118 『終幕』
「ん……。ユノス、カー、レット……?」
「あ、やっと起きた?」
目を覚ますと真っ先にユノスカーレットの顔が映り込んで、彼女は互いに目を合わせると嬉しそうに微笑んだ。背景は記憶の最後にあった試験場ではなく実験施設の様になっているし、山場は越えたのだろうか。そう思っていると真横からリコリスが突っ込んで来る。それもそのまま転がるくらいに。
「ユウ~!!!」
「リコリ――――すぁ!?」
何度か回転して壁に激突するとリコリスはユウの身体にしがみ付き、彼女にしてはドえらいくらいのキャラ崩壊を引き起こしつつも泣いていた。それも本気でユウの事を心配してたんだなってくらいに。だからリコリスの事を宥めつつも状況解説を求める。
「えっと、今ってどういう……?」
「君があの研究者を倒した事で山場は越えた。それからシステム管制室に来て、今は色々と調べてる最中だよ。ちなみにミーシャちゃんはそこで寝てる」
「寝てる?」
「少し疲れちゃったみたい」
そうして指を差した先にいたのは壁に背を預けながらも寝ているミーシャで、エルピスとアルスクに守られながらも静かに眠っていた。ここで眠ってると言う事は少なくとも救えたって事でいいのだろうか。取り合えず助けられたことに安堵して力を抜く。
でもユノスカーレットはこっちを向くと逆に質問して来て。
「……ユウ。聞いてもいいかな。あの時に起きた事を」
「――――」
けれどそう問いかけられても答える事なんて何もない。だってアレを引き起こしたユウでさえも何が何だか分かっていないのだから。
剣から光輝く花弁が出る。そんな現象なんて見た事も聞いた事がない。だからこそあの現象がどれだけ凄い物なのかが思い返しても分かる。やがてユノスカーレットは黙り込むユウを見て判断した。
「分からない、でいいかな?」
「うん。俺もあの時は何が何だか……。剣から花弁が舞でるなんて聞いた事もないし、何よりあの威力は今も信じられなくて……」
「やっぱりね」
自分の掌を見つめながら思い出す。あの時はとにかくみんなを守るって事に集中し過ぎて他の全てには意識を向けていなかった。だからこそ戦っている当時は気が付かなかったし、何よりもそれが自然であるかのように感じた。
アレが何なのかは自分でもよく分からない。
ある程度まで話しに見切りをつけるとユノスカーレットはモニターを見つめながらも状況解説の続きをしてくれた。
「それは置いといて、今はもう全てが終ってる。コンソールで全ロボットのシステムも停止させて、無事作戦は終了。君は黙認とは言え暗部の組織を捕まえたの」
「そっか。無事に終わったのか……」
見た所みんなは深い傷を負ってないみたいだし、傷ついたのがユウだけでよかっ――――いや、違う。ユウが傷ついていなければもっとよかった。今はユウが傷つく事を悲しんでくれる人がいるんだから。
これでユウの扱いはどうなるのだろうか。リベレーターから追い出されるのか、それともいつも通りに功績を暴走した代償で償うのか。どっちにせよ色々とありそうだから覚悟は決めておいた方がよさそうだ。
今思えばとんでもない事したなぁ、なんて考えながらも全身から力を抜く。そうしてぐだぐだしているとリコリスは更に強く体を抱きしめて来た。だから安心させるように肩に手を触れるのだけど、それでも彼女は止まらず必死に抱きしめ続ける。その様子に違和感を感じながらも手を頭に伸ばして綺麗な銀色の髪を撫ではじめる。
するとリコリスは少しだけ体を震わせてしがみ付いた。
「大丈夫だよ、リコリス。俺は生きてるから」
「うん。知ってる。分かってる」
そうしていると複数の足跡がこっちに近づいてきているのを聞き、咄嗟にその方角へと振り向いた。直後に管制室の入り口が開いてはアリサ達が雪崩れ込んで来て、ユウとリコリスを見付けるなり一斉に駆け寄ってはがっしりと肩を掴んだ。
「ユウ、リコリス! あ、よかった、目覚めたんだな! 全くお前はもう毎回心配させやがって!!」
「ほんとに、本っ当に心配したんですからね!?」
「お前は無茶をしないと気が済まないのか!」
するとみんなから凄い叱られながらも肩を揺さぶられる。まぁ今回に限っては今までの比ではないし、それ程なまでに心配していたのだろう。今までは顔に出さなくとも作戦が終了したからこうして顔に出しているはずだ。
普段は感情的にならないアリサも同じ様で、口には出さずとも表情で凄く心配していたと伝えている。だからそうして心配されてる今が嬉しくて微笑みを零す。
その光景を見ていたみんなは軽く吹き出し、十七小隊がいかに騒がしい人達なのかを認識した。まぁみんな個性的だし仕方ないか。
少しだけお茶を濁して賑やかな雰囲気を取ると、ユウはは立ち上がってある所まで歩いて行った。科学者達が縄で拘束されている柱まで。
「さて、と。五人の処遇だけど、お前達は到底許されるはずがない事をしようとしていた。その上正規軍への情報提供。スパイ行為。人体実験。功績の奪取。その他諸々。もちろん厳しい罰が課せられる」
「はっ。言っているがいいさ。今は誰かの希望となれていたとしても、いつかは必ず――――」
「倒れる時が来る。そう言いたいんだろ。でも、そうしたらみんなが支えてくれる。みんなは俺にとっての希望で、俺はみんなにとっての希望だから」
そう言うと背後にいた十七小隊の全員が同時に頷いてくれた。それだけでも硬い絆で結ばれてるんだって事が手に取るように分かる。……信じてくれてるんだって、実感する。
やがてユノスカーレットが前に出ると話し始めた。
「あなた達はこれからリベレーターの収容所に連れられて事情聴取される。もちろん、罰は問答無用で受け入れてもらうよ」
「どうせ捨てる命だったんだ。構うかよ」
すると別の男がそう答える。そりゃ、正規軍のスパイである時点で命は投げ捨てているも同然。既に死ぬ覚悟はできているのだろう。
五人のうち一人は彼女の施設にもいた人だ。ユノスカーレットにとってはずっと裏切られていたにも等しい事のはず。それなのに微塵も怒る様な動作はせずに優しく話しかけた。それも、せめてもの救いを与えるかのように。
「……気持ちは分かるよ。自分の好奇心を抑えられない気持ちは。でも、それでもやって良い事と悪い事と、良い事だったとしてもその裏に隠れてる悪い事がある。自分達が何をしていたのか。しっかりと反省してね」
「ちっ。たかが依怙贔屓風情が」
「っ……!」
ユノスカーレットに依怙贔屓と言った事。それが何よりも許せなかった。だから拳を振り上げて一発でも殴ってやろうと思ったのだけど、その瞬間に彼女自身が手を出して制止させるから大人しく引き下がる。そうした事に軽く頷くと言った。
「依怙贔屓だろうと何だろうと、それでも私は誰かを救おうと足掻き続ける。私の奥底にある行動原理は、誰かを救う事だから」
「――――」
美しく見えた。この世界の絶望を知って尚、決して暗い色を見せない彼女の翡翠色の瞳が。本当なら彼女の様な人がこの世界の希望になるべきだろう。ユウみたいに仮初の覚悟ではなく、根底から覚悟が芽生え、人を導く術もある彼女が。
そんな事を考えつつも話を聞き続ける。
「あなた達のやろうとしていた事は間違ってない。でも、その為には如何なる犠牲も許容する。その考えだけは間違ってる」
「ちっ……」
「この人達を連れて行ってもらえるかな。恐らくもうリベレーターの輸送車が来てるはずだから」
「分かりました」
するとイシェスタ達は科学者をもう一度縄で縛り直して連行していく。どうやら完全に観念したようで、微塵も抵抗する様子もなく大人しく連行される。ここで暴れられたら困るから大人しくて良かった。
そう思っていると彼女は言う。
「ユウ。リコリス。二人はしばらくの間ミーシャちゃんに付いていてあげて」
「え?」
「目覚めた時、見知った人の方が安心するだろうから」
反射的にミーシャの方を向く。打撲でもあったはずなのに、既に再生されて無傷であった彼女を。……辛かっただろう。怖かっただろう。それでも彼女は勇気を振り絞って言葉を届けてくれた。それに助けられた事だけは嘘偽りのない本当だ。
だからこそ今度はこっちが助けてあげなくてはいけない。彼女も、家族も、他の人達も。
「なぁ、ユノスカーレット」
「うん?」
「これで、何人もの人が助かるのかな」
衝動的にそう問いかける。ミーシャがいればそこから抗体が取れて薬が開発できるのだから、時間がかかったとしても助けられる事は確実。ただ、その事実を誰かに突き付けられて欲しかった。これはユウにとって生まれて初めて出来た人助けなのだから。
すると彼女は優しい微笑みと共に言ってくれる。
「もちろん。君が希望として吠え続けたからこそ、こうして絶望を塗り潰す事が出来た。それは君にしか出来ない事だよ」
「……うん」
みんながデータの参照やら実験のデータ収集などで忙しい中、ユウは立ち尽くしていた。疲れたっていうのもあるけど、何よりも本当に救えたんだって現実が嬉しかったから。
だから胸にこみ上げる何かに必死に耐え続けた。
――涙を流すのは、ハッピーエンドが確定してからだから。
――――――――――
「ん……」
「あ、起きた?」
トラックの荷台に乗って移動する中、ユウの膝の上で寝ていたミーシャはふと目を覚ました。そして真っ先に顔を上げてユウを見ると目に光を灯らせる。
「お兄ちゃん、無事だったの?」
「うん。これでもしぶとさだけは自信があるからさ」
不安そうに問いかけるミーシャに笑顔で答える。すると彼女は向かいの席に座っていたリコリスに視線を向け、同じく笑顔で答えて来るリコリスにようやく安心した表情を浮かべた。やっぱり辛かったのだろう。ずっと孤独で恐怖に耐え続けるのは。
でもこれからは独りじゃない。そう伝える為に頭を撫でながらも状況を説明した。
「悪い人は俺達がやっつけたからもう大丈夫。今はミーシャを安全な所に送り届けてる最中だよ」
「安全な所……?」
「そう。ミーシャがもう怖がらなくてもいい様な、安全な所」
向かっているのはユノスカーレットの研究所だ。他の所に預けるという選択肢もあったのだけど、ミーシャの精神状態的にも、ユノスカーレット自身が望んだ事もあって、そこに送る事になったのだ。そこなら安全だしゆっくりも出来るから問題ないだろう。
するとミーシャは表情を綻ばせて口元を緩ませた。それも瞳からは大粒の涙を流しながら。そりゃ、前まではいつ死ぬかも分からない森の奥底にいて、ついさっきまで拷問にも近しい事をされそうになっていたのだ。そう言われて安心するのは当然の心理だろう。
でも、その直後に何かに気づくと俯いてしまう。
「み、ミーシャちゃん? どうしたの?」
「だって、私、沢山の人に助けてもらったのに、私からは何もしてあげられてなくて……っ」
その言葉を聞いて顔を合わせる。彼女がどれだけ優しい女の子なのかを認識しながらも確かにつらい事だって認識しながら。
でもそれは過程の話だ。今には彼女にしか出来ない事がある。それを伝える為にも話しかけた。
「じゃあ、今から少しずつ恩返しをしていけばいい」
「今から……?」
「そう。みんなはミーシャを救った。だから、ミーシャはミーシャにしか出来ない事でみんなを救えばいいよ。君の血が、抗体が、きっとこれから先数え切れない程の人達を救うから」
そう言うと彼女はハッと前を向いた。そして視線の先にいたリコリスはうんと頷く。
こればっかりは流石にミーシャにしか出来ない事だ。そしてその彼女にしか出来ない事で数多くの人が救われる。それが出来ればパストによる犠牲者が激減するはずだ。
彼女は自分の掌を見つめると呟いた。
「私にしか、出来ない事……」
「そう」
「……頑張る。私、頑張る!」
「うん。俺達もたまに遊びに行くから、そうしたら元気な顔を見せて」
「分かった!」
するとミーシャは意気込んでそう言った。
これでようやく一先ずだ。ミーシャを助ける為にかなり時間を使ったけど、これからはもっと多くの時間を使うはず。そこからが勝負だ。
でもまぁ、これでユウ達に出来る事は大体終わった。後はユノスカーレットの努力次第か。
太陽も沈みかけて空はオレンジ色に染まっている。まるで一連の事件の閉幕を表しているかのように。だからそんな夕焼けを見つめながらも力を抜いた。これで少しは休めるって思ったから。
……それも、ほんの数日の間であったが。