120 『隠してる事』
「おはよ~……」
「おはようございます。あれ、寝不足ですか?」
「まぁ、ちょっとね」
翌日。
夜遅くまで話し込んでいた分寝不足となり、重い体を引きずって執務室へと顔を出した。するとリコリスとイシェスタは眠たそうなユウを見て少しだけ驚く。まぁ、今まで寝不足になった事とかほとんどなかったし、彼女達からしてみれば珍しいのだろう。
しかしリコリスも同じ時間に寝てユウよりも早く起きていると言うのに、彼女は微塵も眠たそうな表情を見せなかった。だからどんな体力をしてるんだと問いかけたくなるのを堪えていつも通りに話しかける。だって昨日の件は隠しておいた方がいいだろうし。
なんか、ここ最近は隠してばっかなきがする。
それは放っておいて何か資料を漁っている二人に問いかけた。
「……何してるんだ?」
「リコリスさんが少し気になる事があるみたいで、資料を探ってるんですよ」
「資料? って、エルフ……?」
机の上に置かれていたのはとあるエルフの画像で、よくある設定……ではなく種族の特徴が事細かに書かれていた。よく見る物からこの世界特有の物まで。この世界にエルフっているのと考えてしまうけど、何百年も前までは絵に描いたようなファンタジー異世界だったのだ。それくらいいても当然だろう。まぁ世界観のせいで想像しづらいのは認めるが。
他にも様々な資料を見つめているとリコリスは何かに気が付いた様な表情を浮かべて問いかける。
「先の戦闘で大暴れした魔術師がいたでしょ? その魔術適正がとんでもないから人間じゃない別の種族なのかなって思って。……あ、そういえばユウって交戦したんだよね! どんな感じだった?」
「どんな感じだったって言われても……」
そう問いかけられて思い返す。あの時は必死だった容姿なんてほとんど確認してないし、死にそうだったのだから種族すらも気にする事なんて無かった。彼女の事で覚えているのは物凄く優しくヒーローと呼べる事だっただけ。
その他に人間じゃない特徴だなんて――――。瞬間に思い出す。一つだけ人間とは思えなかった所を。
「ケモ耳が生えてた。キツネみたいな感じの。それにこう、耳がエルフみたいに長かった」
「長い耳にケモ耳? エルフの亜人かな……」
「え、エルフの亜人って軽くカテゴリーエラーしてない?」
「そこら辺は色々と法則があるんだよ。厄介だけどね」
確かにあの姿を見るのならエルフの亜人と見るべきだろう。エルフ耳とケモ耳って少しだけ語感が悪いけど。
資料にもエルフは魔術が得意と変えてあるし、きっと得意だったものを更に鍛え上げて極限まで高めたのだろう。そうじゃなきゃ機械生命体の装甲を打ち破れる理由が付かない。逆にそれじゃなきゃ納得できないのだから恐ろしい強さだ。
その他にも資料があるみたいだから覗いてみる。どうやらこの世界にはオークやドラゴンなどもいるようで、擬人化している物からしていない物まで様々だったらしい。それも大半が天災によって絶滅しているらしいが。
種族により魔術の得手不得手がある上に擬人化バージョンでも外見に大きな違いがあるから彼女がエルフ以外じゃない事が一目でわかる。
でも、そんな中である物を見付けて。
「リコリス、これは?」
「これは吸血鬼だよ。魔術適正が高いけど元から数が少なくて、今じゃ絶滅してるって考えられてるの」
「ふ~ん……」
他の資料に隠れる様に置いてあった吸血鬼の資料。それを見付けてよくよく凝視した。吸血鬼と言うのだから人の血を呑んで生きるみたいなイメージを抱くもそうではないらしく、別に血を呑まなくても何とかなるらしい。そしてリコリスも言ったように魔術適正も高く希少価値なのだとか。剣と魔法の時代じゃ奴隷と化した吸血鬼がかなりの高価で売買されていたとも書いてる。
でも、何よりも目を引く情報があってユウは黙り込んだ。種族の特徴として書いてあった鋭い牙と耳と、深紅の瞳という、どこかに引っ掛かる情報が。同時に脳裏へある記憶が蘇って合点がいった。彼女によりいっそう特徴的な物があった事を思い出して。
「……吸血鬼」
「はい?」
「鋭い牙に耳と、真紅の瞳! 間違いない。例の魔術師は吸血鬼だ!」
「「はい!?」」
そう言うとリコリスとイシェスタは同時に驚愕した。次第と脳裏に記憶がよみがえって行き、あの時の彼女の容姿が鮮明に思い出される。そうだ、彼女は鋭い牙と耳を持ち深紅の瞳をしていた。どうして今まで気が付けなかったのか。
するとリコリスは更に資料を漁って吸血鬼の事について調べ始めた。イシェスタも同じ様にして資料を調べ始め、ユウはリベレーターのデータベースに接続して何か情報がないかと探し始める。
エルフとかドワーフの情報はたくさん載っているのだ。探せばそれなりに見つかるはず。そんな曖昧な憶測を元に検索するもヒット数はかなり少なく、それもどれもが同じような言葉ばかりで埋め尽くされていた。だからそのおかしさに気づいて眉間にしわを寄せる。
「情報、全然ないんだけど」
「うん。ないね」
「見逃してる、って事もないみたいです。でもどうして……?」
他の種族だけはしっかりとあるのに吸血鬼だけは曖昧な情報しか載っていなかった。まるで不都合な事を隠そうしているかのように。ユウは字が読めないから見逃してる可能性もあるのだけど、イシェスタが自ら検索をしたから間違いはない。となると本当に隠蔽されている可能性が――――?
その先はあまり考えたくなくて思考を閉じる。でもその考えしか浮かばなくて。
――隠すのならベルファークが命令するはずだ。となれば、何が原因で……?
機械生命体の話ならさて置きこれはリベレーターの話だ。だからこそそんな事を出来る権限を持った人間なんて一人しかいない。それがベルファークである訳で、ならどうして隠す必要があるのかって考え着く訳で、ユウは彼を疑いながらも考えた。
吸血鬼の情報を見せてどんな不利益がある。もし更なる情報があるとしたなら、それはどんな情報なのか――――。
残念な事に、また合点が行ってしまう。
「……機械、生命体」
「え?」
「大型の機械生命体が現れた時、そいつは例の魔術師を避けて俺達を攻撃して来た。もし“機械生命体は吸血鬼を攻撃しない”って真実があるとするなら……」
「――――!!!」
そう言うとリコリスは目を皿にして驚愕する。けれどそうしたいのはこっちの方だ。ユウの憶測通りに行くのならそれを試すのには吸血鬼を用意しなきゃいけないのに、ベルファークはそれを知っていると言う事になるのだから。
疑う事は多いけど信じてる事も多いのがベルファークだ。果たして本当に信じれるのかどうか……。そう考えていると背後から声をかけられる。
「話しは聞かせてもらったわ」
「え? そ、その声は、アリサ!?」
「今更分かり切ってる声だけどね」
リコリスからそうツッコまれつつも振り向いた。するとドアに背を預けながらも腕を組むアリサがそこにいて、かっこいい登場の仕方にドヤ顔を決めていた。最初は何か良い事でもあるのかと期待するけど、直後に彼女の事だからと期待を薄くする。だからそんな表情の変化にアリサは軽くツッコんだ。
「何よその顔は」
「だってアリサだし……」
「人の名前を別称みたいに使うなっての。……話は一通り聞いてたわ。ベルファークの事を怪しんでるんでしょ?」
「だから指揮官なんだからせめてさん付けしなさいって」
しかしアリサはリコリスの言葉を無視して話し続ける。まぁ誰も信じられないような中で誘って来た様な物だし、そんな認識になったって仕方ないか。
やがて彼女は自分がどういう認識をしているのかを話し出す。
「あいつは前々から怪しいと思ってたのよ。信頼に足る人物だっていうのは分かる。実際に今も十分信頼して、あいつの言う事なら信じれるからね。でも何かを隠してる。そう思ってたまらなかったのよ。多分ユウも同じはずよね」
「あ、ああ。確かに前々から何かを隠してるとは思ってるけど……」
リコリス達は今回でそれに気づいたはず。でもユウは前から気づいていた。いや、この世界で初めて正規軍と戦ったあの時から怪しいとは思っていたのだ。何かを隠してるんだって確信できるから。そして彼の問いかけで最近はその思考が更に強まっている。そして今も。
するとアリサは嫌な笑みを浮かべると指を鳴らしつつも言った。
「この際、やってみるのもいいかもね」
「何を?」
「決まってるじゃない。――内部調査」
――――――――――
「あの、ラナさん。少し聞きたい事があるんですけど……」
「あら。どうしました?」
リベレーター総本部内部。イシェスタが彼女に問いかけて気を引いた瞬間にユウとアリサは影から飛び出して走り始め、なるべく一通りの少ない通路を選んで執務室まで走り始めた。しかしその最中に問いかける。
「なぁ、本当にやるのか? バレたら豚箱直行どころの話じゃないんだけど……」
「そう。私が行きたいのは豚箱ではなく執務室なのだよユウ君」
「いやそう言うのは聞いてないし」
「それに丁度いい機会なんだから良いじゃない減るもんじゃないし」
「見つかったら全てが減るんですが?」
通路の形状によって姿勢や走り方を変えつつもひたすらに執務室へ向かう。しかし、確かに前々から怪しいとは思っていたけどまさか本当にこうやって潜入捜査みたいな事をする日が来ようとは……。許可なく執務室に入って情報を探ろうなんて罰当たりもいい所だ。
本当の事を言えば気になるだけで微塵も入りたくないし入る気も全くないのだけど、アリサは既に乗り気な様だ。その証として妙に足取りが軽いし。やがてついに執務室の前まで来ると大きな扉を目の前に立ち止まった。
「でもどうする? 鍵掛かってるみたいだし鍵なんて……」
「安心しなさい。ラディからくすねて来たわ」
「情報屋相手に何やってんの」
さらっと恐ろしい事をしていたアリサにツッコミを入れつつも様子を見た。何故か得意げな表情で懐からある物を取り出すと、それを鍵穴に向けてスキャンを開始した。っていうか本気でやるんだ。まぁ、ここまで来たらもう後戻り何て出来なさそうだから当然な気もするけど。相変わらず人を巻き込むのが上手い人だ。
鍵穴をスキャンすると持っていた筒からその鍵穴に適した鍵が出現し、それを差し込むと何も苦労する事なく開けて見せる。
「うっわ。本当にやったよ……」
「この街にも数個しかない貴重品よ。流石情報屋って言った所ね」
「得意げに言ってるけどくすねたヤツだからね。後で返しなさいよ?」
そう言いながらも諦めて扉を開いた。ここまで来たんだから後は突き進むしかないだろう。怒られても仕方ない事をしてる訳だし、怒られるのは慣れっこだ。
二人して執務室に入るとアリサは即行でもう一度鍵をかけて内部を見た。本棚がいっぱいに敷き詰められた、前とは一風変わった執務室を。