121 『機密事項』
「うっわ……」
「凄いわね、コレ」
執務室に入った直後から二人して驚愕する。だって前とは全然違う内装をしていたのだから。ここまで来るとプチ図書館だって言うくらいに。明らかに模様替えの範疇から外れている事に鋭い疑問を抱いた。それはアリサも同じ様子。
「普通じゃないって言ってもいいかしら」
「良いんじゃないかな。俺も異常だって思ってるから」
そう言いながらも一番近くにあった本へと手を伸ばす。けれど罠の可能性を見て躊躇してしまい、どうするべきかと悩み始めた。けれどアリサはユウの後ろから何の躊躇もなく本を手に取り、その内容がどんなものかと見始めた。だからその度胸の強さに驚愕しながらもツッコミを入れる。一応声は抑えて。
「これは……ただの哲学書ね」
「って、罠の可能性もあるんだからそんなガツガツ行かないでよ!」
「言う事は一理あるわ。でもここに誰も来ない訳じゃない。少なくともラナやニアル=メアルが来るかもしれないのよ」
「むぐっ……」
正論を言われて黙り込む。確かに、ベルファークが本部にいないからと言って絶対に誰も入って来ないと言う訳ではない。故に急ぐことも必要……。
不本意ではあるけれどユウも同じ様にして様々な本を手に取り始めた。が、本棚にある本は全て吸血鬼関連の物ではなさそうで。
「ここには無いみたいね。となるとある可能性はこっちかな」
「机?」
するとアリサは多くの資料が乗せられた執務机を探し始め、ユウは他の所にもある棚や引き出しの中を探し始める。空き巣ってこんな感じなんだろうなぁ、と妙に心が痛くなる事を思いながらも探し続ける。見つかるのは経費とかリベレーターの資料ばかりで目的の物は微塵も見つからないが。
やがて大きく手を突くと早速軽く行き詰って立ち尽くす。
「アリサ。そっちは?」
「こっちもなさそう。ここかなって思ったけど違うのかな」
振り返ると肩を竦めながらも顔を左右に振られる。だから互いに行き詰ってる事を知って深いため息をついた。まだ詳しく探してないからかもしれないけど、やっぱり機密事項みたいな物は彼自身が持ってたりするのだろうか。もしくは記憶の中にしかないとか。
となればまた病院に赴いて彼に問いかけるしか……。
そう考えているとアリサはようやくある物を見付けた。
「ユウ。これ」
「ん?」
その直前に何かを壊すような音が聞こえたのは無視するとして、ユウは何を見付けたのかと飛びつくように駆け寄った。そして背後から見ると資料に乗っていた情報を見て愕然とする。だって、そこには吸血鬼の情報について事細かに記載されていたのだから。それもデータベースで検索した時よりも明白に。
「……確定ね。吸血鬼には情報を隠さなきゃいけない何かがある。まぁ、【吸血鬼は機械生命体の指揮権を握ってる】なんて情報があれば尚更よね」
「――――」
驚愕と同時に脳が高速回転して考えが止まらなくなる。この情報と先の戦いて爆殺女が言っていた事を組み合わせれば合点がいくのだから。
全ては仕組まれていたと言う事だ。同時に状況は最悪と言っていい他ならない。これが本当なら正規軍は最低でも機械生命体を操る事が出来るのだから――――。
あの時の状況や話し方からして向こうも向こうで隠している事があるのだろう。しかしあの魔術師が吸血鬼で機械生命体を操作できるのなら納得できる事も多い。いくらアドミン程とは行かずともある程度の操作は効くはずだ。
だからこそ今リベレーターがどれだけ追い詰められているかを再認識する。
「吸血鬼はまだ生きてる。自らの王国を築き、貴族階級を設むけ、その全てが最高位の魔術を使用できる……。へぇ、中々にチートじみてるじゃない」
「あの魔術師が王国レベルでいるのか……。背筋が凍るな」
機械生命体の装甲すらも穿つ程の威力を持った魔術師。そんなのがいたらもう怖いものなしだろう。機械生命体は余裕で破壊出来て守りを固めれば誰にも攻撃されないのだから。それだけでも十分凄いと言うのに、機械生命体の指揮権を握ってるのだ。更に畳み掛けるかのように正規軍は吸血鬼と繋がっていると言う背景も見て取れる。
なに、この無理ゲー。
そう思っていると急に耳元から声が聞こえた。それも突如現れたその人はライトを使って真下から光を当てて恐怖度を増しながら。
「――機密事項覗き見してる悪い子だ~れだ」
「ひゃんっ!?」
「うぇ!?」
アリサが男の様な声を出しつつ、ユウが女の様な声を出して驚愕する。驚いた反動で机に思いっきり頭頂部を強打しつつも振り返って誰がいるのかを見た。二人の感覚から逃れて背後に忍び寄るだなんて余程の実力者なはず――――。そう思っていると背後にいたニアルは見つめ返す。
ユウは頭頂部を抑えつつも彼女を見るとその様子に軽く噴き出した。けれどこっちとしては訳が分からなくて、困惑する中でじっとニアルの事を見つめ続ける。やがて彼女は立ち上がると言った。
「に、ニアルさん……!?」
「ふふっ。もうじき来るとは言ってましたけど、まさか本当に的中させてしまうとは。マスターの考察力が恐ろしいです」
その言葉からはベルファークが全て予測していたという事が見て取れる。ユウとアリサがここへやって来る事も、そして恐らく吸血鬼の情報を見つけ出す事も。やっぱり何を考えてるか全然わからない人だ。
彼女は部屋の電気を付けると手を差し伸べてくれるので大人しく立ち上がる。そしてまず最初に確認すべき事を確認した。
「えっと、その……俺達ってどうなります? 豚箱直行? それとも――――」
「そんな事しませんよ。二人は貴重な人員なのですから。それに、ここへやって来る事は既に分かっていたのでそんな処罰は下したりしません。……それがマスターの考えみたいです」
「やっぱりか。薄々思ってはいたけど、まさか本当に予測されてるとは」
「ここまで来るともう未来予知ね……」
一先ずは何もない事を知れて心から安心する。同時にベルファークの予測が未来予知とも言える程の精度で驚愕した。一体どこまで予測出来ているのかが気になる所だ。まぁ、そういう人じゃなきゃ組織のトップは務まらないのだろう。
背後のドアが開くから振り返ってみるとラナとメアルが入って来ていて、二人ともユウとアリサがいる事に驚かず、むしろ見知っていたかのような反応をする。
「あ、ほんとにいた……」
「来てみるもんだね~」
しかしユウもある程度の事なら理解出来ている訳で、驚く事はなかった。とはいってもやっぱり唖然とはするけれど。
ユウは振り返るとラナに説明を求めた。それは大体が予測出来た物だけど。
「一応、説明してもらってもいいですか」
「指揮官が近々探りに来るかもしれない。だから罠に掛けよう。そう言う事です」
「やっぱりか……」
途中まで順調に進んだ所からそんな気はしていた。だって普通なら守りが厳重なはずなのに思った以上に柔らかかったし、すんなり執務室まで侵入できたし。豚箱直行にならない事だけが唯一の救いと言った所だろう。
やがてラナは床に落ちた吸血鬼の資料を拾って詳細を話し出す。
「例の魔術師が吸血鬼なのは既に見切っていたみたいです。ので、いつかユウは真実に到達する可能性がある。その考えを元にこの作戦を考えた訳ですね」
「なるほど。ちなみにラナさんは?」
「私は全然。吸血鬼の事は知っていても見抜く事なんてできませんよ。ほんっと、指揮官の考察力が恐ろしいばかりです」
やはりベルファークは化け物だ。そう考えながらも質問した言葉にラナは肩を竦めながらも返す。そりゃそんな事が出来れば苦労なんてしないだろう。
他にも質問したい事はいくつかあったけど、それを質問するよりも先にラナが問いかけて来て、ユウはその言葉に思わず息を詰まらせる。
「それで、二人はこれを知ってどうするつもりだったんですか?」
「っ……」
機密事項なんだから公に言い広めるなんて事は出来ない。逆に言うとこれを脅しに交渉出来たりも出来るのだろうけど、そんな事をすれば本当に豚箱直行どころの話ではない。一秒も立たないうちにカミサマのいる神界へ送られる事だろう。まぁ、そんな事をする気は微塵もないけど。
するとアリサが素直に答えた。それも全く臆せずに。
「吸血鬼と正規軍と機械生命体。その関連性を調べるつもりだったわ」
「ちょっ、アリサ!」
「どうせここまでされちゃ逃げる事なんて出来ない。それに豚箱にぶち込む気もないならいっその事話した方が得策でしょ」
「そりゃそうかもしれないけど、もうちょっと迷ったりとか……」
「――迷う暇があるのなら行動する。一度そう胸に刻んでるからね」
その言葉に黙り込みつつも三人の反応を待った。咄嗟にはなったアリサの言葉はあまりにも重い物が乗せられていたから。
少しの間だけ待つとラナは小さく微笑み、気軽な動作で言った。妙に覚悟を決めていた二人を安心させる為に。
「……心配しなくても、二人が思ってる様な事なんてしませんよ」
「え? だって忍び込んだだけじゃなく機密事項も……」
「確かに普通じゃとんでもない処罰が下される違反です。でも、今回の場合は全て予測出来てた事ですし、何より元から公表する気でいたらしいですから」
「へぇ~。……えっ!?」
最初はそのまま受け流していた。恐らく脳がそう認識したくなかったから自動的に受け流したのだろう。けれど脳裏でその言葉を復唱した瞬間から二人して驚愕し、何度も今行ったばかりの言葉を確認した。
公表する気でいた? それも元から? 機密事項を? そんな連想ゲームみたいな事をしていると驚き顔を見たメアルは軽く噴き出した。
「今公表するって!?」
「そうだよ。元から公表する気なんだって。次の作戦には必須な情報だから」
そう聞いて心の底からびっくりする。いくら必須な情報だと言っても機密情報なわけだし、もっと丁寧に扱うべきなんじゃ――――。そこまで考えた時にある事に気づいて思考を止めた。その情報が必須なのだと言う事は、つまり。
「……次の戦いで吸血鬼が出て来るって事ですか」
「可能性は高いらしい。なんたってやろうとしてる事がとんでもないからねぇ」
すると既に作戦概要を知っているらしいメアルがそう呟いた。何をしでかす気なのかは分からないけど、彼女の反応からして良い事ではないと知れる。機密事項扱いである吸血鬼の情報を公表しなければいけない程の作戦なんて考えただけでも鳥肌が立ってくる。
やがてラナはハッキリと宣言した。
「明日、全隊を集めた緊急集会を開くつもりです。詳しい事はその時に」
「……分かりました」
無理やりにでも納得させて引き下がる。きっと大きな物になるのだろう。場合によっては先の戦いよりももっと激しく、もっとデカい戦いに。
もしかしたらリコリスの探している例の物にも近づけるかも知れない。そんな事を考えつつも最後にかけられた一言を聞いた。それも、途轍もなく荷の重い事を。
「あ、そうだ。指揮官が「みんなを頼む」、って言ってましたよ」
「――――」