「これは?」
「超高範囲に渡って熱源探知が出来る機械だ。これで吸血鬼の居場所を炙り出す」
「なるほど」
どうやらその機械は自動的に《A.F.F》へと接続される様で、勝手にマップ機能を使われては複数の熱源を探知する。ユウ達がいる所はもちろん離れた所にもいくつかの反応があり、その全てが建物の中や隠れやすい所となっていた。ここに吸血鬼がいると言う事なのだろうか。
全く、ベルファークの洞察力が本当に恐ろしいばかりだ。
「ここだな。おし、行くぞ!」
「「応!!!」」
アルスクの言葉に全員が反応して威勢よく答える。だから彼はこれでもかってリーダーシップを発揮しながらも一番近い熱源への移動を開始した。ちなみに二手に分かれて挟み撃ちという形にするらしい。
手際の良い指示に従ってユウ達も動き始めるのだけど、その時にリコリス“だけ”がある事に気づいて咄嗟に顔を動かした。直後に鋭く叫ぶ。
「――六時方向、狙撃される!!!」
「ッ!?」
その瞬間に全員が六時方向にあった高層ビルを見る。大きさはユウ達が着地した所よりも高く、管制塔を思わせる様な形をしていた。そこから一瞬だけギラリと鋭い光が見える。恐らくスコープの反射だろうか。
するとそこから青色の炎みたいなのが一直線に伸びて来て、真っ先に発見したリコリスを襲った。だからこそエルピスが飛び出すと龍のオーラを纏わせた剣で受けて咆哮しながらも受け流す。
「みんな、早く行って! これ、絶対にヤバイから!!」
彼女が全力を出してようやく弾ける程の狙撃なのだ。そう言われた瞬間から階段を降りる事を止めてビルから飛び出し、向かいのビルの屋上へと飛び移った。そんな風にしてエルピスとリコリスが飛び出した瞬間から背後で大爆発が起きる。
「おっとと。にしてもよく意識外からの狙撃に気づけたね」
「これに限ってはただの運でしかないよ。それよりほら、散開!」
リコリスが言うとボルトロスとエンカクの隊とは二手に分かれて移動し始める。ビルの屋上を伝っては未だ熱源が探知され続けている地点へ向かい、全員で奇襲の準備を整えた。せめて一人ならこの数でも何とかなるだろうか。吸血鬼の実力と言う物を知らないから細かくは言えないけど、もし一人一人があの魔術師並の攻撃だとしたのなら――――。
瞬間、全員が足元の異変を感じ取って一斉に散らばる。だからユウも同じ様にすると突然足元の床が盛り上がり、そこからは幾つもの刃が付いたドリルが突き上げられた。
「なっ、ドリル!?」
他の隊員がそう叫んだ時からユウは剣を引き抜いて双鶴を構える。みんなも各々の武装を構えて何が出て来るのかを待つのだけど、現れたのは機械生命体ではなく一人の人間であった。けれど右手には今にも攻撃が飛んできそうなオーラを纏っていて、その人が普通の人ではないと理解する。ならば正規軍とかだろうか。正規軍にも例の魔術師がいる訳だし可能性はある。
そう思っていたけど、残念ながら現実はもっと残酷な物で。
「人……?」
「違う。あれは――――吸血鬼!!!」
またもやリコリスがそう叫ぶと紅い瞳をした青年は笑いながらも拳を撃ち出し、溜めたエネルギーを一気に放出した。それも直撃すればこの隊諸共全滅するくらいの威力を。逃げようとしても逃げ場はどこにもない。だからこそ一瞬でアルスクが前に飛び出すと同じ様に拳を放って凝縮した炎のビームを前方に撃ち出し吸血鬼の攻撃を相殺した。
「っ!?」
「おぉ、お兄さんやるね。じゃあこれはどうかな!!」
けれど吸血鬼は即座に左拳を握りしめると同じ威力の攻撃を出し、アルスクも同じ様にして相殺できるギリギリの威力で互いの攻撃を掻き消した。一対一ならここで死んでいたかもしれない。でも今は集団で行動しているからこそ、彼の背後から数多くの隊員が各々の武器を構えて攻撃を始めた。遠距離の武装を持たない人達は銃撃で対応。
故に前方から数え切れない程の攻撃が打ち込まれる。当然人間なら対処できずに死ぬのが当然の威力だ。それなのに彼は腰にあった剣を振りかざすと全ての攻撃を一蹴して発生した風圧だけでも怯ませる。
「駄目だよそんなんじゃ。俺を倒したいならもっと凄いので来ないと――――」
だからこそリコリスが一瞬で背後を取った。いつの間に潜り込んだのか、音もなく彼の背後に現れると光線剣を振りかざして首を刎ねようと振り上げる。しかしそれにも反応して鞘を持ち上げ手元を弾いた。
その隙に攻撃しようとするも急接近したエルピスに反応し応戦。駆け抜ける龍の一撃を受け止めて奥歯を噛みしめた。
直後に他の隊員が二人同時に突っ込んでは見事な連携で残った左腕を斬りおとし、攻撃の手段を封じるとリコリスは出力を全開にして振り下ろした。袈裟斬りになった傷口からは大量の血が溢れ出て臓器もはみ出る。ついでのつもりか、そこからエルピスが剣を突き刺して心臓を捉えるとすぐに距離を取った。
「エルピス!」
「危なかった。後少し遅かったらリコリス死んでたよ」
「強すぎだろマジで……」
彼女の言葉にテスが呟き、みんなは呆然と見つめる。
心臓を潰されると流石に起き上がれないのか、彼は口から血の糸を引きながらも倒れ込んだ。その姿に少しだけホッとして深いため息をつく。奇跡的に誰も傷つかづに倒せたものの、こんな力を持ったのが後何人いるのだろうと想像しては軽く押し潰される。もし囲まれてしまったら。そんな考えが止まらないから。
「今すぐ走れ! 音を聞いてすぐに駆けつけて来るぞ!」
「「りょ、了解!!」」
アルスクがそう指示を出すとみんなは硬直から脱して一斉に走り始めた。ユウも緊張に息を荒げたエルピスと一緒に走る。
これで少なくとも地上部隊から見て敵の後方に吸血鬼がいると確定した訳だ。ユウ達の目的は後方にいる吸血鬼を一掃して地上部隊と合流する事。あの戦闘を見るに厳しい状況にはなると思うけど、それでもやらなきゃこっちが死ぬのだ。殺さなきゃ生き延びれない。
……でも、だからこそユウ達は気づかなかった。
既に脅威は周囲に蔓延っていたんだって言う真実に。