114 『希望の形』
「調子はどうだ?」
「順調だ。このままなら上手く隠蔽できそうだよ」
白衣を着た男に連れ去られてから二日が過ぎただろうか。腹は溜まっても生きる心地がしないミーシャは為す術もなく立ち尽くしていた。早く助けに来て。そう願いながら。
科学者達はユウ達から身を隠す事に精一杯見たいで、二日前から騒がしそうに隠蔽工作に力を入れていた。
寝る時間ならいくらでもあったけど、これまで一睡もできていない。というよりこんな状況で睡眠なんて出来なかった。だっていつナイフで斬られるかも分からないのだ。恐怖で微塵も寝れやしない。
出来るのはただ震えながらもユウが助けに来てくれるのを待つだけ。
――お願い。お兄ちゃん、お姉ちゃん……!
どうしてこうなってしまったのだろうか。自分が感染者となってしまったから。完全適応者となってしまったから。だからユウはあそこまで傷ついてしまった。
もし自分が生まれて来なければユウは今もけがをせずにいたはず。自分が生まれてユウと関わっていたせいで――――。
「実験までもう少しだ。これさえ隠蔽出来れば薬は僕達の手の中にある。だれも彼女を使えない故に市場を独占できるのは僕達だけだ……!」
人を人として見ないその眼差し。向けられていなくてもこっちが見ただけで身震いをしてしまう。自分の利益しか見つめず、生き物を実験道具としかみないその瞳が。
もう一度震え出す体を必死に抑えた。
――助けて……!
瞬間、科学者たちが慌ただしく動き出す。だからどうしたのだろうと思ってモニターを見ると、そこには彼がいた。怯えた子供を救いに来たヒーローの様な姿勢で。
だからこそ全員で驚愕する。
「これは……侵入者……?」
「なっ!?」
「ど、どどっ、どうしてここが!?」
二日前に倒されたばかりだと言うのに、完全復活した様子のユウがモニータ越しに立っていた。何か重そうな重機を背負い、左右には空を飛ぶ二つの武装を起動させ、腰には剣を携えて。
彼はこっちを見ている訳じゃない。それなのにまるで全て筒抜けであるかのようなタイミングで話し始めた。
『ミーシャ、見てるか。助けに来たぞ』
「お兄ちゃん……!」
すると彼は優しく微笑んでそう言う。だからそれに心から安心して大粒の涙を流した。ようやくユウが――――一筋の希望が助けに来てくれたのだから。
そうしていると男達は急いでコンソールを操作しては様々な場面に切り替えて侵入して来たのがユウだけだと確かめる。
『遅くなってごめん。きっと怖かったよな。でも、大丈夫。俺が絶対に、必ず助けだして見せるから!』
「はっ。侵入して来たのは驚いたが、まさか単独で突っ込んで来る阿呆だったとはな! こんな物、僕達が手を下す必要すらもない!!」
一人だと判断するなり一気に強気となり、素早くコンソールを操作していたる所のブロックを解除した。他のモニターに映っているのはあの時にもユウを襲った人型のロボットで、鈍器ではなく刃物を持って前進し始める。
やがてマイクに顔を近づけるとユウに宣言する。
「君一人で何が出来る! あの時に敗北した君が、完全武装で待っていた僕達を倒せると、本気でそう思って――――。おい、何をしている」
『ん~? いや、ちょっと準備をな』
けれどユウはその言葉を全く聞かずに背負っていた重機をセットし始める。どうやら中身は大容量バッテリーと小型の砲弾みたいな弾丸、そして大きな銃の様だった。でも銃身は上下にレールの様に別れていて、真ん中は空洞で何もない。何をする気だろうか。
そうしているとユウは銀色の弾丸をセットして銃から伸びているコードをバッテリーに繋ぐ。
「お前、それはまさか……」
『完全武装、だったか? こっちはそれくらい予想出来てる。予想出来てて、何も準備してないとでも思ったか?』
するとユウの目の前にあった入口のシャッターが開いて大量のロボットが押し寄せる。いくら準備を整えている彼でも倒せない程の。――しかし彼は青光りの雷を放つ銃の照準を絞り、引き金を引くと大きく行った。それもセットした弾丸を一瞬にしてビームの様に放ちながらも。
「科学者さ~ん!! あ~そ~ぼッ!!!」
直後、施設全体に大型の地震があったかのような振動が訪れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
レールガンを入り口に放った直後、施設内部で大爆発を起こしてそれはもう凄い事になる。爆発はロボットにも誘爆して更なる爆発を引き起こし、激しい風圧がユウの体を叩きつけた。
だからその光景を見て軽く口笛を吹く。
でもそうしていると左右にあったシャッターも開いてロボットが一斉に駆け寄って来る。普通ならやられてもおかしくない数だけど、ユウは武装を展開させると一気にそれらを蹴散らした。同時に次弾装填も急いで即座に電気をチャージする。
そしてもう一発撃ち込んでは更に爆発を引き起こした。
「残り二発っと。試作とは言え凄い威力だな……」
呟きながらも思い返す。アルセットがくれたのは一つの鍵で、それは彼の作った武器を厳重に保管する倉庫への鍵であった。その中に如何にも強そうな試作レールガンがあったからこうして持って来た訳だけど、まさかここまで強かったとは。
高コストという問題もあって弾丸は三発までしか作られていなかったけど、それでも二発撃ち込めばロボットたちは既に壊滅状態。後は一発をもう一度出入り口に撃ち込んで侵入口を開けば入れるはずだ。
『クソッ、ふざけやがって……! こうなったらまたアレをぶつけてやる!!』
「無駄だよ」
モニター越しで彼はコンソールを操作し始めるとあの時の大型ロボットを呼ぼうとする。でもそれは既に無意味で、エラー音が鳴り響くのを確認して先手を取れたと確信した。
『なっ、エラーだと!?』
「そりゃそうだ。あの大型ロボットの所在は既に掴めてある。となればそいつらを先に潰すのは当然の事だからな」
『は? バレていたというのか? まさか、お前如きに!?』
「見付けたのは俺じゃないよ。ず~っとお前らを追ってた、俺の仲間だ」
すると通信越しで『制圧終了!』というイシェスタの声と『ふぃ~』という腑抜けたネシアの声が届いて来る。アレが出て来る前に先手が間に合って本当に良かった。向こうもその光景を確認しているのか、少し間が開いた直後から驚愕した表情を浮かべた。
『なら自動操縦のアレを出せば……!』
「それも無駄だ」
直後に離れたと所から大爆発が起こって小さな部品が軽く空に撃ちあげられる。なんたって向こう側には武装戦車で待機しているガリラッタとアリサやテスがいるのだ。待ち伏せ状態であるのなら彼らが負ける訳なんてない。
だから悉く先手を打たれる彼は早速切り札を発動する。
『クソッ! 舐めやがって! ならばこいつでどうだ!!』
そうしてボタンを押すと敷地内の至る所に壁が出現してユウの場所に集う事が出来なくなってしまう。やがてユウがこの場に孤立すると彼は勝った気になって高笑いした。感情が忙しい人だ。
『はははっ。流石に孤立すればどうにもできまい。さぁ、圧倒的数の優位に死にたまえ!』
「死ねるかっつーの……」
チャージが終わったレールガンを左手に持ちつつも右手に剣を握り、双鶴は即座に第二武装へ切り替え臨戦態勢を整える。
圧倒的数の優位。まさしくその言葉が正しいだろう。二発のレールガンでかなりの数を吹き飛ばしたとは言え、まだまだ数は残っている。軽く見積もっても五十は下らないだろう。でも、だからこそ負ける訳にはいかない。
「確かにこの数相手なら厳しいかもな」
『おや、認めるのかい?』
「素直に認めるよ。――でも、そんな程度で俺を殺せると思うのなら百年早い」
『チッ。ならやってみろ!』
するとロボットは彼の指示に従ってユウを殺すべく攻撃する。でもそれらを全て双鶴で破壊し、電撃でショートさせるとあの時の様に大暴れを始めた。
ユウはまだ病み上がりで完全回復とまでは言っていない。骨も折られた後なのだからもちろん戦闘を急いだ代償は存在する。けれど、そんな程度で諦める事なんて出来やしない。
たった一人の女の子を助ける為だけにここまで覚悟を決め、黙認とは言え規則違反を冒し、ましてやそれの指揮者となるのだ。ここまでする大馬鹿者なんてそうそういないだろう。それこそリコリスの様に誰も彼もを救いたいと足掻き続ける人でない限り。
もうあの時みたいに邪魔をする者はいない。となれば残るは可能な限り大暴れをする事だけ。
「らあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
気合いを込めながら剣を振り上げる事で雷は一直線に飛んで行き、ロボットを切り裂いてはショートさせる。双鶴だって縦横無尽に飛び回っては戦闘の補佐をし、時にはユウの足場となって支援してくれた。本来足場がない場所に足場が出現する為、ロボットでもどう行動するかの演算が間に合わないのだろう。ユウが縦横無尽に動くと容易に背後を取れた。
『馬鹿な、そんなはずが……! もっと出せ! もっとだ!』
『今やってる!』
すると更に多くのロボットが雪崩れ込んで来てユウの前に立ち阻む。でも、全て遅い。双鶴と電撃を合わせれば容易に殲滅できるし、最後のレールガンを一番密集している所に放つ事で一気に数を減らした。
「こんなんじゃ正規軍の方がよっぽど強かったぞ。あいつらはもっと――――ッ!?」
咄嗟に背後へ熱源が動いたと警告音がなり、大きく左へ飛ぶと軽い爆発が起きて小さく吹き飛ばされた。そして、さっきまで立っていた所には真っ黒なロボットがいて。
恐らく今までのは量産型だったのだろう。となればこれは今まで以上に厄介な相手となるはず。その確認は双鶴を飛ばした段階で理解出来た。
「弾いた……。なるほど、要するに高精度なAIが搭載されてるってか」
『ご名答だ。さぁ、さっさとそいつを殺してしまえ!』
彼がそう言うとロボットは火薬仕込みのハンマーを高々と振り上げる。だからタイミングを見て回避するとさっき以上の爆発が起こり、周囲の地面も軽く吹き飛ばした。だから厄介な事になりそうだと踏んでレールガンを捨て剣を構えた。
……でも、そんなに苦労する事はなく。
「おんどりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
直後に一人の少女が女の子とは思えない叫び声で彗星の如き速度で突っ込んで来る。普通だったら足の骨が折れそうな速度で突っ込むのだけど、何故か無傷で着地しては黒いロボットもろとも全ての敵を蹴りの反動だけで粉々に粉砕する。
そうして「ヒーローは遅れて登場する」とでも言いたそうな表情でリコリスは到着した。
「お待たせ、ユウ!」
「リコリス……!」
最初は何か言おうと思ったのだけど、それよりも早く駆け寄っては怪我がないかを確認し始める。そんな過保護な親みたいな行動に走るリコリスをなだめつつもモニターの向こう側で驚愕した表情を浮かべている彼を見る。
『は、はっ! たかが一人増えたくらいでどうと言う事は――――』
「仲間がいるからといって俺の隊だけかと思ったか? 残念、全員でした!!!」
『はぁ!?』
直後に到着したほぼ全ての隊と同時に彼を見た。すると世界の終りでも見たような表情を浮かべ、あまりの驚愕にコンソールから手を離した。まぁ向こうもリベレーターの状態は察しているからこそそんな反応になっても当然だろう。
『馬鹿な! そんな大勢で動けば必ず――――』
「そう。正規軍に見つかる。だからこれは俺が勝手に集めて勝手に動かしてる。集団のリーダーに俺が経つ事で、全ての責任は俺が負う事になってるんだよ」
『なっ、正気か!?』
「これ以上なく正気だ」
普通ならこんな事は絶対にしない。だからユウは普通じゃないと言う事になるのだけど、そこはもうご愛嬌としか言いようがないだろう。元からねじまがっているのだから仕方ない気もするが。
ユウはリコリスと並ぶと言った。
「圧倒的数の優位がどうのこうの、だったっけ。どうだ、今さっきまで得意げに言ってた事を、得意げに言い返されるのは?」
『ぐっ……!』
「暗部だろうと正規軍だろうと関係ない。俺は守りたい人達を守る為にここにいるんだ。――それだけが、俺の生きる道標だから!」
向こうの世界には二度と戻れない。戻る気もないけど、それでも向こうに残して来てしまった光の欠片はいくつか残っている。それも取りに戻りたいって願ってしまう程に。――でも、その光の欠片はここでだって輝いている。
みんながいてくれる。それだけでユウは生きる意味が生まれるのだから。
やがて指を差すと宣言する。
「お前の行いは決して許される物じゃなく、そして誰にも気づけなかった。だから、俺が裁く! お前の打ちのめのに、半日もかからねぇぜ!!」
「結構かかるじゃねーか」
直後、どこぞの奇妙な冒険みたいなセリフを言った後にテスからそうツッコまれる。