119 『約束』
夜。ユウは突如としてリコリスに呼び出され、指定された本部の屋上まで赴いていた。こんな時間に呼び出すなんて珍しいと思いながら。
「こんな夜に呼び出して何の用だろ……」
今はもう夏の時期だから半袖で屋上まで向かう。しかし何というか、呼び出す時の言葉が【屋上に来て】だけなんて彼女らしからぬ言葉使いだ。いつもだったらもっと明るめの言葉を使って来るはずなのに。だから疑問と言うか怪しさすらも感じながらもついに屋上の扉を開いた。一応、腰には非常用の拳銃を下げながら。
すると夜風に当たる私服のリコリスがいて。
「来たよ、リコリス」
「ユウ……」
いつもはライトブラウンの上着を着て黒いパーカーを羽織っているから、白いワンピースを着ている彼女は何だか儚く見えた。いや、と言ってもいつもはへらへらしてるのを忘れちゃいけない。そんな変化に気を取られては彼女の隣まで歩み寄る。
「こんな夜に呼び出して何の用なんだ? それに珍しい言葉遣いしてたし」
「うん、ごめん。少し話したい事があってさ」
「話したい事?」
手摺に寄りかかりつつもそう問いかけると予想外の事を言われて少しだけ面を食らう。彼女の事だから何か新しい情報でも掴んだのかと思っていたのだけど違うらしい。
悉く珍しいと思いつつもリコリスは話し始める。
「今日の事について話したいの」
「……責任なら功績で免除されたけど?」
「今はそこについて怒る気なんてないよ。私が言いたいのは、戦闘中に起ったあの現象の事」
そう言われて黙り込む。だってリコリスもユノスカーレットとの会話を聞いていたのだからユウが何も知らない事くらい理解してるはずだ。それに仮に聞かれたとしても前と同じように答えられる物は何もない。だってユウすらも理解出来ない現象なのだから。ユノスカーレットでさえも分からないと言うのにリコリスが知っている訳ない。
でも、リコリスは話し始める。
真紅の瞳はユウを捉えず、綺麗な夜景を作り出す街でもなく、夜空の星々に向けながら。その姿が何故か途轍もなく悲しい物に見えてたまらなかった。理由は分からない。でも、リコリスは確実に誰も知らないはずのソレを知っていて。
「――真意」
「え?」
「あの現象は、《真意の光》って言われる現象なの」
突然そんな事を言われてもよく理解出来ない訳で、ユウは意味ありげに悲しそうな目で星々を見つめるリコリスを見た。
もちろんその現象についても説明してくれるのだけど、ユウが理解しようとするにはあまりにも突飛で難しい話であった。
「私達の魂は《世界の中枢》って所に保管されてる。大樹の形をした生命の根源に。《真意の光》って言うのは、その私達の魂から発せられるエネルギーで……」
「ちょっ、ちょっと待って!」
初めて会った時みたいにユウの事を無視して話し始めるリコリスを静止させる。やがて彼女はようやくこっちを向くとユウの困惑顔を見て口を閉ざした。
聞きたい事って言うか言いたい事は山ほどあるけど、まずはそれを差し引いても聞かなければいけない事を問いただす。
「《世界の中枢》? 《真意の光》? ……いや、そこじゃない。仮にその通りだとしても、どうしてリコリスがそんな事を知ってるんだ。だってユノスカーレットでも知らない事なのに」
「……当然、辿り着くべき結果だね」
するとリコリスがその質問を分かっていたかのような表情で受け止める。だから確信した。リコリスが見据えていたのはここなんだって。
ベルファークとリコリスが見据えて、ユウ達には見えない物。それは何なのだろうってずっと考え続けて来たけど、きっとコレの事だったんだ。そう確信したからこそ話し始めた彼女の言葉を聞くのだけどその話は保留されて。
「でも、ごめん。まずはこれから話させて。と言っても質問なんだけど……」
「質問?」
「――ユウ。君は本当に異世界から転生して来たの? 異世界転生にしてはあまりにも早く順応し過ぎてるし、銃の扱いにも、傷つくのにも、誰かを殺す事にも慣れ過ぎてる。何より初めて会った頃に言った「一度この世界にいたような」って言葉」
「――――!」
その事を言われて今一度思い出す。確かに初めて会った時そんな事を言ってたっけ。こんな世界に転生した直後なのに慌てもせず、ただ懐かしい感覚だけが心の中に残って――――。本当に、この世界にいたかのような。
更にリコリスは自分の考えを綴る。
「真意って言うのは《世界の中枢》に自分の意志――――真意で接続する事で起きる現象なの。魂から出るエネルギーで世界その物と繋がり、どんな窮地をも抜けられる様な力が出る。それが真意。……でも、それを使える人は限られてる。世界を揺るがす程の意志を抱かなきゃいけないって事だから」
「世界を揺るがす程の、意志……」
「疑う様な事を言ってごめん。でも、ユウがそれをするなんてあまりにもおかしすぎるの。転生して来た以上、ユウの魂は特別の扱いになってるはず。それにこの世界じゃ、真意の使い手は数人程度しかいないから」
「っ!?」
世界に数人。その言葉を聞いて驚愕する。だってもしリコリスの言葉通りなのだとしたら、ユウもそのうちの一人に入ってしまうのだから。確かにそんな貴重な物じゃユウを疑っても仕方ないだろう。
話しから来て大樹の葉がみんなの魂みたいな認識でいいはず。杉の木に松の葉を付けようとしても無駄な訳で、その例に習いユウは特別な扱いになっているのだろう。それもカミサマなのだからやってのけてもおかしくはないが。
「って事は、予想は出来てたけど、俺ってこの世界じゃかなり異例な存在……?」
「そうなる」
まぁ異世界転生自体その世界からすれば異例みたいな物だし当然だろうか。と言ってもその世界に“別世界から召喚がほにゃらら”なんて物があったら話は変わって来るけど。
しかしまさか本当に異例な存在だったとは。
「俺が、真意の使い手か……」
そう呟きながらも自分の掌を見る。世界を揺るがす程の意志……要するにあの時に抱いていた希望が引き金になったのだろう。みんながユウに与えてくれた希望は世界を揺るがす程のエネルギーを秘めていたという訳だ。
未だ実感できない。自分が世界に数人しかいない真意の使い手だなんて。
「じゃああの花弁は? あれが真意ってやつなのか?」
「そう。光輝く花弁が真意の証。そして、真意が発動する時は瞳も輝くの」
「へぇ~……」
到底信じられる話ではないけど、実際にやってのけたんだから信じるしかない。だからこそユウはそう信じ込んで今度はこっちから話しかける。
今ので大体話は終わったはずだ。なら、こっちの番なはず。
「……一応、理解はした。きっとこれは隠しておいた方がいいよな」
「うん。そうした方がいいかも知れない」
「分かった。じゃあ、次はこっちからだ。さっき流された質問、答えてくれるか」
するとリコリスは軽く体を震わせた。その反応だけでも普通じゃない理由があるのだと知れる。……でも、その理由がユウの納得できるものなんだと信じている。信じれるからこそ、彼女にそう問いかける事が出来た。
やがてリコリスは少しの葛藤を挟みながらも答えてくれた。
ユウではなく、夜空の星々の更に奥にいる、どこかの誰かに向かいながら。確実にユウが見える所にはいない誰かを見つめていた。それが誰なのかなんてもちろん分かるはずがない。でもきっと、大切な人であるのは変わりないだろう。
「……【失われた言葉】って、覚えてる?」
「【失われた言葉】? 確か、初めて会った時もそんな事言ってたけど……」
そう問いかけられて思い返す。ユウを助けてくれた後にリコリスは確かにそんな事を言っていた。当時は個人的な話しだからと言って流されていたけど、それと真意がどう関係しているのだろう。と思うけど彼女の瞳からはそう軽い理由ではない事を即座に悟れる。
だから少しだけ覚悟を入れて話を聞いた。
「前も言ったけど、【失われた言葉】って言うのはかつて存在したこの世界の真実を書き残した本の事なの」
「ああ、そうだった。でもそれと真意にどんな関係が?」
「この話をするには少しだけ長くなるんだけど、聞いて。私が【失われた言葉】を探してるのは、“ある人”に託されたからなの」
「ある人?」
「そう。頭でも打ったのかあまり記憶はないんだけど、その人が「【失われた言葉】を探せ。そこに世界の真実がある」って言ってたの。だから私は【失われた言葉】を探してる。リベレーターに入ったのもその為なんだ」
「――――」
リコリスの事だから人助けをしたいからリベレーターに入った、とでも言うと思っていたから少しだけ驚愕する。だってこれ以上にない程明確で、誰の物とも被ってなく、そして不可能にも近い事だったのだから。
ある人に言われたからって理由で探せるのも凄い事だ。本来なら自分の夢とか憧れがあるはずなのに、その人の言葉だけでそこまで動けるだなんて、そこまでその人の事を信じているのだろう。
「ちなみに“その人”ってのは……?」
「死んだ。本来なら街には降らないはずの天災にやられてね」
「―――――」
マズイ事を聞いてしまっただろうか。そう思って黙り込むと気まずい空気が流れ込む。流石に無遠慮過ぎたかって自覚できるから。
天災……。一回起きれば街を一つ消滅させる程の威力があると聞いていたけど、まさか本当にその通りだなんて。元々この世界に生きていた人類の半分は機械生命体とパスト病で死んだと聞くけど、残りの三割くらいは天災で死んだと聞く。それ程なまでに厄介な物だ。
きっと悔しかっただろう。そう思っていると彼女は続きを話す。
「私はその人に助けられて生き延びたの。本当は姉もいたんだけど、一緒に天災に巻き込まれて死んじゃった。……じゃなくて、何で真意を知ってるかだったよね」
「あ、ああ……」
「私に【失われた言葉】の事を教えてくれたその人が真意の使い手だったの。――そして、私の姉も」
「っ!?」
どれだけ前の話かなんて分からない。でも本当にそうであるとしたなら凄い事なのではないか。世界に数人しかいない真意の使い手が二人も身近にいたのだから。そんな驚き顔を見ると軽く噴き出して小さく微笑んで見せた。さっきから妙に暗い表情ばかりをしていたからその微笑みを見て少し安心する。
辛い事を思い出しているはずなのに笑顔でいられる。それだけでもリコリスの強さが目に見えて理解出来た。
「二人が教えてくれたんだ。真意がどういう物なのかって。だから私は真意がどういう物か知っていた。……これが全て」
「そう言う過去があったのか……」
予想外過ぎる過去を聞いて絶句する。
リコリスがみんなの希望になろうとするのは、もう誰も死なせたくない、辛い思いをさせたくないと言う願いが強いからなのかも知れない。話からしてその二人の事をかなり信頼していたみたいだし、家族みたいに触れ合っていたのかも。それだったらそこまでの願いを抱けても納得できる。
だからこそ疑問に思った。ユウ程度の思い出も真意を抱けるのだから、リコリスにも真意が宿っておかしくないのではないかと。
“その人”の最期の願いを叶えるべくこうしてリベレーターにいる。それをする為にどれだけの勇気がいるのか、ユウは即座に理解出来た。決して弱腰じゃ出来ない事のはずだから。聞けば聞く程リコリスへの憧れは強まって行き、同時に彼女がどれだけ強く儚い存在なのかを理解出来た。自分もこんな風になれたらなって思ってしまう。
それを差し引いてでも考えてしまった。
「……見付けよう」
「え?」
「その【失われた言葉】、俺達で見付けよう!」
世界の真実が書かれている。それの信憑性すらも危うい訳だけど、それにしか縋れないのも事実。ついでにそれさえ見つかればカミサマ叛逆する方法も見つかるかも知れない。彼女の首元を噛み千切るその時まで死ねないのだから、絶対に見付けないと。
だから彼女の手を掴むと真っ直ぐな眼差しで言った。それを受けたリコリスは少し困惑した様な表情を浮かべつつも頬を染めて言う。
「いいの?」
「もちろん。この世界の真実が分かるのなら、俺はいつまでも駆けられる!」
するとリコリスは眼を皿にして驚いた。まるでそう言ってくれる人は一人もいなかった、とでも言うような表情で。
やがてはにかむと小指を出して言う。
「……ありがとう。約束だよ」
「ああ。約束だ」
だから躊躇なく小指を絡めて約束を交わした。果たせられるかも分からない、恐らくこの世界で最も困難な約束を。
はい、ちょっとした伏線を残して前半は終わりです。本当ならここまで長引かせるつもりはなかったんですけど、随分と長くなりましたねぇ……。プロットでは三十話程度で終わらせるつもりだったんですが、ぶっつけ本番で次々書いてたらここまで長くなってました。
と言う訳で次回から後編、スタートです。希望は少しずつ磨り減らされる……(言ってみたかっただけ)