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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter1 灰と硝煙の世界
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011  『地獄の二か月、開幕』

 翌日。

 ユウはリコリスにある所へ連れて行かれていた。早朝から叩き起こされ、まだ眠気の取れないまま朝焼けに染まる空の下を歩く。そんな状況になりながらも初めての場所に足を向ける。

 どうやらその場所はトレーニングにうってつけな場所らしく、今のユウじゃ雑魚も同然だから鍛えなきゃいけないとか何とか。まぁ、分かってはいたけど。


「トレーニングにうってつけって言ってたけどさ、そこってジムか何かなのか?」


「そんな所かな。今のユウにはうってつけかも」


「でもジムがありそうな所とは思えないんだけど……」


 ジムと言うからには大きな建物があるかと思いきや向かっている先にはそう言うのが全くなく、むしろ街の真ん中から離れて行くように思えた。十七小隊の本部からはそこまで遠くないし、一体どこへ向かっているのか――――。

 やがてリコリスが立ち止まっては目の前の建物を見つめる。


「ここだよ」


「ここって……」


 目の前に映ったのはそこそこ大きなビルだ。でも見た所古ぼけた上に廃墟になってるみたいだし、こんなところでうってつけのトレーニングが出来るとは到底思えない。だからリコリスに疑いの目を向けると何の躊躇いもなく入って行きながらも言う。


「本当にここでトレーニングが?」


「まぁまぁ、入ってみたら分かるって」


「…………?」


 外見じゃ何があるか予想すらも出来ない。だから首をかしげながらもリコリスの後を追ってビルに入っていった。

 のだけど、目の前に映った光景に驚愕する事になり。


「うおっ!?」


 入口から既に様々なトレーニング器具が用意されていて、それも全て手入れがされた綺麗な物だった。更に抜けた天井を利用してロープも垂れているし、その下にはご丁寧にマットもあり、中には重そうな巨大な盾も用意されている。

 それだけじゃない。パルクールでもしろと言わんばかりの壁や段差も作られていた。そんな廃ビルとは思えない光景に目を奪われているとリコリスは自慢げに言った。


「ここは確かに廃ビルだよ。でもただの廃ビルじゃない。外見を利用して一般人が近づかない様にしつつ、内装は綺麗にして兵士専用のトレーニングビルに改造したの。それも本部の許可も取ってね」


「すっご……」


 って事はこの廃ビルはリベレーターの物ってなるのだろうか。ならトレーニング用に改造しても何らおかしくないけど、外見からのこの内装はびっくりする。

 そしてリコリスは向かいの出入り口に指を差すと続けて言う。


「更に凄いのはこれだけじゃないよ。外にも色々あるから」


「外にも?」


 そう言われて入口の直線状にあるもう一つの出入り口を抜けた。するとその先には森林が広がっているのだけど、そこにもトレーニング様の仕掛けがいろいろ施されていて。

 森林の中にはいくつかのロープや器具を利用した自然の運動場が作られ、廃ビルの壁には様々なゴミが破棄されていた。……しかしそれすらもトレーニング道具の様子。


「ゴミ? にしては妙に綺麗だけど……」


「そりゃそうだ。だってこれトレーニング道具だもん」


「へぇ~。……ええぇっ!?」


 軽く呟いてから反応するとリコリスは軽く噴き出した。

 でもどこからどう見ても綺麗なゴミでしかないのにどこがトレーニング道具なんだ。そんな考えはタイヤを手にしたリコリスによって明かされる。


「ビルの中では筋肉を鍛える。そして外では体感を鍛える。そんな風に中と外で分けられてるのよ。ちなみにこのゴミは鍛える箇所が偏らない様に設置されてる。持ち方とか重さも色々あって全体的に鍛えられるからね」


「すっげ……」


 もうそれしか声が出ない。まさかここまで考え抜かれたトレーニング施設が存在しただなんて。いや、施設というよりかは野外だから空間とかキャンプとかの方が正しいか。ビルも吹き抜けになってる訳だし。

 そしてリコリスはポケットから紙切れを出すとそれを広げながらも説明を続けた。


「でも今回は普通のトレーニングではない」


「普通じゃないって、どういう?」


「今のユウには何もかもが足りない。だから推薦試験までに鍛えられるよう、昨日イシェスタと一緒に考えたコレに従ってもらう」


「これ、トレーニングプラン?」


 そう言うとリコリスはうんと頷いた。渡された紙には一日の流れがずっしりと書かれていて、とても鬼畜な内容となっていた。休み何て微塵もない、本当の本当に鍛える事にか考えられてない、地獄のトレーニングプラン。

 寝る時間や起きる時間は当然として食事の時間と内容、その間に行うトレーニングまで記載されていた。


「うお、ずっしり……」


「これからの生活を全てこれに従って鍛えるの。期間は二か月。それまでの間に何としてでも鍛え上げなきゃいけない。ちなみに普通の兵士でも音を上げるくらいキツーイけど平気そう?」


「大丈夫、だと思う。だってやってみせなきゃ駄目なんだから」


 二か月。その言葉を聞いて重みがどっしりとのしかかった。果たして二か月間だけで鍛えられるのかって疑問に思ったから。

 けれど一つだけ気になる事があって質問した。


「一つだけ質問していいか」


「うん。何?」


「前々からみんなが言ってる推薦試験って何なんだ? それをクリアすると何かいい事でもあるのか?」


 テスもイシェスタも推薦試験がうんたらかんたらと言っていたけど、それが何なのかは分からないユウは困惑したままだ。推薦と言うからには良い事でもあるのだろうけど。

 するとリコリスはスマホでユウの記録した数値を見ると説明した。


「推薦試験って言うのはそのまま推薦された人だけが挑める試験の事。それをクリアすれば訓練期間をすっ飛ばしてリベレーターに入れるの」


「でも俺の数値って悪いんじゃ……」


「全体的に見ればね。でも要所要所で不自然なくらい数値が飛びぬけてる。その数値だけを見れば推薦試験を挑めるほどに」


「だからそれまでの間に鍛えようって事か」


 そう言うと頷いた。ユウとしても早くリベレーターに入れるのならそれに越した事はないけど、いくら何でも二か月じゃ無理と言うか。けれど訓練期間は最低一年、最高でも半年と聞くし、自分自身で精神不安定を自覚している今じゃその生活でどうなるかなんてわからない。

 結論、とにかく頑張るしかないという答えに至ってユウも頷く。


「分かった。やってみせる」


「それでこそユウだ!」


 するとリコリスは肩をポンポンと叩いてユウの覚悟に賛成してくれる。のだけど、それから廃ビルの方まで歩いて行くと壁に肘を付けて寄りかかった。

 誰かいるのだろうかと思いきや久々に会う人が出て来て。


「そして筋トレは彼が担当してくれます」


「よぉ、久しぶり」


「ああ! セーフシティにいた!!」


 いつの間に隠れていたのか、影から現れたのは赤髪の大男だった。前は戦闘服を着てなかった事もあってかなり穏やかなイメージがあったけど、赤黒の戦闘服に身を包んだ彼は近寄りがたいオーラを放っていた。その状態で微笑むのだから妙に似合わない格好になるけど。

 やがて思った通りの事を言うと即座にツッコまれる。


「エプロンの人!」


「人を変な覚え方するんじゃありません」


 しかしあの状況で可愛らしいエプロンを付けながら入って来ればそんな印象にもなって当然じゃないだろうか。

 彼は歩み寄って謎の筋肉質で圧力をかけると手を差し伸べた。


「ガリラッタだ。よろしく」


「が、ガリ……?」


「変な名前なのは気にしないでくれ」


「お、おーけー……」


 変な名前に変な人だと思いながら握手する。その瞬間に手を握っただけで彼がどれだけ鍛えて来たのかが伝わった。ガッチガチの硬い掌に筋肉質の肉。ユウはそう言う系の事に詳しくないから分からないけど、でも、無知でもその事だけはしっかりと分かった。

 だから彼が――――ガリラッタが筋トレ担当に選ばれたのを理解する。


「ちなみに私はお仕事があるから、後よろしくね」


「おう。任せとけ」


 そう言ってリコリスは手を振ると本部へと戻って行った。仕事と言っても今までの特訓でチラチラと姿を見せてた様な……。本当に仕事なのかと思いつつもガリラッタの指示に従った。


「そんじゃあ早速やってくか。最初は簡単な物で鍛えてくぞ」


「おっ、押忍!」


「やる気は十分みたいだな」


 言い方は悪いけどこんな如何にも筋トレしか考えてなさそうな人がコーチなんだ。内容は途轍もなく厳しくなるはず。けれどユウは意気込んでそれに挑んで行った。

 だって、今頑張る事だけがユウの生きる理由なのだから。




 そんな風にして地獄の二か月は幕を開けた。もちろん休みなんてありはしない、極限まで筋肉と精神を追い詰める地獄が。

 就寝と起床は決められ、食事も体力を付ける為の物に変わり、それ以外の時間は常に筋トレと身体能力を上げる為の訓練の連続。有酸素運動も当然あるし食事中にも空気椅子をする事だってある。当然走り込みもやらなければいけない。


 リコリスの言った通り、普通なら兵士でも音を上げる程の厳しいトレーニングだろう。毎日筋肉痛のオンパレードで死にそうだ。

 しかしこれも推薦試験で生き延びる為に必要な事だ。そこで死んでしまえば元も子もないのだから。ユウがこの世界で生きていく為にも、このトレーニングは行わなければいけない。


 ……でも、トレーニングしている最中に度々思う事があった。本当はもっと別の為に頑張ってるんじゃないのかって。

 何でそう思うのかは分からない。けれどそんな気がしてたまらなかった。

 もっと大事な物があって、大事な人がいて、その為に頑張ってるんじゃないか。自分の中の何かがそう呼びかけていた。


 だからこそもっと深く考え込む。自分は何の為に生きようとしているのかと。

 今の自分が抱いている生きている理由は「誰かの為に命を使いたい」っていう綺麗事だ。その為なら自分の命なんてどうだっていい。本気でそう思える。

 じゃあその他の理由は――――。


 という事を考え続けていればあっという間に一週間が過ぎ、気が付けばこの生活習慣にも慣れ始めていた。身体にも変化が訪れ柔らかかった身体には着実と筋肉が付いて行く。

 まだまだキツイ事が多いけど、肉体の成長は次第と自覚していった。


 これから先も長いのだけど。

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