113 『集う覚悟』
「信じるって、何する気?」
「言葉通りの事だよ」
ハッキリと宣言した後、顔をしかめながらも問いかけて来たアリサにそう答える。もうユウ達に出来る事はあまりないだろ。それこそ、やれる事と言ったら信じる事と賭ける事しか出来ないくらいに。
こればっかりは思い込みかも知れない。でも、賭ける価値は十分にある。
「――みんなの手を借りる。俺達だけじゃ何も出来ないから、手を貸してくれるか賭けるんだ」
「なるほどね。凄い賭けをするこって……。誰に似たんだか」
「少なくともウチのリーダーね」
するとネシアはニヤニヤしながらもアリサを見つめ、当人はその視線を見事に受け流しつつもリコリスのせいにする。でもまぁ、リコリスを目指してこんな事をしている訳だし、あながち間違いでもない。ユウにとっての希望はリコリスただ一人だから。
やがて彼女は当然の疑問を言う。それをあっさり否定する事で驚愕するのだけど。
「でも、ベルファークさんの許可は取れてるの?」
「取れてない」
「「えっ!?」」
当然だろう。指揮官の許可なく勝手に行動すれば普通に処罰対象となる。そうなれば誰も手を貸してくれないのは必然的だろう。まだやってないけど断られるのは目に見えている。
けれどユウはそこに一言付け加えた。
「でも黙認はされてる。力を貸す事は出来ないけど知恵を貸す事は出来るって」
「そ、そりゃ正式に大きな動きを見せれば正規軍に見つかる訳だし……。だからと言ってよくそんな事考え着くね……」
するとネシアはユウの考えに若干引きながらもそう言う。まぁ普通ならそんな考えなんてしない訳だし、それこそユウみたいな大馬鹿みたいな者でもない限り考え着かない事だ。だからこそネシアもアリサも驚愕した。
「いくら黙認されてると言っても責任は被さるわよ。多少緩和されるとしても処罰は下されるけど、それでもいいの?」
「大丈夫。捕まえればいつも通りって事だし、それに、功績を掻き消されるのなんてもう慣れっこだ」
「普通慣れちゃいけない奴だからね」
グッドサインを出しながらも言うとアリサは呆れ様な表情を浮かべた。でも本当にその通りだ。今まだって普通なら称えられるべき功績を掻き消されてる訳だし、問題児って名がリベレーターだけではなく外部にまで浸透する程の知名度なのだ。
黙認とは言え処罰覚悟で行くのは異常ともいえる。が、ミーシャを救えない怖さに比べたらどうって事ない。
やがてユウはもう一度ネシアに向き直ると真っ直ぐな瞳で言った。
「……もう一度言う。情報を教えてくれないかな。全ての責任も処罰も俺が持つ。――俺はみんなの希望になりたい」
「――――」
助けるのは簡単じゃない。それは向こうの世界で何度も思い知らされた。いつだってどんな時だって、人を助けるのは残酷だ。――だからこそ諦めきれない。
ネシアもアリサも知っているはずだ。この世界で希望となれば必ず絶望が訪れるって。
「覚悟は決まってるってヤツね」
「うん」
「……にしても、二人共よく似てるね。今のユウ、過去のアリサにそっくりだよ」
「えっ?」
「はぁ!?」
するとネシアがそう言い、ユウは困惑してアリサは赤面しながらも驚愕した。そのまま彼女はネシアの胸倉を掴むと赤面しながらもぐいぐいと揺らしてもう抗議し始める。
「ちょっ、何言ってんの!? 似てる訳ないでしょ!?」
「いやいや、結構似てるよ。特にキリッとした時の眼とか」
「そ、それはいいから速く情報を話しなさいよ!!」
少しだけ茶番をした後にぽいっと手を離すとネシアはうろたえながらも話し始める。ちなみにアリサは滅茶苦茶赤面しながらもネシアが話し出すのを待った。更に言うと腰にあったナイフを持ちながら。
だから彼女は大人しく話し始めた。
「っとと……。そこまで言うのなら話すよ。と言っても場所だけどね」
「それでもいいよ」
するとネシアは腰からスマホを取り出してデータを見せた。そこには地図に一本のピンが立っていて、しっかりと名前が記されていた。――【リベレーター総合医療開発機関付属ブレイン】と。だからこそリベレーターの付属機関にいるだなんて思わずに驚愕した。
「なっ、付属!?」
「それにブレインってどんな名前してるんだ……。とにかくここに奴らがいるって事でいいのか?」
「そうだよ。ここにアリサの言ってた女の子もいるはず」
正直に言うのなら今すぐ行こうと言いたかった。だってミーシャが酷い目に合ってるかもしれないし、早くしないと間に合わなくなるかもしれないから。
でも、やらなければいけない事がある。
アリサが不安そうな視線で見つめる中で堪えると言った。
「……アリサ。俺は先に行動に移すから、リコリスに連絡入れてくれるかな」
「はいはい。善は急げね」
そう言うとユウは詳しい事も何も言わずに走って行った。向かうはどこでもいいから頼れそうな人がいる場所。とにもかくにも今だけは人の数を確保するのが大事なのだから。
……だが、現実は予想以上に厳しかった。それも分かっていた事だが。
――――――――――
――それで、どうなの? 手伝ってくれる人は?
――いなかった。リコリスの方は?
――私も全然。みんな手伝うのての字も見えないや。
あれから街を走り続けた。手当たり次第に色んな隊に声をかけるのだけど、帰ってくるのはNOの二つ返事のみ。どうやらユウが問題児である事と狙われている事が重なって相当厄介事を抱えてると思い込まれているらしく、「昨日の件なんだけど……」という言葉だけで一蹴されていた。
合間に挟まれるリコリスとの通話も思った通りで。
――そりゃ、みんな厄介事は御免だからねぇ。
――なぁリコリス。他にも頼れそうな人っていないのか?
この世界に来てから体力を鍛えまくったおかげだろう。ずっと走り続けていられるおかげで予想よりも多くの人に声をかける事が出来た。と言っても返答は同じだが。
時にはクライミングみたいな事もするのだけど、それでも体力が持つのはリコリス達が考えてくれたトレーニングメニューのおかげだろう。
――残念ながらこっちはもういないかなぁ。みんなも各々で頼ってる人がいるらしいけど、それでも無理だって。
――やっぱりそっかぁ……。
何よりも処罰覚悟で動くと言う事が嫌なのだろう。みんなが頼れそうな所もダメとなると、最終的に頼れる所だなんてたった一つしかない。これも賭けである事は変わりないのだけど、ここはもう、彼らの人間性を信じるしかない。
自分勝手な考えかも知れないけど、信じてるんだから一人くらいは手を取ってくれと必死に願い続けた。
……誰もを信じない事なら慣れてる。だからこそ信じるのが怖かった。裏切られるのが、拒絶されるのが、何よりも嫌だったから。保身に走る事で自分の心を守らなきゃ、とてもじゃないけど生きていけなかった。いやまぁ、経緯はどうであれ最終的には死んでこの世界に来た訳なのだけど。
やがてユウは唯一の望みであるところの扉を叩いた。
でもまぁ、結果はやはり一緒であって、経緯を説明するだけでも扉を閉ざされるのであった。
――――――――――
「ったく、こんな事なら、問題児なんてならなきゃよかった……!」
今までの自分の行いを全力で食いながらも歩道で立ち止まっては息を荒げる。街を走っている内に日は沈みそうになっていて、既に街並みは空と同じオレンジ色に染まっていた。
顔を上げると視界にはオレンジ色の空が視界いっぱいに映り、今にも沈みかけそうな夕日を見つめた。こうしている間にもミーシャが……。そんな考えが止まらなかった。
「他に行けそうな所なんてあるか……? いや、ある事にはあるけど、流石に頼りずらいし……」
残った場所はラナ達に頼る事なのだけど、それもそれで頼りずらい。彼女達がいればベルファーク程ではないけどリベレーターを動かせるだろう。でも正式に大きく動いてしまうのは避けられない。でも、もう頼れる所なんてそこしかない。
そう思っていた。“その人達”がユウに声をかけてくれるまでは。
「君だよね。色んな隊に声をかけて助けを求めてるってのは」
「え……? あ、みんな、何でここに!?」
「そりゃ話題になってるからね。厄介事を持ち込まれそうになったって」
振り返った先にいたその人達はユウを探していたみたいで、見つけるなり安心した様な表情を浮かべる。そして一気に駆けよると手を差し伸べた。でも、何よりもびっくりしたのが一度断られた隊の人達である事で。
「力を貸りたいんだよね。なら、私達が貸すよ」
「え、だって、さっき……」
「あれは私の隊員が勝手に断っただけ。私自身は手を貸す気でいるよ、問題児さん」
その人以外にも背後にいた人達は一斉に頷いた。だからユウはようやく願いが通じたんだと思ってその手を握った。信じ続けてもいいんだって思えたから。
やがて彼女は言った。それも、リコリスから聞かなきゃ知れなさそうなユウの情報を。
「――初めて、私達を信じてくれたんだもんね」
―――――――――
「それでどこ行くんだ、ガリラッタ」
「まぁまぁ、騙されたと思って付いて来なさいって」
夜。
ガリラッタに叩き起こされたユウは本部を抜け出してある所に向かっていた。車で移動すると聞いた時は少し不安だったのだけど、アリサやイシェスタとは違い凄い安全運転で、安心して車に乗る事が出来ていた。
とまぁ大事なのはそこじゃなくどこに向かうかである。
向かう場所をシークレットにしたガリラッタはハンドルを切るとある所まで向かい、目の前に映った大きな建物を見た。そこには大きな看板に【ニコラス工場】と書いてあった。真横にテスラコイルが書いてある事はニコラ・テスラをイメージして作られたのだろう。どうして異世界に向こうの世界の名前が、なんて驚きそうになるけど、そこはもう慣れだと決めつけて落ち着かせる。
「工場……?」
「そう。ここは特殊武装から生活用品まで様々な物を作る工場だ。前に言ってた両親の仕事場がここなんだよ」
「あ、そうなんだ。じゃあガリラッタもここに?」
「そう言うこった」
彼の過去を今一度確かめつつも工場の中に入った。こんな工場にユウを呼び出す理由なんて言ったら一つくらいしかないだろう。思った通り工場の中には夜だと言うのに多くの人が働いていて、外以上に物音が響いて咄嗟に耳を塞いだ。そんな姿を見て軽く噴き出すと向かうところを案内してくれる。
思ったけど、ガリラッタはまだここの作業員でもあるのだろうか。任務がない時は大抵どこかに行ってるし。
いくつかの配管をくぐってある部屋まで辿り着くと、大量の部品や道具が置かれている部屋の中央に居座る人を見付ける。今も何か作っているみたいで、溶接作業をしていた。
その人にガリラッタが話しかける。
「よぉ、連れて来たぜ」
「おお。ようやく来たか」
そうして振り返ったのはかなりの歳を取ったおじいさん。見た目的にも八十は過ぎてると言ってもいいだろう。ガリラッタは早速彼の事を紹介しながらもポンと手を置いた。……何故か毛のない頭のてっぺんに。
「この人はアルセット・ニコルス。この工場を経営する社長でもあり、俺の師だ。な、バーコード」
「誰がバーコードだ!!」
ぺちんといい音がした後にアルセットはキレながら怒鳴った。確かにバーコード頭だけどそこまでぺちんと音がする者なのか。そんな事を考えつつも少しだけ二人の茶番を見て、次に彼が見せた武装をまっすぐに射る。
「ほれ、お前さんの武装、わしらが直してやったぞ」
「おおっ! ありがとうございます!」
即座に駆け寄ると戻って来た双鶴に抱き着き、早速《A.F.F》とリンクさせると浮かび上がらせた。EMPで故障した所を修復しただけだからだろう。早い上に完璧に直してくれていた。これで戦闘が楽になるぞ、なんて思っていると彼は言って。
「お前さん、暗部の組織に喧嘩を売るそうじゃな。よくそんな事するわ」
「助けなきゃいけない人がいるんです。それに、俺はみんなの希望になりたい。だからやるんですよ」
「……ふん。変わった奴じゃ」
そう答えると彼は鼻を鳴らして気に食わなさそうに呟く。そりゃ普通なら希望になりたいなんて言えないし、彼からしたら十分変わってる人だろう。でも、それでも構わない。
するとアルセットはレンチを投げ渡しながらも言う。
「わしらはお前さん達を物で援護する事しか出来ん。死なん為の道具を作る事しか出来ん。だから、死ぬなよ」
「分かってますって。――抗う為にも、絶対に死ねない」
窓から見える夜空と、その先にいるカミサマを睨み付けた。
彼はもう一度鼻を鳴らすと、今度は納得した様な表情を浮かべる。やがて腰からある物を取り出しつつも言った。それも、かなり役立ちそうな物を。
「世の中にはお前さんみたいな馬鹿もごくたまにおる。その馬鹿を道具で守るのがわしらの役目じゃ。――それを使える所にある物が置いてある。持って行け」